日本海学講座

第4回 「雪と人間」


2002年度 日本海学講座
2002年9月28日

講師 對馬 勝年
富山大学教授

雪は災害か?

○青森で育った。年の3分の1を雪の下で暮らした。60年の人生ならば、20年ということになる。春を待つだけではなく、雪の生活を大切にする発想を大切にしたい。雪は災害として捉えられてきたが、災害の元になる雪の中にも、良いもの、価値が存在するのではないかという問題意識から雪氷学に取り組んだと思う。「困った、困った」では地域発展はできない。

雪は日本海の贈り物

○雪をもたらすのは100万平方キロメートルの日本海の水蒸気である(日本の広さの3倍)。その意味では、雪は日本海からの贈り物である。この日本海の恩恵(水分、雪)を砂漠化が進む中国大陸でもうけられるような技術開発が進むことを期待したい。

雪の結晶

○日本人にとって雪の結晶は馴染みが深い。雪の結晶が着物の雪花紋様に用いられ(これは日本だけに見られる)、中谷宇吉郎は「雪の結晶は天から送られた手紙」と言った。これは、結晶が温度と雲の濃さの証明であることを表現していた。一方、今は、汚染の状態が結晶に書き込まれている。化学汚染を反映した「四角い(奇形)雪結晶」が見つかっている。奇形雪結晶の原因が酸性雪の原因である硫酸や硝酸 によると仮定すれば、これらを含む人工的な雲から三角形や五角形の奇形雪結晶が観測されたが、天然の奇形雪結晶と同じものはまだ再現されていない。


[雪の結晶モデルを手に氷筍リンクを説明する對馬教授]

氷筍リンクの誕生

○雪氷の利用の一つとして、氷筍による高速スケートリンクがある。氷筍とは、老朽化したトンネルの亀裂などからしたたり落ちた水が凍ってできる氷で、天然の巨大単結晶である。長野オリンピックを控え、良い記録の出るリンク作りの協力を依頼された。氷筍の一番よく滑る面[(0001)面]をリンクに張り付ける氷筍リンクを構想した。数々の厳しい条件の下、学生ボランティア、関西電力等の多くの人々の協力で、人工的に氷筍を作り、リンクに張り付けた。滑りのテストで26パーセントの向上(摩擦係数が26%減少)が見られた。結局、オリンピックにはこの氷筍リンクは使われなかったが、1998年9月には氷筍リンクが実現し、次々と新記録が生まれた。これは、氷の結晶面のコントロールによって、スケートの滑りを改善されたことを意味した。この成果は、「スケートはなぜ滑るのか」という問い対する定説「氷が溶けて潤滑作用を起こす」に一石を投じた。今後要求される次世代高速リンクは、選手の潜在能力を引き出すための、気圧と氷結晶面をコントロールし、記録に挑戦するものでなければならない。

雪の利用

・雪室
北海道、新潟、山形で成果を挙げている。農産物の雪室貯蔵では、湿度100パーセント、温度0度の状態で、野菜の保存に効果を発揮。特に、馬鈴薯の保存では春先になって発芽する事が問題であったが、雪室に保存された馬鈴薯は完全に発芽が抑制された。

・雪氷技術の産業利用
高圧下で氷点下に冷却したものを急速冷凍させると細胞内凍結が起きて、イチゴでも豆腐でも組織を壊さないで生きたままの状態で冷凍保存する技術が普及してきており、魚の刺身も可能になるだろう。従来の冷凍は霜柱のように凍り、組織が壊れる細胞外凍結であった。
水よりも、粒体は少量でも均一な混ぜ合わせが可能である。雪粒をセメントに混ぜると均一に練りあがる。これが氷点下調合の原理であり、小麦粉などの食品分野等に広く活用できるだろう。

・雪発電
小さな温度差でも迅速に熱を伝える熱サイホンの原理を応用した熱サイホン発電がある。冷却部に雪を使う雪発電は将来性が高い。わずか40メートルの落差で高落差発電500メートルと同じ発電が可能で、発電単価も1kWH当たり6円~10円でできる見込みがある。これまでダンプ排雪していた雪が資源として利用できる可能性がある。