日本海学シンポジウム

機構設立記念 第1部 「総合学としての日本海学の可能性」


日本海学推進機構設立記念シンポジウム
2003年2月10日
パレブラン高志会館
 

コーディネーター
パネラー
小泉  格 氏
大塚 和義 氏
丹羽  昇 氏
藤田富士夫 氏
富山 一成 氏
(北海道大学名誉教授・地球科学)
(国立民族学博物館教授・民族学)
(富山大学教授・経済学)
(富山市埋蔵文化財センター所長・考古学)
(富山県経営企画部次長)

(司会) ただいまからパネルディスカッション第1部を開催いたします。テーマは「総合学としての日本海学の可能性」です。
 第1部パネルディスカッションのコーディネーター、パネリストの皆様をご紹介いたします。
 まず、皆様から向かって一番左から、コーディネーターを務めていただく小泉格、北海道大学名誉教授です(拍手)。ご専門は地球科学です。
 続いて、パネリストの丹羽昇、富山大学教授です(拍手)。ご専門は経済学です。
 続いて、大塚和義、国立民族学博物館教授です(拍手)。ご専門は北方民族学です。
 続いて、藤田富士夫、富山市埋蔵文化財センター長です(拍手)。ご専門は考古学です。
 以上の皆様方は、本日設立されました日本海学推進機構の運営委員でもいらっしゃいます。
 最後に、富山県において日本海学を担当しております富山一成、富山県経営企画部次長です(拍手)。
 なお、皆様にご案内しておりました丸山茂徳東京工業大学大学院教授は、やむをえないご事情で欠席されましたのでご了承願います。
 それでは、小泉先生よろしくお願いいたします。


[小泉氏]

(小泉) ということで、バトンを受けました。
 予定では、皆さんお持ちの日本海学シンポジウムのリーフレットに書いてありますように、15時10分くらいまでの約70分弱、パネルディスカッション第1部「総合学としての日本海学の可能性」ということで、4人のパネラー、それから私も加わって話を進めていきます。
 私たちは、これまでも何回か富山県の皆さんと一緒にこういったパネルディスカッションを持ちまして、『日本海学の新世紀』にその記録の一部が出ていますので、日本海学の大枠については、皆さんすでにご承知だと思います。さらに、皆さんお持ちのリーフレットには、「日本海学について」のまとめが印刷されていますので、後程見開きの中を見ていただくと、さらによくおわかりいただけるのでしょう。
 先程、中沖知事、伊東会長からも紹介がありましたように、皆さん持っておられるリーフレットの中の5番目のところに「日本海学推進機構の設立について」とありますが、その中の下から3行目に推進機構の役割が書かれています。これはこのあと第1部のパネルディスカッションを行っていくうえでの骨子になりますので、読んでみます。
 日本海学推進機構の役割として、1.日本海学に関する研究プロジェクトの企画立案、2.研究成果の蓄積およびデータベースの構築、3.関係機関との連携体制の構築、4.日本海学普及に関する事業の企画立案というような4つの役割を仰せつかっています。これらを踏まえて、私の方でこれからのパネルディスカッションの柱を3つほど用意しています。
 第2部のパネルディスカッションでは、先程データベース構築うんぬんという話がありましたが、地元、富山県でのデータベースそのものについての具体的な事例のご紹介がされると思います。したがいまして、私たち第1部のパネルディスカッションでは、まさに総合的、あるいは統合的(インテグレート)な、日本海学というものをパネラーの先生たちのご専門に基づいて、責任あるご意見を横断的にお伺いしていきたいと思っています。

【日本海、環日本海地域の地勢的な特徴は何か】

 それでは、最初の議題あるいは討論していくうえでの柱を私の方から提示します。
 1番目としては、日本海学が対象としていますのは、日本海を中心とした地域、それは皆さんの持っているリーフレットの表紙を見ていただくと非常によくわかりますが、日本海が真ん中にあって、それを取り囲むように日本列島、朝鮮半島、沿海州(中国、ロシア)があります。日本海学が対象としているのは、日本海と、その周辺にあります環日本海地域です。
 これまですでに皆さんは、地域学という言葉をお聞き及びかと思います。地域学は、例えば私の知っているところでは、秋田学が一番最初にできていますが、最近では、土佐学や愛媛学があります。県単位なので地元富山でいうと富山学になるわけですが、それは我々としては少し小さいかなという感じがします。
 今、日本の政治は先が見えていなくて、非常に不透明になっています。私たち国民は皆、未来志向が薄れてきて、この国はいったいどうなるんだろうという危機感を覚えているときに、地方分権が強化され、国のやらなければいけないことを丸投げで地方に皆ぶつけてくるということがありまして、中央と地方との問題が出てきています。こういう状況において、地域学に元気が出てくるわけです。
 先程お話ししましたように、既存の地域学は行政単位ですので、文化的な、あるいは歴史のうえから見るとくくりが小さいのではないかということを私自身は感じていました。それが「環日本海地域」ぐらいになるとちょうどいいくくりになるのです。それに、日本海学は海と豊かな森の陸地から成り立っています。日本海を挟んで対岸に居住している人たちは、同じ東アジアの、ひょっとするとモンゴロイドという私たちのルーツと先祖は一緒だった可能性もあります。国が違いますから、国際的な仕事もそこではできるわけで、いわゆるインターナショナルになるわけです。これからは東アジアや北東アジアが非常に大事になると思います。そういうときに日本海学が立ち上がってきたわけです。
 ここできちんとした日本海学という地域学が確立されていかなければいけません。地域学の概念とは何かというと、僕は文化的なアイデンティティだと思うのです。文化的というのは人間、私たちの思考です。未来、未来を支える現在があって、現在を支える過去がある、そういう時間軸を通しての確立、富山とか、私自身の秋田とか、そういう地域としての場を含めた時空的な地域学がちゃんと確立できるかどうかということが、将来の日本のあり方にも関係してくるのだと思います。
 それでは、一番初めの問題として、日本海学が対象としている日本海、環日本海地域の地勢的な特徴は何か。地理的というのは解釈が狭いので、地勢的と言った方がいいと思いますが、その特徴は何であるかということ、それから先発している地域学と比較したときに日本海学という地域学の特徴を、パネラーの先生たちに、それぞれの先生の専門分野から、なぜ専門分野にこだわるかというと、責任ある回答を求めているからですが、発言していただきたいと思います。
 丹羽さんは、先程ご紹介されましたように経済学です。経済学というのはよくわからないですね。経済学というのは、僕の解釈でいうと、私たちが幸せであるためにどうしたらいいかということだと思うのです。幸せというのは、毎日毎日が快適に過ごせること、その政策を学問的に構築しているのだろうと思います。そういった私たちの幸せとか快適さという視点、眼差しでもって、環日本海地域は、ほかの地域学との比較から見て、どういう特徴があるかというご発言をいただきたいと思います。

