日本海学研究機関等連携事業

国立民俗学博物館特別展 「ラッコとガラス玉-北太平洋の先住民交易」 巡回ゼミナール


平成13年10月14日 14:00~16:00
タワー111 スカイホール
主催:国立民族学博物館・富山県・日本海学推進会議
後援:北日本新聞社・富山テレビ
 

挨拶
第1部 環日本海における富山
1.伝統的和漢薬と富山売薬
  松井 泰治(松井製薬専務・生薬研究者)
概要
2.海上の塩の道-北陸から蝦夷地へ
  岸本 雅敏(富山県埋蔵文化財センター所長)
概要
3.近世後期、越中廻船の活動と蝦夷地・沿海州・中国
  深井 甚三(富山大学教育学部教授)
概要
第2部 環日本海および周辺世界
4.環日本海の先住交易-アイヌの視点から
  大塚 和義(国立民族学博物館民族社会研究部教授)
概要
5.東アジアの物流システム-東アジアからの眼
  秋道 智彌(国立民族学博物館民族文化研究部教授)
概要
6.パネルディスカッション 概要

1.伝統的和漢薬と富山売薬

 天保2年ごろでは、富山の薬は、大体大坂の堺から買いつけていた。つまり輸入されたものが越中まで運ばれていた。

2.海上の塩の道-北陸から蝦夷地へ

 古代における蝦夷地産物の拡散の背景には、交易物資としての塩が重要な役割をはたしたと考えられる。
 その塩生産のルーツはこの北陸にあると考えられる。

3.近世後期、越中廻船の活動と蝦夷地・沿海州・中国

 9世紀前期の段階になると北陸からさかんに北前船といわれる船が、蝦夷地へ向かって活動をしはじめるわけです。
 当時蝦夷地から北前船、小廻船などによって運ばれたのは、ニシン肥(ニシンの肥料化するもの)の魚肥のたぐいと昆布、数の子等であった。
 当地から蝦夷地へ送り出すものは、やはり米であった。

4.環日本海の先住交易-アイヌの視点から

 アイヌと和人は、双方向の文化交流があった。
 さらにアイヌは得た鉄器類や漆器類で北方の先住民と交易をしており、交易者として大きな活躍をしていた。

5.東アジアの物流システム-東アジアからの眼

 古代から近世までのもっとも重要なモメントは中央対地方の関係であった。
 中央が支配してそれに対する服従の表明ないし義務としていろいろなものを納めていた。

6.パネルディスカッション

 立山の御師の活動で経帷子の使われた分の代金をちょうだいする方式が前々から越中にあった。
 富山売薬の配置薬方式は、これが導入されたのではないかといわれている。蚕種を販売するときも同じ方式をとっていた。

 江戸時代文化のころから非常に商品技術が展開した。北前船交易も18世紀後半ぐらいから大きく展開している。
 蝦夷地においては、交易に後商人が介入し、蝦夷地の海産物が大量に入ってくることになった。
 逆にいえば先住民のアイヌの人たちは、そういう商品生産に追い立てられていく。
 一方、北陸のこの地域で、ニシンの肥料が農民の間で定着し、蝦夷地の産物を必要とする段階になっていた。