日本海学研究機関等連携事業

日本海を科学する -日本海・富山湾の最新情報-


講演録は、日本海学推進機構事務局の責任で取りまとめたものです。

日本海学研究機関連携講座
共催  東京大学海洋研究所

平成18年9月16日(土)13:30~16:30
富山県民会館304号室

基調報告

「日本海はなぜ世界の海洋のミニチュアなのか」
    蒲生 俊敬(東京大学海洋研究所 教授)

 日本海は、研究対象として世界的に非常に貴重で重要な存在であることが、最近分かってきている。

 10年ほど前、普通の地図の南北を入れ替えた日本海の地図が制作された。私は最初に見たときには一体どこの地図かよく分からず、見方によって非常に印象 が変わるものだと新鮮な驚きを感じた記憶がある。それを見ると、非常に深い日本海と非常に浅い黄海が、朝鮮半島を隔てて隣り合わせになっている。あるい は、日本列島が広い太平洋を微妙に隔てて、日本海というエリアを覆っている。この地図は陸から海を見るという発想にかなっており、むしろ、これが人類が海 を意識したときのあるべき姿ではないかなどと、いろいろな思いが浮かんでくる。

 海水浴で遊んだり、あるいはマリンスポーツで沖へ出たりするようなとき、私どもは太陽の光がさんさんと照って、魚がたくさん泳いでいてという海のいちば ん上の部分を思い浮かべるが、実は海にはもっとずっと下のほうがあるのである。世界じゅうの海の深さを平均すると3800mになり、富士山(3776m) がすっぽり入ってなおおつりが来るほど深いのである。

 海の表面は確 かに明るく温かくて光あふれる世界だが、海の中へ潜っていくとどんどん暗くなり、温度も非常に低くなる。温帯・熱帯地方であれば、海の表面 付近は20~25度あるが、1000m以下では4~5度、もっと深くなると1~2度という、手が切れるような冷たい水が広がっている。だから、実は海とい うのは大部分は寒くて真っ暗な、太陽の光とは無縁の世界だということを頭の隅に留めておいていただければと思う。

 また、海水の中に溶けているO2(酸素ガス)の量も海の深さによって違い、いちばん多いのが海の表面である。海の表面には太陽の光があふれていることか ら、陸上の植物同様、葉緑素を持った植物プランクトンが光合成によって盛んに酸素ガスを作っている。しかし、深度が増し、太陽の光が届かなくなると酸素ガ スは作られなくなり、海中の生物に使われる一方になっていく。ところが、この酸素ガスの量がまたある深度から増えてくる。このことは一体どう説明すればよ いのだろうか。実はこの酸素ガスの分布から、海の中では水が循環し、かつては表面にあった水がどこかで深い海の中へ潜り込んで海の表面の豊富な酸素を供給 をしているということが分かるのである。

 海の表面には温度が高い水があって、深部には冷たい水があり、軽いもの(温度の高い水)が重たいもの(温度の低い水)の上に浮かぶ形をしている。この軽 くて温度が高い酸素を豊富に含んだ水が、北極海や南極海のような気候が寒い場所で冷やされ重くなって、海の深いところへ沈んでいく。このようにして、表面 の酸素ガスを豊富に含んだ水が、深い海の中へ供給されていくのである。つまり、非常に大規模な水の循環が、自然に起こっているのである。

 それでは、どのくらいの速さでそのような水の循環が起こっているのか。このことを調べようとするとき、我々は海水中に溶けている化学物質を使用する。よ く使用されるものの一つが、炭素14という放射性核種である。この物質は約5700年で半減する性質を持っていて、大気から受け取った炭素14をたくさん 含んだ表面の水が沈み込んで深い海の中に入っていくと、5700年でちょうど半分になるという割合で減っていくのである。これを世界中の海について調 べると、大西洋の一番北に炭素14を最も豊富に含んだ水があって、北から南へだんだんと減っていく。インド洋は逆向きで、南のほうに新しい水があっ て、北へ行くほど古くなる。そして、太平洋も同じような傾向があるが、三つの海の中では最も水の年齢が古いことが分かっている。  

 このようなこ とをつなぎ合わせて、コロンビア大学のブロッカー博士が分かりやすい図にされているが、それによると日本近海は新しい水ができる場所から最 も離れており、年齢2000歳の古い水が存在する。キリストが生まれたころに大西洋にあった水が現在日本の近海まで巡り巡ってきていると言うと、非常に長 い時間をかけて水が動いているのだなというイメージを持っていただけるだろうか。このように、約2000年という時間のスケールで世界中でコンベアー ベルトのような一続きの非常に大規模な水の流れがあり、深層水の大循環が起こっているということが分かってきているわけである。

 さて、いよい よ日本海の話に入っていくが、日本海の海水の量は全世界の海水の量のほんの0.1%ほどである。海峡は非常に水深が浅く、深さ 100~150mより下は隣の海とはつながっていない、非常に閉鎖性の強い海である。そしていちばん深いところは3700m以上と、太平洋にも引けを取ら ないほど深い。このような日本海の非常に特殊な地理的条件に加えて、冬には強い季節風が吹き、寒冷な気候になる。先ほど海水の循環の話をしたが、実は日本 海の北側(ロシア、シベリア沿岸)でも冬に海の表面が冷やされて重くなり、沈んでいくということが起こっている。つまり、日本海の強い閉鎖性によって、深 いところでは日本海の中だけで水が循環しているのだ。