 

[丹羽氏]

(丹羽) 先ほどのスピーチにおきまして伊東先生がブローデルの話をされました。実はブローデルは地域学で全く新しい手法を展開した人です。経済史の研究者なのですが、これまでの歴史というのは、1つの国、1つの地域、本当に小さい地域を対象としてきました。ブローデルは地中海という海を介した世界の中での交流を描いていったわけです。その意味で、日本海学に、ブローデルの地中海学の手法を十分取り込めるのではないかと考えています。
 海洋を中心とした海洋史観に基づいて、この地域を考えていくということです。実は、ブローデルのあとに、例えばウォーラステインというアメリカの社会経済史学者は、資本主義というものを大西洋という海を母体にして作り上げました。それから、チャウドリというインドの方は、インド洋を中心にしてイスラム文化圏を比較させて浮き上がらせています。それから、オーストラリア人のリードは、東南アジアに全く新しいイメージをもたらしました。それと同じようなことがこの日本海学でできないか、これが言ってみれば我々の夢です。ただ、問題はどのようにやるかということで、今の地域学の一番の課題は、どのように分析するかということが一番大きなテーマになっています。
 ブローデルは、学際的な学問という言い方をよくされますが、それではあまりにもきちんとしすぎていて、あらゆる自然的なファクター、社会的なファクターを取り込めない、むしろ、さまざまな学問領域が雑居(インターサイエンス)しているような方法論が最も望ましいのではないかというような発言をしています。私もそう思います。ですから、日本海学が学問的に成立するのかという疑問もそこにはあるかもしれませんが、そこによって、この地域の姿というものを浮かび上がらせるわけです。
 ブローデルは非常に周到に用意して、これを時間軸で考えました。自然、環境の役割というものを長期持続というかたちで1つのファクターとしてとらえる。そして、社会・経済、人間の豊かさ、社会的な変動というものを中期的なものとしてとらえる。そして、現実の出来事を丹念にいろいろな角度から追いかけていく。それによって、その地域の特色を浮かび上がらせたわけです。
 この地域の特色は何かと言われれば、非常に難しいのですが、端的な言葉でいうならば、今現在のところ、環日本海地域は「不安定」という表現が一番当たっていると思います。これは、国際関係論的に、北朝鮮問題等を考えてみれば明らかなことでしょう。また、経済的に見ましても、日本は不況ですが、中国では地域間の所得格差が発生し、あるいは極東ロシアは経済の停滞に悩んでいます。そこにおける社会的な人口の変動も徐々に進んでいます。それから、環境に目をはせますと、例えば凍土が溶けてくるとか、砂漠化の問題、地球温暖化の問題、さまざまな問題があります。こうした問題について、我々はこの地域の共通の理念に基づいて解決する道を探っていく、これが日本海学の役割ではないかと思っています。

(小泉) ありがとうございました。
 ひととおりお話しをいただいてから時間があれば追加をお願いするという進め方をします。
 次は、大塚さんにお願いしたいのですが、大塚さんは、北方民族学、民族学といってもよくわからないのですが、結局、人と人との関係ですね。あるいは、人と自然との関係でしょうか。そういう意味でいえば、人間学だと思います。そういう観点から、北方ですから、まさに環日本海域そのものが大塚さんの研究する場所、フィールドそのものだと思います。大塚さん、お願いいたします。

 

[大塚氏]

