第3章 新たな共生への道

第3節 国際的危機管理による共生

要旨
 温暖化など国境の範囲を超える環境保全の問題については、国境を超えての協調が求められている。
 このための国際的検討が様々な次元でなされているが、その進捗は、はかばかしくない。

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1.環境問題の広がり

 経済活動の拡大は、廃棄物の排出等を伴い、環境の悪化をもたらしがちである。
 かつて日本において「公害」というような言葉で捉えられた、地域的な環境汚染については、原因者を捉え、しかるべき負担を求める「原因者負担の原則(PPP)」で対処が進められた。また、排出に対する直接的な法的規制も実施された。一国内で国民の意向が整えば、こうした方法で、相当程度問題を解決していくことができる。
 さらに、現在では、各企業にとって、ISO14000を取得し、環境に配慮していることを示すことが、事業展開の前提となりつつあり、資本主義制度の中に環境汚染防止システムを組み込みつつあると言えよう。しかし、経済活動の一層の拡大は、単に産業活動だけでなく、消費生活自体が環境汚染に直接大きく関わるようになってきている。

 他方、一国内にとどまらない環境汚染問題を引き起こしている。経済の発展段階によって、環境問題と経済活動拡大との均衡につい考え方が著しく異なるため、この調整は一層困難なものとなっている。


「環境」に関連する主要国際会議
1972年国連人間環境会議」(ストックホルム)
廃棄物の海洋投棄禁止条約(ロンドン条約)
1973年国連環境計画(UNEP)発足
絶滅野生動植物の輸出入禁止条約(ワシントン条約)
海洋汚染防止条約(IMCO条約)
1974年世界人口会議(ブカレスト)
世界食糧会議(ローマ)
1976年国連人間居住(ハビタット)会議(バンクーバー)
1977年国連水会議(マルデルプラ一タ)
国連砂漠化防止会議(ナイロビ)
環境教育政府間会議(トビリシ)
1982年UNEP管理理事会特別会合(ナイロビ会議)
1985年オゾン層保護全権会議(ウィーン)
1987年オゾン層保護条約外交会議(モントリオール)
1990年世界気候会議(ジュネーヴ)
1992年国連環境開発会議(地球サミット)(リオデジャネイロ)
1993年世界人権会議(ウィーン)
1994年国際人口開発会議(カイロ)
1995年社会開発サミット(コペンハーゲン)
世界女性会議(北京)
1997年国連環境開発特別総会(UNGASS)
ニューヨーク地球温暖化防止会議(京都)
 このような環境問題を国際的な協力の下で解決していくため、これまで多様な努力が重ねられてきており、数多くの組織の設置、条約締結等がなされてきている。


環境問題の広がりと対応(暫定的整理)

倫理的段階法的段階経済的段階課題
自発的行為法的規制
現実的対応
市場委託
国内環境問題各種都市公害
森林減少
砂漠化
コミュニティでの自己規制国内法による規制課金による市場メカニズムの導入各国内での対応。
先進国の経験に基づく技術供与。
発展段階に対応した技術の展開に配慮。
貿易等では環境問題を促さない配慮。
国際環境問題酸性雨、
海洋汚染
廃棄物越境
国際河川の汚染と枯渇
国家としての自己規制地域協定負荷量等への対価支払い国際間の力関係が反映
排出国の対応が基本。
必要性の協議の前段階として、
先進国の資金提供による
共同のモニタリングシステムの整備と
その実施が重要。
ヨーロッパの例に習う。
地球環境問題温暖化
オゾン層破壊
生物資源減少
一人当たり等分の排出権世界協定国際的取引世界全体での排出削減、
負荷量の多い先進国の積極的対応。
増加抑制
資源賦存量、経済力による格差
 具体的には、対象となる環境分野の広がりによって、異なる対応が求められる。
 局地的な環境問題については、主権国家の中での対応が可能であり、国内での社会的合意が形成されれば、法制度等の改正により、対処していくことができる。これによって日本国内の環境もそれなりに対処されてきた。中国などの開発途上国も厳しい国内的環境問題に直面しているが、自らの課題として対処していくであろう。
 これらについては、それぞれの国の対応となるが、先進国の技術提供等が求められる。また、貿易等を通じ環境汚染を促すことについても配慮が求められよう。取り敢えずは国内的な課題であっても、間接的に地球レベルで問題を引き起こすものも多い。