 このことが、今日私がつけたタイトルの、日本海は世界の海洋のミニチュア版ともいえるということの意味するところである。日本海を詳しく調べることに よって世界中の海の現象が見えてくるかもしれない、そのような意味で日本海は今、全海洋と肩を並べる 存在として非常に重要な研究対象として注目されているわけである。

 さらに、先ほどからお話ししている水の沈み込みはロシア、シベリアの沿岸で起こっているのだが、富山湾はロシアの沿岸とちょうど対称的な位置にあって、 沈み込んだ冷たい水が上がってくる場所に存在しており、それは富山湾のいろいろな性質と密接に結びついていると思われる。そういった日本海の中の、さらに この富山湾とはどういう存在なのか。その特徴を解明すべく、今後ともいろいろな研究が必要な場所であろうと思う。

 日本海の海水の化学的性質を継続して調べることによって、今、日本海の素顔がどんどん解明されつつある。我々も研究船に乗り込み、採水装置を使って海水 の化学成分の調査を行っているのだが、日本海が太平洋と比べて特徴的なのは、水温が低いことである。また、特に2500mぐらいから下は非常に均一な水が 広がっている。この最も冷たく重い水(Bottom Water:低層水)は日本海の北の海域、シベリアの沿岸で冬に冷やされ、沈み込んでいったものである。そして、その水はあるものはまた上昇し、日本海全 体で非常にシンプルな閉じた水の循環系を作っている。これを我々は「日本海固有水」と呼んでいる。

 また、全世界 では1000~2000年かけて海水が循環しているのに対して、日本海では約100年という一けた速い時間スケールであることがこれまでに 分かってきている。しかも、日本海でさらに面白いのは、そうした水の循環が、定常的に安定した形でずっと続いているわけではなく、時間とともに変化してい るということである。日本海の深さ2000~3000mの水は豊富に酸素を含んでいるが、1977年から日本海の同じ場所で観測を続けた結果、最近の20 年間は徐々に酸素ガスの濃度が減ってきているのだ。このことは、日本海の中で起こっている水の循環が少し変わってきていることを示唆している。現在はどう も日本海のいちばん深いところまで水が沈み込んでいないのではないか。その分、酸素ガスの供給が止まってしまい、徐々に酸素ガスが減る傾向にあるのではな いかと考えられるわけだ。

 ただ、 2000~2001年にかけて大変寒い冬が訪れたとき、日本海の北方海域で表面の海水が十分に冷やされ、日本海のいちばん底まで届いているという ことが2001年に実際に観測されており、そのあたりについては今後も観測を続けたいと思っているが、循環が弱まってきているということは、昨今、地球環 境問題でいわれているような地球温暖化の問題とも密接に関連している可能性がある。つまり、温度が上がればそれだけ冷たい水が作られにくくなって、日本海 の循環が弱まってしまうかもしれないということだ。

 まさに日本海は、そういった地球環境のごくわずかな変化を鋭敏に感じて表情を変え、我々に向かって警鐘を鳴らしてくれる存在なのである。

 

「日本海の過去10万年間の環境変化」
    大場 忠道(北海道大学 名誉教授)

 過去10万年という地質学的にはご く最近の時代に、日本海は何回かの著しい環境変化に見舞われてきた。そのようすを海底コアに秘められたさまざまな情 報から描き出してみると、淡水流入やそれに引き続く底生生物の死滅、親潮流入から対馬暖流への入れ替わりといった事件が浮かび上がってくる。そして、これ らの事件は、全球的な気候変化と密接に関連している。

例えば、氷河時代には北半球にも南極大陸に匹敵するような大規模な氷床ができ、海水面は120~130mが下がったといわれているが、そのような状況の 中で 日本列島は北方とほぼ陸続きになり、黄河の河口が済州島の東の方まできて、九州の西方は大きな湾のような形になって淡水が供給され、塩分の薄い水が日本海 に 入ってくるという状況であった。 日本列島にいるチョウザメ、イトウ、ウグイといった淡水魚は、かつて湖のようだったその日本海を渡ってきたか、 あるいは北方(サハリン、北海道)が陸続きで、沿岸の非常に塩分の薄いところを渡ってきたのではないかと考えられる。

また、日本海で食べられる海の幸の多くは、200~300m以深の深海に生息している。現在、対馬暖流が流れている日本海を南方系の 生物種が占めるならばおかしくはないが、その深海が北方系の生物種で占められているということは、北方系の生物が入ってきたのは対馬暖流が流れていなかっ たその前の時期だったのではないだろうか。西村三郎氏も、こうした生物の類縁種がオホーツク海やベーリング海に生息しており、しかも日本海であまり種の分 化が進ん でいないことから、日本海に入ってきたのは地質学的にもごく最近だろうと言っている(1977年『日本海の成立』)。  

 隠岐の島北東海域の海底台地(隠岐堆)のC-3コアから採った堆積物を見ると、表面から40~50cmのところは鉄の酸化により褐色を呈しており、それ よりも下位には鉄が還 元されて黄鉄鉱などが出てきているため灰緑色の明色層と黒褐色の暗色層が交互に堆積している。同じような堆積物は日本海のどこに行っても採れて、そこには 浮遊性有孔虫や底生 有孔虫などの化石がたくさん入っている。暗色層では非常に保存がよく、明色層ではほとんど壊されているのだが、浮遊性有孔虫の現生種は40種類ぐらいあ り、熱帯種、亜熱帯種、温帯種、亜寒帯種、寒帯種に分けられる。対馬暖流が流れ込んでいた時代の泥からは熱帯、亜熱帯種が出てくるが、対馬暖流が入ってこ なかった時代のものでは温帯、亜寒帯、寒帯種だけになってしまうという具合に、化石の種類によっても、かつて対馬暖流が流れ込んでいたかどうかが判断でき る。

