分配の課題

(1) クズネッツ逆U字仮説の前段の過程
 生産活動の結果としての所得の分配について、発展途上国の当初の開発段階にあっては、一般にまず格差が拡大し、後に一定段階で縮小するとされ、クズネッツの逆U字仮説と呼ばれている。
 ただし、このことについては、明確な実証がされているとは考えられていない。近代的な経済活動が部分的に始まれば、その部分の所得が飛び出ることは事実である。しかし、それ以前の分配の状況によってはかえって平準度が高まるかもしれない。また、多くの人が近代的経済活動に参入することによって、いずれ格差は縮小していこうとされるが、階層構造がどう形成されるかによって、長期的に解消しない可能性も高い。

 中国では、かつては、ある程度平等な社会であったと推測されるが、改革開放以来の経済成長によつて、都市内、都市農村間、地域間での格差が拡大してきている。この格差の発生は、先富論として成長が周辺へ波及することを期待しある程度肯定されてきていた。しかし、現時点では、この解消が緊急課題となっている。
 特に、経済全体として拡大が継続しておれば、厳しく問題視されない面もあるが、一旦、経済が停滞すれば、極めて重大な課題として浮かび上がってくることは間違いない。


(2) グローバル化する経済での格差の拡大
 発展途上国での発展の初期段階における格差の拡大に対し、情報技術の活用、グローバル経済化で先進国の経済活動にも企業間、個人間に著しい生産性格差が生じ、所得の格差拡大の傾向が見られる。
 これまでは、大規模な企業組織の中などで、個人間の格差がある程度収束されていた。しかし、能力主義の導入、その組織自体の変容の下で、格差が拡大せざるを得ない事情がある。
 こうした結果、アメリカの格差は中国と同じ程度だという統計もある。アメリカにおいても格差拡大は問題視されているが、中国ほどには、社会不安をもたらす課題とは考えられていない。これは、アメリカでは、「機会の平等」により相当程度の「結果の格差」を許容する発想があるためと考えられる。
 しかし、情け容赦のない解雇などがともなう職業生活が避けられないような制度であれば、グローバルスタンダードとして容認できない、不正競争だとの発想もあり得よう。


(3) 再分配の課題
 さらに、所得格差の是正を念頭において、その再配分制度をどう構築していくかも各国にとって大きな課題である。

 中国においては、従来、国有企業等が、中核となる生産を持ちながら、従業員とその家族すべての生活、社会保障を支えていた。現在これを解体しつつ、新たな保障システムを形成する必要があり、容易でない局面にある。

 先進諸国においては、かつて、福祉国家として再配分を一層拡大する方向に向かったこともあった。しかし、経済の活力の維持のためには、再配分が大きすぎることは好ましくないとして、小さな政府を指向する考えも勢力を持っている。
 セフティーネットの必要性は説かれるが、個人・家族でどこまで責任を持ち、公的にどこまで支援するか。一貫した哲学のもとに、人々のライフサイクルを通じて、自立と支援の均衡点を探っていく必要がある。


(4) 諸国間の格差と対処
 他方、所得の国際的な格差をどう捉えるかも困難な課題である。
 たとえば、世界銀行の統計から試算すると、世界の所得の上位2割の人が9割近くの所得を得ていることとなる。
 しかし、ロールズの正義論では国境を超えた無知のヴェールは被れないように、世界的に平等化すべきという動機には乏しい。

 ただし、発展途上国内での配分のあり方を適正化するとともに、先進国の所得のわずかな部分を割くことによって、貧困に伴う相当程度の問題は解決される可能性があり、世界の叡智が試されている課題である。


 世界全体の所得分布から計算されるジニ係数に基づいて、所得階層を二分して例えると、世界の約1割りの人が全所得の約9割を得ており、両階層の所得格差は約80倍あることとなる。分布は、連続的に描かれてはいるが、極端な非対称な世界となっているのが現実であり、1割の先進国が世界をリードし豊かさを享受しているが、9割の途上国にあるのは絶望のみとの指摘も否定できない。




参考文献等
アマルティア・セン著、松永・松本・青山訳「経済学の再生」(麗澤大学出版会、2002年)


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(Aug.19,2002.)