日本海学研究機関等連携事業

日本海洋学会 「富山湾の海底環境とマクロベントス」


2007年度 日本海洋学会春季大会シンポジウム
日時:2007年3月22日
会場:東京海洋大学品川キャンパス

○辻本良(富山水試)・小善圭一(富山食研)
・渡辺孝夫(日本海洋生物研究所)
キーワード:富山湾・底質・マクロベントス・分布

【はじめに】

 富山湾は,日本海の中央部に位置する外洋性内湾であり,その海底は,急峻で海脚や海底谷が発達していることや大陸棚が狭いことが特徴である。富山湾の沿岸では定置網漁業が盛んで,沖合いでは底びき網,かごなわ,刺し網漁業等が営まれている。底生性の重要魚介類としては,浅海域ではヒラメやクルマエビが,300 m 以深ではズワイガニ,トヤマエビ,ベニズワイ,ばい類等が挙げられる。マクロベントスは,これら水産生物の餌生物として重要であり,海底環境の保全は持続的な漁業を営む上で欠かすことはできない。

 富山湾の底質と底生生物に関する調査は,1969 年に行われた富山湾海谷調査がある。しかしながら,それ以降,富山湾全域にわたる調査は実施されていない。32 年後の2001 年に,富山県水産試験場は同様の調査を実施した。1969 年と2001年の調査結果から底質とマクロベントスを対象として比較を行い,富山湾の海底環境がどのように変化したか報告する。

 

【方法】

 2001 年5 月14-18 日に,富山湾内の60 地点で調査を実施した。堆積物の採取は,富山県水産試験場漁業調査船「立山丸(160 t)」と栽培漁業調査船「はやつき(19 t)」によりスミス・マッキンタイヤー型採泥器(1/10 m2)を用いて行った。採取した堆積物は,底質分析用に底泥の表面より約5 cm の層から約100 g を分取した後,残りの全量を1 mmメッシュの篩でふるい,篩上に残った底生生物を10%中性ホルマリンで固定した。採取した底生生物のうち個体湿重量1 g以下のマクロベントスを対象とし,種ごとの個体数を計測した。底質は,化学的酸素要求量(COD)及び硫化物量を測定した。得られた結果を,1969 年6 月10 日-7 月17 日に湾内97地点で行われた富山湾海谷調査の結果と比較した。

 

【結果と考察】

 底質分析項目のうちCOD は,1969 年には浅海域に水産用水基準(20 mg/g 乾泥)を超える地点が散在していた。2001 年にはCOD の基準を超える海域は減少した。

硫化物量は,底生生物の生息を阻害するため,水産用水基準(0.2 mg/g 乾泥以下)が定められている。1969 年には,小矢部川・庄川河口海域において0.2 mg/g を超える海域が広く分布していたが,2001 年には,小矢部川・庄川河口海域において0.2 mg/g を超える海域はなくなった。1969 年当時は,高度成長期における工業化によって,河川を経由して富山湾に有機物が負荷されていたと考えられた。

 

 富山湾全域におけるマクロベントスの平均生息密度は,1969 年の109±159 個体/0.1 m2から,2001 年の38.8±30.5個体/0.1 m2へ約1/3 に減少した(図1,2)。類別組成では,1969 年において多毛類78%,軟体動物14%,節足動物2%及びその他6%であったのに対し,2001 年には,それぞれ59%,22%,6%及び13%となり,多毛類(ゴカイなど)の減少割合が大きかった。底質の正常域と汚染域の中間に位置する移行域に多く出現するイトゴカイ科やミズヒキゴカイ科の生息密度の低下が,平均生息密度の減少と多毛類の割合の減少を引き起こした主な要因であった。

 

 1969 年は,小矢部川,庄川,神通川及び常願寺川の河口海域において,マクロベントスの生息密度が高かった。一方,2001 年では神通川や常願寺川の河口海域において生息密度の低下が顕著であった。河川由来の有機物負荷量が減少した結果,移行域が正常域になったと考えられる。

 以上により,1969 年と比較して2001 年の底質環境は概ね改善したと考えられた。また,それに対応して底生生物相や生息密度にも変化がみられた。