 また、隠岐堆 の C-3コアを見ると、浮遊性有孔虫の亜熱帯・熱帯種は、1万年よりも後になって初めて出てくる。浮遊性有孔虫のある種の寒冷種は、現在はその右巻きのもの が対馬暖流 域に、左巻きのものはそれより寒いところに生息しているのだが、コアを見ると、古い時代には左巻きが圧倒的に多く、1万年ごろから右巻きが60~70%に なってくる。そして、そこからは対馬暖流を特徴付けるような珪藻の種も出てきていて、それ以外の珪藻、放散虫の温暖種の熱帯種や亜熱帯種も、やは り8000年ぐらいから急に増えてくる。 反対に、寒冷種として代表的なココリスのある種は、1万年以降は全くいない。

 また、現在の東シナ海の低塩分域にいる珪藻の 一種も1万年以前の時代には多く、1万年以降はむしろ少なくなっている。 このようなこと から、対馬暖流が入ってきたのはやはり1万年前以降だといえる。過去 の海洋環境は、このような微化石で見ることができるのである。  

 過去の海洋環境の調査には、酸素のアイソトープ(同位体)を使ったものもある。有孔虫やココリスの炭酸カルシウムの殻は、カルシウムイオンと炭酸イオン が結びついたものだが、イオン状態のときには酸素16と18(同位体)が炭酸イオンに入ってきたり、水に戻ったりを繰り返している。もともと酸素16と 18は500対1の割合で水の中に入っているが、炭酸カルシウムに入る割合は温度によって決まり、その関係はほぼ一次直線を描く。これを使って過 去の環境を復元しようというわけである。  

 外洋の底生有孔虫の酸素のアイソトープを見ると、古い時代に大きく変化しているところがある。水温に直すと現在より7度低くなるが、現在の海底の水温は 常に1~2度と一 定で、氷期に7度も水温が下がることは絶対にありえない。したがって、これは海水そのものの酸素同位体比が変わったと考えられる。つまり、この外洋の底生 有孔虫の酸素同位体比のカーブは過去の気候変 化を表し、同時に海水面の相対的な変化も表しているのである。  

 同様に、日本海のC-3コアの有孔虫の酸素の同位体比を、水深1000mの深さで水温0.1~0.2度に生息している底生有孔虫と海洋表層に生息してい る浮遊性 有孔虫について測定した結果を見ると、外洋の底生有孔虫のグラフと共通しているのはほんのコアのトップ約60cmだけであることから、ここ1万年前ほどは 対馬暖 流が入っている現在と同様だが、それ以前は外洋の水が入ってきていない状況だったのではないかと考えられる。  

 特に、最も厚い暗色層がたまった底生有孔虫のいない約2.7~1.5万年前の時代に、浮遊性有孔虫の酸素同位体比は1万年以降よりもさらに値が低くなっ ている。もし温度だけ が変化したとすると、1万年以前よりも当時の日本海の表層水温は高かったということになってしまう。世界的に氷期の最盛期のころに、そのようなことは考え られない。したがって、16をたくさん含み、海水よりも酸素同位体比が小さい淡水が日本海に入ってきて、海洋表層の酸素同位体比が小さくなったとしか考え られない。隠岐堆以外の5本の海底コアでも同様な結果が見られ、その時代には珪藻の低塩分種や淡水種が増えていることが分かっている。    

 以上のような ことから、私達は1983年に日本海の過去8.5万年間(14C年代で)の環境変化を、対馬海峡と津軽海峡を結んだ断面図の形で以下のように復元した。

 8.5万~2.7万年前には、九州西方の表層水が流入した。塩分の薄い沿岸水がより多く入ってくると海水の鉛直的な混合がなくなるため暗色層がたまり、 比 較的塩分の濃い水が入ってきたときには、現在と同じように鉛直的な混合が行われ、やや酸化的になって明色層がたまる。この時代にはそれを繰り返している。  

 2.7万~1.5万年前には、黄河の河口が済州島の東にきて、淡水が日本海に入ってきたばかりでなく、ほぼ閉鎖的になってしまったため、日本海に低塩分 水 が広がり、海水の鉛直的な混合がなくなってしまった。それによって酸素が供給されなくなり、海底は非常に還元的になって死の海になってしまったと思われ る。

 1.5万~1万年前には、また底生有孔虫が出現してくるが、その中には現在の北方域、北西太平洋の浅いところに生息しているような種類も初めて現れる。 酸素 同位体比も異常なピークから急に元に戻っていることを見ると、親潮が流入したとしか考えられない。海水の鉛直混合も再開し、北方系の生物が入ってくるよう になった。 1万~8000年前は、今度は対馬暖流が一進一退を繰り返していた時代である。還元的な海底環境は現在と同様の酸化的なものに変化しつつあり、酸素が海 底に供給 されて有孔虫の殻などの炭酸カルシウムが溶けるといった時代であった。  