(大塚) 大塚でございます。
 日本海学について、その意義を私なりに民族学の立場から考えますには、まず日本海というものを一つのフィールドとして、沿岸の住民が歴史的文化的にそのフィールドにどうかかわってきたのかを考える。それを踏まえて、開発済み、未開発のものも含め日本海に存在する資源、あるいは航行路などを含めて、海域の多面的な利用について、沿岸諸国・地域・集団など様々なレベルでの利害をどのように調整し、平和的に活用していくかということについての認識を深めることに尽きるのではないかと思います。
 つまり、潜在的なものも含め、その地域資源や特性を、いかに平等に分かち合って人類が生存していくかという普遍的課題に対しての理想的なモデルを生みだせる場であるということです。日本海というものに特化して、我々が理論的にも、また実践的にもどのようなモデルを構築できるかということが、21世紀、22世紀へ向けての我々人類の生存にかかわっていく問題であろうと思うのです。日本海域でモデル的に検証し、総合学として突き詰めていく。それが、まさに我々に今求められているものではないかと思うわけです。
 日本海および沿岸地域には、いろいろな資源が豊富にあります。そして、資源のありようは地域によって偏りがあります。例えば、森の豊かな、まだ開発されていない森林地帯という先住民地域が、逆さ地図でいうと左の下方、ロシア沿海地方に豊富にあります。高度に開発された地域は、朝鮮半島域から日本列島です。開発されたところと豊かな資源があるところとでは大きな偏りがある、これを沿岸諸国・地域がどのように円滑に分かち合っていくべきなのか。
 そういうことで、人と人との関係、共生の理念というものをモデル的に構築できる格好の場が日本海ではないか、それから先程小泉さんが指摘されましたが、沿岸諸国のそれぞれの人たちが共有できる「我々意識」、日本海域へのアイデンティティというものを、どのように形成していくか、そういうものが今求められているのではないかと私は思います。

(小泉) ありがとうございました。
 次は、藤田さんです。藤田さんは地元の方で、皆さん、ご存じだと思います。考古学を勉強されいます。考古学というのは古い時代の遺物や遺跡などによって人間の歴史を勉強するのです。自分たちは突然この世に現れたのではなくて、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんがいて今あるわけですから、歴史を勉強することは非常に大事なことです。そういう視点で、藤田さんからご発言いただきます。

 

[藤田氏]

(藤田) 藤田です。
 私は、地面の中のことを研究していますので、大塚さんと同様にわかりにくい分野をやっているかと思います。
 日本海学という言葉は、先程からいろいろご説明がありますが、これを総合的に見ますと、自分たちの足元を見る目、あるいは自分たちがものを考えるときの立脚点をどこに置くかということだろうと思います。そういった中でいえば、少なくとも今私たちは、日本海学という学問的な1つの視野を得たと思っています。したがって、これから「日本海」をキーワードとして、いかに文化、歴史、人間、あるいは自然環境などを考えていくかということが、大きな日本海学の特色になってくるかと思います。
 そういった視点で、私自身の専門分野で見ていきますと、今から4000~5000年前に日本列島でヒスイを加工する文化が始まります。ヒスイは硬度が6.5~7.0と非常に硬く、原則的には鉄より硬い石です。そういった硬い石を加工する文化が日本列島に花開いた。そして、同じ時代に中国の江南地域に、やはり良渚文化という非常に硬い石を加工する文化が栄えている。すなわち、日本海をキーワードとして見た場合、両地域で硬い石、しかも美しい石を加工して、それを使用しているのです。
 それでは、大きく地球全体で見たらどういうなるかというと、実は先史・古代においてヒスイを加工した地域は、2か所しかありません。日本列島、そしてもう1つはメソアメリカに形成された文化です。マヤとかオルメカといわれている文化です。地球全体の中で見たときに、日本列島の中で、なぜそういった硬い石が使われるようになったのか。その特色は何なのか。しかも日本海を挟んだ両対岸地域に玉の流行がある。これらについて私自身の1つの研究の切り口を、日本海学の視点に見出していきたい。
 もう1つ、他の地域学との違いということですが、先程も伊東先生から地中海文明のお話が出ました。すなわち、日本海学といったエリアの地域学は、同じ地域学といっても、地球規模、地球的視点から見たときの地域学になるかと思います。そういった意味で、地球規模での比較が可能になるようなエリアを特色として考えていく可能性を秘めた学問として、大きな魅力を感じています。それがこれまでの地域学とは大きく違う点ではないかと思っています。

(小泉) ありがとうございました。
 それでは、最後になりましたが、富山さんにお話ししていただきます。
 富山さんは、非常に大事な役割を担って、第1部のパネラーに加わっておられます。皆さんご存じのように、富山さんは中央の財務省から来られています。中央というのは、先程伊東会長の話にもありましたように、太平洋側にあるのです。富山は、私は「裏日本」とは言いません、日本海側にあるのです。そういう違いを意識されていると思います。中央と地方、それから第1部と第2部とをつなぐバトンも持っています。
 日本海学を立ち上げてきて、経済、自然環境、人間どうしのかかわりなどいろいろなものがありますが、私たちは今現在ここで生きているわけですから、最終的にいろいろな問題が現在に集約されてこないといけないわけです。最終的には人間の話をしないと何の意味もないと思っています。
 そういう意味で、富山さんは、いろいろなエンドメンバーにある要素をつなぐ役割をしています。地元、県の政治、施策に携わっていて、現実問題としての政治の立場から、例えばすでに前任者の中井さんは、国連の北西太平洋地域海行動計画の事務局を富山県に持ってきたりしているわけです。その辺のお話から始めて、中央と地方行政のかかわりという面から日本海学をお話しいただけたらと思います。

