日本海学研究機関等連携事業

日本海洋学会 「日本海学から見た富山湾の重要性」


2007年度 日本海洋学会春季大会シンポジウム
日時:2007年3月22日
会場:東京海洋大学品川キャンパス

小泉格(元 北大)
キーワード:日本海学・過去-現在-未来・海水循環・物質循環

 日本海学は、環日本海地域全体を、日本海を共有する一つのまとまりのある圏域としてとらえ、日本海に視座をおいて、過去-現在-未来にわたる環日本海地域の人間と自然とのかかわり、地域間の人間と人間とのかかわりを、総合学として学際的に研究しようとするものである。日本海-富山湾が置かれている地域から日本-アジア-地球へどのようなメッセージを発してゆくかを考えることは重要である。

 富山湾の特徴として、(1)1,000mの等深線が湾奥まで入り込んでいて、外洋的地形をなしていること、(2)水深約1,000mの平坦な湾床が河川を源とする海底谷によって削り込まれながら、富山舟状海盆を経て大きなV字谷となった富山深海水道が大和海盆に続いていること、(3)湾内の表層200mを占める対馬暖流は5~12月の間、能登半島に沿って湾奥まで入り込むが、1~4月には湾奥には流入しないで氷見沖から北東方向の湾外へ流出するので、表層水温の年変化は顕著で夏と冬で約20℃の差があること、(4)対馬暖流の下に潜り込んだ日本海北部寒冷域からの低塩分と冨溶存酸素で特徴づけられる表層水が水深200~500m に中間水として存在すること、(5)能登半島から湾内に流入する河川は流路が短いために流入量は少ないが、富山湾の南部と東部では背後にそそり立つ3,000m級の山岳地帯から発する大量の河川水と堆積物が海岸平野を経て湾内に流入しているので、常願寺川と神通川や庄川と矢部川の河口では塩分30‰以下の汽水となり、32‰以下の低塩分海水が氷見と魚津を結ぶ線より南の湾奥部の表層10m までを広くおおっていることなどがある。

 富山湾にはさまざまな生物群が多彩な環境に対応しながら生息している。その好例として、シンポジウムで言及されない富山湾の海底堆積物に含まれる底生有孔虫群集を取り上げる。

 富山湾は特性の異なる幾つかの水塊から構成されており、それらの各水塊に対応した底生有孔虫が存在している(長谷川、1986,1989)。湾西部の浅海域には、「熱帯~亜熱帯性種を含んだ対馬暖流に対応した浅海生の底生有孔虫群集」が生息している。膠着質殻種の割合が5%以下と非常に低く、磁器質殻種の割合が最大11.7%と高い。浮遊性有孔虫と全石灰質有孔虫の量比(P/C比)は沿岸域よりは沖合で高い。湾奥~湾東部の浅海には、「富山湾沿岸域に対応した浅海生の底生有孔虫群集」が生息している。膠着質殻種が25~91%と多く、P/C比は沖合で20~40%となる。外洋水の影響を受けながらも低塩分沿岸水の影響をより強く受けている。大陸斜面上部には「中間水に対応した底生有孔虫群集」が生息している。

 膠着質殻種の割合が富山湾沿岸群集とほぼ同じか、それよりやや低く、P/C 比は外洋へ向かうほど減少する。上限深度が湾西部では235mであるが、湾奥~湾東部では195mと浅くなる。大陸斜面下部~湾底部には「日本海固有水に対応した底生有孔虫群集」が生息している。日本海固有水は沿海州沿岸以北の海域において冬季に海氷が形成される際に排出される高密度水で、南に向かう深層水であるが、北に向いた富山湾には流入しやすい。

 底生有孔虫群集のQ モードクラスター分析や主成分分析による種組成の統計的区分は、全分散の65%しか説明していないので、地下水の海底湧出、化学合成細菌やメタン酸化細菌などの調査結果と個々の種との、あるいは群集組成との関係を追及する必要がある。さらに堆積物コアを使用した底生有孔虫群集の時系列解析による水塊変動の復元が望まれる。

 海洋においては、物理的な海水循環と生物の関与した物質循環とが相互に作用しながら複雑に絡み合っている。富山湾からその具体的な事例を提示し、地域住民とのかかわり合いを論ずることが重要である。何故なら、その事例が富栄養化、酸性雨、黄砂、人工漂着物(ごみ)、巨大エチゼンクラゲの大量出現など日本海の環境問題へと発展してゆくからである。

 "半開放系の富山湾が閉鎖系の日本海とどのように調整しながら、現在におよんでいるか"という共同研究を提案したい。海底堆積物から海水、大気まで、さらに生物を素材として共有し、さまざまな分析と解析の手段によって調査・研究した結果を相互に交換し、さまざまな立場と視点から統合的に討論しようというものである。学際的研究の縦横的発展と効率性の向上を目指したこのシンポジウムは、そのよい契機であると思う。

長谷川四郎、1986.富山湾の現生有孔虫遺骸の群集解析.月刊海洋科学18、569-576.
長谷川四郎、1989.日本海の沿岸性底生有孔虫群集. 高柳洋吉・石崎国煕(編)、論集:日本列島の有孔虫、東光印刷出版部、仙台、131-142.