日本海学グループ支援事業

2005年度 「越境大気汚染や地殻起源物質が北陸地方の大気環境へ与える影響の評価」


2005年度 日本海学研究グループ支援事業

富山県立大学短期大学部環境システム工学科
 渡辺幸一

1. はじめに

 北陸地方は日本海側に面していることから、大陸から輸送されてくる大気汚染物質の影響により多量の酸性降下物が観測されている。そのため、立山をはじめとする北陸地方の山岳地域においても、植生衰退などの環境被害が進行していく可能性が懸念される。また、黄砂粒子のような土壌起源物質の輸送も増加傾向にある。北陸山岳域は大陸起源物質の動態を研究するのに最適な地点と考えられるが、大気化学的な観測例は未だ非常に少ない。
 本研究では、大陸起源汚染物質や黄砂粒子など地殻起源物質が北陸地方の自然環境へ与える影響を評価するため、富山県の立山において霧水・降水・積雪中の化学成分濃度の測定やオゾン(O3)や二酸化硫黄(SO2)などの微量大気汚染成分の測定を行った。

2. 方法

 霧水・降水の採取は立山の室堂平(標高2450m)、大観峰(標高2300m)、弥陀ヶ原(標高1930m)、美女平(標高970m)等で2005年の秋期を中心として行った(霧水の採取は、室堂平と大観峰の二地点のみ)。通常3~6日毎に試料を回収した。採取した霧水・降水は、富山県立大学に持ち帰り、pHや主要イオンの測定(イオンクロマトグラフ法)などを行った。また、秋期との比較のため4月に室堂平で採取した積雪試料についても化学成分の分析を行った。O3やSO2などの大気汚染物質の測定は、2005年秋期に美女平で行った。

3. 結果と考察

3.1. 霧水・降水中の化学成分
図1. 2005年秋期の立山室堂平における
霧水中の平均イオン成分当量比

 2005年秋期の室堂平における霧水のpHは3.3~5.5(平均3.9)と強い酸性霧も度々観測された。一方、降水のpHは3.7~6.1(平均4.7)程度で霧水より酸性度は低かったが、霧水・降水共に2004年に観測された霧水・降水よりも酸性度が高かった。また、今回の観測では、霧水は降水より4倍以上もイオン成分が濃縮されており、特に硫酸イオン(SO42-)濃度が高く、pHも低下していた。そのため、霧水が及ぼす植生への影響が懸念される。
 2005年秋期の室堂平における霧水中の平均イオン成分比(当量比)図1に示す。SO42-が占める割合が非常に高く、硫酸が主に霧水を酸性化させているものと考えられる(2004年に採取された霧水よりも硫酸イオンが占める割合が高かった)。通常、国内の汚染物質の影響を受けた酸性霧では、硝酸イオン(NO3-)濃度が高くなるが、室堂平で観測される酸性霧は長距離輸送されてくる汚染物質の影響を強く受けている可能性が考えられる。霧水採取期間について室堂平を起点とする後方流跡線解析を行い、気塊到達経路を調べてみると、特に2005年は、大陸の汚染地域を通過してきていた気塊が多かった(2004年では、九州や関西地方や太平洋方面を起源としている頻度も多かった)。立山室堂平では、大陸起源の越境汚染物質の影響を大きく受け霧水が酸性化されている可能性が示唆される。ただし、九州や関西地方起源など国内の汚染物質の影響も受けている可能性も否定できない。なお、大観峰における霧水中の成分は、室堂平のものと大きな違いはみられなかった。

 立山における降水中の硫酸イオン濃度に対する硝酸イオン濃度比([NO3-]/[SO42-])は、標高が低い地点ほどNO3-の割合が高くなった。これは、標高が低い地点ほど、富山平野起源などの地域的な汚染の寄与が大きくなるためであると考えられる。一方、山頂に近い地点ほど広域および大陸起源の影響の寄与が大きくなると考えられる。

 室堂平における降水中の季節別平均イオン成分比を図2に示す。なお、冬期と春期については4月の室堂平で採取した積雪中のイオン成分比から求めた。冬期は、海塩由来成分(塩化物イオン(Cl-)やナトリウムイオン(Na+))が占める割合が比較的高く、日本海の対流活動が冬期に活発になるためであると考えられる。また、春期においては、黄砂粒子の影響と考えられるカルシウムイオン(Ca2+)が占める割合が高く、pHは他の季節に比べ高い値となっていた(冬期や秋期の平均pHが共に4.7と酸性化されていたのに対し、春期についてはpHが5.2にまで中和されていた)。また、NO3-についても冬期や秋期と比べ比較的割合が高くなっていた。一方、秋期においては、SO42-の占める割合が非常に大きかった。今回、夏期の観測は行わなかったが、室堂平の降水中の化学成分は季節による大きな相違がみられる可能性が示唆される。

3.2. 美女平における大気汚染物質

 立山美女平におけるO3濃度は、9月には午後に濃度が高くなる明瞭な日変化を示したが、11月になると日変化は非常に不明瞭となった。一方、二酸化窒素(NO2)濃度は日中濃度が高く、夜間に低濃度となる日変化が、観測期間を通して観測された。
 一般に山岳域では、卓越する山谷風循環により、日中には下層の大気汚染物質が運ばれ、夜間には上層からの大気の移流が観測される。日射が強い時期には、大気の鉛直対流が活発になるため混合層が発達し、下層の汚染物質が運ばれやすくなる。一方、日射が弱い時期になると、大気の鉛直混合が弱まり、大気境界層の上端高度も下がり、上空の自由対流圏の影響を受けやすくなると考えられる。しかしながら、NO2濃度の日変化から、美女平では、11月にも9月と同様に下層から汚染物質が運ばれてきていることがわかる。すなわち美女平におけるO3濃度の日変化の季節変化は、大気汚染物質の輸送形態の違いによるものではなく、O3の光化学生成の違いによるものであると考えられる。実際、富山水橋局のオキシダント(O3とほぼ同様のもの)データから、夏期から晩秋期にかけての光化学生成量の低下がみとめられる。
 図3に、2005年の美女平におけるSO2の時系列を示す。11月には、非常に高濃度のSO2が観測された。高濃度SO2の起源を推定するために、後方流跡線解析を行った結果を図4に示す。これらの結果から、高濃度のSO2が観測されたときには、気塊が大陸の汚染地域を通過してきていたことがわかる。比較的標高の低い美女平においても晩秋期には、大陸からの汚染物質の影響を強く受けている可能性も考えられる。


図3. 2005年秋期の立山美女平におけるSO2濃度の時系列


図4. 高濃度SO2観測時(2005年11月13日)における
3日間後方流跡線解析の結果