日本海学講座

第4回 「日本海を越える大気汚染と黄砂」


2007年度 日本海学講座
2008年2月2日
ウイング・ウイング高岡 研修室503

講師 富山県立大学短期大学部環境システム工学科 准教授
渡辺 幸一氏

西風が運ぶもの

 北陸地方・富山県は日本海に面しており、また隣には中国や韓国がある。そうした地理的環境においては、地球規模で循環する西風により、アジア大陸から、様々な物質が立山など富山県に運ばれてくる。大陸からさまざまな物質が運ばれてくる概念を図1に示す。SO(二酸化硫黄)や、通常、ノックスと呼ばれるNO(窒素酸化物)は、工場や車の排気ガスなどから発生する大気汚染物質の代表的なものである。これらの汚染物質は、風に乗って運ばれてくる過程で酸化反応が起き、主として二酸化硫黄は硫酸や硫酸塩へと変化する。また窒素酸化物は硝酸や硝酸塩へ変化する。これらの物質は、雲や酸性雨のもととなる。

 空気中に浮かんでいる小さな微粒子は「エアロゾル粒子」と呼ばれ、酸性雨や雲をつくる過程に大きな影響を及ぼしている。特に硫酸塩は、大気中で粒子化しやすく、エアロゾル粒子を形成することになる。また、窒素酸化物は、運ばれてくる間に複雑な化学反応を経て、オゾンという物質を形成する。

 他に、大陸から輸送されてくる代表的なものとして、春の風物詩ともいえる黄砂粒子があげられる。ほかにも数え切れないほど様々な物質が運ばれてくるが、本日の講義では、酸性雨をつくる物質、エアロゾル粒子、これにかかわる二酸化硫黄や窒素酸化物、さらに硫酸、硝酸、オゾン、黄砂などを中心に話を進めたい。

二酸化硫黄(SO)とエアロゾルの形成

 SO(二酸化硫黄)は、化石燃料の使用や含硫黄鉱石の精錬などの過程で大量に発生する。特に石炭には硫黄分が豊富に含まれているのが、中国がいまだに燃料の多くを石炭に依存しているため、SOの排出量が非常に多くなっている。一方、日本では世界に誇れるほど、SOの排出規制が進んでいる。

 人為起源のSOの他に、自然起源のものもある。例えば火山活動でも大量にSOが放出される。最近の例ででは、三宅島の大噴火があげられる。また日本には多くの火山があるので、SOが逆に中国など大陸方向に向かうこともある。また太平洋の真ん中など極めて清浄な地域でも、植物プランクトン起源のSOもある。

 現在、中国や東アジア諸国は、急速な経済発展に伴い世界有数のSO発生源となっている。放出される二酸化硫黄が大気中で酸化反応を起こし、硫酸(HSO)や、アンモニアなどと反応して、硫酸アンモニウムになる。この硫酸アンモニウムという物質は、ガスから粒子になりやすく、エアロゾル粒子という小さな粒を形成する。この粒子は、降水に取り込まれたり、あるいはそれ自身が雲をつくる核・芯(しん)となったりもする。これらが多量に含まれていると、雲水・降水中で硫酸からイオンに分かれ、水素イオン(H+)を多く含む雨(酸性雨)になる。また、微小なエアロゾルに水滴がついて雲粒ができる。こうして、雲をつくる過程にも影響を及ぼすことになる。

 実際、大陸で二酸化硫黄が放出され、酸化反応が起きて硫酸の微粒子(エアロゾル)が形成され、それが日本に輸送されてくることになる。

 酸性雨の降っている状況を示すため、「沈着量」という概念があるが、これは地面に落下した総量である。降水量が多いということは、それだけたくさんの物質が地面に落下するということである。硫酸による酸性雨の沈着は、実は東京、名古屋、大阪よりも富山県・北陸地方がはるかに多い。

