日本海学シンポジウム

パネルディスカッション 「環日本海地域・持続可能社会への展望」


2004年11月20日
サンシップとやま 福祉ホール
 

コーディネーター
パネリスト
今村 弘子
木内 孝
周 牧之
鈴木 克徳
原 宏
(富山大学極東地域研究センター教授)
(NPO法人フューチャー500理事長)
(東京経済大学助教授)
(国際連合大学高等研究所上席研究員)
(東京農工大学教授)

このパネルディスカッションは、
『日本海学の新世紀第5集 交流の海』(p44~95)に掲載されています。
→『日本海学の新世紀第5集 交流の海』角川書店
 

司会

 これより第二部「パネルディスカッション」を開催いたします。テーマは「環日本海地域の持続可能性」です。コーディネーター、パネリストのみなさまをご紹介させていただきます。

 まず、コーディネーターを務めていただきます富山大学極東地域研究センター教授の今村弘子先生です。中国の日本大使館で経済部専門調査員も務められました。ご専門は経済学です。特に中国、朝鮮半島を対象にしていらっしゃいます。どうかよろしくお願いいたします。

 続きまして、東京農工大学教授の原宏先生です。国立公衆衛生院で、酸性雨について一般にまだよく知られていなかったころから取り組んでおられます。ご専門は大気環境化学です。

 そのお隣の方は、東京経済大学助教授の周牧之先生です。中国湖南省のご出身で、中国の機械工業部で多くの国家プロジェクトにかかわられたあと、日本にいらっしゃいました。現在は経済学の研究に取り組んでおられます。

 続きましては、NPO法人フューチャー500理事長の木内孝先生です。長く海外で企業経営に取り組まれ、現在は環境と調和できる経済産業システムの創造を目指すNPO法人フューチャー500の理事長として、幅広くご活躍されています。

 続きまして国連大学高等研究所上席研究員の鈴木克徳先生です。環境庁で、地球温暖化や酸性雨対策などに取り組まれ、現在は国連大学高等研究所で持続可能な開発のための教育プログラムを推進されています。

 それでは、コーディネーターの今村先生どうかよろしくお願いいたします。

今村弘子

 コーディネーターの今村でございます。今日のテーマは「環日本海地域の持続可能性」です。日本海地域の持続可能性について、これから考えていきたいと思 います。前の基調講演では、一〇億年単位の気宇壮大な話を聞かせていただきました。そこでわれわれは、その中で地球に生きている人間からみた環境を考えて いきたいと思います。この地球の中でわれわれは、どのように持続の可能性を考えていけばいいのか、ということを四人の先生方とともに考えていきたいと思い ます。

 先ほど、地球そのものは、長い期間でみれば安定していくのだというお話でした。どんなに長くても一〇〇年しか生きられない人間にとって現在の状況、たと えば、今年の夏は異常に暑かった、台風が多かったということが、環境とかかわりがあるのかないのか、も気になります。

 あるいはカッコ付きの「文明」でありますが、「文明」の発達によってダイオキシンが発生する、あるいは光化学スモッグが発生する、さらにはフロンによっ てオゾンホールができるといった状況があります。このような環境問題をどのように考えていけばいいのか、そのような状況の中で、われわれは「文明」の発達 とともに豊かな生活をしてきたわけですが、その豊かな生活の見直しが迫られているのだろうか、といったことがあります。

 そのためには大量生産大量消費を止めないといけないのか、あるいは生活の質を落とさずにこの環境を維持することができるのか、持続可能性と経済発展は所詮、二律背反的だという方もいらっしゃいますが、そのへんをどのように考えていけばいいかということです。

 これから四人の先生方には、自己紹介も兼ねて問題提起をしていただければと思います。これは黄砂が大陸から流れていく場面です(図1)。黄砂が現実に汚 染物質かどうかは別の問題ですが、目に見えるかたちで大陸から飛んでくる様子がわかりますので、ご覧になっていただければと思います。黄砂以外にも、目に 見えない汚染物資の硫黄酸化物ですとか窒素酸化物とかが、大陸のほうから流れてきているかもしれません。

 そうしますと、日本海に大きな壁をつくるわけにはいきませんから、いろいろな汚染物質が飛んでくることになります。その点、日本海をはさんでの大気汚染 とか、空気の問題をどのように考えればいいのかを含めて、まず原先生から順番に、自己紹介と問題提起をしていただきたいと思います。

日本海が、汚染物質を濃縮変換させる場になっている

原 宏

 富山では、確か一九九二年に東アジアの酸性雨に関する最初の会議「専門家会合」というのがありました。まさに富山の地から東アジアの酸性雨のネットワークの話が始まったわけで、そういう意味からも非常に感慨深く思っています。

 私は先ほどご紹介いただきましたように、酸性雨を一九八一年からずっと一筋に研究しています。それ以外にやる余裕がなかったので、ずっとそれだけをやっています。特に環境庁のモニタリングネットワークの支援というか、お手伝いをずっとやってきています。

 酸性雨という環境問題が、社会的な認知を得るまでの間のプロセス、環境問題として社会的にも重要視されるそのプロセスに、誕生からずっと立ち会ってきました。

 その中で環境問題というものが、どのように問題になってきたのかです。それまで研究していた光化学の基礎的なメカニズムの世界、先ほどの松井先生のお話ですと普遍性をもったものから地域の環境問題、特に日本の環境問題という特殊なものとに、非常にギャップを感じました。

 その意味で、科学と環境、社会と環境というものについて、ずっといろいろ悩んできました。もちろん現在でも悩んでいますが、一言でいってなかなかよくわかりません。解決がすとんとうまくいかない状況がずっと続いています。それが環境問題の特徴なのかなと考えています。はっきりすることとしないことを、しっかり整理していきたいなと思っています。

 日本海側は、ちょっと前までは「裏日本」といっていました。私は「裏日本」でも島根県の松江出身です。「裏日本」という言葉に逆に親しみがあるというか、「裏日本」という言葉に誇りをもって私は使っていました。古代出雲に象徴されるような、昔はこちらが中心だったので、「裏日本」というのは今だけだよ、と私はずっと考えてきています。それはともかく、日本海は自然科学的、あるいは気候との関係で考えると、いくつかの視点があるかと思います。そのうちの二つをあげてみます。

 次の写真(図2)は、ホームページからとったものですが、大陸と日本がありまして、海の深さが色分けしてあります。日本海溝といった太平洋側は海が深いですが、このように色を比べると、日本海というのは非常に浅い海です。間宮海峡を見ますと、もっともっと浅くなっています。アムール川はこちらのオホーツク海のほうに流出しています。その意味で、大陸の河川汚染はこちらにきています。そうすると、この浅い海のところには日本なり、向かい側の大陸の汚染物質の流入が直接的にいろいろ関係してきますが、それが一つの特徴かと思います。

 今は深い海のものでしたが、次の図(図3)は大気を見てみます。ここ(注)に水があります。水があることは水蒸気を供給しますし、海面の温度が安定しています。冬は地球の表面が暖かいことになります。これで降水現象、つまり雪が降ったり雨が降ったりしていきます。そうすると輸送を考えた場合、単に海の上を風が吹いていくだけではなく、雲ができます。雲ができるということは、気象学的な化学や物理が変わってきます。つまり、今の汚染物質の話で考えると、硫黄酸化物が溶けて化学反応が起こったりして、水滴が汚染物質を濃縮して変換する場を与えてしまいます。その意味で、これが単なる地面であった場合と海洋であった場合では、大気化学的プロセスは全然変わってきます。これは日本を含めて、日本海地域の大気環境、海洋環境を考える上で非常に大きなポイントではないかと思います。

世界的な規模でのビジネスモデルの変換

周 牧之

 私は中国の大学で工学を学び、そのあと日本でいうと通産省に当たる機械工業部(省)で仕事をしていました。最初に担当した仕事は、日本でも有名なプロジェクトで、山崎豊子さんの小説『大地の子』の舞台になった上海宝山製鉄所の建設でした。

