11.「津軽海峡域の先史ヒスイ文化」
先史時代の津軽海峡域(北海道島南部と本州島北辺)からは、産地に近い東北地方南部より、はるかに多くの糸魚川産ヒスイ(硬玉)が出土する(計120ヶ所以上から1,250点以上)。この地域のヒスイの本格的利用は、糸魚川地域とほぼ同時期の縄文中期前葉から始まる。中期の各種大珠は後期中頃を境にして小玉類に移行し、後期中・後葉には1遺跡、1基の墓から多数の小玉類が出土し、連珠主体に移行する。この傾向は晩期にも継続するが、弥生(続縄文前半)時代には遺跡・玉数が減少する。また、この地域のヒスイ利用の始まりは糸魚川地域とほぼ同様に前期末葉に遡る可能性がある。また、この地域に特徴的な円盤・円塊状大珠は、原石‐未製品等の存在から青森市三内丸山遺跡でも製作された可能性が高い。また、ヒスイ分布密度の高い津軽海峡域では、北海道島南部(南端を除く)の後期前葉と本州島北辺の後期中〜後葉にヒスイが殆ど見られないヒスイ空白の時期がある。この背景として、両地域からの人口流出や、後期中葉からの大珠→小玉の転換に伴うヒスイ信仰の変化があったものと想定される。
(ヒスイ図番号と遺跡名)図2-1(本州島北辺出土のヒスイ)鯵ヶ沢町餅ノ沢(青森埋文2000)、2川内町熊ヶ平、3〜7.青森市三内丸山、8.天問林村二ツ森、9.青森市山吹1、10.八戸市松ヶ崎(市教委1996)、11.鹿角市天戸森(市教委1984)、12〜14.六ヶ所村富ノ沢2、15・16九戸村田代W(岩手埋文1995)、17黒石市-ノ渡、18・19.六ヶ所村上尾鮫2、20.二戸市大向上平(岩手埋文2000)、21..青森市近野、22.六ヶ所村沖附2、23・24.六ヶ所村大石平1、25・26.大館市萩ノ台U(秋田埋文1993)、27.八戸市田面水平1、28.三戸町泉山、29・30.青森市朝日山1(青森埋文1994)、31.青森市朝日山2(青森埋文2003)、32〜34.六ヶ所村上尾駁1、35.八戸市是川中居、36〜38.十和田市明戸、39.弘前市野脇、40・41.平賀町石郷、42.三沢市小山田2(市教委1999)、43三厩村宇鉄、44‐45川内町板子塚 ※青森県域の掲載ヒスイ図は、福田(1990‐1999)に集成されなかったものを示した。
図3-46(北海道島南部出土のヒスイ)八雲町シラリカ2(道理文2000)、47.余市町フゴツペ(道理文1991)、48.泊村ヘロカルウス(道文研1987)、49.寿都町寿都3(町教委1980)、50.岩内町東山(町教委1958)、51.上ノ国町大岱沢Λ(町教委1987)、52・53.奥尻町青苗(青柳1988)、54.戸井町浜町A(町教委1991)、55.森町濁川左岸(道理文2003)、56〜58.函館市石倉(市教委1999)、59.南茅部町八木B(町埋文調査団1992)、60.ニセコ町北栄(駒井1959)、61.ニセコ町滝台(駒井1959)、62.礼文町船泊(町教委2000)、63.恵庭市ユカンボシE3A(ユカンボシ調査団1992)、64〜78・87・88.千歳市美々4(道理文1984‐1985)、79.千歳市丸子山(市教委1994)、80・81.千歳市キウス4(道理文2001)、82〜86.恵庭市柏木B(市教委1980、89〜91余市町沢町(町教委1989)、92〜97.余市町大川(町教委2000)、98.蘭越町港大照寺(町教委・小樽市博1973)、99.虻田町高砂(札幌医大1987)、100.白老町社台1(道理文1981)、101〜103.木古内町札苅(道開拓記念館1976)、104.余市町大川(町教委2000)、105.瀬棚町南川(町教委1976) |