 そして、現在と同じような環境になったのは8000年前以降である。    

 当時、このような復元図が描かれたわけで、ほぼ四半世紀前の研究になるが、本質的には間違っていなかったと考えていいのではないだろうか。  

 ただ、1983年ごろには、最後の氷期にたまった暗色層以前に何度も暗色層と明色層が交互にたまったことの解釈がうまくついていなかった。そこで、苦し 紛れに海水面が世界的に上がったり下がったりしたのだろうという解釈をしていたのだが、1992年になってグリーンランドの中央部で採取された氷のコアの 中の酸素16、18が、全く日本海の堆積物の色の変化と同じ変化をしていることが分かった。  

 その後、1995年になって東大の多田さんたちのグループが、C-3コアの暗色層の有機炭素量のデータをグリーンランドの酸素同位体比と比較して、見事 にそ の説明をつけたのである。彼らによると、グリーンランドの酸素同位体比が濃い(気温が高い)ときには東アジアでも夏のモンスーンが発達して温暖・湿潤にな り、塩分の薄い水が日本海に入って海水の鉛直混合がなくなって暗色層がたまると同時に、生物生産も高く有機酸素量も高くなる。反対に、グリーンランドが寒 かったときには 夏のモンスーンが発達せず、日本海では海水の鉛直混合が盛んになって堆積物を底生生物がかき乱すという関係が見られる。そして、それには偏西風の変化の影 響があったということだ。  

 つまり、日本海の8万5000年前から現在までの環境は大きく五つに分けられ、その最寒期に低塩分水が広がり、陸続きになったときにカラフトから北海道 の沿岸 に淡水魚が入ってきて、1万5000年前になって北方系の生物が親潮とともに日本海に入ってきたと考えられる。ここでお話した内容は、小泉さんという方が ごく最近出された『日本海と環日本海地域』という本に詳しく書いてあるので、興味のある方はぜひご覧いただきたい。

「豊かな資源を育む富山湾の海洋環境」
    木村 伸吾(東京大学大学院 助教授)

 富山湾にはいろいろな特色ある資源があるが、これからは水循環やその性質を理解し維持することが、これらの資源の維持につながるという考え方が必要に なってくる。

富山湾の地形を見ると、北側から深い海谷がごく沿岸にまで張り出してきている。沿岸にはあまり浅瀬がないため、富山湾の中の定置網は西側に多いが、水深 は沖合で急激に深くなっていて、ホタルイカなどはそのようなところを通って外洋から入ってくる。

我々海洋学者は、富山湾の中の水深300mよりも深いところの水を日本海固有水と定義しているが、それは海洋の表層の流れと比べると、あまり動かない水 と考えられる。水深300mよりも上のところには対馬暖流が流れていて、温かく、常に流動しているからだ。つまり、富山湾には沿岸表層水、対馬暖流、日本 海固有水の三つがあり、日本海固有水の上の表層では対馬暖流によって入ってくる水が表層の沿岸水を洗い流し、さらに北側に運んでいくという循環をしてい る。  

沿岸水は小矢部川、庄川、神通川、常願寺川、黒部川といった大きな五つの河川から流れてくる淡水で、日本海固有水は全体の容積の約65%を占める。この 海水と対馬暖流を起源とする二つの大きな水によって、暖流系と冷水系の生物が同時に生息し、その両方の漁獲が可能な海域として、この富山湾は位置づけられ るのである。

ところが、最近、水質の汚濁の指標の一つであるCOD(化学的酸素要求量=水質汚濁の指標の一つ)の上昇が指摘されている。平成8年以前には環境基準を 100%満たし、CODも低い値を維持していたが、平成10年ぐらいから上昇するようになってきた。最近はまた元に戻っているようだが、少なくとも上昇し た時期には何らかの原因があったのだろう。大きな理由としては河川環境が悪くなり、栄養塩が供給されることが考えられるが、必ずしも定かではない。  

しかし、我々は結果としてそうなってしまったものが、どのように運ばれるのかということを理解しなければならない。水質の汚濁と海洋中の植物プランクト ン(クロロフィルa)の間には、CODが高くなると植物プランクトンが増えるという関係が見受けられる。汚染物質は植物プランクトンにとっては栄養だから である。そして、この植物プランクトンを食べて動物プランクトンは大きくなり、その動物プランクトンを食べて魚などの水産資源は大きくなる。つまり、植物 プランクトンがなければ富山県にとって重要な水産資源は得られないということで、植物プランクトンの増加は決して悪いことではないのである。また、海の色 は植物プランクトンで決まることが多いため、海色画像は植物プランクトンの量を表しているとも言い換えられ、また、海色画像によって海洋の循環が一目瞭然 になるという利点もある。

人工衛星の海色画像から2003年度の富山湾の毎月のクロロフィルの分布を見ると、クロロフィルの高くなっているところがどちらかというと東側に寄って いるようすが分かる。湾内の循環は平均的に見ると反時計回りになっているのでこれには納得がいくが、実はこれにはもう一つ理由があって、北半球では河川か ら海洋に流出した水は必ず右側に向かって流れていく性質があり、これはコリオリ効果と呼ばれる地球自転の効果が富山湾の循環に寄与しているためである。  

