地球の温暖化が確実に進行している。 これは、間違いなく、先進国の過剰消費に因っている。 その被害は、主として、限界的な地域にある発展途上国が負っている。 |
地球温暖化に、ことさら対応しないという姿勢も在り得りえようが、それは、相当の混乱を、そして生命の滅亡さえもたらす。 生命の進化から見れば、現在、地球上に生存していること自体が、今後とも生き続けるよう条件付けられている証左とされる。 さらに人間は、生物学的進化の上に、文明的な進化を乗せた。これによる活動の拡大が、地球規模での環境に影響を与える結果となっている。 この文明を見直すべきという議論はともかくとして、今、直ちになすべきことは、そこにある知恵を適正に活用し、危機管理を進めることであろう。 |
危機管理は温室ガスの排出削減でなされるが、この配分に大きな課題がある。 従来の人間活動では、経済的正義(厚生)が市場によって達成されると解釈されてきた。 しかし、こうした経済的厚生は、現在の富の配分(偏在をも含む)を前提としており、この出発点を含めて社会的正義を問うた場合には、回答とならない。ただし、国境を超えてこのような視点を持つ寛容さを我々は未だ持ち合わせていない。 さらに、正義のあり方を、単に現象としてだけでなく、潜在的自由(可能性)でこそ検討されるべきとの主張もなされている。 |
さらに、現実には、理念的な正義がそのまま達成されるわけではない。 今日の地球的課題について、個人や企業の行動を規制していくという意味では、主権国家を超え対応を推進していく術はない。この主権国家が、国内の勢力に沿って功利的に行動していくことは避けられず、こうした中で、各国家がどの程度尊厳ある生き方を示すことができるかに掛かっている。 国際社会では、これまで発展途上国への経済協力が行われてきたが、関係国の功利的視点が避けられないものであった。そして、アジアの一部の国は経済的離陸を達成しつつあるが、世界全体としては、先進国と発展途上国に一層大きな格差が生じている。 むしろ、今日では、「世界市民主義」的発想を持ちえる個人あるいはNPOの活動が、世界を突き動かしていくことが期待され始めている面もある。 |
日本では、地球温暖化に対応していくための知的な議論とその蓄積が十分になされず、国としての主体的な方針が明らかにならないまま、専ら受身的に政策が展開されている様相がある。 また、経済的な政策については、当面の危機への対応のため、むしろ長期的な課題とは矛盾も見られる。 |
こうした中で、地域としていかに対応していくか。 富山県は富山県なりの地域的課題を抱えており、地域住民の合意が形成できれば、積極的に対応し、栄誉ある地位を求めていくことも考えられよう。 新たな生活像、産業像を描き、それに適った地域づくりを前向きに進めていくことが必要と考えられる。 |
我々は地球温暖化に対応していく確実な制度的枠組みを未だ持っていない。 このため、各自・各組織が主体的対応していく他はない。 |
(May.09,2003.)