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2007年度 日本海学講座 「若者にもっと海を語ろう」
はじめに 今日は、「若者にもっと海を語ろう」という題で、海のことを皆さんと一緒に考えてみたいと思います。お話したいことの核心は、青少年に海を教える機会がもっと増えて欲しいという願いです。内容は大きく分けて、ひとつは小学生から大学生まで多くの青少年に海を語りついでいかなければならないのではないかということ、次は、その背景にも関係しますが、新たな海洋法時代を迎えて、わが国にも海洋基本法が成立したことの意義と問題点、最後は、本講座に出席の方からの質問である「地球温暖化と日本海」についての私見です。 海雑感(図1)
今夏も悲しい水の事故が絶えませんでした。本来、海は楽しいものと考えているのですが、何故にこうしたことが起こるのか残念でなりません。これなどは川や海に親しみ、水の性質を知っていれば避けられることと考えられます。 先日は船の拿捕が問題になりました。富山県の某水産会社所属の漁船が、ロシア・カムチャツカ沖の排他的経済水域で操業中に臨検を受け、連行されたものです。違反事由は操業日誌の不実記載のようでした。なかなか釈放されず、国連海洋法裁判所に提訴、約1ヶ月の審理を経て約4500万円の賠償金を支払い解決しましたが、新たな海洋法時代における政策のひとつとして、伝統的な北洋漁業のあり方をどう考え対処するのか、悩ましいところです。 魚が危ないと言います。日本の食料自給率の低さは国の安全面でもゆゆしい問題ですが、かつての水産王国は今、大変な難局を迎えています。20年前は1200万トンの水揚げを誇っていましたが、今は600万トンに半減しています。食文化を魚に依存する日本は、この差を海外から輸入調達して何とかやりくりしていますが、早晩これも難しくなるでしょう。これからの200海里時代を生き抜く水産の戦略は何か、模索すべき海の大きな問題です。 日本の国土が拡がり海洋大臣が誕生しました。200海里時代を迎えた日本は、広い海域に経済的な主権、すなわち漁業や鉱物資源の開発など主権的権利を持つと同時に、この海を守るあるいは海洋環境を保全する義務を負うことになりました。これまでどちらかというと後ろ向きで対応が遅れていましたが、この7月の海の記念日にやっと海洋基本法が成立しました。広い海持ちの国となった日本が、海洋政策を一元的・総合的に推進できる体制が整ったということです。海洋大臣の誕生と言いましたが、実際は海洋と大臣の間に政策担当という文字が入り、国土交通大臣の兼務事項になったのには、いささか落胆させられました。 環境問題として海の科学が話題に上がることが多くなりました。最近のIPCCの報告によりますと、水温も海水準も上昇していることがはっきり数字で示され、各方面に話題を呼んでいます。たとえば今日の新聞によりますと、キリバスの大統領が来日し、海面上昇により今世紀中に国土が沈没しそうなので、そうなれば国民を他国に移住させなければならない、ついては日本にも協力を要請したいという内容でした。海水温の上昇についてはのちほど触れることにします。 潜在的な海への関心 潜在的な海への関心といえば、「私の耳は貝の殻 海の響きをなつかしむ」(ジャンコクトー、堀口大學訳)という二行詩があります。短い言葉で、海の深い世界へ自然に誘(いざな)ってくれますが、海が命のふるさとだからでしょうか、多くの人が共感を覚えるようです。八尾(やつお)に海韻館という化石資料館があります。この詩と一脈通じる「聞こえています、かつて海だった頃の海韻が」というパンフレットの句を思い出しています。 海を学ぼう―「富山と日本海」(図2)
富山県立大学で「富山と日本海」というテーマで海の話をしています。授業を始めるにあたり、いくつかの質問をします。たとえば、「海に対してどんなイメージを持っているか」という質問に対しては「海は非常に神秘的である」「母性を感じる」「癒される」「怖い」「海はごみがたまるところ」など、さまざまな素朴な答えが返ってきますが、30時間の講義のあともう一度同じことを尋ねますと、海という空間が身近になったとか、海の豊かさや具体的な問題意識に言及した返答が多くなります。「立山だけでなく、海の話、富山湾の話を聞いてはじめて、富山の全体的な理解ができた」といった、県外出身学生の感想が印象に残ります。 講義内容をスライドに示します。聴講生にとって海の話は初めての場合が多いので、海の概論から始め、日本海の特性や富山湾の特徴へと話を進めています。授業の一端を4枚のスライドでご紹介します。