このほか、定量的に湾内の状況を再現することを目指して、我々はコンピュータシミュレーションをするためのバックグラウンドとなる流速場を手に入れるた めに、人工衛星の画像を使った解析も進めている。例えば、2日間の海表面水温のパターンを用意し、その二つのずれを流速と見なすという解析手法がある。こ のようにしてそれぞれのグリッドで流速場を再現することも現在では可能となっており、富山県環境科学センター、環日本海環境協力センターなどと協力して研 究を進めている。  

その中で、 2002年4月から2005年3月までの期間に取得したデータに基づいて、流れを再現しようという試みも行っており、水温画像を時間軸でつなぎ合わせるこ とで、どのような循環が表面でできているかということをある程度推定することが可能となっている。春、夏、秋、冬の富山湾の循環を見てみると、湾西部では 湾東部に向けて反時計回りの循環が存在し、一部外洋に出てかなり大きな変動をしているようすが分かる。このように、クロロフィル画像や水温画像などを重ね 合わせたコンポジットから、循環を詳細に表現することが可能となりつつある。   同時に、それが正しいかを検証するための観測も、東京大学の淡青丸を富山湾に2回ほど回して行っている。比較的小さな複数の採水器を使って、洋上から信 号を出してある特定の水深で1本ずつふたを閉めてやると、海水中の各深度の水を採ってくることができる。乗船するシップクルーは23人、研究者は全部 で12名、合計して35名ほどがこの船に乗って、10日間であれば無寄航で観測を行う。観測中は24時間観測である。  

我々の主な仕事は流れの場を観測することだが、そのために必要な流速計には、非常に小型であるが水深6000mまでの耐圧があり、深いところでも十分に 流れを測ることができる超音波流速計を使っている。観測作業は力仕事であるため、入ってきた学生にうまく力が入るようにモンキースパナの持ち方を教えるこ とが、東京大学の教員である我々の最初の仕事になっている。また、1年間も係留すると水深400~500mぐらいのところでもフジツボの類がたくさん付着 してくるので、生物専門の人たちと一緒に乗船していると、彼らは何か自分の研究のサンプルになるものがあるのではないかと甲板作業そっちのけとなってしま い、仕事の邪魔をしてしまうこともある。研究船の内部は、洗面所が船の舳先にあって、洗濯機も全自動でついている。最近は風呂も真水になったが、20~ 30年前までは海水を使っていた。 また、24時間観測をしていると息抜きもしたくなるので、船には必ずビールを何ケースか載せて、空いた時間にはそれを飲みながら観測の状況を語り合ってい る。私が大学院の学生だったときには、船の中にある公衆電話を見てこれで陸と連絡がとれるのだと非常に安心したものだが、最近の学生はみんな携帯電話を 持っていて、甲板でこそこそやっているなと思うと彼女に電話をかけていたりする。

平成17年5月に行った海洋観測では、合わせて38の観測点を設けて採水したり、水温や塩分を測ったり、入れた流速計を回収したりという作業を行った。 そのときの富山湾の水温と塩分、クロロフィル、栄養塩の分布の結果から、表層では湾の沖合まで塩分の低い沿岸水が張り出していることが分かる。同様に、先 ほどの人工衛星の画像ではクロロフィルaの長い分布が沿岸に見えたが、かなりクロロフィル濃度の高い海水が沖合に向かって進んでいる様子が見えた。これは 表層だということもあるが、外洋で生産されたものではなく、河川の流出物質によって生産された植物プランクトンが沖合まで流れていったもので、栄養塩が沖 合でほとんどないのは、植物プランクトンによって消費されてしまったからだろうと我々は考えている。  

これが水深100mになると大きく様子が変わり、張り出した沿岸水は全く見えなくなり、同じような性質の海水で覆われている。クロロフィルaの濃度もほ とんどゼロに近い。これは光合成を行えなくなって植物プランクトンがほとんどいないこと、そして河川水の影響もないことを表している。それに対して、水深 が深くなるとクロロフィル濃度が低くなるのとは全く逆に、栄養塩は増えていく。この栄養塩は深海から来たものである。したがって、栄養塩の濃度がいちばん 枯渇するのは、実は表層の部分なのである。

我々は超音波流速計による流れの観測も行っているが、この超音波流速計が面白いのは、観測者を動物プランクトンと見なしてドップラー効果を利用して測定 するという点であり、跳ね返ってきた音の高低で流速を測るのである。これにより、鉛直的に精密な観測を同時に行うことが可能となっている。

 このような海洋 観測を3次元でリアルタイムに行うため、最近、世界各国でArgoフロートを使った計画が立てられている。Argoフロートとは、普段は深いところまで 潜って安定してその場に滞留するが、一定の時間が経過すると上昇して上昇中の水温、塩分を観測して人工衛星に送り、さらにまた沈み込 むというシステムのブイである。今、世界の海洋で多数のブイがオペレートされており、海のアメダスともいえる。これは現在のところ残念ながら使い捨てなの だが、富山湾はある程度閉鎖された海洋ともいえるので、使い捨てせずに回収して再利用しながら海洋観測することも可能かも知れない。  

研究船の当直明けには、非常にきれいな朝日が見られる。富山湾の豊かな海、富山湾を守るべく我々は努力を続けるつもりであるが、皆さんのご理解もいただ ければ幸いである。

「富山湾の深海生物の飼育」
    高山 茂樹(魚津水族館 飼育研究係長)

 深海生物というと、目がものすごく大きくて飛び出していたり、口が大きかったりという奇妙な生物を思い浮かべるかたも多いと思うが、富山ではベニズワイ ガイ、オオエッチュウバイ、ノロゲンゲなど、1000mを超すところにいる深海生物が食卓に並ぶ。そこで、今回は水深300mより深いところにすんでいる ものについてお話ししようと思う。