 そこで経験したことは、ある意味で私の人生を変えてしまいました。日本、ドイツから最新鋭の設備を導入した途端、中国の製鉄業界の技術水準が急速に上がったことです。これは、まさしく新しい工業発展のパターンではないかと思いました。

 この背景には、世界経済のパラダイムシフトが関係しているのではないかと思い、そのテーマを追求するために日本に来て、情報革命とアジアの振興との関係を勉強しました。まとめたドクター論文は、今日のアジアに急速な工業化をもたらしたのは情報革命だということがテーマです。つまり、情報技術の発展によって産業技術の体系が変わったわけです。

 従来の工業界で非常に厳しく要求された技能、あるいは技術が情報技術に取って代わられるわけです。そうすると、誰でも簡単な訓練を受けて工業生産に参画することができます。工業というと、昔は産業労働者しかやれないものでしたが、今は世界のどこでも誰でもやれるような時代になったわけです。

 これは今日、アジアに急速な工業化をもたらした世界経済のパラダイムシフトが原点であると考えます。それで、世界の工業の大シフトの中で、発展途上国では何が起きているか、どのような問題に直面しているかについて、私はドクターをとったあとの一〇年間、毎年現地を歩いて調査してきました。それでわかったことは、産業にしても人間にしても、世界規模で再配置されているということです。

 たとえば、中国はこの二五年間、平均で九・二パーセントの高度成長を続けていました。そして、その産業や人がどこに集約しているかというと、図4を見てもらうとわかりますが、珠江デルタ、長江デルタ、そして北京、天津周辺、この三つの地域で大規模な産業集積がなされています。世界の直接投資をこの三つの地域に集約して、大規模な産業集積が急激にできていました。

 実際に中国のGDPの大半、輸出の七、八割がこの三つの地域に集約されています。人口も急速にこの三つの地域に集中しています。公式の発表によると中国は一億四〇〇〇万人の出稼ぎ労働者がいるといわれます。これは日本の人口とほぼ同じかそれを上回っていますが、実際の出稼ぎ労働者数は、この倍から二倍ぐらいあるのではないかといわれています。この大半がこの三つの地域に集中しています。そこで私はこの三つの地域はメガロポリスになりつつあると定義してきました。

 さて、なぜ三つの地域にこのような巨大な集積ができるかについて簡単にいいますと、二つのことが起きています。一つは、工業のビジネスモデルは、一国の、あるいは一つのフルセットの産業集積の中で完結されるビジネスモデルから、グローバル・サプライチェーンのビジネスモデルへと世界的な規模でシフトしているということです。そして、この三つの地域の中でも特に、長江デルタと珠江デルタの間に、巨大で新しい性格をもつ産業集積をつくりあげてきたということだと思います。

 この三つの地域では、世界で最大規模の電子産業の集積ができています。自動車産業でも、ある日系企業は五年前に珠江デルタ地域に工場を出してみたら、当時の中国政府の規制によって操業五年後に国内調達部品率四〇パーセントを実現しなさいといわれましたが、フタを開けてみたら八五パーセントになりました。巨大な集積ができています。

 もう一つの話は、今回のシンポジウムに関連します。世界資源を大規模に利用できるようになったことです。私が直接かかわっていた宝山製鉄所は、初めて海外の鉄鉱石、海外の資源を使う中国の大型工業プロジェクトだったのですが、当時は国内で猛反対に遭い、工事を一、二年ぐらい止められた経験があります。しかし去年(二〇〇三年)の中国の鉄鉱石の輸入量は一億四〇〇〇万トンを超えています。つい最近まで、中国は石油の輸出国でしたが、今年は一億一五〇〇万トンぐらい輸入したといわれています。大規模に世界的な資源が使われています。

 これによって、どのような問題が起きるかというと、一つは、大規模で世界的なエネルギー資源の調達をどのように行うかです。これを世界が供給できるかどうかという話は別にして、きちんとした対応ができなければ、今いわれている原油価格が上がったり、鉄鉱石価格が上がったりという問題が起きてきます。

 もう一つは、エネルギーが燃焼されて消費されると、環境問題がどうしても大規模に発生します。これにどう対応していくかです。私の与えられた時間がどれだけあるかわかりませんが、一応ここまでにして、対応策は次の発言の際にみなさまに紹介します。

自然から謙虚に学ぶことを考えたほうがいい

木内 孝

 みなさんもご経験がおありだと思いますが、長い人生を送っていますと、時々、こんなことをやっていてはいけないという目覚ましが鳴ります。自分自身の生き方、自分自身の暮らしに目覚ましが鳴るわけです。私はこれまでに目覚ましが二度鳴りました。一つは、十数年前にサラワクというところへ行ったときです。ボルネオ島の北のほうにあるところです。国名でいうと東マレーシアです。そのサラワクの熱帯雨林のまっただ中で数日間暮らしたときに、ビックリしました。熱帯雨林というところは、人間さえ入ってこなければ完全な持続社会なんです。人間が入ってくるからいろんな問題が起きます。

 その後、南米のガラパゴスに行くチャンスがありました。そこへ行ったときも、おそらく行った方でないと信用していただけないと思いますが、そこでは自分の身の丈の三倍も四倍もあるサメと一緒に泳ぐことができます。サメと一緒に写真を撮っても、なんら問題はありません。それほど自然というものは、われわれ人類がいろんな悪さをしない限り、実に平和にバランスをとって持続社会をつくっていることを知りました。

 たまたま私が勤務していたアメリカで、自然を守るミーティングを何度もやってましたが、あるとき六三人が集まって、「われわれは先へ行こうとして、人をなぎ倒すことばかり考えないで、次の世代にどのような社会を残すかを考えながら企業を運営していこう」ということを、お互いに呼びかけました。大きくなることばかり考えないで、もっている技術を共有したり、知識、ノウハウといったものを一緒にシェアすることで、よりよい社会を、自分たちの子どもや孫に残そうじゃないかという運動を思い立って「フューチャー500」を始めたわけです。

 これはネットワークです。そのような思いをもった人が、ネットワークを組みながらいろんなことをやる、アメリカでは一年に一回、二晩三日三〇〇人四〇〇人の人が集まって、今年一年、われわれはこのようなことをやったよ、あなたの会社でこのような考え方は使えませんかと、お互いに切磋琢磨の議論をしあい、そして、それを世の中に広めていく仕事をやっています。

 日本でも六年前の一九九九年から始めていて、つい最近第六回目のシンポジウムをやりました。二〇〇五年は福岡の博多湾の能古島で「海からの叫び」という題でシンポジウムをやることにしています。日本海学も、私は佐賀の玄界灘から北海道の礼文島まで、日本海側に面している各県を総動員して、もり立てていきたいと思っています。
 今私が考えている問題の一つは、企業のあり方です。なぜ、企業は大きくならないと経営者は満足しないのかです。大きくならないと存続できないという迷信に、なぜ取りつかれているのでしょうか。たとえば、ダイエーの中内さんが六五歳、七〇歳で引退しておられたら名経営者です。何年も続けてより大きくといろいろおやりになるから、おかしなことになるわけです。そのような人たちはたくさんいます。ピカピカしていた企業が、大きくなろうとして没落していった例は、世界中にいくつもあります。これを変えないといけないのが一つです。

 もう一つは学問で、行け行けドンドンで大きくなること、全く地球の限界を考えないでドンドンやり続けろという経済学です。どうしたらこのような安っぽい私たちの欲望を抑える経済学ができるかです。本当にそのような経済学を生み出さなくてはいけません。私たちの日本に一番必要なのは節約ということです。節約を訴える指導者が日本には出てきていません。それは私たちの責任です。私たち一人ひとりが、そのような指導者を求めていると声にしないから、そのような指導者が出てこないのではないかと思っています。以上が自己紹介です。

 環日本海地域に申し上げたいのは、次のようなことです。あらゆる生命、空気、水、土などが有機的につながって生きている地球という生命体は、人間の知恵では説明できない。人間の力を超える偉大な生命体のネットワークで支えられていることです。