エアロゾルが及ぼす影響

 先ほどからお話している「エアロゾル」とは何かというと、辞書には「分散系の一つ、気体中の液体または固体の微粒子が分散しているもの」とある。この大気中に漂っている微粒子の大きさは、雨粒、霧粒と比べるとはるかに小さく、大体1μmを挟んだ程度の大きさと考えていただければいいと思う。このエアロゾルは放射に影響を及ぼす。ここで言う放射というのは、放射能のような意味ではなく、太陽からの放射光という意味であり、エアロゾル粒子は、光を吸収・散乱したり、はね返したりといった、様々な働きをする。また、雲をつくる核にもなるため、雲の形成や寿命にも影響を及ぼす。このため地球の温暖化あるいは寒冷化等をいろいろと支配しているのである。

 最近では、エアロゾルの問題として、自然環境への影響、大気汚染、酸性雨等の問題に加え、健康への影響についても盛んに研究されている。

 先ほど話した光エネルギーについて考えてみると、エアロゾル等の微粒子は太陽からの光をはね返し(後方散乱)、逆にまた光を地表の方にはね返す働きをする(前方散乱)。このようにして、エアロゾルは太陽光の散乱にも影響を及ぼしている。

 現在、地球温暖化問題の中でCOが話題になっているが、COは、地表から出ていこうとする放射をまた戻したりすることで地球温暖化を引き起こしている。この効果とは逆に、「エアロゾルの直接効果」と呼ばれる、マイナスの効果を生じると考えられている。

 「雲粒核」として働くエアロゾル粒子は、雲をつくる過程にも影響を及ぼす。もし大気中にエアロゾル粒子がなく、極めてきれいな状態であれば、いくら湿度を高くしても雲はできない。洋上の非常にきれいな大気中では、エアロゾル粒子の数は少なく、汚染された大気では、非常に多くなる。大気中ではエアロゾル粒子が核となって雲ができていくが、その雲のでき方は汚染大気中ときれいな大気中とで異なる。

 洋上のきれいな大気中には、雲粒核として働くエアロゾル粒子の数が少ないので、1つの粒子に多くの水蒸気が凝結する(図2)。つまり、雲粒の数は少ないけれども、一粒一粒が大きくなる(逆に、汚染された、すなわち粒子が多くある大気中では、雲粒の数は多くなるが、個々の雲粒は小さくなる)。そうして大きくなった雲粒は、互いにくっつき、これを「雲粒の併合」と呼んでいる。そうなると、雨粒まで成長し、一気に降下することになる。

 反対に、いつまでもモヤッとした状態で、空気が淀んでいるときには、雲粒の併合が起こりにくい。硫酸でできたエアロゾル粒子は、雲粒核として効果的に働く。もちろん、硫酸の粒子以外にも働くものがあるが、硫酸のエアロゾルが増えると、雲をつくる過程にも大きく影響するわけである。

 このように、大気中にエアロゾル粒子が増えると、生成される雲粒の一粒一粒が小さく、雲の数が多くなる。そのため、雲による日射反射率が増加するので、太陽光を反射して、地表面に達する日射量も当然減ることになる。これは地球を冷却する効果を生むため、今問題となっている地球温暖化とは逆の効果となる。ちなみに、この効果を「エアロゾルの間接効果」と呼んでいる。

 中国は、今やアメリカに追いつくような勢いで二酸化炭素をたくさん出している。しかし、だからといって二酸化硫黄などの汚染物質を大量に放出すれば、差し引きゼロ(地球温暖化の抑制)になるということではない。気候をコントロールするといった器用な能力を、けっして我々人類はもちあわせてはいないのである。

窒素酸化物とオゾン

 窒素酸化物(NO)には一酸化窒素、二酸化窒素があり、これは化石燃料の消費で発生する。東京のような大都市の空気も今は大分澄んでいるように見えるが、窒素酸化物は自動車の排ガスなどによってまだまだ排出が続いており、依然横ばい状態である。また窒素酸化物の発生源としては、雷放電、バイオマスの燃焼、森林火災などのも挙げられる。

 窒素酸化物が大気中で酸化されると、硝酸(HNO)が生成される。そして硫酸の場合と同じように、これが水に溶けると硝酸イオン(NO-)と水素イオン(H)に分かれ、これが酸性雨のもとになる。例えば、東京で降る雨や日本国内の大都市で汚染の影響を受けた酸性雨は、硝酸イオン濃度が高い。