 まず、春の風 物詩として有名なホタルイカである。名前のとおりきれいに光るが、このホタルイカは春の新月の朝に富山湾の海岸に打ち上げられることがあ り、これはホタルイカの身投げ現象といわれている。寿命は1年で、産卵後10日ほどでふ化し、5日間ほどたつとイカの格好になる。我々は今ここまでしか飼 育がうまくいっておらず、まだ1年間通して飼うことができていない。  

 次は皆さんご存じのホッコクアカエビ、俗にいうアマエビである。トヤマエビ(ボタンエビ)、モロトゲアカエビとともにタラバエビ科というグループに属す る。これらのエビは、生まれて2年ほどでまず雄に成熟し、その後、性転換をする。一生のうちに雄雌両方で過ごし、少しでも繁殖する機会を増やそうとする方 向に進化しているエビである。  

 これはザラビ クニンという名前の魚である。寒天のような水っぽい魚は高い水温に適しているといわれている。特徴は目で、銀色のまぶたのところに黒い点が ある。同じ寒天質のノロゲンゲは、富山湾ではほかにクロゲンゲ、アオゲンゲ、タナカゲンゲの4種類がよく見られる。非常にコラーゲンが多いため、漁協さん がサプリメントを作って販売しているほか、ゲンゲの粉を入れたお菓子などができているそうである。  

 ベニズワイガニは、水深1000m近くでかご漁を行っているが、これは昭和37年に濱田虎松さんという漁師さんが始めたものである。カニとしてはズワイ ガニが有名だが、これはやや水っぽいといわれている。深いところにすむものはやはり水分が多いのである。

 同じく深いところの生き物で我々がよく食べるのが、バイである。オオエッチュウバイは水深450m以深、カガバイは600mぐらいまでのところにすんで い る。深いところのバイのほうが殻が薄くなっているのは、深海に対する適応だといわれている。バイの卵嚢一つの中には卵が2000個ほど入っていて、4~5 か月後にふ化するのはそのうちの20個ほど、約1%である。バイの幼生が残り99%卵を食べて栄養にし、成長して出てくるのである。つまり、より確実に子 孫を残すため、数ではなく質でいこうとしているわけである。  

 このような生き物を飼育するときに問題になるのが、水温と水圧、水質、光、そして採取方法と餌の6点である。水温に関しては、現在水槽を冷やす技術が進 み、2度以下の低水温が可能になった。現実的には1度の水を使っている。水圧については、ゲンゲはうきぶくろがないので大丈夫なのだが、実は高い水圧のと ころから急に上げられると、血液の中に溶け込んでいたガスが元のガスの状態に戻り、血管をふさぐために潜水病になる。そのため、採取後生き残るのは約 10%というのが現状である。水質に関しては、普通はバクテリアを使った生物ろ過をするが、水温が低いと効かないため、水換えしかない。また、光について は、やはり深海の生き物は大変紫外線に弱い。そこで現在はLEDを使って一定の波長にしている。採取方法は漁師さん任せで、傷つけないように持ってきても らっている。そして、餌には採取時点で死んだ魚の腹を開いて何を食べているかを調べた結果から、ホタルイカやアマエビなどを与えている。

 採取は漁師さ んに頼む以外にも、漁協に出向いたり、実際に船のすぐ横に行ったりしてどのような生き物が出ているかを見ている。足下の一見ごみのように見 えるところに、ボウズイカやエビの仲間、フサトゲニチリンヒトデ、半透明のカンテンナマコなどがたくさんいる。マキガイの一種、サラサベッコウタマガイも いるが、日本海の中では佐渡沖と富山湾に生息しているといわれ、貝殻が体の中埋もれてしまっている。非常に大きく、15cm近くあるものもある。ベッコウ タマガイの巨大なものは南極にいるだけだが、日本海のものはなぜか大きい。  

 また、オオグチボヤは、2001年に海洋研究開発機構の「しんかい2000」が能登半島沖を別件で通ったときにたまたま見つけ、非常に大きな群生地が あった ことで有名になった。ホヤ酢ではホヤの中でもマゴヤという種類のものを食べる。ホヤという生き物は、口のようなところから海水を中に入れて有機物などをこ し取って食べてはき出し、固着生活をするという生き物である。系統樹で見るとホヤは非常に上位の存在で、幼生の時代に脊索(背骨の原形のようなもの)がで きる。すなわち、脊椎動物と無脊椎動物(クラゲ、貝など)の中間的な生き物と考えられるわけで、そのことから、オオグチボヤを研究していくと脊椎動物と無 脊椎動物を結ぶ何かが分かるかもしれないといわれている。  

 以前、早川いくをさんが『へんないきもの』という本を出したが、その中に「海底で笑うもの」と表現されているイラストは、明らかに入水口が大きく口のよ うに見えるカリフォルニアのモントレーで採れたオオグチボヤを元に描かれている。また、昭和天皇が採取された標本の中にもオオグチボヤがある。図で内臓の ようすが出ているが、卵巣と精巣を持ち、雌雄同体である。そして、食べた餌が胃袋で消化されて排出されるという構造になっている。オオグチボヤは、相模 湾、モントレー、チリ沖、南極周辺でも採れるそうである。そしてもう一つ、なぜか日本海でも採れる。疑問なのは、なぜ富山湾、能登半島沖だけにコロニーが あるのかということである。  