 一方、国境を超える環境問題については、主権国家の統治の範囲を超え、その対処は、国家間の交渉事として模索されていかざるを得ない。

 こうした環境問題の中には、地球全体が範囲となるものと、近隣国家が範囲になるものがあり、前者は地球環境問題、後者は国際環境問題として区別されることがある。
 このうち、地球環境問題については、地球温暖化、オゾンホール拡大、生物多様性の喪失などの課題がある。既に、地球上の年々の自然災害の件数も急増し始めている。これは、東アジアの範囲を超えており、本サイトの話題から外れる面があるが、日本と並んで中国の活動が地球環境への大きな負荷となることが間違いないこと、さらには、環境問題を語る際には地球温暖化の課題を避けることはできず、この視点から、自らの行動を検討せざるをえないため、ここでも取り上げる。
 地球温暖化のような全地球的課題については、世界全体で協議、対応していく必要があり、先進国対途上国の問題が鮮明に浮かんできている。

 一方、国際環境問題については、海洋汚染や酸性雨等の課題がある。
 このような何カ国か集まった特定地域の問題については、地域毎の努力で共通認識を形成し対処していく必要があり、共同したモニタリングから順次進めていく必要がある。
 こうした国際的な対応の例としてはヨーロッパ諸国での貴重な経験があり、それに習いつつ地域なりに対応していく必要があろう。


2.地球環境問題

許容量の把握
 ここでは、主として地球温暖化に関連する炭酸ガスの排出について検討する。
 現在、炭酸ガスの排出が地球温暖化に影響を与えることが、厳密に証明されているわけではない。
 その複雑なメカニズムを解明することは困難であり、結局、厳密には、現実に起こっている事態を捉え統計的に証明せざるを得ない。最近の異常気象の兆候から見て90%以上の確率で明らかになっているなどの議論もあるが、最終的決着に至っているわけではない。
 しかし、理論的解明や現実の推移を待って行動を起こすことは、対応の決定的遅れを招き、危険管理の発想からいって極めて危うい姿勢である。
 このため、取り敢えずの行動を起こす基準として、現在の環境負荷量に比較して、どの程度削減すべきかという形式で議論されることとなる。
 例えば、現在の一人当たり年間炭素排出量を概数で捉えれば、アメリカ、カナダ等が5t、日本等がその半分の2.5t、中国等ではアメリカ等の1/10の0.5t、世界全体を平均すれば1tであり、これを目安にすれば、地球全体平均で現状維持、あるいは中国水準に削減などという目安がでてくる。「Factor Four」(1/4に)や「Factor Ten」(1/10に)などの表現は、現在のアメリカを基準にすれば、それぞれ概ねこれに対応するものとなろう。いずれにしろ先進国の排出量は、地球の容量を超えていることは明らかであろう。

倫理的判断
 炭素排出削減(あるいは抑制)の目標量が定まったとしても、それを各国にいかに配分するかについては、具体的尺度がない。
 ロールズの正義論における無知のベールの背後で考えれば、世界中の個人個人に平等の排出権という発想が素直であろう。しかし、この無知のベールの論理は、主権の及ばない国際社会では適用困難とされている。
 仮に人口大国の中国やインドが各人同等の排出権を主張すれば、世界全体の排出抑制のため低い水準が設定されることとなり、アメリカ等が大幅に削減を要請される困難に直面する。
 地球温暖化による異常気象等で早期に厳しい被害を受けるのは、発展途上国と予想されており、その原因者との食い違いがある。このため、先進国の節度ある姿勢が明示されない限り、国際社会に大きな混乱がもたらされるおそれが大きい。

現実的妥協
 21世紀初めの人類社会は、主権国家こそ持っているが、それを超えて地球的視点から各国の行動を規制する国際機構を十分には形成していない。
 このため、炭素排出の抑制は、国家間の交渉事として対処される。そして上述のような大幅の削減目標に合意を形成することは難しく、現実的には、京都議定書のように、何年水準の何%削減という形式で議論されている。
 なお、アメリカは、この議定書への参加さえ拒否している。

国際的取引
 さらに京都議定書は、単に各国の排出量を規定するだけでなく、炭素吸収機能としての森林資源の増減を加味することや排出権の国際間の取引を想定している。これらは、それなりに合理的な機構ではある。また、現在の国際的な慣習から見て、領土内の資源の活用はその国家の自由であり、また経済的市場も明確に存在している。
 しかし、これでは、各国のおかれている地理的環境や経済的環境によって排出許容量が左右されることとなる。緑化可能地を領有しない国は、他国に出かけて努力をするのか、ロシア等の近年の排出減少分を転売することは果たして正当なのかなど違和感を抱く向きもあろう。

