日本海学講座

第4回 「河川水と富山湾沿岸部の富栄養化」


2001年度 日本海学講座
2001年8月9日
富山県立大学

講師 安田郁子
富山県立大学教授

*講義の要旨

 水の性質によって棲んでいる生物の特徴が違うので、どのような生物が棲んでいるかを調べれば、その場所の環境をある程度知ることができる。このように、生物によって水質を判定する方法を生物学的水質判定法という。魚は広い範囲を動き回るので環境の指標にはなりにくいが、川の底に棲んでいる底生生物は、その場所の環境をよく表す。底生動物、水草、付着藻類、細菌類が底生生物にあたる。川の石には、表面が、緑色、青色、茶色など様々な色のぬるっとした膜で覆われているものがある。その膜には、顕微鏡で見ないと見えないくらい小さな植物である付着藻類が付いている。さらにその下には、これも顕微鏡で見ないと見えない小さな細菌(バクテリア)が繁殖している。これらの生物が集まったものが、川の底生生物の群集である。
 ここでは、これらの生物のうち底生動物について説明する。石の表面にはいろいろな昆虫の幼虫が棲んでいる。昆虫は、卵、幼虫、蛹を経て成虫になるが、卵、幼虫、蛹のときに水の中で生活する昆虫を水生昆虫という。底生動物には、その他、貝、ヒルなどがいる。
 採取用具には、サデ網、チリトリ型金網、ハンドネット等がある。川に入っていけるような浅いところでは、サデ網、チリトリ型金網を使い、石に付いていたり砂に潜っていたりする底生動物を採集する。サデ網を下流側に設置し、上流側の石をかき回すと非常に多くの底生動物が捕れる。人が入れない深いところでは、ハンドネットを泥の中に差し込んで採取する。生物を採取するときには、川幅、水深、流速、PHなどを測定し、生物が棲んでいる川の環境も同時に調査する。
 水生昆虫には、トビケラの仲間、カワゲラの仲間、カゲロウの仲間などがいる。カワゲラの幼虫は、2本の尾をもち、脚の付け根の部分に細かいエラがあって、そこで呼吸をする。カゲロウの成虫は命が短くはかないものの象徴になっているが、幼虫として水中で生活する時間は長い。2~3本の尾をもち、腹部にエラをもっている。これらの水生昆虫は、水のきれいな川の上流で多く見られる。下流の汚れたところには水生昆虫は出てこない。マキガイの仲間、吸盤で石に吸い付いているイシビル、等脚類のミズムシ、イトミミズなどが出てくる。
 このように、川の場所によって棲んでいる生物の種類がかなり違う。それは、溶存酸素に関係がある。溶存酸素は、水の中で生活する生物が呼吸するためにはなくてはならないものである。大気中には約20%の酸素が含まれているが、酸素は水に溶けにくいので水の中にはほんの少ししか存在しない。溶存酸素の飽和量を示すと、水温が低いほどよく溶けることがわかるが、空気中の約2万分の1くらいしか水に溶けない。このようにほんのわずかしか酸素が溶けていないため、使うとすぐになくなってしまう。また、ある場所で1日の溶存酸素量を調査した結果を見ると、昼は高い値を示し、夜には低くなることがわかる。昼は120%と飽和量以上となるが、夜になると80%以下になっている。昼どれだけ酸素が多くても、夜になって60%を下回るようなところでは水生昆虫は出てこない。
 昼夜の溶存酸素量が変化する原因は、珪藻等の植物の光合成と呼吸による。植物は、昼、光合成を行いブドウ糖をつくり、窒素やリンを使ってタンパク質や脂質などの必要な有機物を合成する。同時に酸素ができて昼の溶存酸素量を増やす。夜になると呼吸のみとなり、酸素が減る。植物が多いほど夜の溶存酸素量は少なくなる。すなわち、植物の量が多いほど昼夜の溶存酸素量の差が大きくなることになる。
 植物が多いところには、窒素やリンが多い。窒素やリンは細胞をつくる材料となる物質だからである。窒素やリンが少ないと、どれだけ光が当たっても植物は成長し増えることができない。特にリンは、わずかしか必要ではないので、ちょっとでも多くなると植物は爆発的に増えることになる。
 窒素やリンが多いところというのは、汚れているところ、生物の死骸である有機物が多いところである。これが多いところでは、細菌が細胞分裂をして増える。細菌は酸素を使い有機物を分解して、CO2、NO3、PO4などの無機物をつくり出す。
 まとめると、「有機物が多いところでは、細菌が増えて有機物を分解し、窒素やリンが増える。窒素やリンが多くなると植物が増える。植物が多くなると昼夜の溶存酸素量の差が大きくなって水生昆虫が出なくなる。」ということになる。
 「きれいな水に棲む生物」「汚い水に棲む生物」という指標がある。どうしてそのように分かれるのかというと、溶存酸素量と餌によって出てくる生物が変わってくるからである。水生昆虫もヒルやミズムシなども藻類などの餌を食べて生きている。トビケラ、カワゲラ、カゲロウなどの水生昆虫は、石の表面に付着している付着藻類をうまく掻き取る器官が口の周辺にある。また上流から流れてくる極わずかの有機物を上手に濾し取る器官が口のそばについている。だから、餌の少ないところでも生きていける。それに対して、ヒルやミズムシはそのような仕組みをもっていないため、餌の少ないところでは水生昆虫に負けてしまう。そこで、酸素は少ないが餌の多いところで生活するようになる。中間的なところでは、水生昆虫とヒルやミズムシが共存しているところもある。
 棲んでいる底生動物によって、川の環境を次の3つに分けることができる。