 

[富山氏]

(富山) ありがとうございます。
 私は、昨年7月、今小泉先生のご紹介にもありましたように、東京から富山に来て、最初に目にしたのが今日表紙になっています逆さ地図です。非常に目からウロコが落ちるような思いでした。国においても、現状の政治であれ、経済であれ、問題だけが増えていくという中で、ある意味で閉塞感といったようなものも正直あるわけですが、日本海学がすぐそれ自体の答えと言うつもりはありませんが、そこから出てくるさまざまなユニークな発想などが将来の地域のアイデンティティ、あるいは日本全体を見ていったときにも重要なフレームワークを作っていく元になるのではないかというような気持ちです。
 先生の今のご質問の中でもありましたように、今日は1部と2部のパネルディスカッションに分けさせていただきました。実は、3年ほど前から日本海学に係るシンポジウムを行ってきていますが、これは今日初めての試みです。今日の第1部は、推進機構の設立を記念して、もともとかかわっていただいている先生方に「学際的」という単語が適切かどうかわかりませんが、横断的に、また包括的に見ていただいて、ご議論いただく。また、第2部では、今日のメンバーを見ていただきましても、要は、富山県内においても日本海学の視点に合致するようなものがこんなにあるのだということを、皆さんも普段見聞きされているものの中からわかりやすく具体的にお話しいただきたいという気持ちで、今回のプログラムを組んだところです。
 環日本海の施策というのは、富山県でもいくつかの大きな柱で行っています。いわゆる環日本海地域の中央拠点を創っていこうということで、この日本海学も位置づけをしているところです。
 1つご紹介したいのは、今、小泉先生からのお話にもありましたが、NOWPAP(北西太平洋地域海行動計画)の本部事務局を、日本では富山、韓国では釜山に共同設置するということで、現在最終的な協議をしているところです。これが実現しますと、私も初めて気がついたのですが、日本海側では初めて国連の機関が設置されるということで、この富山の地に国連の旗も掲げられます。このNOWPAPというのは、日本海と黄海を対象とした海洋環境や海洋資源といった日本海の環境関係に着目した計画づくりですので、非常に日本海学との関連も密接になってくるのではないかと思っております。

(小泉) ありがとうございました。以上、パネラーからのご意見をいただきました。
 もう1回ご意見をいただきたいのですが、先程言いましたように時間が押してきていますので、私なりのまとめを簡単にしておきます。
 まず、日本海学というのは海と森とがあって、それらがお互いに連携しあっていて、海が森を育て、森が海を育てていく、そういう循環・共生が実感できる場所であるということだと思います。
 2つ目には、今、富山さんが話されましたように、中央から独立した地方の行政が国連の旗の下にできる可能性のある地方であるというようなこともいえるかなと。
 あとは、藤田さんが少し言われた、一番最後のまとめにもなるかと思いますが、足元をしっかりと固めていかなければいけない。それはデータベースの構築ということで、すでに私たちの推進機構の役割にもなっていますが、要するに、地方では足元をしっかり固めるべきだと、そういうことに尽きるのではないかと思います。この3つを第1の課題のまとめとしたいと思います。

【どのように日本海学を進展させていくのか】

 2番目には、こんなテーマで皆さんにお尋ねしたいと思います。
 本日、日本海学推進機構が設立されまして、皆さんお話しになりましたように、日本海学の本格的な、あるいは継続的な研究を推進できるようになったわけです。それと同時に、研究成果の普及、富山からの発信活動が保証されたと私は理解しています。私たちは安心して仕事をできるわけです。
 そういうことで、今後日本海学を進めていくうえで、日本海学をどうしようと考えておられますかという質問です。どのように日本海学を進展させていくのか。機構は2年くらい継続する予定になっていますので、2年間にどういうことをしたいと思っているか。一言で言うと抱負ですね。それについて、お話しいただきたいと思います。丹羽さんからお願いいたします。

(丹羽) 実は、これの前身の推進会議のときに、この日本海学という話が出てきました。ただし、そのときには、どのような方法でこれを分析していくのか、ある意味では非常に漠然としたかたちのものでした。しかも、総合科学と名乗るかぎり、自然科学、社会科学、人文科学、すべてを含んでこの地域を浮かび上がらせたい。しかし、これは非常に難しい話です。ただ、ある程度のコンセンサス、つまり共生と循環という理念の下で、それぞれの研究分野においてなすべき仕事は、ある程度明らかになってきています。まさにインターサイエンスという世界の中で、今後研究が推し進められていくというかたちになるかと思います。
 その際に、機構自体は所帯が非常に小さいところですから、各研究者、研究機関との連携が非常に重要になります。また、総合化ということ、実はブローデルは総合化をうまくやりました。しかしながら、晩年において彼はもう一度それを壊します。そして、問題ごとに1つのプロジェクトを作って、地中海という枠を離れて地球史的なレベルでデータを集積していくという仕事をしています。
 我々のやり方に、そこに1つのヒントがあるのではないか。つまり、自然科学、社会科学、経済でもそうですが、いろいろなデータベースを作る。そして、その中から日本海というもの、あるいは環日本海地域の姿というものを浮き出させる。それが我々の今後の大きな仕事ではないかと考えています。
 特に先程おっしゃった環境部門においては、せっかくNOWPAPの事務局がここにある以上、これをうまく使って、日本海学というもの、日本海学の意味は、富山県からたまたま発信したというだけの話で、富山県に限られたものではありません。もっと普遍的な学問に成立するように我々は努力していきたいと思っております。