 考えてごらんなさい。何億年もの間、大気中の酸素が二〇パーセントに保たれているこの一つの例をとっても、われわれの知恵では推しはかれません。自然の森とか海は、全くの持続社会です。森というのは非常に大事で、地球上の生き物は五〇〇万種、あるいは一千万種あり、人間が見つけたのは一五〇万種とかいわれていますが、その半分は森で生きています。森のしていることは、酸素を出して二酸化炭素を吸収する、水循環のカギを握っているなど、いろんないいことだらけです。海も今ある生命体の大部分が海から生まれています。

 人間さえ入ってこなければ、いつまでも生きていけるように、きちんとデザインされているわけです。これはまさに神業です。神業という言葉が悪かったら他の言葉に置き換えてもいいのですが、私は神業といいたいです。神業でできたものを人間業で壊してはいけないのです。それをよく考えながら企業活動も生活も暮しもしないといけないと思っています。
 それを科学と技術で征服しようなんて、こんな傲慢な私たちはそれをやめて、この自然から謙虚に学ぶことを考えたほうがいい。自然はメインシステムなのです。経済、社会というのはサブシステムなのです。人類は自然を壊すことができても、つくることはできないのだということをよくご一緒に考えましょうね。

 人類は自然界の一部、企業も自然界の一部です。今、この不安だらけの日本で、少しでも元気がある、活力がある町、市町村はどれ一つとっても、過去の歴史とか伝統とかを大事にしている社会です。それが日本海側にはたくさんあります。それが大事で、そこから新しい日本を生むというこの日本海学は、非常に大事だと、私は思ってます。

日本海をめぐるさまざまな環境問題が顕在化している

鈴木克徳

 私は昭和五一年に環境庁に入って以来、一貫して環境問題を扱ってきました。ここ二〇年弱の間は国際環境問題、あるいは地球環境問題といった、たとえば気候変動とか、オゾン層の保護、熱帯林の破壊、砂漠化といった問題を扱ってまいりました。

 持続可能な開発とは何だろうか、持続可能な開発を進めていくときに、一番カギになるのは人づくりではないかということで、国連は来年(二〇〇五年)一月から持続可能な開発をするための教育の一〇年を始めます。その教育の一〇年プログラムによって世界全体、特に途上国における人づくりを進めていく必要があります。私も今、国連大学高等研究所でその持続可能な開発に向けた教育システムの構築を扱っています。

 本日は、日本海が直面しているさまざまな環境問題をざっと見てみようと思います。それは、日本海固有の問題というよりも、日本海をめぐる地域が直面しているさまざまな問題です。
 一つは地球規模で起きている問題です。他方、この地域に比較的に固有の問題といったものがあると思います。地球規模の環境問題の典型的なものとしては、地球温暖化とか、成層圏オゾン層の問題とかいったものがあります。どちらも、私たち環日本海をめぐる国々の人々にとって、非常に大きな影響があると思います。

 また、越境する汚染として、この地域に比較的に固有の問題がいろいろあります。たとえば酸性雨による越境大気汚染問題、あるいは黄砂の問題、もう一つは、非常に目立つ問題として漂流漂着ゴミの問題があります。そのようなことを指摘させていただけたらと思っています。

 まず、気候変動による影響ですが、これは地球温暖化、気候変動といって、みなさんもご存じかと思います。まず、温暖化が進んできて真っ先に起きる問題は、異常気象の頻発とか、災害の激化とか、そのようなかたちで起きることは、従来より科学者が指摘しています。

 たとえば、環日本海地域でいうと、長江の洪水の頻発とか、あるいはこれは日本海から外れるかもしれませんが、モンゴルにおける異常気象、寒冷化と干ばつとかであり、日本でも台風が非常に頻発しています。これが気候変動の影響といいきれるかですが、気象学者の方は惑星学者の方ほど長いレンジでものを見るわけではありませんが、一〇〇年を単位としてものを見るので、なかなかこれが気候変動の影響だと特定するのは難しいわけです。

 関係する科学者の集まりのIPCC(→注1)がありますが、そこの最新レポートでも、やはり気候変動による影響が明らかに出始めているという結論を出しています。また、気候変動によって降雨パターンの変化が起こります。特に雨の降り方が非常に激しくザッと降ることになります。熱帯などではスコールというかたちで急激に雨が降って、その後は全く降らないわけですが、このように降雨パターンが変わってくることによって、水資源とかで大きな問題が起きたり、あるいは災害が増えるといった問題があります。

 気候変動により土地の劣化とか、森林などの陸上生態系への影響も出ます。実際に影響が出ているという人と、いや科学的には立証されていないという人と、いろいろいます。おそらく一〇年、二〇年という単位でみたときに(一〇年というのは非常に短い単位かもしれませんが)、確実に影響は出始めているのではないかと思います。

 次に越境する大気汚染の問題です。酸性雨の問題ですが、酸性雨はかつて一九五〇年代、一九六〇年代にヨーロッパで非常に深刻な影響を与えたわけです。図5はチェコのトウヒ林が死んでしまった写真ですが、それと似たような現象が環日本海地域で起きているかですが、図6は中国の峨眉山(四川省)の杉の枯死の状態です。これが何で起こっているか、酸性雨の影響かどうかの判断は学問的には難しくて、これがただちに酸性雨によって起こったということは、科学的に立証されていませんが、先ほどのチェコのトウヒ林と似たような現象がなぜか起こっています。それは注目に値するのではないかと思います。そのような問題を、中国と特定するつもりはありませんが、北東アジアは経済的にどんどん発展しているので、将来的には非常に大きなリスクが生ずるのではないかと思います。

 図7の写真はほとんど見えないと思いますが、よくよく見ると、うしろのほうに建物が見えると思います。これは北京で二年前の二〇〇二年三月に撮った写真です。中国語で砂塵嵐といっていますが、黄砂の嵐が吹き荒れているときの様子で、もう五〇メートル先が全然見えない状況になっています。

 図8の写真も街で道を歩くときに、そのままではとても呼吸ができなくて、布で顔を覆って道を歩いている状況です。この黄砂の問題も近年非常に激化しています。ここ一〇年、一五年の間に黄砂の頻度が増えています。また激しいのも増えています。そのようなことが統計的に出てきています。

 これは地球温暖化の影響とか、あるいは土地の劣化の影響だという話がされています。私たちにとって視程の障害といいますか、遠くが見えなくなります。たとえば飛行場などで一番影響が出るわけです。発着ができなくなります。それから農作物とか生態系への影響の問題です。健康への影響も懸念されるのではないかという話もあって、私どもとしては十分に考えていかないといけないと思っています。

 図9は衛星写真と地上の観測データを合成したものです。四月六日に中国の比較的に奥地で発生した黄砂が七日、八日とだんだんとシフトしてきています。

 図10は海の問題です。漂着ゴミを示したものです。プラスティックボトルのようなものを中心として、非常に大きな漂着ゴミがあります。この写真を見てわかるように、必ずしも日本の国内だけで起こっている問題ではなく、環日本海全体をみていく必要があるのではないかと思います。

 メッセージとして私が申し上げたかったのは、日本海をめぐる諸国は、環境問題に関連するさまざまな共通な課題があります。たとえば地球規模の問題としては温暖化やオゾン層の問題があります。あるいはもっと地域的な日本海をめぐる固有の問題としては酸性雨とか黄砂、漂流ゴミがその例です。そのような問題があります。これらの課題というのは、日本だけでは解決できない問題ですので、みんなが協力して取り組んでいく必要があるのではないかと思います。これが日本海学を提唱する一つの基盤になるものではないかと考えています。

今村

 ありがとうございました。先ほど申し忘れましたが、一とおりパネルディスカッションを終わったあと、フロアのみなさまからご質問を受けたいと思います。いろいろ考えておいていただければと思います。このあと、今問題提起をしていただいたのを受けて、それに対する対応策、それから持続可能性の問題について、あるいは日本海学について、一とおりお話をうかがっていこうと思います。みなさまからもご質問があれば、出していただければと思います。

