日本海学調査研究委託事業

環日本海の玉文化の始源と展開 8.「玦と玦状耳飾り」


岡田 康博
文化庁記念物課調査官
 

  縄文文化の中に見られる要素の中で、大陸の先史文化と類似するものがいくつかある。これらは他人の空似ということだけでは片づけることができない、先史時代における大陸との交流という大きな問題を含んでいる。特に玦状耳飾りについては出現時期、形態、他の装身具の共伴関係等、藤田富士夫や川崎保らによって精力的に研究が進められ、大陸との関係が指摘されているところである。
 北海道、東北地方では縄文時代早期後半の貝殻文~沈線文の時期に玦状耳飾りが出現するようである。この時期の土器は中国興隆窪文化の土器と文様が類似するとともに一部に石刃鏃が伴う。また、興隆窪文化の中にごく少量であるが貝殻腹縁文士器が見られるなど日中相互に共通または類似する要素が多い時期でもある。中国においても東北部に最古の玦や分布も多く見られることから有力な発生源のひとつと考えられるが、距離的に近い北海道・東北地方がその伝播経路のひとつと考えることもできよう。その他の要素も相互の交流という視点で検討される必要があると思われる。
 前期になると玦状耳飾りは広く分布し、中には製作、加工した集落も見られるようになる。必ずしも副葬品ではなく、住居、捨て場などその出土状況も多様である。これは玦状耳飾りが普及、一般化するとともにその用途や形状も縄文文化特有のものに変化していくものと考えられ、その後もこの傾向は継続する。
 常時ではないが、縄文文化と大陸の先史文化は相互に関連する時期があると考えている。