 また、この窒素酸化物についての大きな問題は、オゾンの生成である。窒素酸化物が発生して、それが風下へと運ばれながら、太陽光により複雑な化学反応を経て、オゾンという物質を形成する。

 我々が直接吸っている空気は対流圏のオゾンであるが、これが高濃度になる現象が、いわゆる「光化学スモッグ」(光化学オキシダント)である。これは生体にとって非常に有害なものであり、オゾンは日本の環境基準を達成するのに最も困難な大気汚染物質でもある。

 成層圏のオゾンは、高度十数kmより上空にあるものであり、太陽からの有害な紫外線をカットするなどの働きがあるため、我々が生きていく上でなくてはならないものである。ところが、この成層圏オゾン(=善玉オゾン)が破壊され、逆に我々が吸っている対流圏の「悪玉オゾン」が増加していくという現象が起きている。またオゾンから、さらに有害な過酸化水素などの物質が生成されると考えられている。 

深刻なオゾン汚染

 オゾンの越境という問題も、非常に深刻な問題となりつつある。まず、中国などアジア大陸から輸送されてくるケースがある。風上側の大陸で排出された窒素酸化物や炭化水素類などが運ばれる過程でオゾンが光化学的に生成され、風下側の日本でオゾン濃度が大きくなる場合がある。国内でも、首都圏・東京周辺で排出された多くの窒素酸化物が、夏場に南風に乗り、オゾンを生成しながら郊外や山岳域のほうへ運ばれてくる。以前は、光化学オキシダントの発生は東京など都心部で多かったが、最近は埼玉や群馬など、内陸のほうで発生が多くなっている。

 また、中国などで自動車の増加により二酸化硫黄、NOの放出が次第に増加している。、そのため、清浄域と考えられていた地域のオゾン汚染が問題となってきている。最近では、きれいだった山陰地方などでも高濃度のオゾンを観測する事例が発生している。富山県でもオゾンの越境汚染の影響を受ける可能性が考えられ、自然環境評価のためにも、立山などでのオゾン観測が必要となる。

 日本の昭和40~50年代当初は「公害の時代」と言われ、特に東京、神奈川などの都心部を中心として、非常にたくさんの光化学オキシダント注意報が発令された。当時の富山県はわずか昭和54年に1回の発令だが、このころの北陸地方の大気環境(オゾンについて)は非常に比較的きれいであったと思われる。しかし最近になって、北陸地方でも光化学オキシダント注意報が発令されるようになってきた。2007年春から初夏にかけて、(私自身も)富山市内でオゾンの観測・測定を行っていたが(図3)、5月9日の午後には、オゾン濃度が120ppbと高くなり、富山県内で光化学オキシダント注意報が発令された。このとき、空気がどこから流れてきたのかを調べてみると、中国方面から汚染物質が流れ込んできていた可能性が示唆された。このときは、中部日本一帯にも広く光化学オキシダント注意報が発令されていた。中国からの汚染だけではなく、日本国内の汚染によりさらにオゾンが増えていた可能性も考えられる。

黄砂現象と黄砂粒子の役割

 春のおとずれを告げる「黄砂現象」は、中国大陸などの砂漠地域で発生した砂塵が輸送されてくるものである。黄砂粒子は土壌粒子であり、太陽光線、視程への影響や氷晶核(雪や雲の中の氷粒子をつくる芯(しん))として働いたりする。また、中国、韓国では呼吸器への影響も深刻である。

 一方で、黄砂も悪いことばかりではない。重要な役割の1つとしては、酸性雨に及ぼす影響がある。アルカリ成分である炭酸カルシウムを豊富に含んでいるので、CO2-(炭酸イオン)やHCO(炭酸水素イオン)ができ、酸性雨のもとになっているH(水素イオン)を中和してくれる。さらに海への栄養塩、特に外洋の植物プランクトンの生育に不足する鉄を供給したりする。

