日本海学研究機関等連携事業

みんぱくサテライトinとやま 「韓国と日本の健康観」


本講演録は、日本海学推進機構事務局の責任で取りまとめたものです。
当日配布資料等は割愛いたしました。

みんぱくサテライトin とやま
2003年12月6日
とやま健康パーク
 

コーディネーター
パネリスト
朝倉敏夫氏
全京秀氏
藤本幸夫氏
林史樹氏
上馬塲和夫氏
 
(国立民族学博物館教授)
(ソウル大学校教授)
(富山大学教授)
(神田外語大学専任講師)
(富山県国際健康プラザ
国際伝統医学センター次長)
  プロフィール詳細はページ末にあります。



はじめに


朝倉氏

朝倉 お手元のレジュメにパネリストの紹介が載っておりますが、それぞれの方の写真がついております。10年くらい前の写真を選んだみたいで、使用前・使用後といいますか、現在のご本人と見比べていただければと思います。
 さきほどご紹介をいただきましたが、ちょっと補足させていただきますと、私は今「趣味悠々」というNHK教育テレビに出ております。キムチを取り扱っておりますが、これもまた本日のテーマと関連して健康食ということです。このようなテキストも出ておりますので、是非本屋さんでお求めいただければと、早速宣伝をさせていただきました。
 パネリストの先生方は、今ABC順でお座りいただいておりますが、ソウル大学の全さんは民博にも1年間客員教授として来てくださいましたし、私とはいろいろなプロジェクトも一緒にやっております。韓国の文化について、あるいは世界中あちこち飛び回って、環境や生態についても研究なさっておられます。現在、東京大学にフェローで来られていまして、そうでなくてもソウルからわざわざお呼びする予定だったのですが、ちょうど東京のほうにいらしたので、これはまた幸いということで、今日はこちらに来ていただいております。
 それから、藤本先生は、私が非常に尊敬する朝鮮書誌学の大家であられます。富山大学に長くいらっしゃり、私も集中講義で富山大学に呼んでいただいたり、大変お世話になっております。民博でも前副館長がプロジェクトを組みました、東アジアにおける親族関係のいろいろな法律をコンピュータに入力して分析しようという、大規模なプロジェクトがあったのですが、そのときにも大変お世話になりました。
 それから、林さんはただいま民博を紹介するビデオに出ましたけれども、民博を基盤とする総合研究大学院大学の卒業生であります。修士論文は、韓国のサーカスに10か月入団して、東京外国語大学に提出しました。そのあと、私どもの大学院の博士課程に来ました。韓国の薬草を売って歩く商人がいまして、五日市(五日ごとに開かれる市場)を回って歩くおじいさんなのですが、そのおじいさんにへばりついて、ドクター論文を書きました。彼自身がとても元気です。今回展示されておりますドリンク剤を飲んで元気になったのか、何が元気のもとか分かりませんけれども、今日の発表を楽しみにしています。
 それから、上馬塲先生は、私は今回初めてお目にかかったのですけれども、このパネルディスカッションだけでなく、今回の「みんぱくサテライトinとやま」の会場での運営も含めて大変お世話になりました。非常に早い時期から伝統医学に関心を持たれて、たいへんに造詣が深いということをこの間から何度かお話を伺って感じております。
 今日は、この4人のパネリストの方にお話いただきますが、最初に林さんから、現在の韓国社会において韓国の人たちが健康についてどのように考えているのか、あるいはどのように行動しているのかということについて報告していただこうと思います。
 そのあと、それを歴史的に、文献学的な視点から、藤本先生に考証していただきます。そして次ぎに、全先生に韓国と日本の比較ということで、特に韓国は済州島が長寿として知られているわけですが、ちょうどそれと対応する形で日本の沖縄でも調査をされたり、あるいはフィンランドでも調査をなさっておられますので、比較という視点から健康観について考えてみようと思います。そして最後に、上馬塲先生に医学的な立場から、東洋医学というもの、あるいはそれ以外のいろいろな医学という部分との関連の中で、健康あるいは元気ということについて考えてみよう、というような順序で、ご発表を願いたいと思っております。
 それでは、林さんお願いします。

