日本海学講座
第5回 「富山の水と環境」
本講演録は、日本海学推進機構事務局の責任で取りまとめたものです。
2003年度 日本海学講座
2003年12月13日
ボルファートとやま 「こすい」
富山県立大学短期大学部
環境システム工学科 能登勇二 氏
富山湾に水と物質を供給している河川水の環境について、最近の温暖化との関連も含め、少し述ベてみたい。
1.富山の水環境
富山県は比較的低緯度にあるが降雪量が多く、世界的にも珍しい豪雪地帯である。周囲を北アルプスなどの山脈に囲まれ、そこから流れる5本の一級河川(図-1)がある。
河川水の富山湾ヘの年間流出量は150億m3を超えている1)。このうちの70%以上は一級河川が占めており、中でも神通川は、30%以上となっている。
その他の中小河川を含め下流部は扇状地が発達している。
各河川には山間部に冬季の降雪があり、春季の融雪水が、水田、さらには地下水の水源となっている。このため水田による稲作が盛んである。また、冬季に都市部の融雪用に大量に消費される地下水も山間部の融雪水が補給している。
流域にもたらされる降水は、冬季のほか、梅雨期、秋季(台風など)にも多く、年間2400mm以上ある。これが、日本の他地域に比べても豊かな水資源となる。
河川流量を調べると図-2のように春季の融雪を主とした流量が年間流量の30~50%以上を占める1)。
ところが、最近10数年にわたり、以前に比ベ降雪量が減少している。
河川の水質については、富山県内の27河川90地点で定期的に観測が行われている2),3)。
県内の一級河川などの河口付近の観測点について、図-3に生物化学的酸素要求量(BOD)の経年変化を示した。小矢部川、神通川とも1970年代の状況から大幅に改善されて落ち着いた状態となっている。
2001年の一級河川の水質を全国の一級河川の河口付近の観測点4)と比べると図-4のようになっている。
黒部川、庄川、常願寺川は全国的にもきれいな河川であることがわかる。
2.温曖化の兆候と水環境の変化
日本ではこのl00年間に約1度C気温が上昇しており、最近では、オホーツク流氷の減少、植物開花期の早まりなど自然環境の多方面で温暖化の兆候を示すとみられる事象が生起している5)。
富山県内で観測されている気象・水文資料6)~9)でも温暖化の兆候を見ることができる。
いくつかの気象観測点の最近の年平均気温の変化を見てみると日本各地の変化と同様に確実に上昇している。
特に、冬季の変化が顕著である。12月から3月までの平均気温は、図-5に富山市(観測点標高9m)と高山(観測点標高560m)の例で示すように、l960年頃から徐々に下がり、1980年代前半に最も低くなり、1980年代後半からは上昇している。
一冬の総降雪量の経年変動は、冬季の気温の変化に対応している。
具体的には、総降雪量は、図-6のように1950年代から徐々に増加し始め、1975年から1986年をピークとし、それ以後は減少している。
平野部の観測点では、l987年以降、少雪の冬が長期間続いているが、過去数10年間では例がない。
山間部では図-6の黒部湖(観測点標高1459m)の例に見られるように緩やかな減少傾向はあるが、平野部ほど降雪量の減少の傾向は顕著ではない。
いくつかの気象観測点の資料から、冬季の気温と一冬の総降雪量の関係はほぼ一次関数あるいは指数関数で表されることがわかる10)。図-7は富山市と黒部湖の1月と2月の平均気温と一冬の総降雪量の関係を表している。平野部のいずれの観測点でも図-5、7、6と同様な関係が見られる。
このような傾向から、今後、平均気温が、1986年以前に比ベ2~3度C上昇すると一冬の総降雪量は100cm以下になっていくと考えられる。
このような冬季・春季の気温、降雪量の変動は、河川の流量にも当然影響をおよぼす。小矢部川(流域面積569km2:長江(高岡))、神通川(流域面積2688km2:神通大橋(富山))について最近40年間の流量の状況を月間流量/年間流量(%)の10年ごとの平均値で表したのが図-8である11)。
両河川とも融雪期、梅雨期、秋季にそれぞれ流出のピークを持つ富山県内を流れる河川の特徴的パターンを示す。