 人間活動で発生したエアロゾル粒子は、1μmより小さく、自然現象でできる黄砂粒子は、一般に1μmより大きいという特徴がある。

 ここで、「放射強制力」という用語を示しているが、この「放射強制力」が正であれば地球を温暖化、負であれば寒冷化させる方向へ寄与することを示している。現在問題となっているCO2が、温暖化を招く(正の「放射強制力」)、というのはよく知られているが、先ほどお話した硫酸塩などのエアロゾルは、むしろ寒冷化に効くのではないかと思われる(すわわち、負の「放射強制力」を持つ)。黄砂粒子のようなミネラルダストが寒冷化・温暖化のどちらに作用するのかは、未解明部分がありまだよくわかっていない。

 黄砂について注目されているのは、21世紀の初め、日本で観測される黄砂現象が非常に増えたということである。大陸を通り日本海を越えてくる黄砂現象が、特に九州、山陰地方や北陸では非常に大きくなっている。

 黄砂の観測はさまざまであり、地上から行うものや飛行機を用いたもの、あるいは人工衛星で宇宙からなされる観測もある。例えば、衛星観測データによる2001年4月13日の事例では、アジア大陸の乾燥地域で発生したダスト(黄砂)が西風に乗って遠くまで広がっていることがわかる。一方で、サハラ砂漠からは、逆に東風に乗ってダストが運ばれてきている様子もわかる。

 私たちは、空気を機械の中に導入し、レーザー光をあて、その散乱から粒子数を測定する装置「パーティクルカウンター」を使用した観測を富山市で行った(図4)。その結果、黄砂と一緒に汚染物質も輸送されてくる場合もあれば、黄砂は来るけれども汚染物質が来ない場合など、いろいろなパターンがあることがわかってきた。

 黄砂粒子は、通常春に運ばれてくるが、最近の飛行機などによる研究の結果、高度4kmより上空では、黄砂と考えられるものが存在するようである。夏は地上で黄砂は観測されていないが、上空に「バックグラウンド黄砂」と呼ばれる薄い黄砂があったりすることもあるようである。

立山での観測と植生影響評価

 山岳で観測する意義の一つとして、森林衰退などの影響評価がある。国内でも、奥日光など関東周辺の山岳域の森林衰退などが非常に深刻になっており、首都圏から輸送されるオゾンのような光化学オキシダント、強い酸性雨あるいは酸性の雲や霧が原因ではないかと考えられている。このような関東周辺の山岳域での被害は、首都圏に面した南側斜面の森林被害が大きいことから、首都圏から輸送される大気汚染が影響しているのではないかと考えられている。

 霧水・雲水は、雨水よりも水分が少ないために化学成分を濃縮しており、そのため、雨として降ってくる酸性雨よりも酸性度が非常に高くなる。しかも長い間、滞留しているため、より直接的な植生への影響が懸念される。ただ、森林衰退というのは非常に複雑であり、単に大気汚染だけが原因とは考えられない。さらにいろいろな原因が複合しているのだろう。

 我々の研究グループは、2003年から秋期と中心として、立山でいろいろな観測・測定を行っている。室堂平(標高2450m)で採取した霧水や降水の化学分析を行ってきた結果(図5)や気象解析などから、立山では、大陸起源の汚染物質の影響を受けていることがわかってきた。特に、2005年秋は大陸の影響を強く受けていたと考えられ、非常に強い酸性霧も度々観測された。

 2004年は大陸の影響とより、むしろ国内の影響の方が大きかったと考えている。酸性霧の当たり年だった2005年は、明らかにアジア大陸の汚染地域起源の年であったが、このときは硫酸イオンの濃度が高い酸性霧が頻繁に発生していた。一方、2006年は、あまり酸性霧が観測されなかったが、この年はバックグラウンド黄砂の影響を受けていたために酸性霧を中和してくれていたのではないかと考えている。このように、酸性霧の発生状況が年度によっても大きく異なることもわかってきた。

 図6に立山への大気汚染物質輸送の概念を示す。立山では、今後ますます光化学オキシダントや酸性霧の影響が深刻となる可能性があり、植生への負の影響が懸念される。森林衰退などの問題は、非常に複雑な要因が絡み合っているので、単純には言えないが、大気汚染も植生にとって何らかのストレスとなっている可能性が考えられる。