Ⅰ:きれいなところ(水生昆虫の幼虫のみが出る)
Ⅱ:少し汚れたところ(水生昆虫の幼虫、ヒルやミズムシ、貝の仲間の両方が出る)
Ⅲ:汚れたところ(ヒルやミズムシ、貝の仲間だけが出る)

 細菌学的安全性という面からみると、大腸菌群やサルモネラ菌による汚染も、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲと順に大きくなる。すなわち、腸内病原性細菌による伝染病(コレラ、疫痢など)の危険性は、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲと悪化していく。このことからも、水をきれいに保つことの大切さがわかる。
 富山湾には多くの河川が流れ込んでいる。黒部川、早月川、常願寺川、庄川は、下流部でもきれいな状態であるが、神通川、小矢部川、氷見のすべての川の下流部は、汚い状態で富山湾に流れ込んでいる。これらの川が富山湾に栄養物質を送り込んでいる。
 海の赤潮、これはピンク色をしたヤコウチュウが大繁殖して大量に発生したものである。ヤコウチュウは珪藻を食べている。食物連鎖の一番下の植物プランクトンが増え過ぎるとその上の生物も増え過ぎて赤潮が発生する。なぜ植物プランクトンが大発生するかというと、川と同じで窒素とリンが原因である。赤潮をもたらすのは、川の底生生物の段階でいうとⅢよりきたない水である。海の赤潮は、植物プランクトンの量がクロロフィルa50μg/l以上の場合に発生する。植物プランクトン量をクロロフィルa50μg/l以下にするには、川の水質を、全窒素約0.5mg/l以下、全リン0.05(0.04)mg/l以下にしなければならない。川の底生生物の段階でいうとⅡの段階(水生昆虫とヒルなどが共存)よりきれいな水ということになる。このような水が海に入っている場合は、赤潮は起こりにくい。海や湖の環境を守るためには、まず川の環境をコントロールしなければならないのである。

*実習の概要

 松川、黒石川、和田川、熊野川、角川、上市川など、県内の各河川で採取された水生昆虫等の底生動物を双眼実体顕微鏡を用いて観察し、スケッチした。そして、それぞれの底生動物の個体数を数えて、準備された資料に基づいて採取場所の水質判定を行った。講師の安田教授、ゼミの学生5人に個別指導をしてもらい、受講生一人一人に行き届いた対応ができた。
 参加したどの高校生も時間を忘れて真剣に取り組んでいた。「初めての体験で興味深く取り組むことができた」「きれいな水と汚い水でこんなにも棲んでいる生物が違うのかと驚いた」「富山県の水はすべてきれいだと思っていたが、神通川など多くの川が汚れているということを知りショックだった」「日本海学は、テレビで見たり人から聞いたりしただけだったが、実際に講座を受けてみてよかった。大学受験など、これからの進路選択の参考にしたいと思う」等の感想を聞くことができた。