小矢部川の流域の高度は、最高で1572m、平均で80m程度と低い。最近10年間の最も大きい変化は、1、2月の流量比率が増加し、3、4月の流量比率が減少して、融雪期の流量のピークがみられないことである。明らかに融雪が早期化しており、富山県内を流れる河川の特徴的パターンが消えつつある。
神通川の場合は、流域の高度が、最高で3190m、平均で1000m程度と高い。このため降雪、気温変動の影響も小さく、最近10年間の流量では、小矢部川ほど顕著な変化はない。4月の流量比率が減少し、1、2月の流量比率が微増にとどまり。わずかに融雪期の早期化がみられる。
一方、融雪期の流出の源となる12月から翌年2月の総降水量は、若干の減少傾向に留まっている6)。
つまり、低地での降雪量の減少が大きく、それが流出量に影響を及ほしている。このように、冬季気温の変動による春季出水のパターンの変化が明らかとなりつつある。
現在、富山県により、扇状地の中流から下流部の計32地点の浅井戸、あるいは深井戸で地下水位の観測が行われており2)、近年、地下水位は、概ね横ばいで推移しているとされるが12) 、細かくみると地点毎にある一定の傾向を持ち推移している。
これは、工業用水、生活用水、農業用水などの地下水採取量が減少あるいは横ばいである一方、場所により土地利用の変化に伴う地下水涵養量の減少傾向、道路等消雪施設の増加に伴う冬季の地下水使用量の増加傾向などが異なるためである。
また、冬季の地下水採取量は降雪量に比例的に増加することから、最近の10数年の暖冬少雪が地下水位上昇に寄与していることも考えられる。
3.温暖化が水環境におよぼす影響
地球温暖化が河川の水環境に及ぼす影響については、図-9のように考えられる。
地球温暖化の影響としては、まず水温の変化が予想される。具体的には、気温の変化1度Cの上昇に対して0.85度C前後の水温の変化が予想されている5)。
また、水質の変化については、水温上昇により多くの生物の活性が高くなり、動・植物プランクトンが増加し、さらに食物連鎖の中で生態系にも変化がおよび、BOD、SS(浮遊物質)がわずかに増加すると予想されている。
河川の生態系の変化、河川流量の変化が結果として、河川水質を変化させるが、これらのすべての過程で人間活動が関連しており未解明の部分も多い。ここでは、(1)温暖化により富山県内の河川の流量がどのように変化するか、(2)河川の汚濁流出量がどのように変化するかについて求めた例を紹介する。
(1)温暖化による河川流量の変化
![]() 気候変動時の河川流出量の変化(神通川) (ΔT=0゚C,ΔPR=0%の場合に対する比率) |
豪雪地方における河川の流量に及ぼす影響に関し、基礎的知見を得るために、富山県内を流れる河川を対象に過去の気象、水文資料により、流出モデルを作成し、温暖化シナリオとして降水量変動(-10%、0%、+l0%)、気温変動(1度C、2度C、3度C、4度C)の組み合わせで、検討したものが図-10である15)。その結果、温暖化によって
1)冬季から春季にかけての河川の融雪流出期が半月から2ヶ月程度早期化し、河川の時間的水供給パターンが変化する。
2)夏季から秋季にかけては融雪の影響がなく、降水量の変化分と蒸発散量の変化分が流量に反映されるが、融雪期よりも影響は小さい。11、12月は降水量に占める降雪量の減少分が流出を増加させる。
3)温暖化の程度としては、平均気温の変化が3度C以上、降水量変化+l0%となると、流出量変化が1~3月にかけ数十%以上となり顕著となる。
4)温暖化の河川流量ヘの影響は、流域高度、降・積雪量分布の変化、その他の流域特性により流域毎に微妙に変化する。
などの河川流量の変化があることが予想される。神通川の年間総流出量では、概ね1度Cの増減に対し約1%減増し、降水量1%の増減に対し約1%増減すると推測される。
(2)温畷化による河川汚濁負荷量の変化
富山湾などを考えたとき、その水域に流入する汚濁物の量すなわち汚濁流出負荷量が重要になる。
汚濁流出負荷量は汚濁物濃度と流量の積で求められる量で流量の関数として表されることが多い17)。積雪地帯の河川の汚濁負荷量については、たとえばBOD負荷量でみると、融雪期に流量の変化とともに大きくなる傾向がある16)。