現代韓国社会における「健康信仰」


林氏

 ただ今ご紹介にあずかりました神田外語大学の林と申します。
 私は、薬草商人のおじいさんについて調査をしたことがありまして、そういったことから、現代韓国社会における健康観について少しお話ししたいと思います。もともと肩が凝る話は苦手ですので、肩が凝らない話でご容赦ねがい、気楽に聞いていただけたらと思っています。
 韓国のレジャーの中で根強いブームとなっているのが山登りですが、言うまでもなく、山登りといえば、新鮮な空気を体内に取り込んで、なおかつ適度な運動をして、健康によいという利点が考えられます。しかし、韓国の人々が山登りをするというのは、それだけではないということです。よく見ますと、山登りをする人は、手にポリタンクやコップを持っている人が多いということに気づきます。彼らは一体何をしているのだろうかと見てみると、実は山に登るのは先の目的だけではなく、山からわき出る水を飲んだり、その水を持ち帰ることが目的といった人が多いのです。韓国では、そのわき水のことを「薬水」といって重宝します。ミネラルを豊富に含んだ水が、自らの健康維持に大切だと考えているわけです。
 また、韓国の街角には至るところに薬局が見られ、そこでは数多くの健康ドリンクが販売されています。また、薬局以外にバス停やコンビニエンスストアに必ず置いてあるのが、やはりそういったドリンク剤で、いつでも手軽に元気が補給できることになっています。
 それが、まさに今回こちらに展示された、私のささやかなコレクションになります。特にこちらに飾られたドリンク剤は、すべて生薬が入ったものに限っています。値段も1000ウォン、大体100円前後が主流になっています。非常に手軽で種類も豊富です。ジュースに近いようなものから、消化剤や二日酔いの防止剤、風邪薬、果ては、ラベルを見てもいかにも効きそうな精力剤まで、幅広い分野をカバーしています。
 さらに、ここでも展示されております許浚先生の名著『東医宝鑑』に代表されるように、漢方の伝統がやはり韓国にも息づいているというわけです。
 ここまででしたら単に健康に関心が高いだけになりますが、それだけでは済まなかったりします。例えば、韓国ではあまりカラスを見かけることがありません。この理由として、ある高名な学者がカラスは精力剤として効果が高いということを唱えたために、カラスが乱獲されていなくなったということが、まことしやかに語られます。それほど、韓国の人々の健康になろうという気持ちは高いといえるかと思います。実際に、韓国の人々を呼んで、日本食でもいいですが、何かを食べてもらいたいというときは、一言「体によいから食べてください」と言うと、必ず口にしてくれます。
 例えば、こんなことがありました。今コーディネーターをしていただいている朝倉先生を研究代表者として共同で今年の夏にハワイに調査に出かけました。韓国の人たちが多く泊まるホテルのロビーで待ち合わせをしていたのですが、私は缶に入った高麗人蔘入りのお茶を何本か持っていました。たまたま私たちに、横にいる人が声をかけてきて、韓国の人だったのですが、せっかくだからということでそのお茶を勧めたわけです。すると、要りませんと断られました。そこで、どうしたか。「実は、これは高麗人蔘が入っていますし、体にいいですよ」と一言付け加えたわけです。すると、ものの見事に「そうですか。それでは一ついただきます」ということで、飲んでいただきました。
 ともかく、このように体によいと聞けば食べてみたくなる、あるいは飲んでみたくなる。もちろんそんな宗教はないわけですけれども、本当に一種の信仰に近いほど、韓国の人々は健康を求めているように見えます。そこで、ここでは「健康信仰」といった題を付したわけです。
 特に韓国では、医食同源の元でもあります「薬食同源」という言葉がよく用いられます。これも平たく言ってしまえば、食物はまさに健康を維持するための薬といったことになるのでしょうが、韓国、朝鮮の料理にはこれが自然と取り入れられています。
 また、韓国には「補身」といって体を健康に保つという考え方があります。薬食同源は、この補身を実現するための薬である「補薬」と大いに関連しています。それが、日常的によく浸透しています。そのうえ、経済成長で所得水準が上がりましたので、より健康になろうとする欲求が高まって、一般的な食品以外にも、先ほどの補薬の服用が必要という意識を大部分の住民が持つようになったといえるかと思います。
 また、そのようなことで、生薬が韓国の日常生活に入り込んでいます。夏バテに効くといわれるサムゲタンという料理、鶏一羽の中にもち米を入れて煮込む料理ですが、そこに高麗人蔘のほか、栗子(リッシ)や大棗( タイソウ)といわれるクリやナツメが入っています。また、一般の食卓には、沙蔘(サジン:ツルニンジン)や桔梗(キキョウ)が並ぶことも珍しくありません。
 また、飲み物となりますと、特にそのことを感じるのですが、例えばスーパーなどに行くと高麗人蔘茶、黄精(オウセイ:ナルコユリ)茶、鳩麦(ハトムギ)茶、山芋茶、枸杞子(クコシ)茶、五味子(ゴミシ)茶、霊芝(レイシ)茶というように、数多くの漢方茶が一般的なお茶として並んでいます。風邪を引けば、双和(サンファ)茶や葛根湯などを飲んだりします。
 先ほどの漢方ドリンクはもとより、駅の売店などには高麗人蔘ガムとか高麗人蔘ジュース、あめといったものまで置いてあります。何よりも韓国料理に欠かせない、ニンニクや唐辛子といったものもやはり生薬の一つとして考えられます。
 例えば、約10年前のデータになるのですが、李龍一(イ・ヨンイル)先生が行った調査では、調査回答者のうち、先ほどの「補薬」として生薬を服用した経験のある人は64.4%、病気の治療のために漢方薬を服用した経験があると答えた人は57.2%。効果についても、何らかの効果があったと答えた人が8割にも達して、極めて効果的であったという人も5割を超しています。
 また、韓国のGallup調査研究所が、1996年に20歳以上の男女に対して行った漢方薬服用経験に関する調査でも、77.7%が服用経験があると答えています。50歳以上になりますと、84.2%に及ぶ人が服用経験があると答えています。私の韓国滞在中の聞き取りからも、実に多くの韓国の人たちが生薬を服用した経験を持っています。
 さらに、韓国の場合、先ほどの「薬食同源」という考え方に「身土不二」といった考え方がついて回ってきます。ご周知のとおり、身土不二とは体(身)と環境(土)とは不可分(不二)であるという意味で、人間が足で歩ける身近なところ、三里四方、四里四方で育ったものを食べて生活をするのが、体のためによいといった考え方です。
 つまり、生物とその生息している土地、環境とは切っても切れないということをいっています。本来農業と密接にかかわる言葉ですけれども、韓国では、食に対する思想、信条として用いられています。例えば、韓国のお米には、身土不二のマークが入っていたりするわけですが、韓国では、やはり国産の生薬がいちばんよいといった認識が強くあります。
 この身土不二の考え方は、もともと中国から入って、1989年以降、韓国で盛んに用いられるようになったといわれています。韓国の場合、この身土不二がナショナリズムとも少し結合している側面があることは否めません。そうとはいっても、韓国で生まれ育った人は、韓国の土壌や水で育ったものを積極的に取り入れていこうといったこと自体は、決して悪いことではなく、人と物の流通が盛んになって、郷土に目を向けることが少なくなった私たちに、何か示唆するところが大きいのではないかと思います。
 さて、ここでもう一つ、韓国社会における「薬(くすり・やく)」の概念、使われ方について考えてみます。
 まず日本語の場合でしたら、例えば、広辞苑などを広げてみますと、病気や傷を治療、予防するために服用または塗布、注射するものであるとか、広く科学的作用を持つ物質という意味以外に、心身に滋養、利益を与えるものといった説明がなされています。韓国の場合でも、辞書を調べると大体そういった意味が書かれてあるのですが、それに比べて、さらに韓国では、「薬」という字を次のような場合にも当てはめていったりします。
 例えば、「薬酒」といわれるものです。これは、薬草が入った酒という意味だけではなくて、何か上質な酒といった意味で使われますし、先ほどの「薬水」はもちろん薬としての効果は別として、やはり清らかな水であったり、霊験あらたかな水という意味が含まれています。また、「薬菓」は手の込んだ、あるいは原料のよい菓子ということになりますし、「薬飯」は体によい、はちみつなどを配合したご飯を指したりします。
 つまり、このような事例からも、韓国の場合の薬(やく)とは、私たちが薬(くすり)と聞いてイメージするものよりも、もっと幅広く、清らかであったり、上質で体によいものといった概念でとらえられているわけです。心身ともに健康にしてくれるもの、元気を取り戻させてくれるものであれば、特に形状や成分にこだわらないといえるかと思います。
 グローバル化が進むことで、とかく遠方を見据えがちになったり、また手間を避け、即効性を期待して、漢方の伝統が根づいている韓国社会でも、西洋薬を服用する率が圧倒的になってきています。しかし、先ほどの「身土不二」を振り返ってみたときに、ごく身の周りにあるもので、健康を維持できるといえるかと思います。つまり、元気の源は私たちの身の周りに落ちているといえるということです。簡便さも重要ですが、韓国社会を例に挙げても、元気の源はもっと我々の土地に根づいたところにあるということを認識すべきなのかもしれないとも考えられます。
 それに加えて、韓国でもそうですが、漢方は高いというイメージがあります。確かに、製品となった漢方には、韓国でも世論を巻き込んで議論になりましたが、若干そういった傾向があるといえるかもしれません。しかし、これも先ほどの「薬食同源」ということを考えたときに、実は食べることが健康につながるわけで、それをうまく実践していけば、これほど安い健康法はないといえるかと思います。それを、お隣の韓国の人々は実践しているということです。
 まとめとして、レジュメには「韓国の事例から富山を振り返って」と書いていますが、これは、最後の総合討論で多分出てくるかと思いますので、これぐらいにして次の先生のお話につなげたいと思います。ご清聴どうもありがとうございました(拍手)。

