日本海学グループ支援事業

2006年度 「本州日本海沿岸地域における新生代貝化石群と古環境」


2006年度 日本海学研究グループ支援事業

天野 和孝

1.はじめに

 報告者はこれまでに日本海側の中新世中期の初期(約1600万年前)、鮮新世から更新世前期(約500-80万年前)の貝化石の分類と分布について検討 を行ってきた(例えば、天野,2001;Amano et al., 2004など)。その結果、現在の日本海の生物相の生い立ちを考慮する際には、地史的な要因を考慮する必要があることが明らかになってきた。また、こうし た研究成果は現生の分子生物学的な成果からも支持されている(Iguchi et al., 2006 on line)。
 日本海の生物に影響を与えたと考えら れる地史的な出来事としては、約1600万年前の温暖化、350万年前の対馬暖流の流入、275万年前の寒冷化、80万 年前の氷河性気候変動の顕著化が挙げられる。これらの影響を評価するため、富山県富山市八尾町、新潟県佐渡島、秋田県秋田市周辺より産出する貝化石を検討 し、新生代後半における日本海の古環境変動と貝類の分布や絶滅の関係を明らかにする必要があり、本研究では以下の地域と事柄について調査検討した。
(1)約1600万年前の温暖な時期に堆積し、詳細な検討のない佐渡市の下戸層の貝化石を検討し、今まで不明であった他の地域の貝化石群との比較を行う。
(2)対馬暖流の開始期を検討するため、350万年前にかけて堆積していたと予想される富山市八尾町の三田層産貝化石群の年代を明らかにする。
(3)275万年前の寒冷化による貝化石群の変化を検討するために、詳細な年代が明らかにされれている秋田県秋田市小黒沢の笹岡層産貝化石群を検討する。
(4)氷河性気候変動が顕著となる80万年前ごろに堆積したとされている佐渡市の沢根層産貝化石群の変遷について検討する。

2.新潟県下戸層産貝化石

 下戸層産貝化石についてはKobayashi & Ueda (1991)により総括されている。その結果48種が同定された。しかし、同時代の富山県八尾地域の黒瀬谷層の202種、石川県能登の東印内層の189種 に比べ、種数が少なくその理由も不明であった。最近、報告者らは大佐渡の河ヶ瀬崎からこれまで報告のない54種を識別し、下戸層の低多様性の原因は保存の 悪さにあることを予想した。さらに、これらの種のうちHaliotis notoensis, Euchellus notoensis, Turbo ozawai, Lunella kurodaiなどは東印内層が北限とされてきた暖流系岩礁性種であり、さらに多くの種が東印内層と共通する可能性も示された。そこで、本研究では従来か らVicaryaなど干潟の群集が知られている大佐渡の"がためき"を調査した。その結果、従来より知られていたLittorinopsis miodelicatula, Vicarya japonica, Vicaryella notoensis, Chelyconus tokunagaiのほかにBatillaria toshioi, Chicoreus asanoiなどこれまで知られていなかった東印内層との共通種が見出された。その結果、下戸層では岩礁の群集だけでなく、干潟の群集も東印内層との共通 性が高く、いくつかの暖流系種は下戸層が北限となることが明らかとなった。

3.富山県三田層産貝化石

 富山県富山市八尾町の三田層からは浅海性の貝化石の産出が知られてきた。三田層下部にはOT3 凝灰岩(400万年前)が上部にはMT2(220万年前)凝灰岩が知られているため、350万年前の対馬暖流の日本海への流入を知るためには重要な地域と 考えられる。天野ほか(2006)では三田層のOT3凝灰岩の直上からMT2凝灰岩の間の層準から採集された貝化石を採集し、ほぼすべての層準から暖流系 種を認めた。また、この時代に定常的に対馬海峡は開き、暖流系種が流入していたことを推定した。これは、従来、対馬海峡は間欠的に開いて、そのつど暖流が 流入したとする見解(例えば、的場,1978)と異なる。ただし、三田層の年代は凝灰岩の対比に基づくものであり、直接微化石などによるものでないことが 問題であった。本研究では三田層が模式的に見られる赤江川支流の微化石試料を採集し、検討した。その結果、OT3 凝灰岩からMT2凝灰岩の間の層準から385~275万年前を示す微化石(石灰質ナンノ化石)が産出し、凝灰岩の対比による年代とも矛盾しないことがわ かった。したがって、350万年前以前から少なくとも275万年前には定常的に対馬海流の影響があったことが明らかとなった。

 

図1.秋 田県小黒沢周辺の地質柱状図

 


 

4.秋田県笹岡層産貝化石

 275万年前の寒冷化の影響を検討すべく、当初、能代市の笹岡層を調査する計画を立てたが、秋田市小黒沢川の方が275万年前の層準がより明確になって いることがわかり、調査地を変更して、秋田市小黒沢川周辺の笹岡層産貝化石を検討した。また、本研究の調査により図1のような柱状図が得られた。これまで の検討から、産地4と5の間に275万年前の層準があることが明らかとなっている。
 これまでの概略的な調査によれば、産地1からはConus sp.など暖流系種が産出するのに対し、産地5からは暖流系種は産出せず、現在北海道北部に生息するFelaniella ohtaiが採集されている。詳細は今後の検討に待たれるが、秋田市周辺でも275万年前に寒冷化の明確な影響があったことが本研究の結果明らかになっ た。

 

5.新潟県沢根層産貝化石

 石川県金沢市の大桑層産貝化石の検討から約80万年前に多くの日本海固有種が絶滅したことが明らかとなっている(天野,印刷中)。本研究ではこの時代に 堆積した新潟県佐渡市の沢根層産貝化石を検討した。その結果、17の貝化石産地が明らかとなり(図2)、例えば産地4(貝立)の沢根層下部から9種の日本 海固有種を含む貝化石群が採集された。一方、約80万年前以降と考えられている産地14~17(質場)では日本海固有種はLirabuccinum japonicum, Limopsis tokaiensis, Mizuhopecten tokyoensisが得られたに過ぎない。本研究の結果、沢根層の上部に向けて、日本海固有種は消滅したことが明らかとなった。また、この時期にすべて の日本海固有種が絶滅したわけではないことも明らかにされた。  

図2.沢 根層の貝化石産地(国土地理院発行1/25,000地形図「相川」、「河原田」使用)

 

6.おわりに

 本研究の結果、以下のことが明らかとなった。

(1)約1600万年前の下戸層の貝化石群は岩礁の群集だけでなく、干潟の群集も同時代の石川県能登半島の東印内層産貝化石群との共通性が高い。

(2)富山県の三田層産貝化石群と微化石の検討から350万年前以前から275万年前には定常的に日本海に対馬海流が流入していた。

(3)秋田市周辺の笹岡層産貝化石群中には275万年前の寒冷化の影響が認められる。

(4)約80万年前の沢根層の上部に向けて、多くの日本海固有種が消滅した。