 今いろいろ問題提起をしていただきましたが、たとえば原先生、酸性雨が日本海を通ると濃縮されるということですが、どのような対応策がありうるでしょうか。

日本海での大気の観測は非常に重要な役割を果たす

 それでは、今おっしゃった酸性雨を例に出して考えてみたいと思います。サイエンスでは、事実というものが基本になります。その事実をどう解釈して、どのような結論を出すかということです。さらに二つのステップがあるわけです。一つは、その事実をもう少し詳しく知りたいということです。今のそれなりの事実でそれなりの結論が当然に出ます。ただ、もう少しやれば、もう少しはっきりとした事実が出る。そうすると、もう少し解釈が変わって結論ももう少し変わるのではないかと思います。そのようなことを考えています。

 実は、日本海域を中心とした環境問題、あるいは科学的な取り組みがたくさん行われています。そのうちの一つが、先ほどの冒頭の部長さんのご挨拶にもございました、NOWPAPという北西太平洋のプログラムです。この富山にもシーラップというところがありまして、宮崎所長以下頑張っておられます。

 このNOWPAPは、北西太平洋地域のUNEPの傘下にある地域海プログラムというものです。これは今年から私も大気のほうのワーキンググループに入れていただいて、大気の立場からやることになっています。ただ、図11でわかりますように、このような中心とする都市がございますが、これからそれなりの観測地点をつくっていく、あるいは既存の観測地点を利用していこうという動きがございます。当然、ここのところが全く抜けているわけです。

 図12は鈴木先生と一緒にやらせていただいています東アジアの酸性雨モニタリングのネットワークです。北東アジア、東南アジアを含めた意味での東アジアです。このように東アジアを念頭においたモニタリングネットワークが二〇〇一年から本格稼働に入って、データが出始めています。ただ、ここで日本海域ということを考えてみると、これだけ測定点があるといえばあります。ただ、このへんにはないし、このへんにも何もない、当然海の真ん中には何もない状況です。

 図13はこの地域の降水量を測っている観測地点です。これは降水量だけですから、今の日本でいうアメダスが範疇に入ります。酸性雨というか降水の科学、あるいは降水だけではなくて、その他のガス成分とか粒子状の物質の成分を測るステーションの数から比べますと、こんなにたくさんあります。ただ先ほどからお話をしているように、この日本海の中にはありません。大陸であればこれで何とか対応できるのではないかと思います。

 先ほどお話をしましたように、ここ(注)で水蒸気が供給されて、大陸のところで起こる別の変化が起きます。つまり、ここ(注)に二酸化硫黄が流れてきて、硫酸に変わりますが、海の上ではまた違ったメカニズムが出てきています。海の上での、あるいは雲の中での硫酸の生成の仕方がまた違ってきます。つまり、また違ったメカニズムで硫酸ができ始めるので、どうしてもこの中の様子を知りたいわけです。今の状態ですと、入口と出口ではいろいろデータはとられますが、どうしてもこの海の上でのデータが知りたいのですが、ブラックボックスになっています。それで大気の化学として、何をやったらいいのかとなりますが、一つは航空機とか船舶を利用した観測です。旅客機の協力を得て雲水を集めるとか、そのような基礎的な資料の回収や解析が一つあります。

 もう一つは衛星画像の利用です。これは化学の成分はなかなか難しいのですが、ガス成分、あるいは降水、雲についてはまだまだ十分ではありませんが、一〇年ぐらい前に比べると相当進んできています。この衛星画像を利用して、それを最大限に生かす方法があるのではないかと思っています。

 酸性雨のことに限りますと、酸性雨といっても硫酸や硝酸が大気中にできて、水に溶けて雨になって降るわけです。実は雨にならないまでも、硫酸の微粒子、硝酸はガスで存在しますが、そのようなものは雨によらなくても風に乗って流れてきて、木の葉っぱにくっついたり、建物の表面にくっついたりします。そのような問題もあります。

 また、海の上に水滴ができる、雲ができたときに硫酸が生成されます。それが途中で水が蒸発してしまえば、硫酸の粒子になって飛んできます。つまり、海水というのは硫酸の製造機関というふうにも考えられます。雨のなかの硫酸も増えるし、粒子としての硫酸も増えます。その意味で日本海での観測というのは非常に重要な役割を果たすのではないかと、大気の立場から思っています。

今村

 周先生と木内先生の二方にお聞きしたいのは、中国がいまだ発展途上国であるという問題についてです。たとえば、京都議定書を守れば、成長を阻害する要因になるのではないかという話になってきます。発展途上国の場合、プラスになる部分については投資をするけれど、環境汚染物を出さないためのマイナスを少なくする投資はなかなか行いにくいという状況が考えられます。

 そのようなときに日本に住む人間には、今の浪費社会はやめましょうといえますが、それを発展途上国の人たちにどのようにすれば納得してもらえるでしょうか。中国の立場として、中国はどのように考えているのでしょう。中国は一人当たりのGDPでみれば、まだ低いわけです。でもエネルギーの消費量とか資源の消費量を考えると、もう先進国以上のものになっています。そのような状況の中で、どのように今後の経済発展を考えていけばいいか、お聞かせ願えればと思います。

 木内先生は、先ほど企業経営というのは、大きくなることばかり考えるべきではないとおっしゃいました。それについて、発展途上国に対してどのように説得すればいいのでしょうか。まず、周先生からお願いいたします。

エネルギー、環境をベースにした協力構想が必要である

 成長を止めろとはいえません。これは止められません。ただこの成長を、もっとスマートな成長にもっていくことができるはずです。それは可能な話です。先ほどの話でも出ましたが、汚染がこんなに大規模に起きています。エネルギーがこのように三つのメガロポリスで集中して消費されています。逆にいえば、きちんと対策が打たれていれば汚染は緩和できるはずです。

 その対策はいくつか考えられます。酸性雨の話でしたら脱硫装置をつけろといってもいいですし、もっと手っ取り早い話がありまして、要するに現在の中国の一次エネルギー消費の七割以上は、実は石炭です。石炭は非常に厄介なもので、もっとクリーンなエネルギーにシフトさせていけば環境汚染はだいぶ緩和されます。

 もう一つは、クリーンエネルギーを自分で生みだせるかどうかです。両方を紹介したいのですが、最初はよりクリーンなエネルギー、石油、天然ガスにいかにシフトさせていくかについてお話をしたいと思います。九〇年代の半ば、私はODA(政府開発援助)の政策援助のスキームで中国の調査をやりました。それでわかったのは、中国の産業にしても人口にしても、二つか三つのメガロポリスに集約していく現状に早く対策を打たなくてはいけないということです。

 一番対応しないといけないのは、エネルギー、食糧をどのように調達していくかです。こうした問題意識を当時の中国政府はなかなか理解できませんでした。国際機関もあまり理解できなかったようですが、私が提案した一つの構想に、ユーラシアランドブリッジ構想があります(図14)。九〇年代半ばから中国政府、日本政府の両方に働きかけて、九八年にようやく当時の江沢民主席と小渕首相の間で合意しました。二一世紀に中国と日本の間で行う重要なプロジェクトです。

 ユーラシアランドブリッジ構想ということば自体、あるいは構想自体は昔からありました。どのような話かというと、昔は基本的に鉄道を敷くという構想でした。一方、私のまとめた構想は、カスピ海から石油、天然ガスのパイプを敷いてくるというものです。中国の新疆ウイグル自治区から上海まで引っ張っていきます。そして場合によっては、上海から新潟まで引っ張ってくる構想です。

 それによってだいぶ、中国の内陸部の開発にも寄与するし、中央アジアの開発にも寄与します。メガロポリスのよりクリーンなエネルギー輸入の問題も解決します。石油にしても天然ガスにしても、安定的な供給、購入という仕組みが必要です。それがなければ、世界の石油、天然ガスの価格が変動します。

 中国のバイヤーが突然出てきて、買うぞという話になると、価格が変動します。きちんと開発輸入をやっていけば、実際にはかなり価格の変動を抑えることができます。残念ながら、その後日本の動きが遅いというか、まだほとんど動いていない状態です。しかし中国側はこの構想を受け入れて、今何をやっているかというと、新疆から上海まで天然ガスのパイプラインの建設を進めています。今年中にたぶん使えるようになります。そして、パイプラインはどんどんカスピ海に向って延びています。すでにカザフスタンと合意して、まずカザフスタンまでもっていくことになっています。この構想は今でき上がりつつあります。