朝倉 ありがとうございました。
 韓国の友達と話していると、面白いことを言います。彼らは「健康のためなら死んでもいい」と言うのです。何だかちょっとパラドキシカルですね。今のお話で、「薬食同源」というのがキーワードとして挙がってきましたけれども、私たちは普通「医食同源」という言葉のほうが耳慣れていると思います。もともとは、「薬食同源」という言葉がどうも最初にあったようで、味の素の「vesta(ヴェスタ)」という雑誌の中に、ある研究者の方が、その言葉は私が作ったのだというようなことを書いていらっしゃったのを見たことがあります。
 この薬という言葉に対するニュアンス、富山はもちろん薬で非常に有名ですけれども、日本と韓国とではちょっと違うような感じがします。一つ面白い言葉があります。「知らぬが仏」という言葉が日本語にはあります。これを韓国語にしますと「モルヌンゲヤク」「知らぬが薬」になるのです。だから、日本の仏さんと韓国の薬というのは一緒だと見ることもできるのかなと思ったりします。
 今、思いついたことだけを申し上げましたが、藤本先生から次に、韓国人のそうした健康観を支えてきた医学書を通して、少し歴史的な側面から考証していただきたいと思います。よろしくお願いします。

朝鮮の医書


藤本氏

藤本 私は富山大学の人文学部で、朝鮮の言葉と出版文化といいますか、昔の古い本を研究しております。先ほどのドリンクを飲んだこともありませんし、特に健康にどうかしているということがございませんので、不適格ではないかと朝倉さんに申し上げましたが、そうしたら朝鮮の伝統的な古い本についてということで、本日出てまいりました。
 朝鮮は、古くから中国より文化を受け入れまして、東アジアでは中国に次ぐ高い文化国家でした。日本は、中国からもいろいろ文化を受け入れておりますけれども、朝鮮からも随分たくさんの文化を受け入れております。我々がよく知っております日本書紀は、720年に編纂されております。これなどを見ますと、古代朝鮮三国、つまり高句麗、百済、新羅より、薬師、即ち医者をしばしば招いたという記録がございます。そういう方面においても、朝鮮のほうが進んでいたということが分かるわけです。
 具体的なもので分かりますのは、レジュメの第1に『大同類聚方』というのがありますが、これは日本で編纂したものです。808年に天皇の命で、諸国、日本の各地から、貴族や医者のお宅にある薬方、処方を集めさせて編纂したのがこの本です。現在その写本が伝わっておりますが、そこには百済や新羅の処方が記されております。
 そして、2番の『医心方』という本は、一階に翻訳本が展示してございますが、丹波康頼という方が書きました本で、中国の隋・唐の医書によって編纂したものです。この中に、『百済新集方』というのが2回、『新羅法師方』というのが4回引用されております。したがいまして、984年よりも以前に、百済や新羅の医薬書が日本に伝わっていて、それが利用されていたということが分かるわけです。この本には、中国の隋や唐の書物ですでになくなったものが引用されておりますので、中国の医書を研究する意味でも非常に高い価値を持っています。
 3番めに、三木榮先生の『朝鮮医学史及疾病史』というのがございます。その2行後に『朝鮮医書誌』と書いてございますが、この方は昔、九州大学の医学部を卒業されて、朝鮮の京城帝国大学で医者となり、水原の病院で実際に診療に当たられた方です。私も、晩年辱知を得たことがございますが、韓国のほうでは金斗鐘(キム・トゥジョン)という方がそういう本を書いておられますが、日本の三木先生が大変りっぱな研究をなさいました。それによりますと、現在記録に見られる朝鮮半島の医書は150書を超えると書いてあります。もちろん、その中には中国の本を朝鮮的に利用しながら、朝鮮的にあんばいしたというものもありますが、それにしても大変たくさんの書物が編纂されたということが分かります。
 そして、4番めに『郷薬救急方』というのがあります。「郷」というのは、中国に対して朝鮮を意味します。したがって、朝鮮の薬をもって救急をしのぐ、病気を治すという本です。これは、13世紀の中ごろに出た本ですが、もともとの本はなくなり、1417年になって、もとの本をもう一ぺん出版したということで、現在の韓国にはございませんで、日本にだけ伝わっております。こういう病気にはこういう薬を使えというようなことがずっと書いてございまして、いちばん後に、『方中郷薬目草部』というのがございます。これは、その前にありますいろいろな薬に対して、その薬の郷名、つまり朝鮮語の名前と薬性、どのような性分を持っている薬であるのか、あるいはその採取の方法を書いてございます。
 「鮎」という漢字を書きましたら、日本では「アユ」と思いますけれども、中国のほうでは元来は「ナマズ」という意味ですから、中国で漢字で書いたものを日本語的に読んでも、それが必ずしも当たりません。そして、やはりこれは薬ですから、変なものを処方しますと大変なことになりますから、これは朝鮮ではどういうものであるかということが、書いてございます。
 ここに例といたしまして、「吉梗」を書いてございます。「吉梗」は、二つの漢字の上のほうは木へんが省かれ、正しくは「桔梗」です。昔はこんな書き方をしたものです。「吉梗」というのは、朝鮮では俗に「刀羅次(トラジ)」といいます。朝鮮の民謡にアリランとかトラジというものがありますが、このトラジにあたります。トラジですと、みんな普通の人は知っているわけですから、すぐに採ってこられる訳です。
 そして、味は辛くて温、有小毒(やや毒がある)と書いてあります。2月と8月に根を採って天日に乾かす。効きめとしては、咽喉痛(喉の痛み)を直すのに最も妙なり(最もよく効く)。このような形で、植物あるいは動物、鉱物について、朝鮮の名前と、何に効くか、いつ採ったらいいのかということが書いてあります。
 私などは、特に言葉の研究をしておりますので、非常に貴重な資料になります。中国の薬を利用する際に、それが朝鮮あるいは日本では何に当たるのかということは、非常に大事なことです。
 そして、次に少し下りますが、『郷薬集成方』というのがあります。これは1433年に出された本ですが、中国の唐、宋、元、明の初め、それに高麗のものを付け足した中国と朝鮮の医学の集大成のようなものです。これにもやはり、この薬は朝鮮ではどういう名前に当たるかということが書いてあります。これもまた非常に貴重なものです。
 6番めに、『医方類聚』がございます。これは266巻という非常に大部なもので、これもやはり中国の唐、宋、元、明の初めの153種類の中国の本を引用し、それを分類し配列し直して、総合的にまとめたものです。
 この中には、中国の、例えば唐とか宋の医学書で現在伝わっていないものがございます。それが、ここに引用されておりまして、これでもって中国の当時の医書を復元できるということでも非常に貴重なものです。これは、文久元年(1861年)に日本で木活字で印刷して、それが韓国のほうにも現在伝えられておりますが、もともと韓国に失われてなかったもので、日本にしか伝わっていなかった本です。
 次の7番めの『救急方』ですが、これは漢文とハングルから成っており、15世紀後半に出版されたものです。元来医書というものは、漢字で書かれておりますが、それでは一般の人たちが読めないということで、ハングル、つまり朝鮮文字は15世紀の中ごろに成立しておりますが、その後に、この医書をハングルでもって訳して普及させたものです。これもやはり語学関係ですので、私たちにとっては非常にありがたい資料です。
 最後に、『東医宝鑑』がございます。これを書いた人は許浚と申しまして、少し前に韓国ではこの人のテレビ番組があり、非常に人気を得たと言います。これもやはり、中国と朝鮮の1613年以前の医学を総括したもので、朝鮮医学の最高峰だといわれております。日本でも中国でも、非常に重宝されまして、中国でも、また日本でも江戸時代に出版されております。
 内容は、大体内科と外科とそれ以外の雑病、そのほかに湯液篇、要するに薬のことで、ここにもやはりこの薬は朝鮮語でこういうのだと書いてあります。そのあとに、鍼灸篇があります。これは、先ほど申しましたように、朝鮮医学の最高峰ですし、東洋における最高の医書だという方もいらっしゃいます。世界における朝鮮医学の貢献というのは、大変大きなものではないかと考えております。
 以上で終わります。ありがとうございました(拍手)。

