日本海学調査研究委託事業

環日本海の玉文化の始源と展開 4.「ロシア連邦沿海地方南部の玦状耳飾」 「石川県田鶴浜町三引遺跡の装身具」


小嶋芳孝
(財)群馬県埋蔵文化財調査事業団
主幹兼専門員
 

(ロシア連邦沿海地方南部の玦状耳飾)

①チェルトヴ・ヴォーロータ洞窟遺跡
位置 ロシア連邦沿海地方ダルニエゴルスク
遺跡 洞窟遺跡
内容 洞窟内に住居跡状の遺構
年代 紀元前5000~6000年
アムール編目文土器(ルドナヤ文化)
遺物 人骨5体
石製装身具18点
玦状耳飾1点、管玉4点、円盤状石製品1点、
ヘラ状石製品4点、小玉6点、他2点、
貝製装身具;多数






②ボイスマン2遺跡(BOisman2)
位置 ロシア連邦沿海地方ハサン地区
遺跡 貝塚
立地 海岸に面した丘陵斜面
年代 B.P.5160±140年、B.P.6010±220年
ボイスマン文化
遺物 人骨5体
1号墓から玦状耳飾り
ウラジオストクの極東大学展示室に完形品1個
参考文献

"THE BOISMAN ARCHAEOLOGICAL CULTURE OF THE SOUTHERN PRIMORYE:
THE MULTILAYERED SITE OF BOISMAN-2"

Popov A.N., Chikisheva T.A., Shpakava E.G.

(石川県田鶴浜町三引遺跡の装身具)

三引遺跡(第6次調査)

所在地 鹿島郡田鶴浜町三引地内
調査期間 平成11年4月20日~平成11年11月29日
調査面積 1,800m2(2層累積)
調査担当 金山哲哉 加藤克郎 菅野美香子(調査第3課)

 三引遺跡は、鹿島郡田鶴浜町三引地内に所在する、縄文時代から近世にかけての複合遺跡である。遺跡は七尾湾岸から1km程内陸の山裾から平野部にかけて立地する。本年度の調査区は、既に供用を開始している能越道に平行する形に設定されており、昨年度調査区の東側に位置する。
 今回の調査は、昨年度調査で検出のみに終わった縄文時代前期初頭の貝塚を対象とするものである。本遺跡では本年度調在対象の貝塚を含め、4箇所で貝塚の分布が確認されている。その内の3箇所に分布する貝塚については昨年度までに調査を終えているが、いずれも数m~10数m四方の、貝層厚も30cm前後の小規模なものてある。
 調査対象となったのは、現地表面から約-2.5mの深部に位置する低湿地性貝塚である。貝層は、サルボウ、ハイガイを主体とし、そのほかカキガイやアサリ、シジミ類などにより構成される。貝層厚は調査済みの貝塚同様の薄層であるが、東西約30m南北約1~6mを測る、県内最大規模の貝塚である。新第三紀中新世基盤層である珪藻泥岩層上に堆積した粘質上層に形成されており、検出面の標高は、最高所で約+0.5m、最深部で約-0.2mを測る。
 貝塚の調査については、一括廃棄のまとまりと判断されるような廃棄状況を確認することは面の観察でも困難であったことから、これまで同様公共座標に基づく最小50cmメッシュのグリッドにより10cm単位での掘り下げを行った。一方で、貝塚の東端部て設定したトレンチの断面では貝塚が基盤層とする粘質土中にも数層の貝層が確認されたため、この部方については各貝層毎に掘削を行っている。
 既往の調査同様、遺物については上述した貝類のほか、シカやイルカなとの陸・海獣骨、タイ類を主体とする微細な魚骨や、種子などの自然遺物を始めとして、土器や石錘を主体石器などの人工遺物が大量に出土している。また埋葬施設こそ確認されなかったが、本貝塚上や周辺の遺物包含層から人骨が出土するなど、まさに多種多様な遺物が出土している。



 このよらな食物残滓と人工遺物が大量に出土するなかで、貝層中やその覆土にはウミニナが多く認められている。貝層は上述のように、貝塚と 貝塚基盤層で検出したいわば下部貝層の2層に大きく分けられるが、貝塚中のウミニナについては捕食後に廃棄されたものではなく、貝塚形成後の海水面の上昇に伴い貝塚中に棲息したものが出土したと、現在のところは考えている。但し、下部貝層についてはその分布範囲が狭いことや、貝殻の密度が貝塚に比して著しく低いこと、またそれに反して土中に含まれるウミニナの量が貝塚に比して多いことなどから、自然貝層の可能性も視野に人れながら貝塚の貝類構成との比較・検討を行った上で、人為による貝層の可否を判断する必要があると考えている。



 珪藻分析の結果では、基盤層からの誘導化石の影響も考慮しなければならないが、いずれの層からも汽水種と海水泥質干潟双方の指標種群が検出されており、小海退と小海進を繰り返す環境も想定される。
 貝塚検出面が平坦であることや貝層が薄層であることも、貝塚形成後の海面上昇による波蝕の可能性が考えられるなど古環境の変遷についても注目される。
 また、下部貝層が分布する粘質土層は、貝塚形成以前の遺物包含層とみられるものの、出土する土器は、貝殻による条痕調整が施される、尖底を主体としたいわゆる佐波式の土器群であり、貝塚でみられる土器群との明瞭な差異は認められていない。これら早期末~前期初頭土器群の位置付についても、今後の大きな課題である。
 なお、この遺物包含層除去後、基盤珪藻泥岩層上でドングリとみられる種子を含むビットが33基確認されている。土器が殆ど出土しなかったため時期の特定は困難であるが、採取した種子を資料として年代測定を実施する予定である。
 本遺跡の発掘調査は、能越自動車道とその側道の建設を原因として平成6年より継続して進められてきたが、今回の調査をもって全ての現地調査が完了したこととなる。調査中に採取した貝塚土壌の洗浄作業については敗に終了しており、現在は洗浄後の資料の選別を行っている段階である。今後はこれらの資料により、貝塚の詳細な分析を行っていく予定である。
 また、今回の調査では一部員層の剥ぎ取りを実施している。この剥ぎ取った断面は当埋文センターにて展示を行っているので、自由にご覧頂きたい。  (金山)