おわりに

 人口が日本の10倍ある中国が経済的離陸を遂げつつある。この結果、日本や韓国では、それぞれ比較優位がある産業への転換が強く迫られている。具体的には、いわゆる知識産業化が求められているといえよう。
 知識産業の展開に関しては、進歩の著しい情報技術により新しい基盤が形成されており、この効果的な活用が不可欠である。しかし、知恵を活かす組織の形成を多くが実践していない。
 基本的には、新たな産業を担える者が、確実に伸びていけばいいのであって、この意味では、地域での情報システムの活用、多様な能力のあるものの相互連携を促していけば、地域なりに際立った成長を遂げていく可能性もあろう。
 また、新しい産業社会は、人々の需要、技術等々の変化とともに、企業組織等が弾力的に変化し続け、個々人の成否の格差も大きく出てくることが予想される。このためには、多様なセフティーネットを形成し、激しく変化する中でも一定の安心が得れる経済社会が求められる。

 他方、経済活動に伴う、地球温暖化等の環境問題も厳しい課題となっている。CO2排出量などから、先進国の過剰消費を解消すべきことは間違いない。地球的危機管理に配慮しつつ尊厳ある国としての生き方について見識と実践が求めらている。
 それは、単に温暖化ガス排出の抑制にとどまらず、水の利用、食糧の確保、エネルギーの需給調整、さらにはこれらを確実に実現していくための土地利用の管理などが含まれる。

 これら、新たな産業構造と環境問題への対応については、決して矛盾するものではない。
 先進国の人々が経済活動から供給を期待するモノは、これまでの物財から多様なサービスへと移行しつつある。欲求の段階的充足を鑑みても、主として物財を求めるのは、生命や安全を守るための極く最初の段階に限られ、それ以降は、多様なサービス、さらには市場での経済活動では求められないモノへと向いていく。
 現在、これまでの狭義の経済活動に拘泥した生き方から、豊かさの再考がなされつつあると見られるが、この点については、人々(社会のリーダー層)の間でも認識に大きな違いがあるようだ。しかし、このような方向は、環境の課題とも調和した解答があることを意味している。むしろ中国の離陸を幸いとして新たな転換が可能になりつつあるともいえよう。

 現在、新しい経済社会の共通認識の形成を図ることこそ求められているのであろう。経済の底割れ現象を避けることは当然であるが、我々の生活、経済社会についての均衡の取れた認識を持ち、このような転換を急ぐことこそ必要であろう。
 ちょうど開催されたヨハネスブルク・サミットでは、新たな成果は少なかったが、アナン国連事務総長が強調するように、それぞれが行動していくことこそ必要であり、そうした認識に至った者から実践していくことが求められている。

 「東アジア共生へのシナリオ」は、このような理解に基づく見識ある行動にこそ求められよう。

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Sep.06,2002.