(小泉) ありがとうございました。
 大塚さん、お願いします。

(大塚) 日本海諸地域には多様な民族文化が存在し、しかも多くの資源があります。その中で、民族学の視点から見て我々に今求められているのは、沿岸先住民社会に息づく資源の循環や共生の思想というものを学ぶことです。循環・共生の思想というのは、言葉で言ってもなかなかわからないと思いますが、これから富山県がさまざまな施策をこの機構が中心となってやっていく中で、やはり現地から、例えばロシアのアムール川流域といった現場へ行って、向こう側から日本を見る、あるいは日本海を見つめ直すといった作業が必要なのではないでしょうか。
 そして現在、皆さんの環境・資源に対する共通の危機感を打開する道が、日本海学に求められているのではないかと思うのです。それはどういうことかといいますと、例えば、先ごろ報道されたタマちゃん問題が一つの例です。タマちゃんという1匹のアザラシがもたらしたインパクトですが、なぜあれほど騒がれた、そして現在も注目され続けているのか。県内の動物園にもアザラシはいるではないか、それなのに、なぜ多摩川をさかのぼり、今は帷子川にお住まいだそうですが、そのタマちゃんが注目されるのか。私なりに解説すると、そういう自然のありようというもの、直接自然のアザラシを見る、あるいはサケ・マスがかつては多摩川にも遡上したそうですが、そういった自然を見る、見たいという願望を人間が持っている、つまり、もっと自然を取り戻したいという、この地球環境の破壊に対する危機意識を、我々は共通に持っているということなのです。
 富山県が日本海学というものを立ち上げた意図というのはまさにそこにあるわけです。日本海学というのは人類普遍の課題であり、人間がいかに生くべきか、限りある地球資源をどのように分かち合い、持続可能な資源利用をとおして人類の未来をどのように切りひらいていくか、そういうところに集約されていると私は思っています。

(小泉) ありがとうございました。
 引き続きまして、藤田さん、お願いします。

(藤田) 日本海学という名前を掲げた以上は、やはり日本海を共有するさまざまな国の人たちとのシンポジウム、フォーラム、あるいはいろいろな学問的な情報の交換を積み重ねていくことが、今後の日本海学といったときの1つの意味合いにつながっていくでしょう。
 もう1つは、日本海学といったときの概念、あるいは日本海学とはいったい何だろうかということです。これは今程も言いましたように、「総合学」という言葉がありますが、実は日本海学とはこういうものですよという、今僕たちが理解しているような哲学、文学のような意味で確立されているわけではないのです。そのような意味でいえば、今日のシンポジウムの副題にもありますが、「進化する日本海学」、あるいは今私たちが取り組んでいるのは、総合学としての日本海学の可能性といったことなのです。
 すなわち、今後何か求めていこうという1つの学問に対するチャレンジ、あるいは新たな1つのものを創造していくという、そういった立場に、私たちが立ったということなのではないか。そういった意味では、私たちの責任は大変重いのではないかと受け止めています。

(小泉) ありがとうございました。
 次に、富山さんにご発言いただきます。
 第1部のシンポジウムのタイトルには、「総合学としての」と書いてあります。今、藤田さんや丹羽さんが言われているように、いろいろな学問、分野がミックスしている学問です。翻って、行政を見ていった場合には、行政は役割分担していて、言ってみれば縦割りになっているわけです。総合というのは、まさに横断的になっています。地域学もそれゆえに出てきたわけです。
 こう云うわけで、推進機構の役割の3つ目のところにこういう役割があります。「関係機関との連携体制の構築」。富山さんには、関係機関との連携体制の構築を個人的に、あるいは役割の認識でもいいのですが、どのようにお考えになっているかというご発言をお願いします。

(富山) ありがとうございます。
 今すぐにでもできるものと、中長期的に考えなければいけないものといろいろあるだろうと思っていますが、1つには、大学との連携ということがあります。日本海学は、まだ形になっている学ではありませんが、やはり学というからには、研究レベルも含め、今ご協力いただいている先生方を結ぶ接点という意味でも、大学との連携をどう考えるかということで、まだまだ検討中ですが、15年度、例えば富山県立大学、あるいは東京では早稲田大学などで秋に公開講座を行えばと思っています。県立大学の場合には、県民の方どなたでも参加できる講座ですが、そういった中で、日本海学を一緒に共有しながら、聴講される方々と、どんどん進化する日本海学を作っていけないか。あるいは、研究レベルという意味では、県、国のさまざまな研究機関がありますので、そういったものと環境面なり経済面、いろいろな意味での研究の連携ができないかということも考えております。
 また、今の小泉先生の話にも関連してお話をさせていただければ、もっと草の根という意味で、子どもから大人までわかりやすく日本海学を共有できるようなことをどのように考えていったらいいかということ。あるいは、例えばこの富山県内でもいろいろな自然科学、文化、交流といった研究をされている方々が現にいらっしゃいます。そういった方々にも、日本海学の視点で研究成果をいろいろ推進機構に還元してもらうような仕組みが考えられないかということがあります。
 まだ全体がまとまっている状況にはありませんが、いろいろな意味で、従来の学問のように、細分化されたものが一方通行で教師から生徒にいくというようなかたちではなくて、お互いにやりとりできるような、しかも横断的なものにしていきたいと思っております。

