日本海学グループ支援事業

2006年度 「北東アジアの植物の適応と進化、ワスレグサ属植物からみる」


2006年度 日本海学研究グループ支援事業

野口 順子

1.研究目的

 北東アジアに分布するワスレグサ属植物の変遷史と進化、そして、それに伴って起こった適応進化について明らかにする。この研究では、これまでの研究結果 からワスレグサ属植物が起源したと考えられるシベリア極東地域で野外調査を行い、この属の植物の起源初期の形質状態を推察する。

2.これまでの研究から

 野口によるワスレグサ属(Hemerocallis, Hemerocallidaceae)植物の中でも、原始的と考えられるニッコウキスゲとユウスゲに関する研究は、次のことを示唆した。

(1)ニッコウキスゲ(H. middendorfii )の祖先は、日本海が形成される以前の日本列島が大陸からまだ分離する以前の2500万年前にはすでに起源していたであろう。


 

(2)日本海が形成され、日本列島の南は大陸から離れるが、日本列島の北部は大陸と繋がっており、樺太、北海道、本州は陸続きだった。その時代には、ニッ コウキスゲは、関西以北の日本列島に広く大きな集団を形成していた。しかし、すでに日本列島のニッコウキスゲ集団と中国東北部に生育するニッコウキスゲ集 団とは分離していた。


 

(3)間宮海峡、宗谷海峡、津軽海峡や日本列島に山脈が造成されることによって、ニッコウキスゲの集団は分断された。現在は、ニッコウキスゲは北陸以北の 日本海側に連なる山々の亜高山帯域に、少し低い山々では山頂付近に分布している。また、これらの山間にある盆地にもニッコウキスゲは生育している。一方、 関東、東北地方の太平洋側には高山がほとんどない、そこではニッコウキスゲの小さな集団が低地に点々と見られる。残念ながら、現在はその多くの集団は開拓 や宅地化によって消滅してしまった。
 染色体C-バンドおよび葉緑体DNA遺伝子の塩基配列の変異は、上記のような大きな地史的変遷に加えて、第4紀に繰り返し起こった気温の変動に伴うニッ コウキスゲ集団の動きも知ることができる。


 

 第4紀には、ニッコウキスゲは気温の変動に伴って日本海側と太平洋側の地域とでは対象的な移動を行った。日本海側ではニッコウキスゲは垂直的に、すなわ ち低地(盆地)と近くの高山とを行き来した。例えば、白山と岐阜県高山市(盆地)との間を移動した。一方、太平洋側では低地を水平的に、南方から北方へあ るいはその逆の方向へ移動した。

(4)夜咲性のユウスゲの進化について調べてみると、


 

 日本に分布し、夕方開花し翌朝閉じる夜咲性のユウスゲ(Hc ves)は、3つの系列からなる。1つは、大陸のH. flava var. minor (Hf minor)と同じクレードに含まれる内陸(inland)に生育するユウスゲ、第2は、北海道の小清水海岸(coastal)のエゾキスゲ(Hf yezo)と同じクレードに含まれる京都府日本海岸の久美浜(Kumi)のユウスゲ、そして第3は、中国青島のH. flava var. coreana (Hf coreana)と同じクレードに含まれる白浜(Shira)海岸に生育するユウスゲである。H. flava var. minor、エゾキスゲ、H. flava var. coreanaはいずれも夕方開花し、翌日の夕方に閉じる夕型1日花である。従って、3つのクレードはいずれも開花習性に関しては、1つのクレードの中に 夕型1日花と夜咲性を含む。このことは、開花習性に関して平行進化が起こった、 すなわち1日花から夜咲性への適応 進化が起こったことを示す。同じクレードに含まれる夕型1日花のH. flava var. minor、エゾキスゲ、H. flava var. coreana とユウスゲとの地理的位置関係を見てみると、夕型1日花種は北方に、夜咲き性のユウスゲはより南にある。花の寿命は、花粉の授受による利 益と花が開くために必要な呼吸、蒸散、蜜の分泌に必要な維持コストとのバランスによって決まるであろうことが指摘されている。そして、この花の寿命に自然 選択が作用することが指摘されている。ワスレグサ属植物の夕型1日花種が、南方へ分布拡大することによって増大する花の維持コストに自然選択が働き、夜の 間のみ開花する夜咲の花がより有利となり、夜咲性が適応進化したと考えられる。

3.シベリア極東地域での野外調査から

 野口によるニッコウキスゲやユウスゲの研究から、シベリア極東地域ではこれらの種のより原始的な状態を見ることができるかもしれない。下記の地図は、 2006年6月18日から7月7日に行った野外調査地点を示す。


 

 今回調査したのは、3種、Hemerocallis middendorfii (ニッコウキスゲ), H. lilio-asphodelus, H. minor である。この地域のニッコウキスゲは、狭義のH. middendorfiiに対応するものとして、ここではH. middendorfiiと記す。一部の場所のH. middendorfiiの花期はすでに終わっていたが、しかし、ほとんどの地点で、この3種の開花期に遭遇することができた。調査地点では、15外部形 態形質の測定(1集団、30個体)、開花習性(花の寿命)に関する調査(1つの花は何時開き、何時閉じるか)、および花の蜜量を調べた。

  外部形態形質を測定したのは、
   H. middendorfii 9集団、 H. lilio-asphodelus 6集団、H. minor 3集団、
  開花習性に関しては、
   H. middendorfii 2集団、 H. lilio-asphodelus 1集団、H. minor 2集団、
  蜜量に関しては、
   H. middendorfii 2集団、 H. lilio-asphodelus 3集団、H. minor 3集団である。

 H. lilio-asphodelusとH. minorの外部形態はよく似ており、ともに花の色はレモンイエローである。しかし、草丈、花序および葉の幅の特徴は異なる。H. minorはH. lilio-asphodelusに比べて草丈は低く、花序はあまり発達せず、花数は少なく、葉の幅は狭い特徴を示す。 両種とも、低地の草原に生育す る。 H. lilio-asphodelusは草丈の高い高茎草原に生育し、H. minor は草丈の低い草原に生育する。 この地域のH. middendorfiiは、花序の花軸と花梗はなく、花茎の上に直接に花が付く。広卵形の苞葉は花芽をすっぽりと包む。この地域では、H. middendorfiiは主に自然林や二次林の林床、林縁に生育する。また、海岸や湖畔の低地の草地にも生育する。
 開花習性に関しては、H. lilio-asphodelusとH. minorは、夕方開花し、翌日の夕方閉じる夕型1日花である。H. middendorfii は、朝開花し、翌日の朝閉じる朝型1日花である。これは、日本のニッコウキスゲと同じである。 H. lilio-asphodelusとH. minorは多くの蜜を分泌する。それに対して、H. middendorfii は、ほとんど蜜を分泌しない。