日本海学グループ支援事業

2003年度 「日本海側地域における温度環境と植物の適応」(中間報告)


2003年度、2004年度 日本海学研究グループ支援事業

個人 佐藤卓

1 研究目的

 日本海を囲む地域に分布する典型的な森林群落の温度環境を計測し、日本海要素植物の環境に対する適応現象を考察するための温度環境を明らかにする。

2 平成15年度研究概要

(1)温度データロガーの設置と植生調査

 富山県内の主要な植物群落10ヶ所に温度データロガー・おんどとりJr(T&D社製TR-51A、TR-52)を2003年5月~10月までに設置した。TR‐51はセンサー内臓型、TR-52は外部センサー付きである。データは1年ごとに回収する予定である。植生調査は文献調査と現地調査を行った。これらの解析は平成17年度までに完了する予定である。

データロガー設置箇所の概況
位置 現地の概況 植生・温度環境
①朝日町宮崎
(シイ林)
鹿島神社の後背地に成立している鹿島樹叢スダジイ林

林冠の高さは15~20m、階層構造は3層。スダジイは高木層と亜高木層に大部分が分布し、低木層にはわずか。種多様性指数α値は4.4(氷見市朝日神社のスダジイ林とほぼ同じ、全国のスダジイ林と比べると小さな値)。密度は1378本/ha、基底面積合計は126.9㎡/ha。基底面積合計に占めるスダジイの割合は83%で、優占度が高い。
年平均気温14.0℃、最暖月(8月)平均気温26.0℃、最寒月(1月)平均気温2.8℃。
暖かさの指数(WI)114となり、群系区分では照葉樹林帯地域(吉良ら(1976)が提唱)となる。
年降水量3190mm、最深積雪量2月に63cmと推定。
日本海指数119で典型的な日本海側気候(鈴木・鈴木(1971)が提唱)。
②上市町大松
(ウラジ口ガシ林)
大松集落東側山麓の神社背後にあるウラジロガシが優占する林

樹高2m以上の木本の種多様度指数(α)は 1.7。立木密度は2344本/ha。基底面積合計は63.6㎡/haで、基底面積合計に占めるウラジロガシの割合は94%であり優占度が高い。
日本海指数は98で、日本海側気候。
③高岡市二上山
(低地型ブナ林)
二上山の山頂部(標高270m)に狭い面積ながら成立するブナ林

照葉樹林帯要素のアカガシやアカシデが混交する低地型ブナ林。標高1000m前後に成立している山地型のブナ林とは構造的に異なる。ブナ林の林冠高は10m前後で、亜高木層にはアカシデやコナラ、低木層にはマンサクやリョウブなどの夏緑樹林帯要素が含まれている。種多様性指数は6.1、山地型ブナ林よりかなり高い。
WI(暖かさの指数)=96で、照葉樹林帯に属すると考えられる。
④魚津市平沢
(トチノキ林)
平沢集落の西側にある沌滝の下流域にひろがる卜チノキ林

トチノキ林の立木密度は365本/ha、トチノキは立木密度の27%を占めている。基底面積合計は39.6㎡/haで、トチノキは基底面積合計の83%を占める優占種。林冠高は18~22m、林冠に達するトチノキ以外の樹木は、サワクルミとイタヤカエデ、ケヤキ。胸高直径50cmを越えるトチノキの密度は60本/ha。トチノキにはツルアジサイやツルマサキ、フジが巻き付き、樹冠上に葉を茂らせている。
⑤宇奈月町黒薙
(ツガ林)
黒部峡谷鉄道黒薙駅の東側斜面に成立するツガとミズナラが混交する林

 
⑥南砺市相倉
(ブナ林)
相倉集落の西側斜面(標高460m)の雪持ち林(雪崩防止のために禁伐林として保存)で、ブナが優占する林
雪持ち林の1つはブナを優占種とする林で、ブナ林の林冠高は20~26m。森林構造は3層構造で、亜高木層が貧弱。林床にはヒメアオキやユキツバキなどの日本海要素が高い被度で分布。
⑦宇奈月町欅平
(ケヤキ林)
黒部峡谷鉄道欅平駅の西側斜面に成立するケヤキ、サワグルミの混交する林