(小泉) ありがとうございました。
 2番目をまとめると、このようになろうかと思います。
 1つは、今、富山さん、大塚さんも話されましたように、日本海、環日本海地域をフィールド、共通な場として、自然や人間の営みを学ぶ。だから、野外研究や野外実習のようなものを、県民の皆さん、それから関心のある県外の人たちも巻き込んで、現地でしっかり体験しようではないかと。そのた めに、本当の意味のデータベースを構築していく必要があるのではないかということが1点です。
 2つ目としては、推進機構の役割の1番目に、「研究プロジェクトの企画立案」ということがあります。この話はあまり具体的に出てきませんでしたが、私が思うに、いわゆる日本海学で富山県発信だとすると、富山湾というのは結構大事なフィールドになっています。足元をしっかりするという意味合いでも、例えば私の専門分野とも関係してきますが、富山湾の深海底湧水の解明をちゃんとしていく。あれは、世界でもまれなほど深いところで水がわいてきているわけです。そういう現象をちゃんと解明していく必要があるだろうと。
 3つ目には、大塚さんや藤田さんとも関係してきますが、自然、考古、民族、生態、文字です。文字にこだわるのは、例えばアイヌ民族は文字を持っていません。そういう人たちが北東アジアに結構いるのです。それは大塚さんの専門ですが、文字などの資料、サンプルではなくてデータによる総合的な歴史の編年は、北東アジアで非常に遅れているのです。それは個々バラバラになっているからです。そういうものをパックでまとめていかなければいけない。それを今やらないと四散してしまうのです。
 そんなことが、これから先の仕事として具体的にあるのではないかと思います。もちろん、合同のシンポジウムであるとか、いろいろな刊行物を出すということもあると思います。既存の研究成果の公表、あるいは再編成もあろうかと思います。

【日本海学の目標は何で、どう進めていくのか】

 あと20分ほどになりましたが、3番目に用意している話題に移ります。この3番目がひょっとすると最後の話題になるかもしれません。
 今後の日本海学の推進、私たちの母体は推進機構ですから、そこで日本海学を進めていくときに何か目標があった方がいいわけです。先程、藤田さんや大塚さんが言われましたように、今のところ日本海学のちゃんとした指導指針のようなものはありません。丹羽さんは、ブローデルの地中海学みたいなものがあると。ただし、シチュエーション(状況)というか、時空の場が全然違うわけですから、にわかに比較できません。参考にはするけれども、日本海学は日本海学で、独自の日本海学を構築していかないといけない。今、具体的にそれをどうすればよいかというスキーム、枠組み、理念は見えていないけれども、2年やっているうちにそれができるだろう。それを作るためのデータベースの方が手っ取り早いし大事だから、それをしっかりしましょうという発言を先程来しています。
 それにしても、今日のディスカッションの一番初めに申し上げたように、日本の未来が見えていない。だから、どうしていいかわからないで、私をはじめ国民の皆さんはウロウロしています。こと日本海学においてはそういうことがあってはならないわけです。
 そうすると、日本海学をこれから推し進めていくときの私たちの目標とするものは何かということと、その目標を達成するためにどういう進め方をしたらいいかというようなことをお話ししていきたいと思います。
 丹羽さんはご専門が経済学ですから、一番初めのところに振り戻されなければいけないので、環日本海地域、あるいは北東アジアと言ってもいいのですが、そこにおける将来の経済戦略をどのようにお考えになっておられるか、お話をお願いします。

(丹羽) 先程から議論がなされていますが、ともかく日本海学というものが、環日本海地域、あるいは北東アジア地域の人々の共通認識の上に立って、すべての施策等が行われねばならない。その共通認識を持つために、我々はこの研究を進めていかなければならないと思います。
 その1つの分野として経済というものがあります。東アジア、中国は世界の工場といわれるぐらいに発展しています。ただ、中国の中においても中国東北部は非常に後れているといいましょうか、どんどん地域間の所得格差が広がっているという問題があります。それから、極東ロシア地域は経済が非常に疲弊しています。北朝鮮は言うに及ばずです。何とかうまくやっているのは韓国、それと日本は不況ですが経済大国です。これらの1つの経済圏の可能性ということが今後の問題になるかと思います。
 ただ、今のままでは非常に難しいと思います。ともかく不安定要因を地道に少なくしていくことが当面必要なことだと思います。それが将来的に可能かどうかということを考えますと、さまざまな未開発の部分があり、豊富な資源があるとするならば、将来的に北東アジア経済圏というものの可能性は見えてきます。また、それを準備するために北東アジア開発基金など、いろいろな構想があります。
 今のところ、実現はなかなか難しいのですが、そういう方向性に向かって、我々は日本海学というものをどのようにうまく利用できるか、今後個別の問題としてそれぞれの研究プロジェクトの中で進めていかなければならないと思っています。こういう分析を政策的な提言として、国のレベル、地方のレベルで推し進めてもらいたいと思っています。

