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日本海学から富山へのメッセージ

浜松誠二

 我々が学ぶのは、そこで得られた知識によって自らの姿勢を正すためである。これには議論があろうが、私はそう考えている。
 日本海学も最終的には、自らの生き方、富山・日本のあり方に反映されることによって意味を持つ。

 これまで、日本海学に多くの人が係わってきているが、それぞれ関心の在り処は異なり、各自なりの学がある。
 こうした営みを数多く蓄積していくことによって、その中から、いずれ日本海学としての共通認識が生まれてくるかもしれない。しかし、積極的に事前に枠をはめる必要などはないであろう。
 ここでは、私自身が整理している「東アジア共生へのシナリオ」「富山を考えるヒント」に基づいて、富山へのメッセージを検討する。
 日本海学自体が、検討途上のものであり、また終局のあるものではない。しかし、検討の途上にあっても、自らにとっての意味を問い続けてこそ、学ぶ価値が生まれよう。


共生への課題
 「東アジア共生へのシナリオ」の検討で提起している共生のための重要な課題として、まず、地球温暖化への対処がある。
 気温の動向については、不規則なものがあり、統計上気温が上昇中であると断定することには難しさがある。しかし、現段階では、90%以上の確率で、上昇中と言えるとされている。


 気温上昇の要因は、人々の経済活動の中での炭酸ガスを始めとする温暖化ガスの排出による温室効果とされる。
 現在、中国では、経済発展の離陸を遂げつつある。そして自動車の利用が急速に拡大しつつあることを含め、炭酸ガスの排出が飛躍的に拡大すると見込まれている。
 このため、人類全体としてこれをどう受け止めていくかが大きな課題となっている。


 地球温暖化の下では、地球全体としての気温の上昇とともに不安定化が予想され、食料生産の問題にも懸念が持たれる。
 中国は、これまでに食糧の自給を達成してきているが、今後の人口増加とともに、所得水準の向上による嗜好の変化等もあり、再び食糧輸入をある程度拡大していくものと考えられる。またWTO加入により競争力のない部分での輸入への代替も起こり始めている。
 
世界食糧機関(FAO)の予測では、世界全体としての食糧不足は起きないとしている。ただし、その食糧の配分に問題があるのは、アマルティア・センの指摘を待つまでもない。
 また、生産の不安定化の下での諸困難も予想される。


 共生への重要な課題の他のひとつは、経済的共生である。
 中国の経済開発については、1970年代末の改革開放から、当初は農業分門での蓄積を土台に次第に工業生産力を高め、1990年代には、外国からの資本導入により生産力を急拡大させ、さらに2001年末にはWTO加盟を達成し、一層の飛躍を果たそうとしている。


1999年輸出輸入GDP
中国総額(十億US$)195166980
依存度(%)19.9 16.9 -
韓国総額(十億US$)144120398
依存度(%)36.2 30.2 -
日本総額(十億US$)4173094079
依存度(%)10.2 7.6 -
WDB"World Development Indicators"
 経済成長の成果である所得の国内での配分は、必ずしも円滑に行かず、これまでの成長は、貿易に依存するところが大きい。このため、世界各国では、それぞれの国内産業の調整が求められている。





日本にとっての課題
 こうした課題を日本にとっての意味で捉え直すと、まず環境問題については、先進国に共通する過剰消費状況の抑制が強く求められている。
 ちなみに、世界の人口一人当たりの炭素排出量は約1t/年であるが、先進諸国の多くは、2t/年を超えている。これに対して、中国は0.5t/年である。
 仮に、地球全体の現在の排出量が限界とすれば、現状は、先進国の多い排出(生産・消費活動)が中国等の少ない排出によって支えられているわけであり、早急に移譲することが必要となっている。
 なお、日本の排出のうち運輸部門が2割程度で自動車が大部分を占め、また民生(家庭)部門は1割強とされており、いずれも近年大幅に増加し続けている。


