ボランタリー経済の予兆

ボランタリー・コモンズに求められる財
感覚財 その財を利用、使用することで一人ひとりが具体的個人であることを確認できる財(ヒューマンケアなど)。
経験財 人々が実際に参加して成り立つ財(祭り、スポーツイベントなど)。
人々の想像や仮想体験に依存する財(小説、映画など)。
制度財 報酬の代わりに「社会的美徳」として扱われることで提供されてきた財(家事、介護、地域防災救助など)。
三田義之「相互関与の経済社会」(下河辺淳監修・香西泰編「ボランタリー経済学への招待」実業之日本社2000年9月所収)
新たに見え出した欲求
 これまで、豊かさを求めて経済成長を追及してきた。
 しかし荒々しい市場経済に対し、次第に違和感が感じられる始めており、資本主義市場経済では満たされないものが見えてきた。
 こうした中で、新たな意味での第三セクター「ボランタリー経済」の存在が浮かんできている。


ボランタリーな経済活動(非営利団体の活動)が行われる背景
競争に十分な倫理的基礎はない 市場は個人に競争に参加し効率生保追及すべきだという社会規範を課すが、競争自体には十分な深い倫理的基礎がない(ナイト)。
市場で満たされない価値を得る それだけに行為主体agentとしての個人は市場ではみたされない多様な価値を持ち、これにコミットする用意がある(セン)。
個人間の相互扶助努力が尊重されるべき このような自立した個人の意思決定が尊重されるよう国家の富の配分への介入は避け、自立した個人間の相互扶助努力を尊重すべきである(ハイエク)。
質の高さの保証に比較優位がある それが非営利組織に結集されるのは、契約の不完備性や情報の非対称性がある場合、観察しにくい質の高さを保証するには、競争圧力にさらされている企業に比べ非営利組織に比較優位があるためといえる。
より多様なサービスが提供できる また、非営利組織は、公企業に比べても消費者によるコントロールが容易であり、より多様なサービスを提供できる。
生活世界での合意確保が困難となっている 法は政治と道徳、秩序と正義の両立を図るものであるが、現代においては行政主導で主権の恣意的意思が実体化された法となりがちであり、その正当性確保(生活世界での合意確保)が困難になっている。この政府の失敗、法の正当性欠如も、非営利組織の活動を生み出す(ハバマス)。
公衆の意見形成や表明に重要な役割を果たす さらに法の再構成は民主社会における対話(コミュニケーション理性の発揮)を通じて行われるしかないが、その場合、非営利団体は公衆の意見形成や表明に重要な役割を果たす(ハバマス)。
民主的な規律と監視が必要である ただし、非営利組織にはその経営者がこれを効率的に運営するという誘引が欠如しており、民主的な規律と監視が必要である。
岩田一政「ボランタリー・エコノミーの倫理的な基礎」(下河辺淳監修・香西泰編「ボランタリー経済学への招待」実業之日本社2000年9月所収)の香西泰氏による要約に基づき整理
ボランタリー・エコノミー勃興の背景
 翻って考えてみれば、資本主義市場経済に倫理的基礎があるわけではない。我々が求める機能を充足する有効な手段として用いられているだけである。
 このため、市場では満たされない、多様な価値を個人が持ち、それを何らかの方法で満たそうとする動機は十分にある。
 こうした動機は、極めて個人的なものであり、公的に介入するものでなく、個人間の相互扶助による達成への努力が尊重されるべきである。
 また、これまでの競争市場では、提供組織に圧倒され、個人の思いが十分に満たされない側面が多々ある。
 このような不足する機能を充足するために、ボランタリー・エコノミーの活動が広がりつつある。
 こうした活動は、合意形成が困難になってきている行政の欠落を補い、また公衆の意見形成にも有効な役割を果たす。
 ただし、こうした活動は、自らを制御する機能を内包しておらずそれなりの規律・監視が必要である。


 しかし、このような機能をどのように実現していくかは、まだ見えていない。
 アメリカにおいては、資本主義市場の世界と切り離して、市場経済社会での成功者がボランタリィな世界での資金的支援者となって機能を充足していこうとしている。
 日本は、日本なりの型を模索していく必要があろう。


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(Jan.13,2002.)