(小泉) そうですね。日本海学の一部として、丹羽さんが担当される北東アジアの経済で、特にロシアでは非常に潜在的に資源が豊かであるといわれています。そういうものを日本が援助して開発していく必要もありましょう。
 大塚さんは、先程の発言で資源のことを述べておられましたので、北東アジアにおける資源戦略という立場でお話しいただければと思います。

(大塚) 難しい課題ですけれども、北東アジアといいますか、環日本海に特化して言いますと、先程小泉先生からお話が出ましたように、アイヌのように元来文字を持たない文化の人たち、先住民がたくさん環日本海には居住しているということを忘れがちです。多様な文化が沿岸諸地域を循環するようにネットワークを形成しているという事実をまず忘れてはいけません。そこにおけるそれぞれの人々の小集団、民族と言い換えてもいいかもしれませんが、その集団がつくっている小文化圏のありようをきめ細かく検証する、地域学としてのありようをより深めていく必要があると思います。同時に、日本海学というのは非常に普遍性を持った、まさに人類生存の学といってもいいような巨大なテーマです。そしてこの両面からの視点が、この後、非常に必要になってくる学問だろうと思います。
 資源を人間がいかに利用していくかということについて、例えば先住民が持っている考え方をいえば、資源すなわち自然ですが、自然のあらゆるものにはそれぞれに魂があるというのです。ですから、樹木を伐採するにも、あるいは動物を殺害するのも、本当に敬虔な気持ちで動物の命をいただく、あるいは資源の命をいただく、樹木の精霊の命をいただくという真摯な気持ちで行う。人間としての原点といいましょうか、そういった健全な精神を取り戻し、浄化させることが大切ではないか。生命・資源の循環、あるいは共生といった考えを、この後の資源学、あるいは総合学として日本海学のなかに取り入れていくこと、これが今一番求められていると私は思っております。

(小泉) そうですね。まさに我々の文化、東の文化が持っている特色が資源戦略の中に生かされる余地があるのだと思います。それゆえの循環・共生という新たな視点が開けるような気がします。
 藤田さんには、文化戦略、あるいは歴史を通した文化と言ってもいいでしょうが、人間のことを扱っておられますから、土器だけではやはり寂しいと思うので、土器の後ろにある人間の話を、ぜひお話しいただきたいと思います。

(藤田) 出土品等で、例えば装身具の文化を見ていった場合に、アジア地域全体の中でいえば、ソビエトのバイカル湖周辺で約2万年以前に装身具が出現しています。骨に孔を開けたり、貝に孔を開けたりして、装身具文化が成立している。そして、その装身具文化が時代の流れとともに南下して大きくみれば日本列島にまでたどりついている。
 そういった大きな文化の流れとしての歴史があるわけですが、今程大塚先生がおっしゃいましたように、各地域ごとの具体例、実態をアジアの諸研究者の中から提出していただくことによって、より大きな文化の流れが見えてくるだろう。具体的事例を積み重ねていくことによって、初めて日本海学が学際的に定着していくのだと思う。あるいは具体的事例をもって学際的に定着させていく必要がある。事例の背景にある総合の学としての理論づけを行っていくことが求められていくことでしょう。
 それとともに、日本海学というのは、例えば特定の研究者や学者だけのものであってはいけない。少なくとも富山県民、あるいは富山県内の若い青少年たちの生活、あるいは意識の中に日本海というものが取り込まれていかなければならない。そのようなことを思うわけです。
 また、具体的な事例でいきますと、年に2~3回でもいいのですが、何か日本海学の機関誌的なもの、県民等が見てわかりやすいものを作り、その中に英文のサマリーをつけて、最低でもアジア諸国、場合によれば世界の研究機関等へ発送していく。そういったことも日本海学を広めていく、あるいは世界的なレベルの知識の中で検討していくきっかけづくりにもなるのではないでしょうか。

(小泉) ありがとうございました。
 先程、北東アジアは非常に不安定だという丹羽さんの発言がありましたが、そうかもしれません。だからこそ、私たち日本海を真ん中に挟んで居住している、あるいは居場所を共有している北東アジアの人たちと共生の意識を高めていくことが必要になります。北東アジアでの共生という立場で、富山県ではすでに北東アジア地域自治体連合の事務局をしているわけです。政治の中で現実に動き出している立場から富山さんにご発言いただけたらと思います。