 一方、食糧の安定した確保も大きな課題である。
 特に、日本の食糧自給率は低く、さらに、WTOの制度の下で、米の輸入の拡大も見込まれる。こうした状況のもとで、耕地の改廃を急速に進めている。ちなみに、世界全体では、韓国と日本の耕地の縮小が顕著である。
 このような中で、世界の主要穀物生産国(中国・アメリカ等)で同時に不作の事態が起こり得ることを念頭に置けば、日本の立場が極めて脆弱なことは明らかである。
 このため、農業生産の維持といった狭義の課題を超え、国土利用の方向とその経営管理を含めた総合的な対応が必要である。


 他方、産業活動の調整に関連して、中国からの輸入が1990年代に入って、急速に拡大している。これは、主として人件費の極端な格差によっているが、中国の人口の多さから、人件費が上昇していく速度は、極めて遅いものと見られる。
 また、輸入品目については、繊維・衣服等のいわゆる軽工業品に留まらず、家電製品等を含め広範な分野に及んでいる。これは、情報システムの高度化等もあり、技術移転が極めて容易となっているためである。さらに、いわゆるハイテク産業であっても、部分的な移転・形成は可能であり、IT関連産業なども興りつつある。
 産業構造の転換が迫られていることについては、日本にとっては、バブル崩壊以来の課題に加えて対処していかなければならず厳しい事態である。しかし、日本なりの総合的な力で創造を続ける中に、新たな分野を求めていかざるを得ない。




富山へのメッセージ
 こうした課題を富山としてどう捉えるか 以下では、富山の特徴と関連付けて検討する。
 まず環境問題に関連して、富山で特記すべきことは、土地利用が極めて散漫に行われ都市が崩壊して来ていることである。
 具体的には、人口集中地区(DID)の人口密度が急速に低下しており、2000年の国勢調査では、山口県に次ぐ低さとなっている。また、人口集中地区に住む人口の減少も始まっている。
 人口集中地区とは都市的地域として定義されているものであり、人口密度4,000人/km2以上、5,000人以上が連擔して(連続し一塊となって)居住している地域をいい、一部工業用地も含まれている。
 実際には、5,000人の連擔という条件が富山にとって厳しいのであろうが、いわゆる「分散居住」が都市となるかどうかの基本的な議論がある。


 また、家族の崩壊(規模の縮小)も急速に進んでいる。
 富山の世帯の規模は、全国の中では、山形、福井に次ぐ大きさを持つが、これが急速に小さくなっており、2005年には、さらに佐賀、岐阜より小さくなり、新潟と並ぶと見られている。
 世帯規模の縮小が即座に家族の崩壊であるか否かは議論があろうが、相互に支えあう足腰の強い生活が崩れてきていることは事実である。


 以上のような、都市の崩壊、家族の崩壊は、都市人口の一層の発散(スプロール)によるものである。
 富山は社会移動が全国の中でも少ない県ではあるが、全体としては、富山市に向かっての集中が進んでいる。しかし、これを富山市内では十分に受け止めず、市外への転出が上回っている。また、富山市中心部での人口・経済活動の空洞化が同時に進んでいる。


 この結果、農地の改廃が著しく進んでいる。
 全国では、耕作放棄による改廃も多いが、都市的利用への転用に限ってみれば、富山県は、特に多い地域となっている。
 こうした動向に対して、県全体としての人口は既に減少し始めており、また、世帯数も2010年代半ばにはピークとなると予想されている。これは、都市形成力ともいうべきものが、極めて弱くなって来ていると言えるが、いわばゴムが伸びきって弾力性を失い、ゴーストタウン化していくシナリオを進んでいると考えられる。
 富山でこのように都市の発散が進んでいるのは、土地利用の管理が極めて緩やかに行われている結果と考えられる。
 食糧確保に不安がある時代に、水田稲作に極めて適した沖積平野を持つ富山として、如何にしてその責務を果たしていくかは重要な課題であろう。



就業者数
増減率
65歳以
上比率
197584,509 -38.118.3
198065,551 -22.426.2
198549,575 -24.432.0
199036,702 -26.040.8
199532,576 -11.255.0
200021,683-33.4 61.8
 農業生産の維持が必要であるが、WTOの制度の下で極めて厳しくなってきている。さらに、農業の担い手自体が急速に減少している。
 このため、農業生産の維持とともに、農地の維持をどのように実現し、非常時に備えていくか、地域全体として策を講じていく必要がある。特に、今日求められる土地利用のあり方の県民的合意の形成が重要な課題となっていると考えられる。