 
⑧立山町美女平
(ブナ林)
千寿ヶ原から美女平に至る材木坂ルートの美女平終点近く(標高960m)にあるブナとスギが混交した林(富山県内の典型的なブナ林と考えられる)。
美女平のブナ林はスギと混交していることが特徴で、基底面積合計に占めるブナの割合は31.6%~66.3%と大きい値であるが、スギも20.4%~58.4%と高い植であった。種多様性指数の一つであるα値は4.4~6.2で、大山町有縁や瀬戸蔵山、南砺市ブナオ峠などの山地型ブナ林の植(2~3)より大きな値であった。林冠高は25m~30mで、林床にはエゾユズリハやヒメモチ、ヒメアオキなどの日本海要素植物が生育。
⑨立山町弥陀ヶ原
(オオシラビソ林)
広大な弥陀ヶ原草原はオオシラビソを優占種とする針葉樹林

階層構造は高木層と低木層の2層構造で、単純。高木層はオオシラビソが優占し、ダケカンバが混交する。立地標高が高くなるにしたがって樹高が低くなる。草原に孤立し生育する場合にも樹高が低くなる。基底面積合計は47~88㎡/ha。種多様性指数は1.4~3.1、ブナ林の値より小さい林分が多い。
⑩立山町室堂
(ハイマツ林)
室堂平周辺のハイマツ帯(高山帯)に属するハイマツ低木林と高山植物群落

ハイマツ低木林はハイマツが最上層を占める。林床にはコケモモやコガネイチゴ、ミツバオウレン、イワカガミなどが低い被度で分布。林縁にはガンコウランやシラタマノキ、ゴゼン夕チバナなどが生育。

 各設置箇所については、樹幹の地上30cmの所に、データロガー(TR-52)をセンサーを地表面に露出させて設置、同樹幹の地上2mの所に、データロガー(TR-51A)を直接太陽光があたらない北側に設置した。
 ⑧、⑨、⑩については、国立公園内特別地域であり、設置に際しては関係機関の承認を得ている。

(2)日本海指数の算出

 日本気象協会が公表しているメッシュ平年値データ(気象庁1996)を元に、富山県内のメッシュごとの日本海指数を算出し、メッシュ地図を作製した。
 日本海指数(鈴木‐鈴木,1971)とは、平均気温と平均降水量をプロットしたクリモグラフ上で最寒月と最暖月の2点を結ぶ直線のx軸(月平均降水量)に対する角度である。


 このことから、富山平野のほとんどは90~119の範囲に入り、90未満のメッシュは上市町周辺に9メッシュ存在していることがわかった。また、日本海指数120以上のメッシュは立山連邦と後立山連邦のグループと五箇山地方から宝達山ヘ伸びる地域のグループの2ヶ所に分かれていることが読みとれる。そして、この2つの地域を2分するように、富山県の南東部から長野県・岐阜県側へと日本海指数90未満の地域が広がっていることが明らかになった。その富山県側に伸びた日本海指数90末満の地域の中心は有峰地域であった。
 もう一つ明らかになったことは、黒部川の流域が日本海指数90~119の地域で、ほとんど平野部と同じ値であることである。黒部川の中流域に暖温帯に分布の中心を持つツガが自生することは、この結果をもとに説明することがすることが可能ではないかと思われる。
 次年度は日本における日本海指数の分布と日本海を取り囲む地域の日本海指数を算出し、気候の特徴を明らかにし、植物の分布との関係を考察したい。