温暖化にともなう河川水質に関わる影響で顕著なのは、流量の変動による汚濁流出負荷量の変動である。
ここでは、次のような手順で、神通川と小矢部川の気候変動時の汚濁流出負荷量を求めてみた18)。
①河川流出モデルの作成
②汚濁流出負荷量モデルの作成
③気候変動時((1)と同様の温暖化シナリオによる)の河川流出量(①のモデルによる)と汚濁流出負荷量(②のモデルによる)の算定
![]() 気候変動時の汚濁負荷(SS)流出量の変化(神通川) (ΔT=0゚C,ΔPR=0%の場合に対する比率) |
その結果の一例が図-11である。この図では、基礎となる1976年から1995年までの汚濁流出負荷量に対する、気候変動後の汚濁流出負荷量の変動率を月毎に示した。
汚濁流出負荷量は、流量の影響を強く受け、流量の変動と同様に冬季から春季の変動が顕著となっている。すなわち、気温の上昇にともなう融雪の早期化により冬季の汚濁流出負荷量が大きく増加し、その分春季の汚濁流出負荷景は減少する。たとえば、降水量変動(+10%)、気温変動(+2度C)の状況で、冬季にBOD流出負荷量は数10%、SS流出負荷量は数10%から100%以上増加している。流域の規模、平均高度などにより、温暖化にともなう流量変動にも微妙な違いがみられ、このことが汚濁流出負荷量の変動にも反映している。
このように、富山県内の河川では温暖化の影響は冬季から春季に大きく、水質濃度もこの影響を受けると考えられる。温暖化にともなう水質変化は図-9にも示したように多くの因子の影響を受けることが考えられ、それらの因子の影響のメカニズムと大きさを明らかにしていくことが重要である。
4.おわりに
河川の流量や汚濁流出負荷量の時間的、空間的変動はその流出先である富山湾に対しても物理的、化学的、生態学的影響を及ぼすことが予想され、さらには閉鎖的海域である日本海の環境にも影響を及ぼすと考えられる。富山県内の河川からの流出量に比し、富山湾や日本海は水体としては遙かに大きいものではあるが、その影響については今後さらに慎重に検討される必要がある。このためにも、今後、より定量的な議論のためには、陸域‐海域における気象、水文、水質のより精緻な資料が必要となる。現在、多くの水域について、精力的に整備されつつある資料、知見のさらなる蓄積が望まれる。
参考文献
1) 能登勇二・天野智順(1989):流域における物質収支に関する基礎的研究、富山県立技術短期大学研究報告、第23巻、pp71‐77
2) 富山県(1971‐2000):環境白書
3) 富山県生活環境部環境保全課(1995‐2000):水質汚濁の現況
4) 国土交通省河川局(2002):全国一級河川の水質現況
5) 原沢英夫、西岡秀三編著(2003):地球温暖化と日本-第3次報告-、古今書院
6) 気象庁、富山気象台、岐阜地方気象台(1955~2003):気象月報
7) 富山県企画室(1973):富山県積雪調査資料
8) 富山県・日本気象協会富山支部(1977-2000):富山県降積雪及び気温観測調査報告書
9) 国土交通省・日本河川協会(1953‐2000):流量年表
10) 能登勇二・天野智順(1994):地球温暖化による豪雪地方の水文環境の変動、富山県立大学紀要、第4巻、pp188‐198
11) 能登勇二(1999):富山はもう豪雪地方ではないのか?、水資源・環境研究、第12巻、pp.27-30
12) 富山県生活環境部環境保全課(2001):地下水の現況
13) 能登勇二(1999):積雪地帯の地下水利用、日本の水環境4-東海北陸編-、pp.93-95、技法堂
14) 原沢英夫、楠田哲也(1992):地球温暖化と水環境のかかわり、水環境学会誌、第15巻、第11号、pp.774-796
15) 能登勇二・奥川光治・天野智順(1995):地球温暖化が豪雪地方の河川の流出現象に及ぼす影響、富山県立大学紀要、第5巻、pp.175-180
16) 能登勇二(1998):温暖化が豪雪地帯の融雪期の水文循環に及ぼす影響、水、第39巻、1号、pp.24-34
17) 国松孝男・村岡浩爾(1989):河川汚濁のモデル解析、技法堂
18) 能登勇二(1999):河川水質と温暖化、日本の水環境4-東海北陸編-、pp.40-42、技法堂