日本海学グループ支援事業

2006年度 「環日本海における先史時代の岩画の研究」


2006年度 日本海学研究グループ支援事業

大塚 和義

参考;2007年度 報告

1.はじめに

 環日本海沿岸地域においては、先史時代より交易・交流がさかんに展開されてきた。その物的証拠となるもののひとつが岩画である。岩画は、垂直に切り立っ た崖の平面部に人物や動物を主体として、舟や車輪・家屋などのモチーフを石器や鉄器を用いて刻み付けたものである。技法的には線刻やペキングなどである が、岩肌に赤色顔料で描いたものや刻み部に顔料や動物の血液を塗布したものもある。
これらの岩画は、狩猟や漁撈の豊穣を神へ祈願し、あるいは神から与えられた豊かな恵みに感謝する目的のものが多いことが、現在でも持続している岩画信仰か らも指摘できる。それにくわえて、人間の繁栄を祈る性的な場面や仮面などの表現も普遍的である。
近年のめざましい韓国考古学、原始美術の研究調査の進展により、現在、韓国の南東部に17箇所という多くの岩画遺跡の集中が明らかにされている(韓国の岩 画分布参照)。このたびの筆者らの調査は、1970年に韓国において岩画研究が本格的に行われた最初の遺跡である蔚山地区の盤亀台岩画を中心としたもので ある。

2.盤亀台岩画の調査

 盤亀台岩画と総称されている遺跡は、1970年に発見された川前里岩画とその翌年に発見された大谷里岩画のふたつの遺跡から成っている。いずれも当時東 国大学校の文明大氏等によって調査され、その詳細な報告は1984年『盤亀台岩壁彫刻』として出版されている。盤亀台の調査は韓国における岩画研究の最初 のものであり、そこに表現されているのは、大谷里岩画の巨大なクジラの群やレントゲン技法で描かれたトラやシカ類などの多くの海や陸の動物、あるいは舟や 弓を射る人物や男根を表現した「踊る人物」とされるものなど多彩であり、造形的にも優れた描写力が注目を集めた。しかしながら、これらの画像と環日本海沿 岸地域に広く分布する岩画との比較研究はほとんど進展がみられなかった。筆者はこれまでに、日本における代表的な岩画遺跡である北海道のテミヤおよびフ ゴッペ両岩画の調査、あるいはロシア沿海州のサカチ・アリャンやマイ遺跡などの日本海沿岸地域に広がる岩画遺跡の現地調査を行ってきた(大塚2005) が、環日本海地域に広がる岩画群の比較検討には、残された韓国の岩画遺跡についての調査が必要不可欠のものであった。
 このたび幸いにも富山県より調査の機会を与えられた。しかし、もっとも重要な大谷里の現地調査は川の水位上昇によって水没する夏から秋を中心とした時期 は不可能である。水量が減る時期には、対岸から岩画に対して10mほどの距離まで接近できるが、岩画が太陽光線によって肉眼で鮮明に見えるチャンスは1週 間ほどしかないことを現地の案内者から聞くことができた。残念なことに、撮影した時期は最高の条件のもとではなく、望遠レンズ等を用いても半数ほどのみを 識別可能なデータとして今回記録し得たことである。岩画は重要な文化財であり、直接手を触れて拓本等をとることは不可能であるので、これら条件のもとでの 調査であった。しかし、現物を見ることによってペキング等の技法や岩画のモチーフの配列や画像制作の順序の推定さらに高さ10m長さ50m以上におよぶと 推定される全体像の意味を解明するための基礎的調査は実施できたといえよう。
 今回の調査によって得られた成果について以下に述べることとする。
 トラやシカの図像は、はるか500km以上離れたロシアのサカチ・アリャン岩画遺跡に見られる技法と共通のレントゲン手法で描かれているが、細部を見る と大谷里のそれは簡略にしかもきわめて小型に表現されている。さらに大谷里の動物図像(トラ図像参照)には垂直に近い姿で描かれているものがあり、これは おそらく斜面を登る姿勢と見られるが、サカチ・アリャンにはこのような動きのものは存在しない。また、クジラについての多様な表現はこの遺跡特有の図像と いってよいものである。クジラの図像は腹をみせているものや舟でクジラ漁を行っている場面もあり、クジラに対して特別な関わりをもった集団の祭祀の場と考 えたい。おそらくこれらの図像を残した集団は日常的には海岸部寄りに居住していたとみてよいであろう。そして陸獣の猟も季節的に行っていたクジラ漁集団で ある。遠距離を自由に行動できる舟と操船技術をもっていたであろうことは、クジラに対して舟から銛を投げた図柄の存在を文明大氏が明らかにしているところ であり、この図像ははるかベーリング海域のチュクチ地域の岩画と共通している点を指摘できる。なお、岩画ではないが1200年ほど前にオホーツク海の北海 道沿岸を中心に勢力をもったオホーツク文化期の骨製針入れに描かれたクジラ漁の図像とも近似している。これらのことから、クジラ漁を頂点とした信仰体系を 持つそれぞれ異なる文化集団が日本海からオホーツク海そしてベーリング海に至る広範囲な海域世界に存在した可能性を提起しておきたい。
 大谷里の岩画は、限られた狭い岩面に幾度も重ねて画像を彫り込んでおり、これも特徴といえる。
 もう一方の川前里岩画は、動物や人物画像が残されているが、これは先史時代に属するもので、大谷里岩画と共通する時代の所産のものもある。しかしながら 時代不明な幾何学文様が主体であり、新羅時代の文字も彫られている。文字の存在から見て、新羅時代にも信仰の対象として川前里は機能していたとみてよいで あろう(画像図参照)。
 このほか、慶州市の錫丈洞遺跡の盾型モチーフは、盾は刀や矢を射込まれることを防ぐものであり、しかもこれに人面を配するという形状から見て、悪霊を防 ぐ意味合いを込めて彫られ信仰されたと考えられる。この筆者の見解は、今後より詳細に検討されねばならないであろう。しかしながら、韓国南東部に集中して この盾型モチーフの図像が数多く見られることから、この図像に込められたメッセージは重要かつ地域性をもつものであったと考えられる。