これは日本海を守る巡視船です(図3)。例の9.11事件以来、能登志賀町の原発をテロから守るために、海上警備配置についているのです。不審船、領土問題、シーレーンと海賊などの問題を学生に知らせ、「日本の海は安全か」を考えさせています。 次は鯨がセーリングしている絵です(図4)。尾びれを立てなるべくエネルギーを消耗することなく長い距離をクルーズする。ときには風をみて方向を変えるタッキングも行う。海の生物は人間よりずっと大昔から立派な知恵を身につけてきたひとつの例です。 次は鮫の皮膚から学ぶ話です(図5)。鮫やイルカは高速で泳ぎますが、その秘密のひとつは皮膚の構造にあるようです。鮫のうろこはスレート状に並んでいて進行方向に微細な溝(リブレット)が刻まれている。研究の結果、この溝の高さや間隔によっては表面の摩擦抵抗が非常に小さくなることが分かり、水着や航空機などの抵抗を減らす技術として実用化されています。これは海の生物が進化の過程で獲得した形質ですが、彼らから学ぶことは多いのかもしれません。 最後は陸棚に捕捉された波です(図6)。2004年に新湊で高潮浸水被害が発生しました。台風の影響や潮汐や水温が高いことによる海水の膨張などで説明がなされましたが、私は「大陸棚に捕捉された波」ではないかと考えます。陸から海に入ると大陸棚という浅い海底が続きますが、そこでできた波は外に出て行けず、そこに捕捉されてしまいます。この波は陸側で大きく、沖に向かって小さくなりながら、陸を右に見てゆっくりと進む性質があります。図6はその様子を示したものですが、このような大陸棚の導波効果は、ちょうど光ファイバーやレーダの導波管の働きに似ています。 このように、海には、多くの人に関心をもってもらえそうな話題が沢山あります。その一端は本日の資料に掲げました学生の質問集からも推察していただけるでしょう。 授業で大切なことは、学生との意見交換でしょう。これは有名になった「逆さ地図」、正確には350万分の1の環日本海諸国図です。視点を変えると新たな発想が生まれる、と言いますが、以下は、この地図を見てどう感じるか、この地図の面白さは何かを尋ねたときの学生の反応です。 * 富山の位置が日本の中心であることがはっきりわかる。 * 南半球にいるような気がする。日本の下にロシアや中国があるから。 * 普通の地図では能登半島がロシアに近いと思ったが、逆さ地図では能登半島付近が凹んで見えるためロシアとは遠くなったと感じる。 * 逆さ地図では日本が日本でない別の国に見え、富山を探すのも困難になる。日本海も大きく立派に見える。 * 九州が北海道に、北方四島が沖縄に見えた。 * 本図は海を中心とした見方、考え方を提供してくれる。 * 逆さ地図は海がメインという感じを与える。 * あらためて閉鎖的な海であると感じる。もともと内海であったためこのような独特な環境が形成されたのであろう。閉鎖的であることは海洋汚染に弱いということであり、改めてこの日本海を汚染から守っていかなければならないと認識を新たにした。 * 日本海が隣国との間で領海や排他的経済水域が重なる部分が多い海であると思った。 * 東西南北を基準に地図を見る立場からは使いにくいが、現在はGPSの時代なので南北よりアッチコッチの指定ができて日本海の移動には使いやすそうである。 * いろいろの国が自分を中心とした地図を作り、互いにいろいろ違った地図があることを知れば、どこの国が中心でもなく各国が同じ地球上の平等な国と考えるようになるのではないか。日本が「極東」の国といった表現もなくなるであろう。 * 今まで逆さ地図を見たことがなかったので、その発想の面白さに興味を持った。昔の人が作った最初の地図は、地球が平らであることを前提とした。逆さ地図は日本海を見やすくすることを前提につくられている。このように、ある条件のためだけに地図を書き換えて様々な用途に応じた地図が出来そうだ。一例として北方領土が日本の領土であることをわかりやすく見せる地図が出来ないものか。 * 普通の地図では日本は他国と繋がっておらず孤立した国と感じるが、逆さ地図を見ると日本海を介して日本と大陸が繋がって見える。 * 逆さ地図にすると大陸側の地形が見やすくなる。この地図を見ることによって、日本のことだけでなく他国に眼を向ける見方ができるようになるかもしれない。 * 普通の地図を見ているとどうしても、日本海は「日本」という名が付いているくらいだから、日本のものである、という意識が強くなってしまうが、韓国、北朝鮮、中国などにとっても関係のある海であることがわかる。このような見方をすることで領海、排他的経済水域を考えるきっかけになれば、たまには視点を変えることも大事であるといえる。 * 普通の地図では日本が目立ってしまい他国との繋がりが見えにくいが、逆さにすると日本がロシアや韓国とこんなに近いのかと思う。近いからこそ領土問題がでてくるのだと思った。 * 大陸地塊がひとつにまとまったパンゲア大陸を思わせる。日本列島はアジア大陸から伸びた半島のようであり日本海も太平洋のような海ではなく大きな湖と捉えられる。この湖が隆起・沈降を繰り返し今日の日本海が出来上がったとすると、日本海は自然が造った芸術品であり、環日本海諸国の誇れる宝物に見えてくる。 いろいろな見方があるものだと感心しますが、小・中・高の生徒に聞けばさらに面白い答がでてくるかもしれません。 新たな海の時代
日本の領海を図7に示します。領海や排他的経済水域は直線基線をもとに設定されますが、日本が広い海持ちの国になったことがお分かりでしょう。このように世界の海に線引きがなされた結果、海洋の4割はどこかの国の管轄下に入り、誰にも属さない自由な海すなわち公海は6割だけになりました。 もともと水産王国であった日本は、海の線引きに反対の立場をとり続けました。そのため国際舞台では、eccentricな島国とかexcept oneなどと言われることもありました。一方で韓国、中国はじめ多くの国は、新たな海洋法時代に向け積極的に対応しました。こうした世界の趨勢に逆らうことは得策ではありません。民間、財界、政界から新海洋法時代へ向けた体制整備の必要性が強調されて、今年7月にやっとわが国にも「海洋基本法」が制定されました。海の司令塔の海洋政策担当大臣が誕生しましたが、海洋政策本部や海洋基本計画はこれからです。 「海洋基本法」の基本理念を要約すれば、海の開発・利用および保全、海の安全確保、海洋産業の育成、海の教育・研究、海の総合的管理、国際協調などですが、平たく言えば、海洋権益を最大限に活用するために、海を知り、利用し、守るということです。 海洋を利用しながら海を守る(保全する)には、海洋環境や生態系を重視した海の総合的管理が求められます。こうした海洋政策の実効をあげるにはやはり、海を知る人を育て、国民の海への関心を高めることが肝要です。「若者にもっと海を語ろう」の発想の一端もここにあります。 若者にもっと海を語ろう 地球温暖化と日本海(質問に答えて) 今年、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)から第4回目の報告が出ました。1990年の第1回報告書では控えめな表現で気温上昇と人間活動との関連について述べていましたが、今ははっきりと表面温度が100年で0.74℃上昇し、これには人類起源の影響が大きく効いていると明記しています。報告書によると、海面温度は0.67℃、海面水位は17cm上昇しました。報告書にはたくさんの出所からの数値が詳しく載っていますので、どれを採用するかで若干違った値になる点は、注意が必要です。
このように最近の気候の変化だけでも、日本海にさまざまな現象が発生しています。それでは、地球が温暖化したら日本海はどうなるのでしょうか。ひとつは日本海の海況を支配する対馬暖流が変化すると考えられます。現在の対馬暖流は、九州近辺の水位が出口である津軽海峡より10cmのオーダーで高いために、すなわち南北の海面の高低差によって駆動されています。この海面水位の差は、太平洋における偏西風と貿易風がつくる地球規模の還流によって生じるのです。この考えはストンメルという数学者が思いついたものですが、彼が導いた式を使って海面水位の高低を描いてみました(図8)。地球自転の効果が緯度によって異なると、大洋の西側で海流が強くなり、しかも北より南の海面水位が高くなることが分かります。このことは、もし地球温暖化で亜熱帯高圧帯の位置が移動し風の吹き方が変われば、日本海の海流を駆動する水位差にも変化が生じることを示唆しています。こうして日本海に流入する対馬暖流に異変が起これば、水温や塩分濃度の分布を通して海の生態系に影響し、日本の気候も変わるかもしれません。 |
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