環境変化への対応
 以上の議論は、専ら温暖化ガスの排出抑制に関するものあるが、これと同時に、今後、人類が手にし消費できる財をどのように配分していくことができるか、特定の人々を切り捨てずに地球上で人類が共存して行くための社会システムを形成していく政治的課題こそ重要との指摘もある。これは、アマルティア・センの指摘にも通じるものであろう。
 こうした指摘については、国内的にも十分にできないことを国際的な場でてきるか疑問の多いところである。しかし、このような課題に見識ある姿勢を示せるか否かが共生を謳う際の重要な試金石となろう。温暖化の課題の中で、駆け引きに巧妙に勝ち抜き、生きていくというシナリオもある種の共生ではあろうが、共生という言葉を普通に使用する場合の発想とは異なるものであろう。(Feb.07,2003.Add.)


3.国際環境問題

 国際環境問題について、東アジア地域では、海洋汚染や酸性雨、黄砂の課題がある。
 海洋汚染等の問題については、ヨーロッパ等に先例があり、それに習いつつ、地域なりの対応を図っていく必要があろう。
 特に、国際的に協調した行動を採っていくためには、実態を十分に観測した科学的知見に基づいて、対応策を取り決めていく必要があり、現在、必要な監視体制(モニタリングシステム)が整備されつつある。
 ただし、モニタリングの段階を超えた具体的な調整については、関係各国の経済情勢の違い、原因者と被害者の非対称性などから多くの困難が予想される。ただし、それぞれの環境汚染は、排出者自身にも多大の困難をもたらすものであり、そのための対応として、技術協力等を展開していくことによって、結果として問題を解決していく道が探られることとなろう。

海洋汚染
地域活動センター(RAC)
データ情報ネットワーク(DIN)中国
汚染モニタリング(POM)ロシア
海洋環境緊急時準備・対応(MER)韓国
特殊モニタリング・
沿岸環境評価(CEA)
日本
(財)環日本海環境
協力センター(富山)
 国連環境計画(UNEP)は、1974年に閉鎖性水域の海洋汚染の管理と海洋及び沿岸域の資源の管理を目的として地域海計画の策定を提唱した。これに対して、現在、世界の13地域において地域海計画が策定されている。
 日本、韓国、中国及びロシアの4か国により、日本海及び黄海を対象海域とするNOWPAP(North-West Pacific Action Plan:北西太平洋地域海行動計画) 構想が1994年に採択されており、政府間会合が重ねられてきている。
 (1)データベース及び情報管理システムの設立、(2)各国の環境法・目標・戦略・政策のレビュー、(3)地域のモニタリングプログラムの設立、(4)海洋汚染に対する準備・対応、(5)海洋・沿岸環境に関する普及啓発事業などが事業として掲げられており、それに必要な地域活動センター(RAC)の設置が進められている。
 さらに全体調整の機能として地域調整ユニット(RCU)が富山、釜山に設置されている。

 日本海は高度の閉鎖海域であるが深さがある。一方、黄海は日本海よりは開放された海域ではあるが深さがない。各地域の経済活動の現況から見て、今後、黄海の方がより厳しい問題に直面するのではなかろうか。この点は、今後調べてみる必要がある。


酸性雨
 欧米においては、欧州監視評価計画(EMEP)、米国国家酸性降下物評価計画(NAPAP)等の地域共同のモニタリングプログラムが進行中である。
 これに対して、東アジアにおける酸性雨モニタリングのネットワーク設立が進められている。
 共通理解の形成、酸性雨による環境への悪影響の防止・減少させるための情報の提供等を目的とされている。
 既にモニタリングの試行稼働が始まっており、暫定ネットワークセンターとして、財団法人日本環境衛生センター・酸性雨研究センター(新潟県)が指定されており、また暫定事務局が環境省に置かれている。

 日本の酸性雨については、その原因者別の寄与割合については明確でなく、立場により見解の違いがある。ただし、首都圏周辺山間部での樹木の立枯れ等に見られるように、日本自身が原因である部分も相当程度含まれていることは間違いない。
 今後、短期間(何十年単位)に温暖化が進む中で、山間部の植生の遷移が順調に進むか大きな懸念がある。特に酸性雨等を原因とした脆弱化により、森林を一挙に衰退させるおそれさえあろう。このため、環境の保全には、局地的にも十分に配慮していく必要がある。

参考文献
環境省編「環境白書(平成13年版)」

情報源
Factor Four
Factor Ten
EMEP programme

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(Dec.04,2003.)