朝倉 今のお話を伺って、中国と朝鮮と日本という関係、そのうち朝鮮の果たしている役割というもの、そういった文化関係の一端を、朝鮮の医書を通してもうかがい知ることができるのではないかと思いました。
 ちなみに、先ほど最後にでました許浚という人、韓国では「ホジュン」というのですが、この方のテレビドラマのシナリオが、日本でも翻訳されて2巻本で出ております。非常に読みやすく翻訳されておりますので、もし関心がある方はご覧になるのもよろしいかと思います。
 それでは次に、ソウル大学の全先生から、「長寿」あるいは「百歳人」というキーワードで、日本と韓国、さらにもう少し広げた比較をしていただきたいと思います。

韓国「百歳人」の文化的特性


全氏

  どうもありがとうございます。このシンポジウムに参加された皆様、この会議のために一生懸命にやってくださった富山県の関係者の皆様、国立民族学博物館の関係者の皆様、本当にありがとうございます。
 私は5年間、長寿、特に100歳人の研究をしてきました。韓国、沖縄、あるいはフィンランド、それからイタリアの海岸部のサルディニアという島があります。そこも長寿地域です。そして、中国のウィグル族という少数民族研究、それらの情報を集めて、今日は簡単に報告をします。お配りしてある資料は、私が韓国語で書いて、朝倉さんが翻訳して下さった文章です。後で時間があれば読んでください。
 なぜ今、100歳人を研究するのか。私の最初の疑問は、こうでした。医学や遺伝子研究者の研究を読むと、2020年ぐらいには死ぬことが大変になります。今は100歳というのは、人間の寿命では珍しいことですけれども、これからは普通になるのだという報告があります。1980年、アメリカの学者が研究したのは、85歳のあとは死ぬことが大変になるのだということです。粘り強く85歳まで生きて、そのあとどうするか。そして、今、普通、退職が60歳から65歳ですから、そのあと100歳まで、35~40年ぐらいどうするのか、これが非常に重要な問題になると思います。高齢化社会の中で、いちばん重要な問題がこれではないかと思います。退職後35~40年ぐらい、お年寄りが暮らしていくためには、だれかの税金が必要です。それをどうするか。こうした疑問をもって、これから私たちが将来100歳になるため、私自身にとっても、この100歳研究をして勉強になります。私も100歳になるのか、100歳になった後どうするか、この大きな疑問から、この研究を始めたのです。
 フィンランドや韓国やイタリアなど、すべての長寿の地域での共通点があると思います。一つは、長寿という概念があるかどうか。東アジアでは、長寿という概念がある場所と結びついていて、中国とか韓国、済州島でも遺跡みたいなものがあります。世の中の人間全部が「私も100歳になりたい」というのではなくて、長寿という概念があるかどうか、そうした概念が強い地域があるということです。
 もう一つは、日常生活の中でだれと一緒に人生を過ごすのか、家族関係をどうするかです。100歳以上の人は、普通はおじいさんではなく、おばあさんです。私は、5年間で大体150人ぐらいの100歳以上のおばあさんたちにインタビューしてきました。そうした100歳以上のおばあさんたちをずっと見てきたら、80歳とか70歳のおばあさんはまだまだ若いです。70歳とか80歳のおばあさんたちの頭の中に何があるのか、自分の家族や先祖の祭祀を守って、一生懸命朝早く起きて、お墓も守る。沖縄の話ですが、一生懸命にお墓をきれいにするのが自分の仕事です。
 こうした長寿の人たちの一つの共通点は仕事です。自分の生命が絶えるまでは仕事をやる、粘り強い仕事をやるのです。仕事がなかったら人生が終わるのだと。韓国の済州島でも同じですし、イタリアのサルディニアという大きな島には、山の中で羊を育てる90歳のおじいさんたちがいるのですが、今でも仕事をやります。60頭とか70頭の羊を連れて、山へずんずん登るのです。60頭か70頭の羊の名前を全部覚えて、1頭ずつ名前を呼びます。自分の頭の健康のためにそれを全部覚えているのではなくて、自然に自分の仕事のためにそうなったのです。私たちが見るとぼけが全然なくて、頭がしっかりしているのです。肉体的にも精神的にも仕事をしています。
 もう一つの共通点は、これは沖縄から勉強になったのですが、「あきらめる」という言葉があります。ふつう韓国人は、何かをあきらめた後は、「次はこれをやるか」というように心の中に何かが残ります。日本人も大体同じでしょう。沖縄でその質問をしましたら、「あきらめたら、心の中に大きな穴ができるから何も残るものがないんだ」とおっしゃるのです。自分の心を一生懸命に守るために、自分の心の中で何か悪いことは全部すぐに捨てる。それが非常に重要なのだと思います。
 私はフィンランドの104歳のおばあさんと会ったとき、キスをしました。104歳のおばあさんが私にキスをして、「これであなたも100歳になる」と。このおばあさんは、78歳までずっと仕事をして、そのあとだんな様が亡くなり、一週間くらい何もしなくて、人生が終わったと感じたそうです。そのあとすぐ、何かをもう一度やりましょうということで、二十何年間毎日化粧をするのです。自分の顔を2~3時間ぐらいずっと化粧をします。今104歳なのですけれども、顔がきれいなのです。自分にくる老いを尊敬する。韓国は儒教の社会ですから、老人を尊敬するという言葉や教育があるのですが、自分にくる老いを尊敬する。自分の心を守るために、何かをすることがいいのではないでしょうか。
 文章の中で書いたのですが、沖縄の玉城のおじいさんから私が一つ勉強になったことがあります。そこは、サトウキビ農家で2月が収穫時期です。85歳のおじいさんが、毎日私と一緒に食事をするのですが、「あなたと食事をするのはちょっと気持ちが悪い」と。なぜかと聞くと、「あなたは、なぜそんなに早く食事を食べるんですか。もうちょっとゆっくり食べてください」。私も、その気持ちを考えて、ゆっくり食べようとしたのですが、難しかったです。すると、そのおじいさんが、ずっとおはしを使うのではなく、ご飯をちょっと口に入れて、あとはおはしを置いて、口にいれたものを全部食べてから、またおはしを使うと食事を食べる速度が遅くなると教えてくれました。
 小さいことなのですが、100歳とかお年寄りの生活の中から何かを勉強をすることで、将来、私たちと次の世代がよい生活をできるのではないか。一つずつ全部情報を集めて、その生活習慣を残していったら、次の世代の健康がよくなるのではないか、これが今の研究の目的です。
 今日、私はこの健康センターをずっと回って勉強になったのですが、富山にはこの健康センターがあって富山の皆様の健康にはいいので、これから皆さん全部が100歳になるのではないかと思います。ベッドリドン(bedridden)というのですが、ベッドの上でずっと寝ている状態の100歳ではない、このことがこれから非常に重要だと思います。
 沖縄の100歳研究者で鈴木先生という、今でも沖縄におられる先生が、60年代に沖縄に入ったときの100歳と、今の100歳を比べてみると、60~70年代の100歳のおじいさん、おばあさんたちは、数は少なかったけれども、健康状態は、全員がさとうきび畑で働いていました。今は、100%ベッドリドン、病院で寝ています。これはちょっとよくないです。生きている限り仕事をやるというのが、健康にはいちばんではないでしょうか。
 これで終わります。どうもありがとうございました(拍手)。

朝倉 全先生は、本当に100人以上の100歳の方と会って、キスをされたり、さまざまな経験をしてきたわけです。いろいろな地域の中で実際に100歳まで生きてこられた人たちの話の中から、長生き、長寿するためのヒントを随分得てこられたように思います。非常に面白くお話してくださったのですが、きちんとペーパーまで準備してくださいましたので、後でもしお時間がありましたら、先生がお書きになったものを、翻訳は慌ててやりましたので下手くそなのですが、併せて読んでいただけたらと思います。
 全然関係のない話をしますが、最近韓国では「百歳酒(ペクセジュ)」という名前のお酒がはやっております。ネーミングがよかったのですね。非常によく売れています。ちなみに、その百歳酒というお酒と焼酎を半分に分けて割って飲むと「[五十歳酒]というそうです。
 最後に、上馬塲先生、伝統医学の立場ということでお話をお願いいたします。