 一方、都市の発散によって、自動車社会化が一層進んでいる。ちなみに15歳以上の通勤通学者のうち7割以上が乗用車を利用している。
 京都議定書でも見られるように、炭酸ガス排出抑制が重要課題となっており、このような状況の変革は喫緊の課題である。早晩、炭素税の導入があり、県民生活は厳しい局面に入っていこう。
 ここでは、土地利用の再考とともに、公共交通の再生の課題がでてくるが、単に公共交通の整備だけでなく、交通需要の包括的な制御(TDM)が行われなければならない。
 ちなみに、ヨーロッパ等の各都市では、都市内軌道(LRT)の整備が順次進められている。
 なお、自動車利用の炭素の排出量については、月当たり100リットルのガソリン消費が、年約0.75tの炭素の排出に相当しており、地球社会の中で、極めて危ういものである。また、例えば、東京・ニューヨーク間を往復すれば、約0.5tの排出と見られる。


 また、分散的居住自体がエネルギー多消費型生活を生みだしている面もある。省エネ住宅への工夫もなされているが、一方で、個室化・個電化も進み、電力消費量が高い水準となっている。

 これらは、県民の生活自体の再考が求められており、新たな生活の形成を促す社会的メカニズムの形成が必要となっていることを意味していると言えよう。




 他方、経済的共生の課題に関連しては、富山の所得水準が相対的に低下し続けている。
 実際には、概ねこの四半世紀間において47都道府県の中での富山県の順位は低下の趨勢にあるが、1990年代前半のバブル経済の崩壊直後においては一時的に相対的な上昇があり、'90年代後半はこの戻りの過程となっている。
 こうした中で、有効求人倍率も全国水準並みに低下してくるなど、富山県の経済活動の成果は思わしくない。


 これは、これまでの基礎素材産業や建設業に比重を置いた産業の転換が着実には進んでいないことを意味している。



 共生できる産業による経済の再生としては、比較優位と考えられる知的活動に裏付けられた産業組織の形成が求められよう。
 富山を含め日本では、広範な基盤を持つ高学歴社会が既に相当程度に形成されており、これらの人が、その能力を十分に発揮できる組織の形成こそ求められている。
 また、知的創造を核とする新たな産業集積の形成のためには、地域の知的資源の連携が極めて重要であり、それぞれの立場での情報発信が求められており、それを有機的に繋いでいくシステムが必要である。


 さらに、域内需要・国内需要に応えていく経済活動として、多様なサービス経済の展開がある。
 これらは、人々が集まる都市においてこそ、広範な需要として掌握することができよう。
 また、多様な事業者がまとまった範囲で生き生きと活動していてこそ、その連携の中から新たな事業の創造を効果的に展開していくことができよう。
 このような図式は、従来から様々な切り口で語られてきているが、現在は、イタリアモデルとして注目されている。



 以上の議論を総括すれば、地域において、都市を再生していくことが重要な課題となっていると言えよう。
 最早、物的拡大を指向する経済成長は限界に来ており、ほどよく集積した都市の中で、生活文化を深化させていき、その中で経済活動を展開していくことが求められているのであろう。
 なお、これまでの機能純化を求めて用途地域を設定する都市計画のあり方も、多様な生活・経済活動を次代を担う子供達に提示しないということなどから問題視され、新アテネ憲章(1998年)によって、否定されている。
 いずれにしろ、富山なりの都市のあり方を創造していくことが必要となっている。




 論述に飛躍が多いと見られるかもしれないが、「東アジア共生へのシナリオ」「富山を考えるヒント」の内容を踏まえて検討すればこのような議論となろう。

 日本海学を学ぶことが、一方で、このような課題に真摯に取り組むことでなければ、そのメッセージを真には受け止めていないと見られようし、共生について論じるとしても説得力をもたないものとなってしまうであろう。

(Feb.17,2003.)