(富山) まず、今、小泉先生からお話のあった北東アジアの自治体連合には、現在39の地域が加盟しています。日本、中国、モンゴル、ロシア、北朝鮮、韓国の地域が39入っていまして、北朝鮮は2つの自治体が入っているのですが、ちょうど加盟したのは、全体の総会で、昨年の拉致事件うんぬんということが中央で言われ始めたころです。そういった意味では、北東アジアの自治体連合というレベルでは、北朝鮮の2地域も中に加盟するかたちで、今物事が進んでいるわけです。
 今後の自治体レベルの取り組みをどのように考えていくかというのは、皆さんそれぞれ思いがあろうかと思いますし、いろいろな意味で議論していく必要があるのではないかと思います。例えば、北朝鮮の2つの地域も自治体連合には加盟しているとか、あるいは中国の最近の急速な発展ということで、県においても、県と中国との橋渡しをより密接にできないかということで、文化面、経済面さまざまな交流が今後とも中国とは考えられますので、県の出先機能を持った事務所のようなものが中国にできないか、今は検討中ですが、そういったことも考えているところです。
 北朝鮮や、あるいは中国の急速な発展ということと、例えば日本海学というときにも、何かに目をつぶってしまうのではなくて、そこにあるもの、あるいは自分との関係で非常に密接に関係するものにしっかり目を向けていくことが非常に大事ではないかと思います。そういった意味で日本海学に求められているのは、しっかり目を向けていくこと、そしてお互いに事情が違う中でもいろいろなものを共有していくきっかけを作っていくための基礎といいますか、その際のかかわりのベースになるようなものになっていけば、より日ごろの生活なり人間の取り組みに密接にかかわったものにできていくのではないかと考えております。

(小泉) ありがとうございました。
 ちょうどいい時間になりまして、全体のまとめを私がしなければいけません。全体のまとめをするときには、これまでご発言いただいたことの繰り返しになる可能性が非常にありますが、皆さんすでにお聞き及びで、記憶の底に残っていると思いますので、それにはあえて触れないで、私の思い、それから全体の私の印象でまとめて、第1部の終わりにしたいと思います。
 1つは、丹羽さんが気にされていましたように、ブローデルの地中海学を「超える」ような、あるいはあえて遠慮して「並ぶ」ような、人間と自然のかかわり、人間と人間のかかわりを踏まえた個人的な、個人的というのは学問体系としてまとめるのではなくて、人間的な眼差しで自然と人間、人間と人間との関係みたいなものをまとめた体系づくり、格好よく言えば日本海学の理念体系みたいなものを2年あとに推進機構で提示できればいいかなという思いが1つあります。
 2つ目としては、たまたまではないけれども、中沖知事が話されましたように、環日本海地域のちょうどへその部分、中央に位置する富山県でこの日本海学が始まりまして、いろいろな情報が発信されました。それはひとえに、富山県の財政状態が非常に豊かであったことがはっきり言ってあると思います。ともかく富山は今リーダーになったわけですから、使命感を持って、日本海学をちゃんとサポートしてほしいと願います。
 3つ目、これがまとめの最後になりますが、かつて日本海側が表舞台であったことがあります。江戸時代後期から明治の初めにかけて、いわゆる北前船に代表される海の航路の時代がありました。あのころは、京都、大阪、北海道松前までを結ぶ海の航路があって、沿岸地域が皆潤って、たぶんあのころはニシンもたくさんとれていたのでしょう。そういう時代がかつてあった。
 それが明治政府ができてから、国としては当然発展していかないといけないし、自分たちの住んでいる空間も拡大していくのは必然的な条件ですから、太平洋側に移っていくわけです。移ると同時に、陸路の開発を明治政府はしました。それは当然のことです。その結果としてどうなったかというと、この逆さ地図を見てください。残念ながら対岸の太平洋は入っていませんが、入りきれないくらい大きく広いのです。そこではどういうことが起こったかというと、最近の環境問題に象徴されているように、20世紀になってアメリカ型の資本主義によって、大量生産、大量消費、大量投棄という問題が出て環境問題になってきたわけです。
 したがって、もう一度足元へ戻って、地元をちゃんと見ましょうということになったのだと思います。そういう意味でいうと、僕はこれはリバイバル(復活、復興)だと思うのです。日本海リバイバル。リバイバルというのは、ご存じだと思いますが、「re-vivi」なのです。ビビッドに生きよう、強烈な生き方を復興しようということなのです。日本海リバイバル、こういう意識を持って強力に連携していかないと、日本海時代は再来しないと思います。
 そのための共通の理念的な、運命共同体的な意識としての日本海学であれば、日本列島の日本海側だけではなくて、対岸にある中国、朝鮮半島、韓国の人たち、ロシアの人たち、すなわち北東アジアの人たちと連携できて、1つの地域モデルができます。それがその次の段階でもう少し広がっていくと、新生日本というのは月並みかもしれませんが、新しい日本が、富山発、日本海学発でできてくるのではないかと思っております。そんなことで、日本海学では収まらないわけです。僕はワンステップだと思っております。
 ちょうど今15時10分になりまして、時間どおりになりました。第2部のパネラーの人たちとは、控え室がたまたま隣どうしだったのですが、壁を通してワッワッという声が聞こえてくるのです。うわさによると、相当意気が上がっていたということもありますので、あまり時間を遅らせないで、2部のパネラーの人たちにバトンタッチします。ご清聴ありがとうございました(拍手)。

(司会) 小泉先生、パネリストの皆様、どうもありがとうございました。
 皆様、いま一度盛大な拍手をお願いいたします(拍手)。
 ここで、休憩に入ります。なお、日本海学について全国出版しております書籍『日本海学の新世紀』の創刊号と第2集がシンポジウム受付付近で販売されています。伊東先生をはじめ、ただいまの第1部パネルディスカッションにご登場の皆様の対談や著作が掲載されております。また、本日購入なさった方には、いわゆる逆さ地図として話題になっております「環日本海諸国地図」がプレゼントされます。