 もう一つエピソードを紹介します。ロシアのアンガルスクというところで、石油と天然ガスが出ます。一方、中国には大慶という油田がありますが、その大慶の油田はそろそろ枯渇するといわれています。そこで中国政府はロシアのシベリアから石油、天然ガスを引いて、大慶の現在あるパイプラインを使って、中国の内陸部にエネルギーを配っていく構想を立てました。
 しかし、その後日本政府がロシアに逆提案して、その石油、天然ガスを日本が購入するという話になりまして、それを受けてパイプライン構想はその後いくたびも変更されてきました。それによって今、北東アジアはエネルギー分野において、緊張感も不信感も高まっています。日本政府からみると、中国によって北東アジアのエネルギーが買い占められるのはけしからんというわけです。中国からみると、われわれのやっている話になぜ日本がちょっかいを出すかということになっています。

 北東アジアにおいて、あるいはアジアにおいて、エネルギー、環境の総合的なプラン、構想が必要です。まず、この話をまとめなければ、アジアの経済統合、あるいはアジアのより一層の緊密な関係をつくるのは無理です。ここから話を進めるべきです。これが私の信念です。

 ぜひ、このエネルギー、環境をベースにした協力構想をもう一度見直す動きが出てきて欲しいです。

自分たちのこととして考えていただきたい

木内

 あの、ちょっと生意気なことを申すようですが、ここから拝見してますと、みなさん、実にお疲れの方が多いです。熟睡しておられる方、全くこれは自分には関係がないと思っておられる方が非常に多いように見えます。これは残念です。何とかみなさんの問題として取り上げていただきたいし、日本海学をこれから栄えさせるのも、ダメにするのも、一人ひとりの国民の力によるということを本当に考えていただきたい。

 日本には学生運動もないし、若い人たちの社会を揺るがすような運動が何もないわけです。ただ、地域、地域に実に素晴らしいピカピカした活動がたくさんあります。一説によりますと、一つの自治体に少なくとも三つ以上あるといわれています。日本には自治体が三〇〇〇以上ありますので一万近いそのような見事な、われわれが希望がもてるような活動をしているグループがあるわけです。NPO、NGOの活動がたくさん含まれてます。

 ただ、きょう申し上げていることは、ただ、あてずっぽうで申し上げているのではありません。実はご縁がありまして一年ほど前から、財務省が出している月刊誌『ファイナンス』に、連載提言として隔月四ページを頂戴しています。そのページで先ほど申したこと、あるいはこれから申し上げることをかなり乱暴に書かせていただいております。

 つい三週間前には、九州のある知事さんが『ファイナンス』を読んでいて、このようなことを書いている人と話をしたいといわれて、その知事さんに呼ばれて行ってきました。その知事さんは、何人もの方にそれを購読できるように指示を出されてました。

 そこできょう申し上げたいのは、ここで議論されている問題を自分のこととして考えていただきたいということです。たとえば、今、一万円のガソリン、一万円のお米、一万円の靴、一万円のホテルクーポン、どれもこれも一万円の商品として経済学では取り扱っています。ただし、みんな生まれ、生い立ちが違います。一万円のガソリンは、二度と再生できない地球にあるものを掘ってきてつくられています。お米は地球の自然が生んでいるものです。そしてホテル代はサービスの代償であり、靴は再生可能な材料でつくられています。こうした質の異なるものの価格づけがおかしいのではないかというのが、私は多くの問題の出発点だと思っています。

 一万円のガソリンは、中東かどこかで原油を掘り、それを運んできて、精製して配って人件費だ、運搬費だと、なんだかんだと足したコストだけで、今の一リットル一二〇円という価格づけがされています。これで六億八〇〇〇万台のクルマが世界中を走りまわっています。そして今みなさんが議論しているような問題が起こって、そのツケは誰が払うのかということです。私たちは知らんふりをして去っていって、子どもや孫たちがツケを払わされます。そのようなことを誰も問題にしません。

 ガソリンは、後々の大気汚染などに対応するコストを全部入れますと、四・五倍の値段を払うべきだといわれています。そのことを科学的に、学問的に計算した人がいます。もしも、一リットルのガソリンが六〇〇円だったら、これほど自動車に乗らないで歩くとか、自転車に乗るとか、公共の交通機関を使うとか、いろんなことを考えます。それを自分たちのこととして考えていただきたいのが出発点です。

「足るを知る」という素晴らしい考え方を世界に発信する

木内

 次に、今まで私たちは労働の生産性ばかりに議論を集中してきました。どうしたら自分たちがもっと楽ができるかです。どうやると、こんなに厳しい労働をしなくてすむか、そんなことばかり研究してきました。これからは資源の生産性を考える必要があります。一〇四年前に一六億しかいなかった世界の人口が、今は六三億になり、さらに八十何億に向ってどんどん増えています。今は労働の生産性は全然いらないとはいいません。しかし、深刻に資源の生産性を上げることを考えないといけないというのが、もう一つの問題です。

 それから産業革命以来、西洋では二五〇年、日本では明治維新以来一三〇数年、先ほど申し上げましたようにメインシステムの自然環境を破壊してきたわけです。その結果、いろんな問題が起こっています。これをどのように修復するか、まず直すことが先決です。それから今あるものをどのように守っていくかです。

 今、多くの企業に社是というのがあります。その中に環境を守るということが少しずつ入ってきました。つい最近までは、地球環境保護室とか、そのようなものがお飾りみたいに置いてあったように思います。これからは会社の社是、会社のミッションステートメントのしょっぱなに、自然環境をどのように修復するか、どのように守っていくかということを謳い、これがこの会社の第一番目のミッション・使命だという社会にしない限り、自然環境の破壊といったことは直らないと考えます。
 それから私たち一人ひとりは、もっと欲しい、もっと欲しい、というのをやめましょう。何かやるときに、私たち日本人の判断基準は、経済的な損か得しかない、といわれています。その結果日本人は海外の集まりにあまり呼ばれません。本当の心に染みわたり、こころを揺さぶるようなメッセージが日本人から発信されていません。だから蚊帳の外になっているわけです。

 九・一一の問題が起ころうと、どのような問題が起ころうと、日本人の関心は、それは損か得か、どのような経済的なインパクト、影響があるだろうかと、そのようなことばかりに関心があり、本当の文明論の見地から、九・一一のあの不幸な事件が、どのような意味合いがあったのかと議論する人がいないから呼ばれません。

 それは、私たちが普段、そのようなことを議論しないからです。これを直していかない限り、中国の国務院総理であった李鵬さんがオーストラリアで数年前に、「日本なんて国は、あと一五年もすれば消えてなくなる国になるよ」と、本当におっしゃった。それに対してわれわれはどれぐらい怒ったか。そうではないのだと、日本の国のために私たちはこのようなことを考えている、世界の利益のためにこのようなことをしているのだ、とだれが言いましたか。

 日本には一つ、「足るを知る」という素晴らしい考え方があります。もうこれでいいのだという考えです。この足るを知る精神を世界に向けて発信しないといけません。物欲ばかりをかなえないで、損か得かばかりを言わないで、地球には限度がある、もうこれでいいんだ、足るを知るということは日本にとって重要で、これからの人類にとって大事な考え方なのだというメッセージを出すことが、今話題にしている問題解決のためにも、あるいは私たち日本人のあり方を考える上でも、大事なことだと私は思います。

環境、社会、経済の全体として見ていくことが必要である

鈴木

 企業の社是として、自然環境は非常に大切だと思います。できれば環境プラス社会問題まで広げてもらえるといいなと思います。私は以前、世界銀行というところに勤めていましたが、世界銀行は八〇年代半ばまで環境の破壊者といわれていました。そのあと、一生懸命に環境問題に取り組んで、私が勤めていた九〇年代半ばごろまで、環境に対しての取り組みが随分と変わったと思いました。

