日本海学調査研究委託事業
最終氷期最寒時(2万年前)以降における日本海の環境変動に関する高分解能研究
平成17年度委託研究成果の概要報告
平成17年度委託研究契約の研究内容に基づき、以下の委託研究が実施され、所期の結果が得られたので、概要を報告する。
1.
日本海の表層堆積物76点に含まれる珪藻化石、各試料につき約200個体を同定・算定し、珪藻種が生息する環境の違いによって、淡水生種、沿岸生種、沿岸~浅海生種、外洋種、及び温暖種(暖流系種)、寒冷種(寒流系種)などに区別した。さらに、日本海へ流入する東シナ海沿岸水を特徴づける沿岸~浅海生種Paralia sulacataと対馬暖流の特徴種Fragilariopsis doliolusを選定すると共に、珪藻温度指数[温暖種の個体数x100/(温暖種の個体数+寒冷種の個体数)]を算定した。
表層堆積物76点が位置する現在の緯度、経度、水深、夏季と冬季の水温と塩分などを日本水路協会発行の海洋環境図から読み取り、珪藻化石群集との関係を図化し、過去の日本海における水塊分布を解析するための珪藻化石のモデルを構築した。
①外洋生の温暖種と寒冷種は、北緯40度付近で南北に2分される。これは、ラジンと佐渡島を結ぶ「亜寒帯フロント」が日本海の水塊を南部海域の温暖水塊と北部海域の寒冷水塊に分断していることの反映である。
② 南部海域で水温変化が激しいのは、対馬暖流の流れが局所的に激しく変化することの反映である。
③ P. sulcataの産出は、南部海域の北緯36~36度に限定される。
④ P. sulcataと交代するように、北緯38~40度でF. doliolusが優勢となる。
⑤ 珪藻温度指数(Td' 値)は、南部海域において70前後で変動するが、亜寒帯フロントから北方へ減少し、20以下になる。
Td' 値は1次式で定義されるが、表層海水温度との相関関係は直線的でなく、水塊ごとに水温に対する感度が異なっているので、黒潮水塊や対馬暖流水塊から混合水塊へ移るにつれて、海洋環境(水温因子)が不安定となり、Td' 値は鋸歯状に激しく変動する。
このモデルを能登半島沖のグラビティコア6-GC-7を含む複数のコアに適応して、3万年前以降の珪藻化石を高分解能で解析し、解析結果の概要を解説した。
表層海水温度の変化を相対的にしか表現できないというTd' 値の欠点は、珪藻化石群集から表層海水温度を推定する変換関数を作成して解決された。すなわち、珪藻殼を100個体以上ふくむ72個の表層堆積物における種組成(83タクサ)をQモード因子分析して、全分散の90%以上が4つの因子(群集型)で説明されることを見いだした。
各因子を構成する種の環境生態と各因子の各地点への寄与率(地理的分布)に基づいて、因子1は南東海域に多産し対馬暖流の影響を受けている、因子2は南西部海域に多産し東シナ海沿岸水の影響を受けている、因子3は南西部と北部海域に多産し、リマン海流の影響を受けている、因子4は日本海周辺部海域に多産し沿岸水の影響を受けている、ことなどが判明した。
各因子の各地点における因子負荷量(産出頻度)を表層水温(2月と8月)に対し線形重回帰することによって、珪藻化石群集を表層海水温度に変換する変換関数を作成した。各地点における実測値と計算値との相関係数の二乗は、2月で0.716(標準偏差1.83)、8月で0.759(標準偏差1.78)であった。
この変換関数をピストンコアに適応したところ、対馬暖流の指標種F. doliolusの産出頻度やTd' 値の層序的変動やそれらから復元される表層海水温度の変動幅と整合的であった。
2.
高分解能解析を行うために、10点の試料から検出した有孔虫殼の放射性炭素14C年代の測定を地球科学研究所(株)に依頼した。島根沖の7-GC-5コアから5試料、能登沖の6-GC-7コアから1試料、秋田沖のC-GC-8コアから4試料、計10点のうち現在までに6試料の測定結果が判明している。この測定結果は、日本海の古環境研究を一段と先鋭化するであろう。全ての測定結果が整い次第、英文原著論文を国際誌に投稿すべく準備中である。
3.
日本海の古環境変動に関する普及書『日本海と環日本海環境-その成立と自然環境変動』(仮)を角川学芸出版から出版すべく原稿を準備した。6~7月の発刊を予定しており、ゲラ刷りを回覧する。
4.
当該委託研究の期間中にウエッブ上のon line と印刷出版によって、公表された日本海の古環境研究に関する英文論文:Koizumi,I.,R.Tada,H.Narita,T.lrino,T.Aramaki,T.0ba and H. Yamamoto(2006)Paleocenogarphic history around the Tsugaru Strait between the Japan Sea and the Northwest Pacific Ocean since 30 cal kyr BP. Palaeogeograhy, Palaeoclimatology, Palaeocology 232, 36-52.別刷を回覧する。