韓国の伝統医学と日本や世界の医学との類似性


上馬塲氏

上馬塲 伝統医学センターの上馬塲と申します。よろしくお願いいたします。
 今までの話の中で、富山の状況あるいは日本の状況等を補いながら、私の話に移ろうと思います。先ほど全先生が言われたように、心の持ち方とか生活のしかたが寿命に関係するということですが、富山の方たちは普通の日本の県と比べても大家族が多くて、皆さん精神的に充実しながら、生活様式も問題ない方が確かに多いようです。ですから、今、富山県の人たちの平均寿命は日本で上から5番目になっております。これからもっともっと伸ばそうというわけです。
 最初に林先生が言われたように、富山は、薬の富山、薬草の富山なので、富山の人たちは随分薬草や漢方薬を飲んでいるのではないかと私たちは思いまして、2年前に調査をしました。60歳の還暦住民に関する調査だけなのですが、韓国の70%よりずいぶん低く、大体45%ぐらいの人しか飲んでいないようです。皆さんやはり伝統薬よりも、富山にいながらも、まだまだ西洋を重視されている方たちがいるかなと思いました。そういう意味で、私たち国際伝統医学センターの使命はまだまだあるかなと思っております。
 薬の富山といえば、薬草の富山、さらには「伝統医学の富山」というようにちょっと広げさせていただいて、伝統医学の観点から、韓国と日本の関係、さらには韓国と世界とがどのように関係しているか、そうして韓国と日本の伝統医学が、どのように未来の医学に貢献できるかを紹介させていただきたいと思います。
 スライドあるいは液晶プロジェクターで紹介させていただきたいと思います。
(以下プロジェクター併用)
 日本海を囲む国々には日本、韓国、北朝鮮、中国があります。ロシアもありますが、一応、日本、韓国(朝鮮)、中国という三国に絞って、これらの共通性、さらには世界との関係、さらには将来の医学における貢献性について私なりにご紹介させていただこうと思います。
 私たちは12年前から伝統薬の調査をいろいろ世界的に行っておりまして、イスラムの医学、インドの医学、中国の医学、さらにはインドネシアの医学等を調査しました。しかし、韓医学あるいはハンイガクともいいますが、その調査は実はあまりやっておりませんでした。
 基本的には、中国、韓国、日本の医学、これらは漢方医学ですが、中国の医学が基になったものです。中国の医学が韓国に渡り、あるいは漢方医学という形で日本に渡ってきたのです。さらには先ほど藤本先生のお話にありましたように、韓医学自体が日本の漢方医学にも大きな影響を与えております。そういう意味で、中国、韓国、日本というのは、昔から一つの医学体系の中で相互に関係し合ってきたということであります。そのように、中国医学の流れをくむということで、非常に韓国と日本は共通しています。中国に幾つかの漢方医学の教科書がありますし、韓国にも藤本先生が紹介された『東医宝鑑』という非常に有名な教科書があります。特に、日本の漢方家は、この『東医宝鑑』を非常に重要視しています。このように、中国から韓国、日本、さらに韓国から日本という形で伝統医学が流れ、それらの間で共通性が多くあります。
 ちょっと私の愚痴も含めてお伝えしたいと思うのですが、中国と韓国は、伝統医学が国を挙げて非常に重視されています。きちんとした公的な伝統医学の医師の制度が中国にはあります。また韓国でも、韓医学科という学部があり、また公的な伝統医学研究所もあります。そして、公的な漢医師の制度があるのです。一方日本には公的な漢方医師制度はありません。西洋医学の医師が漢方医学を行うわけです。ただ、最近は医師の8割方が漢方薬を処方しております。富山には、唯一、国立大学の中に和漢診療学科と和漢薬研究所があります。しかし、薬草の研究は薬学部や農学部、栄養学部も含めれば、殆どの日本の大学で行われております。それなのに、漢方医師制度がないのです。とにかく、日本は国の認識がまだ伝統医学に関してあまりないということです。是非、韓国を見習って、日本も政府が伝統医学に意識を向けていただきたいと思っています。
 以上のような韓国と日本の関係、さらに世界との関係を紹介しながら、かつ未来の医学への貢献性という観点から韓国の伝統医学と比較してみたいと思います。実は、韓国には四象医学という独自の医学があります。『東医寿世保元』という20世紀の初めに書かれた本の中で紹介された体系です。その四象医学は非常に有用性が高いといわれているのですが、この医学は、実は最も古いギリシャ医学とかインドの伝統医学に極めて類似しています。さらには、四象医学の持つ体質論に関しては、ゲノム医学という最新の医学をしのぐかもしれないようなシステムなのです。そのような四象医学を実は韓国は持っているのです。
 韓国の四象医学では、人間の体質を4種類に分類しております。体質によって、性格とかなりやすい疾病、適した薬や食物があるというのです。非常に現実にそぐうということで、日本の医師の中にはこれを使っている方もおります。
 皆さんのプリントのいちばん最後のページを参照してみてください。見やすいようにいちばん最後のページになっております。 四象体質のための鑑別法を纏めた部分を見ていただいて、自分は何体質か、自分なりに思索を巡らせてみてください。