 それでもやはり世界銀行の投資プロジェクトは、人々のために役に立っていないと思いました。なぜだろうと思ったときに、もう少し社会的な側面といったものをしっかり見ていく必要があるのではないかなと思いました。そのような意味で今、環境レポートみたいなものを、企業の社会的責任の中で扱っているところが随分と増えてきたと思いますが、社会、環境の両方を扱ってもらうことがいいのではないかと思います。社会的な側面にも目を向けていくことが必要ではないかなと思います。

 それと、持続可能な開発は環境とイコールではないと思います。とりあえず環境に対する国際協力とか、視点や方向性とか、哲学とかいったものを考えると、どのようなことを考えていかないといけないのかです。それを整理してみました。

 一つは、人々の環境問題とか、資源管理です。先ほどエネルギーの話がありましたが、エネルギーの話を含めての自然資源管理です。中国で水問題が非常に大きな問題になっていますが、そのような資源管理への意識を高めていくことが、非常に重要ではないかと思います。

 また、そのようなものが、いったいどうなっているのかを知るために、環境のモニタリングとか、あるいは科学的な基盤といったものを整備していくことが重要だと思います。これは先ほど原先生からご指摘いただいたことだと思います。そのようなものを実際に私たちができることから一つひとつ、何ができるかな、何をすべきかな、ということを特定して進めていくことが必要だと思います。

 たとえば、この地域でやっているものとしては、汚水排水の処理とか、廃棄物対策とか、土地の劣化対策とか、森林の荒廃対策など、そのようないろんなものがあると思います。実際に地域協力を考えるときに、いったい、どのような地域協力のかたちがあったのか、あるいは現在あるのかということです。これは日本海に限っていませんが、北東アジアについての例です。日中韓、場合によってはモンゴル、ロシア、あるいは北朝鮮といった国を含めて考えるときに、この地域に特定しての地域協力というものがあります。

 一番包括的に近いのが、環日本海環境協力会議(NEAC)ではないかと思います。これはブラジルのリオでのサミットのあとに、従来あった日韓のシンポジウムを拡大するかたちでやったものです。これ一つ一つについて細かく説明していく時間はありません。

 一番日本海に関係するのは、先ほど原先生からお話があったNOWPAPです。この他に東南アジア、北東アジアを含めた東アジア地域の枠組みで、これも先ほどお話がありました東アジア酸性雨モニタリングネットワークです。酸性雨への対応のシステムです。あるいはアジアという視点でみるとアジアの環境大臣会合であるエコアジアとか、そのようないろいろな枠組みがあります。

 随分といろんな枠組みがあって、個別のものについては、それぞれなりに対応してきているのだろうと思います。結論からいって、あまりうまくいっていないのではないかと思います。去年、北東アジアの環境協力の現状分析という論文を書きました。そこでの結論だったわけです。

 個別に個々に黄砂はどうだ、日本海の水はどうだ、あるいは酸性雨はどうだと、それぞれありますが、もう少し地域というものを全体として見ていく、そのような視点が欠けているのではないかと思いました。地域においていろいろな環境問題、あるいはもっというと、持続可能な開発は、これは環境だけではなくて、環境、社会、経済といったものを全体として見ていくことが必要なのではないかと思います。
 そのようなことをちゃんと議論できるような場というのが、実はないのではないだろうかと思います。そこが実は大きな課題になっているのではないかと思います。次のステップの話については、後ほど話をさせていただきます。

今村

 今までの問題提起、対応策を受けて、ではわれわれは具体的にどのような行動をしたらいいのかが問題になってきます。循環型の社会にするにはどうしたらいいのか。今対応の中でも話が出ましたが、それについて、原先生からお話をしていただけないでしょうか。

環境問題は病気にたとえることができる

 そのような話になると、いつも一番困ります。あまりすっきりした結論は、私の中でまだ整理できていません。あえて何かいおうとすれば、そのようなことはすでに言われていること、どこかの本に書いてあるようなことになってしまいます。それで、今私が何をやろうとしているかということをお話して、その答えの代わりにしたいと思います。

 まず三点に分けられます。一つは環境問題というのは、医学と医療といいますか、病気のようなことにたとえられるのではないかと思います。しかも慢性病であることです。環境問題というのは慢性的病気であって、生活スタイルに関係していたり、日常あまり気がつかないのだけれど、あるところからドカンと、かなり重大な段階に入ってしまいます。そのようなことです。

 それから医学の研究ですが、たとえばDNAとか、細かい先端の科学なり技術の研究がありますが、それが必ずしも直接的に医学とつながらない、あるいはそこからつながるものは、医療の一部であるわけです。

 私は一〇年前に入院して手術をしたことがあります。医療の問題では、お医者さんのいろんな措置がございます。たとえば検査があります。食事があります。看護師さんが背中をさすってくださったり、ちょっと声をかけてくださるだけで、全然感じが変わってきます。お掃除の人もいるし、新聞をもってくる人もいるし、テレビの世話をしてくださる人もいます。これが総合して医療であると考えたわけです。

 私は大気環境化学をやっていますが、それが直接環境問題につながらないと思っています。その意味で行政のお手伝いをしたり、ネットワークを積極的にやったり、このようなところに呼んでいただいて、いろいろ勉強したりしている理由です。そのような問題があります。

 それから慢性病ということで、もう一つの問題があると思います。どのようなことかというと、たとえば診断を受けて、これはこれこれの病気だから手術が必要ですよ、といわれた場合に、ああそうですかお願いしますとはいいませんよね。そんな馬鹿な、それは何かの間違いでしょう、ということになってきます。実は私は、入院して手術が決まって、ちょっとどうもといって病院を出てきて、もう一回また別の病院に入り直して、そこで手術していただいたという体験もございます。

 ということで、環境問題の解決策はいろいろ提案されていますが、いや、そんなんではないんじゃないのか、それは違うんじゃないの、という心理的な問題があります。病気と同じように、ある意味で自然の自己防衛だと思います、生命保持の自己防衛だと思いますが、そのようなことはないだろう、というような問題があるのではないかと思います。

 その意味では対策には、いろいろ行政的、技術的、その他のいろんな対策があるかと思います。そのような心理面まで折り込んだ対策が必要ではないかと思います。マスコミ的にやると、煽ってどんどんというか、煽ってという言葉は語弊がありますが、環境問題のわかりやすいところ、動くところのみをどんどん強調していって、酸性雨からオゾン層にいくとか、温暖化だったりダイオキシンだったり、環境ホルモンだったりと、対象もどんどん目まぐるしく変わっていくわけです。しかし、問題そのものはいっこうに解決されていないのに、論調だけが変わっていくわけです。そのようなことがございます。もっと心理面、社会面を折り込んだような取り組みが必要でないかと思います。

 第二点は、科学的な技術をもう少し整備する必要があると思います。これはいろんな判断の基礎になります。ただし、逆説的ですが、データが多ければ物事がわかるというものでもありません。それは解釈というものに多様性があって、事実をみても、あるデータをみても、解釈は一つではありません。したがって、それから出す結論も必ずしも一つではありません。そのへんのメカニズムというか、説明というものは、専門家の説明責任という意味で、必要なのではないかと思っています。

 それから三点目です。東アジアのモニタリングネットワークや、世界気象機関のネットワークにかかわっていて、国を超えたいろんな取り組みに入れていただいています。そこで考えるのは、欧米とそうでない地域とでは大きな差があります。世界気象機関でもやはり欧米主導型になっていて、何かアジアからの発信ということを考えたりしています。

 これは日本海とはスケールが違ってくるかと思いますが、アジアの国々は個性的な歴史や伝統をもっていますから、そこの中には、先ほどの種の問題ではありませんが、面白い価値観がたくさんあると思います。そのような多様な価値観の相互作用をして、今の日本なり日本海なり、自分の中の基本的な考え方、DNAみたいなものと総合作用をさせて、新しい価値観をアジアから発信していけるのではないかと思います。そのためにもネットワークの活動は生かせるのではないかと私は考えています。