(3)主要な植物群落構成種の温度適応

 それぞれの植物群落を構成する植物の中から日本海要素を選び、その分布と形態変異について解析することを計画している。今回はヒメアオキを選び、解析することにした。ヒメアオキは日本海側に分布の中心を持つ植物で、太平洋側に分布の中心を持つアオキの変種とされている。区別点は葉の大きさと冬芽の毛の有無である。ヒメアオキはアオキに比べて、葉が小さく冬芽に毛があるとされている。富山県内のアオキ属植物はすべてヒメアオキとされているが、アオキに似た形態のものがあることがこれまで指摘されており、その解析が必要となっている。
 そこで、葉のサイズと冬芽の毛の状態を観察するためにサンプルを採取し、形態変異を解析することにした。その形態変異と日本海指数や実際の生育地の温度環境との関係を明らかにしたい。今年度は、サンプリング方法を検討するために、試行的に平野部に近い魚津市平沢、上市町大松の2ヶ所からサンプルを採取した。1本のシュート上には4枚から6枚の葉が1年間に展開することが明らかになった。多くのシュートが4枚の葉を付けていたので、1本のシュートの上から4枚の葉を採取し、サイズを計測した。その結果、2つの集団間でサイズには統計的に優位な差は見られなかった。次年度以降、日本海指数の異なる地域からサンプルを採取し、解析を行いたい。

3 平成16年度研究概要

(1)主要な森林群落の温度環境

 富山県内の主要な植物群落10ケ所に温度データロガー(おんどとりJr(T&D社製TR-51A、TR-52)を2003年5月~10月までに設置し、2004年3月~12月に1回目のデータの回収と電池の交換を行った。設置した場所(別紙)と観測期間等の概略を下記に示した。

温度環境測定地点
NO 市町村 地点名 植生 標高(m) 温度測定期間 日数
朝日町 宮崎 シイ林 90 2003.10.26-2004.11.2 393
上市町 大松 ウラジロガシ林 130 2003.3.16-2004.3.21 372
高岡市 二上山 低地型ブナ林 267 2003.10.17-2004.10.3 380
魚津市 平沢 トチノキ林 272 2003.7.26-2004.8.13 385
宇奈月町 黒薙 ツガ林 350 2003.9.21-2004.9.26 372
南砺市 相倉 山地型ブナ林 440 2003.5.18-2004.5.20 369
宇奈月町 欅平 ケヤキ林 550 2003.9.21-2004.9.26 372
立山町 美女平 山地型ブナ林 960 2003.5.24-2004.6.6 380
立山町 弥陀ケ原 オオシラビソ林 1920 2003.6.21-2004.6.27 373
10 立山町 室堂 ハイマツ林 2420 2003.8.30-2004.8.28 365
(2)森林群落の植生調査

 今年度は立山町美女平のブナ林2ケ所で、植生調査を行った。
美女平のブナ林はスギと混交していることが特徴で、基底面積合計に占めるブナの割合は31.6%~66.3%と大きい値であるが、スギも20.4%~58.4%と高い植であった。種多様性指数の一つであるα値は4.4~6.2で、大山町有縁や瀬戸蔵山、南砺市ブナオ峠などの山地型ブナ林の植(2~3)より大きな値であった。これはスギが第二または第一優占種として存在するために、多様な構成種となったと考えられる。

(3)主要な植物群落構成種の温度適応

 ヒメアオキの形態変異と日本海側気候との関係を明らかにするため、昨年度採集した魚津市平沢と上市町大松に加えて、今年度は氷見市小境、富山市的場、富山市呉羽山、大沢野町猿倉、朝日町宮崎、魚津市石垣、大山町有峰からサンプルを採取し、葉の形態を計測した。次年度はサンプルを増やし、日本海指数との関係を解析したい。

4 平成17年度研究実施計画

(1)主要な森林群落の温度環境

 平成17年9月~12月までに、すべての温度データロガーを回収する予定。この結果を基に、森林造による温度環境の違いを明らかにしたい。また、林床と地上2mの温度環境(暖かさの指数や積雪期間)の相違を明らかにしたい。

(2)森林群落の植生調査

 温度データロガーを設置した林分の内、8林分で森林構造を明らかにしてきた。しかし、黒薙と欅平の林分はまだ、未調査なので、今年度に森林構造を調査する予定である。

(3)主要な植物群落構成種の温度適応

 平成17年度はアオキの葉のサイズに見られる地理的変異と、温度環境や日本海指数との関係を解析する予定である。また、富山県内に見られる日本海要素植物の分布と、その分布地の日本海指数の関係を考察したい。

5 参考文献

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