 そこで私は、 2003年からチラシを作って漁師さんに聞き込みをした。最初はどの漁師さんも見たことがないと言っていたが、その後、空き缶の上で成長し たオオグチボヤの写真を増やしたところ、多くの漁師さんがこれなら知っていると言いだしたので、ぜひとも持ってきてほしいとお願いしたところ、コーヒーの 缶、酒のパックの銀紙、ひも、ロープなど、オオグチボヤはいろいろなものに付着して上がってきていたのである。   昨年7月、海洋研究開発機構の「なつしま」の後ろにつるしているハイパードルフィンという無人の調査船を使って、富山湾でオオグチボヤの調査を行った。 その 結果、能登島の沖で岩盤の上にたくさんのオオグチボヤがついているのが発見された。それ以外にも聞き込み調査で氷見沖や魚津沖、黒部沖、親不知辺りなどで 見つかり、採集も行っている。

 採集したオオグチボヤの飼育実験を、新江ノ島水族館は低酸素で低温飼育、海洋研究開発機構では加圧・低温飼育、魚津水族館では低温のみの飼育という形で 行ったところ、やはり飼育には安定して1~2度という低温を維持することがいちばん効果的だった。  

 今年の2月に新たに漁師さんから手に入れたオオグチボヤは、最初は大きさ1cmほどだったが、6か月ほどたって2.5cmほどに大きくなっており、上手 に飼えば飼育することは可能なところまでは進んでいる。飼育中のオオグチボヤを観察すると、大きな口のように見える入水口は、餌を入れたときだけではなく 定期的に閉じる。そして、本当の口から餌が中に入っていって、消化されて出ていく。ふんは、閉じたときに頭の出水口からぴゅっと出てくる。また、膨らんだ 部分で子供が成長することは分かったが、まだふ化していないので、これがどうなっていくかはまだ分かっていない。そのため、今後の課題としてハイパードル フィン以外での採取方法の検討と、長く飼うための方法と生活史の解明が挙げられている。

 今現在、オオグチボヤがいるのは富山湾だけだが、私は日本海のほかのどこかにいても当然ではないかと思っていて、どこからオオグチボヤが日本海に侵入し てきたかは今のところ分からないが、調査する場所を増やせば北回りで来たのか、南回りで来たのかが分かるかもしれない。また、オオグチボヤの生活史はまだ 未解明だが、多分幼生が泳ぎ出して何かにつくのだろうと考え、6月に水深約500mのところにさまざまなものを沈めてみた。引き上げたときに幼生から変化 したオオグチボヤの子供がついていたら、それを飼育することによって成長を見ることができるのではないか、そのようなことを現在試みている。  

 このように、オオグチボヤの飼育、生体を使った実験は、今始まったところである。どのように成長して、どのような生活史を送るかが分かってくると、なぜ この富山にたくさんいるのか、さらには富山湾の深海生物にかかわる謎も解けてくる可能性がある。  

 富山湾にはいろいろな生き物がいるが、分かっていることはごくわずかである。しかし、富山では多分、日本でいちばんたくさんの深海の生き物が食べられ る。おいしい酒とともにそれらを賞味しながら、深海の生き物に思いをはせるのもいいのではないだろうか。

 

質疑応答

 

コーディネーター
 蒲生俊敬氏(東京大学海洋研究所 教授)
回答者
 大場忠道氏(北海道大学 名誉教授)
 木村伸吾氏(東京大学大学院 助教授)
 高山茂樹氏(魚津水族館 飼育研究係長)

 

(Q) 海水 の循環について、下に潜った水はどこで上へ戻ってくるのか。

(蒲生) 分からないと答えるのが正確だが、水温や酸素濃度、炭素14の濃度からみて、沈み込んだ水は南へ移動して日本列島にぶつかり、そこ でわき上がっていると考えられる。  富山湾の日本海固有水の年齢は、日本海全体で100年のスケールで水が一回りしているとすれば、同じ100年というオーダーが適切かと考える。

(Q) ブロッカーのコンベアーベルトで、深層水がわき上がるポイントが太平洋では赤道付近ではなくて北太平洋になっているのはなぜか。

(蒲生) あの図は非常に単純化したものなので、赤道付近でも一部の水はわき上がっているはずである。

(Q) 温暖化による溶存酸素の減少がこのまま続くとどうなるのか。

(蒲生) 単純計算だと300年ほどでゼロになってしまうが、2000~2001年にかけては厳冬による水の沈み込みが見られたし、最深部よ り少し上で循環している深層水には豊富に酸素が含まれているので、その部分が膨らんでいってやがては下まで届くかもしれない。したがって、いろいろな可能 性が考えられる。5~10年、今の調査を続ければ、今よりはるかに確実な将来予測が申し上げられようになるだろう。ただ、地球温暖化によって海の性質が変 わるということ は、日本海であればこそ、はっきりと我々に見せてくれたわけで、これは非常に大きな波及効果があり、海洋学の進歩に役に立つであろうと考え ている。

(Q) 氷期に淡水化した時期と、その直接の証拠(淡水生物の化石など)はあるのか。

(大場) 時期は2万年ほど前で、淡水化というよりむしろ低塩分化が正しく、現在33‰(パーミル)である塩分が、恐らく27~28ぐらいま で下がった程度だと思われる。化石については、低塩分の珪藻の化石は出ていることをお話しした。

(Q) 氷期に深海が還元的となったとしてもそれを好む生物が見られるのではないか。

(大場) 当時の日本海は、現在の黒海のように硫化水素が出るような状況だったのではないかと考えられる。化学合成細菌のような、硫化還元的なところを好 む生物が果たしていたのかどうか、私には分からない。

(Q) 親潮が日本海に入ってきたのはいつごろからか。

(大場) C14年代で1万5000年前、暦年代にすると1万7000年ぐらい前だろう。

(Q) 海水汚染については?

