取引費用の低下

背景
 2001年のノーベル経済学賞は、G.A. アカロフ、A.M. スペンス、J.E. スティグリッツの3人が受賞した。新しい情報経済学に道を開いた功績である。従来の近代経済学では、情報が透明であるとし、多様な摩擦を無視することが常であった。しかし、実体経済の多くの場面で、情報の非対称性が行動、組織を規定しており、これを解明する枠組みを提起してきたものである。
 これに対して、今日、多様な情報システムの整備の中で、情報の透明性が増し、むしろ、これまでの情報の非対称の中で守られてきた行動、組織が大きく変貌しようとしている。一般には、取引費用(トランザクション・コスト)の低下として表現され、多様な経済主体が、多くの情報を入手比較し、自らにとって一層好ましい行動を取ることができるようになってきている。これは、経済活動における競争が一層激しくなってきていることでもある。
 このような状況に対しては、非対称情報の経済学を手掛かりとしつつ、その非対称性が低下する社会の解明が求められているといえよう。

生産組織の最適化
 まず、消費・生産での財・サービスの購入者にとっては、情報システムの普及により、価格や品質について多くの供給者(生産者)の比較検討が容易になっている。この結果、生産者の厳しい競争・淘汰の時代に突入している。この限りでは、消費者主権の経済が極端に実現しつつあるとも言えよう。
 さらに、生産を担う人・組織においても一層好ましいパートナーを探すことができ、生産体制を臨機応変に組織することが容易になっている。この結果、大企業組織による安定した生産体制は崩壊に向かい、機動的な組織での生産が勢力を持ち始めている。(この部分の記述については、事例として散見されるが、統計的な検証はない。)

グローバル化
 機動的な生産体制の組織は、国境をも容易に超える。
 この結果、国際的な賃金格差の存在により、多くの物の生産基地は、より賃金水準の低い国へと急速に移転する。
 中国の離陸が脅威とされるが、むしろ、情報化の進展の中で取引費用の極小化こそが脅威の本質であろう。中国の離陸自体も外国との交流の中で達成されており、こうした現象の一環とも捉えられる。

所得格差の拡大
 一方、生産組織の中では、創造的・専門的能力こそ価値の源泉であることが赤裸々になり、専門職の給与の急騰が起こっている。これに対して、単純な労働はいくらでも替わる者がいるとされ、給与水準の停滞・低下が起こっている。
 こうして、所得の2極分化が、次第に明確になってきている。
 実際には、個々人の所得形成力は個人の裸の能力のみで決まるわけでなく、むしろどのような組織・どのような人との繋がりの中で働くかも大きな要素である。結果として、自らの能力(生産性)を高めるとともに、全体として生産性の高い組織にしっかりと所属することが高い所得の確保のための重要な要素になる。

地域社会としての対応
 企業がより高い利潤を求めて、国境を自由に越える時代に、国として地域として住民の所得をどう守っていけるか。また、極端な個人間の格差をどう防ぎ、どう補正していけるか。
 まず、地域全体として、高い生産性の人を核とした集団で、全体としても高い所得を確保していくことが必要である。それぞれの比較優位を地域なりの知的生産に求め続ける必要があろう。このためには、住民の教育・再教育を充実し、経営者、研究者、技術者等々の相互連携を図り、地域なりの産業複合体を形成していく必要がある。
 また、不安定化する経済体制の中で、安心できるセフティーネットを準備していく必要がある。このためのコストが嵩むと、高所得者がその地域から逃れだすという議論もあり、その均衡点は地域なりの選択となる。
 さらに、各国が準備する体制については、グローバル化する経済の中で、それぞれの競争条件を規定するものであり、どのような体制を正統とするかは、慎重に調整していくべき課題である。企業によるむやみな解雇を許容する体制は国際的な不当競争という見方も存在しうる。
 以上のようなそれぞれの努力を背景に置きながら、その中で起こる国際的な所得格差の解消は、それなりに歓迎していく、あるいは受容していくべきことであろう。

参考文献等
藪下史郎著「非対称情報の経済学−−スティグリッツと新しい経済学−−」光文社新書 2002年7月
ロバート・B・ライシュ著・清家篤訳「勝者の代償−−ニューエコノミーの深淵と未来−−」東洋経済新報社 2002年8月
情報源

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(Sep.11,2002.)