3.まとめ

 今回、合わせて韓国南東部に所在する3箇所の岩画遺跡を実際に調査できたが、岩画のモチーフについては概略次のようにまとめることができる。つまり先史 時代の陸と海の動物および人物の図像群とこれと同時代もしくはより時代が新しい幾何学文様の図像群、また青銅器を用いた先史時代の所産とみられる盾形の図 像群という3つの図像系統に分類されること、またこれらが時間差をもって特定の場所で一定の歳月を経て重層的に制作されたものということである。日本の北 海道の岩画やロシア沿海州の岩画と、今回調査した韓国の岩画との類似性と異質性、あるいは岩画群を全体としてとらえたときの物語性の有無、さらに岩画が果 たした機能など、環日本海沿岸地域に広がる岩画という共通の文化遺産についての総合的な検討が今後求められる。

参考文献文明大(1984)『盤亀台岩壁彫刻』東国大学校刊
任世権(1994)「先史時代韓国と中国の岩刻画比較研究」『美術史学研究』204
大塚和義(2005)「岩画の道-アジアが共有するイメージのネットワーク」『文化遺産』18号 国際航業刊

 

韓国の岩画分布(任世権1994を改変)

 

 

大谷里遺跡遠景(右側の岩壁に岩画群)

 

 

大谷里・陸棲動物図像(右はトラ)

 

 

大谷里・クジラ図像1

 

 

大谷里・クジラ図像2

 

 

川前里遺跡遠景(右岸裏側に岩画群)

 

 

川前里・人面図像

 

 

川前里・幾何学図像1

 

 

川前里・幾何学図像2

 

 

川前里・新羅時代漢字

 

 

錫丈洞遺跡遠景(中央部の岩壁に岩画群)

 

 

錫丈洞・盾型図像

 

 

錫丈洞・盾型図像群