(大場) 瀬戸内海でPCBが騒がれたころ、私は水産関係のグループの人に、周知せずに瀬戸内海以外の人に食べさせているのはひどいと抗議し たことがあるが、それで害を受けたという報告はそのときも聞かなかったように思う。

(Q) 珪素(Si)は魚の餌になるのか。

(大場) 珪素自体ではなく、植物プランクトンの珪藻が重要な餌になる場合が多い。

(Q) 日本海はいつ、どのように生まれ、フォッサマグナはそれにどのようにかかわっているのか。

(大場) 正確かどうか自信はないが、日本海は3000万年前まではアジアの東にくっついていて、二千数百万年ぐらいから分離して「ク」の字 を逆にしたような形で広がり、1500万年前までに日本海が開き終わったと文献に書かれていたと思う。また、フォッサマグナを日本海に延長していくと富山 深海長谷が走っており、北アメリカプレートとユーラシアプレートの境目はこの深海長谷を通って秋田沖から奥尻のほうに抜け、南は甲府辺りから相模湾に抜け ている。日本海ができていくときの一つの構造線がこのプレートの境目であり、フォッサマグナがこれにかかわっていると理解している。

(Q) 富山湾の海の谷(アイガメ)はどうしてできたのか。

(大場) 富山湾に注ぐ河川の延長線上に谷が入っている場合とそうではない場合があるようである。最終氷期の河床とも考えられるが、土石流の ようなものが削っていったと理解している人のほうが多いと思う。

(Q) 富山市八尾町の約1600万前の海底層からシロウリガイなどの化石合成群集が発見されているが、現在の富山湾からは発見されているの か、また、その可能性はあるのか。

(張:富山大学) 日本海、富山湾内で広く見つかっているのは、貝類より一つレベルの低いバクテリアである。バクテリアマットは、奥尻島、秋 田沖、直江津沖、もしかしたら七尾湾沖にもあるのではないかと考えられている。

(Q) 実学ということについてどうお考えか。

(蒲生) 我々研究者はごく狭い専門分野のみやっていて、実学との結びつきをついないがしろにしてしまうが、そういう意識は常に持っていなく てはいけないと強く感じている。

(Q) 富山湾の健康度は優・良・可かで考えるとどれか。

(木村) 10段階のレベルでも10といえると思う。全国の湾が非常にきれいになっているのは、我々の努力が目に見えない形で成就しているも のと私は理解している。

(Q) 日本海の汚染には中国などの影響はないのか。

(木村) 実証はされていないが、エチゼンクラゲの問題、あるいはごみの問題も中国の影響が考えられる。富山県では、中国、韓国、ロシア、日 本を巻き込んで、日本海をきちんと守ろうという運動に努力されていると伺っている。

(Q) ソ連の原潜が出した放射性廃棄物の分布とその影響について伺いたい。

(木村) 今のところ人体への影響は出ていないが、日本政府も協力してソ連の原潜の安全な解体にODAなどが努力している。放射性物質が冷た い水とともに日本海の下のほうに沈み込んでくる可能性はあり、表層のごみがたまりやすいところは注意する必要があるかと思う。また、COD濃度上昇の原因 は明らかに河川であり、生活排水や水田の肥料などが考えられる。非常に低レベルなのでご安心いただきたいが、常に監視する必要はある。

(Q) 潮の流 れはどのように起きるのか。

(木村) 9割が風によるもの、1割が温度によって水の密度が変化することによって起こる熱塩循環である。

(Q) ホタルイカの発光は自分のシルエットを消すためのものか。

(高山) ホタルイカの腕先の発光は目くらましの効果、お腹側にある発光器は目で周りの明るさを判断して手ごろな明るさにするためのもので、 自分の影を消す効果があるのではないかといわれている。

(Q) オオグチボヤは食べられるのか。

(高山) 歯ごたえはあるだろうが、外側に胃で分解できないセルロースがあるので、そのまま出てしまうかもしれない。

(Q) 富山湾のオオグチボヤとほかの場所のオオグチボヤは違うのか。

(高山) 例えばモントレーの写真を見ると富山湾のものとはプロポーションが違うが、これだけで違うとは言いきれない。遺伝子その他による分 類も進められているし、標本が手に入れば立証可能だと思うが、現段階では分からない。

(Q) 日本海の水の変化が漁業に与える影響は大きいのか。

(高山) 例えば今年、ホタルイカは何年来の不漁であった。水産試験場はその原因を、昨年、産卵場所である山陰沖の水温が低かったことが影響 しているのではないかと言っている。また、昔は取れたが今は取れない魚もたくさんあるし、回遊魚はかなり海水温の変動に影響されるので、日本海の水が変化 すると明らかに漁業に与える影響は大きいと思う。これからも毎年調査をしていく必要があると感じている。