 その意味で、はっきりこうだということを、残念ながらお示しできませんが、私が悩んでいる内容のようなものをお話させていただいて、解答とさせていただきたいと思います。

破天荒な発想で面白いことを提案してもらいたい

 先ほど紹介しましたユーラシアランドブリッジ構想というのは、石油や天然ガスの安定的かつ安全な輸入を、いかにやっていくかという構想です。実は私はこれは現実的な話で、夢物語ではないと考えています。しかし、しょせん石油も天然ガスも、石炭と同じ化石燃料です。もう一つは、限りのある資源だということです。やはり本当に再生できるような自然のエネルギーが将来大規模に使えるようになったらいいのではないかと思います。

 九〇年代の末に中国政府の要請を受けて私はJICA(国際協力機構)の調査を通じて大きなビジョンを出して、中国の都市化の問題、政策支援を行っていました。それは私がリーダーを務めたプロジェクトで、長江デルタのメガロポリスのプランをつくる話がありました。そのプランの中で私たちは大きな提案をしました。

 もう一度図3を見てください。連雲港と上海の北の南通という町の間に三〇〇キロの海辺が広がっています。しかし、この海辺がなかなか使いものになりません。というのは海が大変荒いからです。地盤も弱い、潮が非常に激しいのです。どのように開発をしたらいいのかという要請に対して、われわれはいろいろ研究し、最後に出したプランは、三〇〇キロゾーンを全部風力発電エリアにしてしまったらどうか、という提案でした。まさしく破天荒な提案でした。
 面白いのは、中国政府はこの話を真剣に受け止めて、ただちにデータを収集することになりました。最近、中国の国家発展改革委員会が私のところに三年間のデータをもってきました。風力発電をつくるのに十分な資源があるということがわかり、今年から予算をつけて実験的につくっていくことになりました。今まで潮が激しく、地盤が弱くてどうしようもないところを、クリーンエネルギーゾーンにすることができたわけです。

 日本の日本海側も、自然条件が従来の開発に適さないという問題をずっと抱えてきました。昔、私がある研究所に勤めていたときに、日本海の開発にもある程度携わったことがあります。やはり海が荒いということは、非常にネックなのですが、海が荒いことを逆に考えれば、風力発電の資源が非常にあることになります。考えを逆転させれば、ネックの問題を資源に変えることができます。ぜひ日本海学も、そのような破天荒な発想で面白いことを提案し、実現していくことができれば、非常に発展性のある学問になるのではないかと思います。

われわれには将来像というものがない

木内

 私は六つのことを申し上げたいと思います。一つは、歴史観をもつことです。私たちはなぜ歴史観がないかといいますと、特に三〇歳以下の若者に多いのですが、それは戦後日本語がめちゃくちゃになったことで、歴史が読めません。これはいろんな問題に対応するときに、非常に問題になってきます。

 昭和の初めのもの、わずか七〇年、八〇年前のものが読めない国民が増えつつあります。シェークスピアなど四〇〇年以上も前の話です。漢字制限とか新仮名遣いとか、なんだかんだで、ちょっと古いものが読めなくなっています。

 ですから歴史観がわかりません。これが非常に問題です。先ほど原先生がおっしゃったことに私はいくつか付け加えるだけのお話しかできませんが、今私たちを閉じこめているのは、一つは既得権益にしがみついている人たちが非常に多いことです。もう一つは、これだけ世の中が変わっているのに、古い固定観念の枠から出られないことです。

 それと、とにかく将来像、ビジョンということについては全く貧弱です。二〇一〇年、二〇二〇年に日本がどうなるか、世界がどうなるかについて、みんなどれぐらい議論ができますか。どれぐらい世界の有識者がどのようなことをいっているか、みなさんどのくらいご存じですか。日本のマスコミに頼っていては、そのようなことはわかりません。

 それから先ほど原先生がおっしゃったことに続けるのですが、環境とかエコという言葉が輝きを失っています。環境というと、もういいよ。エコというと人が集まりません。バンコックでの世界銀行の話ですが、お金の話にはみんな集まりますが、環境の話になると、人っ子一人来ないという感じです。日本でもそうです。ですから、自分の考えを言ったり、行動をするときに、できるだけ環境とかエコという言葉を使わないようにしています。

 鳥瞰図がないわけです。みんなチマチマしています。環境省の議論でもチマチマしたことをやめましょうよ、と申し上げたことがあります。ビックピクチャー、鳥瞰図がないわけです。この問題は先ほどの松井先生のお話ではないですが、全体像からみて、どのような位置づけなのかです。しかし、そのような千年単位のお話ではなくて、五年、一〇年、二〇年の単位でいいのです。このような位置づけなのだ、このような重みがあるのだ、ということをいわなくてはいけないと思います。

 マスコミのいっていることに頼るとよくありません。たとえばGDPというのは国内総生産です。PというのはプロダクツのPですよ。どうやってプロダクツ、製品でわれわれの豊かさとか生活水準がはかれるのでしょうか。GDPというのは、もともと六七年前にアメリカの戦力とドイツの戦力のどちらが強いかを比較するためにできた尺度です。

 生活水準とか豊かさの尺度としては通用しないと、GDPをつくった本人がいっています。もうつくった本人は亡くなりましたが、一九四三年に米国議会でそういっています。GDPが二パーセント上がると、問題が解決するようにわれわれを錯覚させているのが問題です。

 同じように、少子化とかデフレというと、一〇〇人が集まると一〇〇人とも悪いことだとみんな考えています。本当にそうですか。一億二七〇〇万人の人間がこの狭い島国に住んで、人口が多くて困っているわけでしょう。世界も先ほども申したように、一六億が六三億になって、いずれ一〇〇億を超すといって、人口が多くなって困っているわけです。

 そこで私はこう考えています。日本が少子化といったときに、どうしてそれが、いいことだと受け取れないのですか。それはあくまで先ほど言ったように、大きくなれ、大きくなれと、右肩上がりのことばかり考えているから、そのようなことになるわけです。デフレもそうです。一九世紀の後半、一八七〇年から三〇年間、ヨーロッパは、ずっとデフレでした。そのときにみなさんがご存じの印象派の非常にきれいな絵がたくさん生まれています。音楽はチャイコフスキーだのブラームスだの、あのような素晴らしい古典音楽が生まれたのはその三〇年間です。世の中がデフレのときには人心が落ち着いて、そのようなものに人々の心が向いていきます。生活が豊かになるのだ、芸術が花咲くのだという、そのような面もあるということを考えましょう。

 そして、最後に何が大切かという価値観です。物とかお金とか、そのようなことに集中していていいのですか。これを変えない限り、いろんな環境上の問題は解決しません。

来年から持続可能な開発のための教育の一〇年が始まる

鈴木

 今まで先生方が話していることを一言で要約すると、難しい言葉になりますが、パラダイムシフトが必要ということです。価値観とかライフスタイルとか、そのようなものが変わっていくことが必要ではないかと思います。木内先生がおっしゃったように、今、環境とかエコとかはトレンディな言葉かというと、必ずしもそうでないような気がします。

 九二年にリオサミットがあって、世界の首脳が集まって二一世紀の地球を考える会議をやりました。そのときに非常に日本も盛り上がり、新聞にも環境関係の記事がものすごく出ました。それが終わったあと、ガクッと環境関係の新聞記事が減ってしまいました。

 それから一〇年後、二年前の二〇〇二年に今度は南アフリカのヨハネスブルクで、やはり持続可能な開発に関する世界首脳会議、ヨハネスブルクサミットが開かれました。そのときも、リオほどではありませんでしたが、ある程度盛り上がりましたが、終わったらとたんに冷めてしまいました。何と日本人は熱しやすく冷めやすい民族なのかと、環境をやっている人間として、つくづく悲しいなと思った経験があります。

 ヨハネスブルクで私どもが出した結論の一つが、リオから一〇年、一生懸命に努力してきて、世の中がよくなったかというと、よくなっていないわけです。なぜよくならなかったのかと考えました。リオからの一〇年というのは、国とか国際機関とか、そのようなところが中心になって、世界を改善するのだと努力しました。それだけではやはり世の中はよくならないというのが、ヨハネスブルクの反省でした。

 そこで英語で、オーナーシップとパートナーシップが重要である、というような言い方をしました。つまり、国とか国際機関に頼るのではなく、それぞれの人たちが、自ら自覚をもって行動をしていくことが重要だということです。また、一人ひとりではうまくいかない、みんなで共同して一緒にやっていくことが大切だということになりました。これがオーナーシップ、パートナーシップということだったように思います。