 たとえば、太陰の人というのがありますが、堂々としていて楽天的で物欲が強い。行動は活動的で執念深い。適した仕事は政治家だと記載されています。これは典型的な日本の政治家の特徴を示しています。政治家が物欲が強くて執念深いのは、医学的に言えばしょうがないのかもしれません。そういう人は、高血圧とか中風になりやすいとも書いてあります。まさに、今の日本の現代社会にこの四象体質による分類が合っているということを示すかもしれません。
 ほかに太陽、少陰、少陽というような体質がありまして、それぞれなりやすい疾病、性格、さらには適した食べ物や有効な薬も違うといわれています。こういう個人差の体系というのが現代の最先端のゲノム医学の本質と同じなのです。
 一方、古い伝統医学の代表であるギリシャ医学の四つの体質と、韓国の四象医学とを、私なりに対応させました。ギリシャ医学は四つの体質、あるいは気質といって分けているのですが、ちょうどそれが四象医学に大体対応してくるのです。もう少し具体的に言いますと、例えば多血質の人は太陽人に相当するのではないかと推定されます。明確率直で、人との和合が難しく、肝臓病とか目の病気になりやすい。そういう人は、そばや五加皮(ゴカヒ)、松の花を食べたり飲んだりするといいということが書いてあり、ギリシャ医学での注意とも非常に似ています。
 ギリシャ医学で言う黄胆汁質という気質あるいは体質は少陽人に相当するではないかと思います。少陽の人は、快活で気まぐれで負けず嫌いで、腎臓病とか消化器疾患になりやすいそうです。そういう人には、枸杞子(クコシ)とか柴胡(サイコ)とか熟地黄がいいと記載されています。ですから、枸杞子や柴胡が合う人がいる、つまり、どんな人でも合うとは言えないという考えです。それは、最近現代医学で認識されてきました。漢方医学ではそれを「証」と呼んで体系化しています。
 次に、粘液質な人は太陰人に相当するようです。このような太陰人は政治家に向いているのですが、勇敢で楽天的で何事も無理しがちな人だと言われています。肺、大腸疾患、腎疾患、ぜんそくになりやすい。ぜんそくに対して、太陰調胃湯と呼ばれる四象医学の処方が効果が高いことを広田先生が発表されております。
 最後は、少陰人です。この体質の人は賢明で内向的で非活動的です。冷え性になりやすい人です。そういう人には朝鮮人蔘、桂皮、附子(ブシ)がいいということが書いてあります。
 このような四象医学を、ギリシャ医学と対応させで、どこまで完全に合致するか分かりませんが、少なくともその考え方は似ているわけです。
 ギリシャ医学だけではなくて、実は、インド医学とも四象医学は似ています。インドの医学は四つではなくて三つに分けます。風、火、水です。風体質は、恐らく、少陰あるいは少陽の人を含めた概念と非常に似ています。
 そのような体質論が、本当に科学的にいって正しいのかどうか、科学的に証明しようとしました。190余名の人に問診票を記載させた後に、すぐ血液検査、心電図等を測りました。問診票の結果、典型的な体質を3グループに分けて、それぞれの人の遊離脂肪酸(FFA)、体重を比較しました。
 そうしますと、風体質の人は、昔から伝統的にいわれているように脂肪が燃えやすい、水体質の人は燃えにくいというデータが出て、古典的にいわれていることを支持している結果が得られました。体重も、問診票の中で体重を聞いているのは45問のうち1問だけなのですが、やはり風体質の人がいちばん軽くて水体質の人が重いという、古典的にいわれていることと合ってきています。
 そういう意味で、体質論というのは全くでたらめではないと推定されます。四象体質もまだ完全に証明されきってはいないのですが、正しい可能性が大いにあると思います。
 そのような体質によって、薬草の処方が違ってきます。ですから、同じ薬草でも体質によって合う合わないがあるということです。伝統的な医学、韓国の四象医学、漢方医学も含めて、そのような考え方に基づいているわけです。そのように人によって処方が違うという概念は、最近はゲノム医学では、オーダーメイド医療という名前で呼ばれております。
 このようなオーダーメイド医療にやっと最近のゲノム医学が到達したのですが、実は伝統医学ではもともと常識なのです。韓国四象医学はまさにこのオーダーメイド医療の最も最たるものだと私は以前から思っておりました。中国もオーダーメイド医療ですし、日本の漢方もそうですし、チベット医学もそうです。インド医学、ギリシャ医学もそうですが、四象医学が、もっとも簡潔明瞭で有用性が高いと思われます。そういう意味で、韓国にこれから学ぶことが多いと思われます。
 最後にまとめますと、中国伝統医学は日本海沿岸諸国、つまり韓国や日本に伝えられて、韓医学、漢方医学として花開きました。韓医学、特に四象医学は、漢方医学、チベット、ギリシャ、インド医学など、世界中の医学と類似する体質医学であります。四象医学や漢方医学は、個人差によって、性格や疾病のなりやすさ、食事の注意、治療薬までが異なるとするオーダーメイド医療であり、現在の最先端のゲノム医学をもしのぐ可能性を持つと思われます。そのように日本海沿岸に花開いた古い伝統医学が、新しい未来の医学をリードする可能性があるでしょう。そういう意味で、日本海学の今後の発展が必要だと思われます。どうもご清聴ありがとうございました(拍手)。

朝倉 ありがとうございました。先生、この体質はどのようにして見分けるのでしょうか。

上馬塲 中国医学では四診といいまして、四つの診断法があるのです。「望聞問切」というのですが、「望診」つまり見る、「聞」は聞く、あるいはかぐになります。「問」とは問診、いろいろ質問をすることです。「切」というのは触る。おなかに触ったり、脈に触ります。特にいろいろな医学の中で、体質を診断する場合、脈診がいちばん信頼性が高い方法だといわれています。ただ脈診だけで、すべてはできないということもいわれていまして、すべてを総合するということで四つの診断方法を総合的に診断して、その人の体質を決めるのだそうです。
 それができるのは名医しかないということで、先ほどの本を書かれた方たちは、そういうことができるわけです。日本では、名医の方、特に、富山の医科薬科大学の先生方を中心として診断ができるでしょう。

「気」について

朝倉 この鑑別表を読みますと、これで自分の体質が分かるということで、オーダーメイドで、自分自身で、随分いろいろ気をつけて行動をとれる感じがします。ありがとうございました。
 時間が3時半までという予定で、もうあと4分しかありません。できれば皆さんでディスカッションをしたいと思っていたのですが、少し時間が押してきています。
 私のほうからは、今回「元気」ということで、どういうことを考えようかと悩んだのですが、一つ資料を用意しました。これは、元気の「気」の字に注目し、日本語と韓国語で「気」という字がどのように使われているか、辞書のコピーを用意しました。韓国語の中には、元気という言葉はありませんが、気という言葉はあります。東洋の「気の思想」という、日本と韓国と中国とが非常に共通している中で、日本と韓国とでは、気という言葉の意味が、ちょっと違っているような感じがします。韓国の場合には、気というものが身体的な要素を強く持っています。日本の場合は、辞書からそのままコピーしましたが、気のつく言葉はたくさんあるのですが、どちらかというと「気は心」といいますか、精神的な部分で気という言葉が使われています。その意味では、韓国と日本の健康観の中で、大きい共通項がありながら、それぞれ多少変化といいますか、あるいは差異、違いが見えてきているように思います。その辺の共通性と相違性から、お互いがお互いの健康観を考えるヒントを得られるのではないかという気がします。
 もう一つ資料として、新聞のコピーがあります。非常に小さくて見づらいかと思うのですが、たまたま今回のシンポジウムの準備をしていたときに、韓国の新聞で、こういう記事を見つけました。韓国の「中央日報」という新聞なのですが、今年の10月28日号に「健康」というコーナーがありまして、日本の代表的医療都市、富山ということで、「健康パークを行く」という特集が組まれています。韓国側でも、富山に対してはものすごく関心を高く持っているようで、「都市全体が健康秘法の研究団地である」というような見出しで書かれています。上馬塲先生にインタビューされて、先生が答えられている記事も載っています。
 最後に、是非四人の方から、富山の方々へのメッセージをお願いしたと思います。富山と健康という箇所で、先ほど林さんの時間を縮めてしまったので、林さんからお願いできますか。

環日本海地域へ広げる富山の「元気」

  私は富山がこれで2回目なのですが、本当に美しいところだなと思っています。何よりも、やはり富山には立山山系の水が豊富に流れ込んできます。先ほどの流れ、薬水のところで言うと、やはりこの立山山系の水はまさに薬水といっていいのだろうと思います。その水を使ってできた米は薬米ですし、お酒は薬酒ということになります。また、きれいな日本海で取れた新鮮な魚は薬魚ということになるかもしれません。ましてや、富山名物のホタルイカは、単なるホタルイカではなくて、これは薬イカだと言ってしまってもいいのかもしれません(笑)。もっと目を周囲に向けてみますと、やはり澄んだ空気は薬気ということになりますし、皆さんにとっては、見慣れてしまっていて何とも思わない富山の美しい景色も、実は薬景といえるかもしれません。
 これだけ、常日ごろ薬を取り込んでいる富山の人々が、元気でないはずがない。ポスターのキャッチフレーズにもありますが、「日本の元気は富山から」ということを改めて実感します。独自のプラス志向で、富山式の「薬」の概念を、是非作っていただき、ますます富山が元気であればと思います。もっと身の周りから、元気の源を探していけば、もっと元気になれるのではないかと思います。

朝倉 ありがとうございます。全先生、いかがですか。

 8月でしたか、ソウルでもこのような会議がありました。その会議の中での参加者たちは、失礼な言葉ですが、お年寄りばかりでした。今日の富山の会議を見ると、若者たちも来ています。私の若者という概念は違います。50代はまだ若者です。60代も若者です。ですから、こちらは若者たちばかりです。将来の富山の健康と長寿は、明るくなるのではないかと思います。健康長寿のため頑張ってください。どうもありがとうございました。

朝倉 上馬塲先生、お願いいたします。

上馬塲 実は、韓国の大邱市に健康パークと同じものができるという話があります。日本では似た施設があるのですが、伝統医学を使ったこういう施設はここだけですので、是非日本の方は富山に来ていただいて、健康パークを体験していただきたいと思います。一方、韓国の方は大邱市にまず行っていただいて、健康パークに似た施設を体験していただければ、元気になると思います。

朝倉 では最後に、藤本先生、お願いいたします。

藤本 私は京都で生まれ育ったのですが、子どものころ、1年間に1回ぐらいは売薬さんが来られていまして、紙風船をいただいたことがございます。富山ということは聞いておりましたが、どこか分からなかったので、私がこちらに就職しましてから、よく見ますと四方と書いてありました。私がそのとき住んでおりましたすぐそばの、四方から来ていらっしゃっていたのだと判りました。
 その売薬さんとか、あるいはかつて富山大学にあり、現在医薬大に行っております和漢薬研究所、その医薬大に和漢診療科がございます。この和漢薬診療科は先ほどご紹介がありましたように、国立大学では日本で一つしかありません。このように、わが富山県は薬や和漢の漢方医学のほうで、日本における中心的な役割を果たしているところです。
 今後もこの伝統を逸することなく引き継いで、ここが日本全国に呼びかける、あるいは韓国との交流も盛んにしていく、中心的な存在であってほしいと望んでおります。

朝倉 ありがとうございました。おそらくフロアの皆様方からもいろいろなご意見、ご質問がたくさんおありになると思います。ただ、あいにく、今日はちょっと時間がありませんので、是非そういったご意見、ご質問がおありになる方は、アンケートといいますか、何か紙に書いてください。もし差し障りがなくて、お答えがほしいということがあれば、連絡先の住所などを併せて書いておいていただければ、私のほうでそれを読ませていただいて、お答えさせていただきたいと思っております。
 今日は、本当に長い時間、といいますか、私にとっては非常に時間が短くて困っているのですが、ご清聴いただきましてありがとうございました(拍手)。

コーディネーター、パネリスト プロフィール
◎コーディネーター

朝倉 敏夫(あさくら としお)
1950年生まれ。1985年明治大学大学院博士後期課程満期退学(政治経済学研究科)。現在、国立民族学博物館民族社会研究部教授、総合研究大学院大学文化科学研究科併任教授。韓国社会論、社会人類学。主な研究地域・研究領域は、韓国社会および海外のコリアン。主な編著書に、『日本の焼肉 韓国の刺身』((社)農産漁村文化協会)、『韓国を知るQ&A115』(千里文化財団)、『変貌する韓国社会』(共編著、第一書房)など。

◎パネリスト

全 京秀(チョン キョンス)
1949年生まれ。ソウル大学校大学院、ミネソタ大学大学院(人類学科)、人類学博士。現在、ソウル大学校社会科学大学人類学科教授(文化人類学)。東京大学大学院総合文化研究科フェロー。1997年4月より一年間、国立民族学博物館客員教授。主な研究地域、研究領域は、韓国、日本、ラテンアメリカ、生態人類学、環境人類学。主な著書に、『韓国文化論』(一志社)、『文化の理解』(一志社)、『環境親和の人類学』(一潮閣)、『糞は資源』(トンナム)、『韓国人類学百年』(一志社)など。

藤本 幸夫(ふじもと ゆきお)
1941年生まれ。京都大学文学部博士課程修了。ソウル大学校留学(1967~1970)、大阪大学文学部助手、1978年富山大学人文学部助教授を経て、現在、同大学教授。主な研究地域・研究領域は、朝鮮語学・朝鮮印刷文化。訳書に『韓国語の歴史』(大修館書店)、『韓国絵画史』(吉川弘文館)など。

林 史樹(はやし ふみき)
1968年生まれ。1992年に同志社大学文学部卒業、1997年に東京外国語大学大学院修士課程修了、韓国中央大学校日本研究所外来研究員、2001年に総合研究大学院大学博士後期課程修了。国立民族学博物館外来研究員、日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、現在、神田外語大学韓国語学科専任講師。訳書に『市場の社会史』(法政大学出版局)。

上馬塲 和夫(うえばば かずお)
1953年生まれ。1978年、広島大学医学部医学科卒業。学生時代から、東西医学の融合を理想と考え、虎の門病院での卒後研修(3年間)の後、北里研究所付属東洋医学総合研究所にて、漢方・針灸の臨床、漢方薬理研究に従事。1991~1992年、オーストラリア・ニューサウスウエールズ大学医学部留学。1999年から、富山県国際伝統医学センター次長。医師。医学博士。