 このようなことを、実際に私たちの生活の中で体験していくことが重要だろうと思います。それではいったい、どうしたらいいかです。私はここには、特に環境問題について非常に関心の高い方々が集まっていると思います。それでも木内先生は、先ほど寝ている人がいるのではないかとおっしゃいました。
 それでヨハネスブルクに小泉総理が行って話してきたのは、持続可能な開発とか、ライフスタイルを変えることは、やはり人づくりの問題である、ということでした。私たち一人ひとりが変わっていくためには、教育とか人づくりが重要だ。それで来年の一月から持続可能な開発のための教育の一〇年というのを始めます。

 そして世界的に持続可能性を大切にするような教育、この教育は狭い意味での教育ではありません。学校のようなところでの教育や職場での訓練とか、あるいは市民社会でNGOの方々の活動、マスコミの人たちの活動など、全部含めて持続可能性というものをどのように考えたらいいのか、ということを取り扱っていくようなかたちにもっていこうと、世界的にはなっています。残念ながら日本の国の中で、持続可能な開発のための教育の一〇年といっても、たぶん知っている人は一〇〇人いたら一人いるかどうかです。やはり、そのようなことを地道にやっていくことが重要ではないかと思います。

 今学校の教育の中で自然保護が大切ですとか、自然観察をしましょうという話がありますが、少し持続可能性ということを地域に密着したようなかたちで考えていく、そのようなプロセスを考えています。たとえば、ゴミのリサイクルみたいな話もあるかもしれませんし、また、日本の場合であれば、もう少し省エネルギーを考えていこうとか、あるいは木内先生が節約とおっしゃいましたが、節約というより、私たちはすごくムダが多いと思います。ムダをなくすだけでものすごく違うと思います。私は昔は廃棄物をやっていましたが、やはり自分たちがいかに不必要な物の使い方をしているかと思いました。そのようなものを学校教育なり、社会教育の中にどのように取り込んでいくかが重要ではないかと思っています。

今村

 時間がなくなってまいりましたが、今日は日本海学シンポジウムということなので、日本海学への期待のようなものを、お一言ずつまとめていただければと思います。

 非常に面白い試みだと思います。従来は文系、理系とかに分かれてやってきていますが、もう一回前に戻って、言葉は悪いのですが、何でもありというような、非常に自由な議論の場を提供していただくと、かえって発展性としては大きくなると思います。

 先ほどの松井先生の講演の中で、人間圏の歴史はたかだか一万年ぐらいとありました。ただしこの一万年の中で、人間圏の中身を非常にダイナミックに変貌させてきたと思います。日本は、昔は中国大陸や朝鮮半島と日本海をはさんで交流密度が高かったわけです。ところがこの百数十年間、この交流はだいぶ衰えてきています。特にこの五〇年間はどうも日本の経済発展は、アメリカ経済との関係を最優先してきました。

 しかしアジアはものすごくダイナミックに変貌してきています。この二十数年間、日本海側の中国や韓国は、ダイナミックな発展をとげています。これは逆にいえば、もう一回、日本海を媒介にした密度の高い交流やネットワークを構築する最良の時期にきているともいえるのです。ぜひ、日本海学にも、このような視点を入れて発展させていただきたいと思います。

木内

 図16は先ほども申し上げました。本当に日本で元気な社会は、過去の歴史と伝統を大切にしている社会です。それは日本海側にいくつもあります。太平洋側は壊れすぎました。

 これからは、食料、水、エネルギーがわが国の緊急課題となってきます。まず、農業、漁業に陽が当たります。私は実はある工業大学で環境とマーケティングを二年生の学生に教えています。この前、前期が終わったときに、七人の学生がお礼をいいにきました。その一人は、僕はこの学校を辞めるというわけです。どうするのかというと、農工大へ行きますといいました。快哉を叫んで抱き合いはしなかったのですが、熱い握手をして別れました。そのようなことが、これから必ずたくさん起こる時代がくると思っています。

 それからエネルギーですが、来年は広島と長崎の原爆投下からちょうど六〇年にあたります。そこで、できましたら両方の市長さんにお願いして、原子力から太陽エネルギーへというキャンペーンをやりたいと思っています。広島も平和と鳩だけではもう人の心をつかめないのだといって、すでに何年もたちます。それじゃ新しい意味のあることをやりましょうとご提案しようと考えてます。太陽エネルギーはこの地球上に人類が必要とするエネルギーの一万五〇〇〇倍は降り注いでいます。一万五〇〇〇倍もあります。これを使わない手はないということです。太陽エネルギーは、再生エネルギーの最右翼ですが、原子力から太陽エネルギーへということでキャンペーンをしたらいかがですか。

 今に農家がエネルギー供給者になります。バイオマスが脚光を浴びるようになります。若者たちもそのようなところに集まって、ピカピカする農業を起こす。日本のエネルギー供給者の一つに農家が入る時代は決して遠くないと思います。

 一方、生活のほうでは欧米でローハス(→注2)というのが台頭してきています。アメリカの大人で三人に一人はローハスだといわれています。ローハスのLはライフスタイルです。真ん中のHは健康です。最後のSはサスティナビリティといって環境です。健康と環境に配慮した、そのようなライフスタイルを求める人がアメリカで五〇〇〇万人いるといわれています。ヨーロッパにもたくさんいます。日本にも、私も賛成だという人がたくさんいます。これを一つの力にしたいと思っています。

 これからは大企業とか経団連とか政府とか、そのようなものに頼らないことです。私たちは今まで消費者と呼ばれていましたが、最近ようやく生活者と呼ばれるようになって、非常に喜んでいます。その生活者が国づくりをする、国の方向を決めていく、そのような日本にしないといけないと思っています。

 それと、ぜひこの三行を覚えておいていただきたい。商売が成立するのは、買い手の決意なのです。生活者がこれを買うといわない限り、商売は成立しないわけです。大企業とか経団連とかの売り手ができることは、商売を成立させないことだけなのです。売り手は、商売を成立させることはできません。これまで底辺にいるといわれたわれわれ生活者が、三角形を逆さまにして、私たちが理解して支援しない限り、商売は成立しないのだということを、はっきり自覚して行動に出ることが大事だと思います。

 最後に、これは一〇〇年前に内村鑑三さんがおっしゃったことです。内村さんのお話は岩波文庫にあります。国というのは、きれいでなくてはいけないと言っています。マネーリッチ、お金だけで豊かになった気持ちになっているのは、どこか大事なところが欠けている。家庭も町も社会も国もきれいでなくてはいけない。豊かさの一番の元はそのような国づくりなのだということを、内村さんが一〇〇年以上前に箱根で講演をされたときに、おっしゃっています。そのモデルとしてデンマークをあげています。そのときにランドリッチということが大事だといっています。みなさんきれいな日本国をつくりましょう。緑の国をつくりましょう。

鈴木

 日本海学への期待ということで、そのような視点から考えると、今、世の中は一方でグローバライゼーション、グローバリズムがあり、一方で地域主義があって、それが拮抗するようなかたちで動いています。そのような状況の中で、地域主義というか、地域ということに着目してものを見ていくことのほうが重要だという考え方のほうが強いと思います。この日本海学というのは、まさにそのような流れに沿った、世界の動きに沿うものではないかと思います。

 ある地域と、その地域の広がりがアジアかASEANかプラス3か、それとも日本海沿岸諸国か、そのような違いはあると思いますが、やはりもっと地域に着目をしていくことが、これからの世界のあり方をみていくときに重要ではないかと思います。グローバライゼーションの話ばかり考えるのではなく、もっと地域をみていくことが重要だと思います。まさに将来に向かって、非常に有望な学問分野ではないかと思います。

 そのときのキーワードになると思っているのは、文化という問題ではないかと思います。本当は環境といいたいのですが、むしろ文化。日本海を取り巻く地域の歴史という話がありましたが、やはりこれまでの変遷というものを考えていく中で、文化の多様性と共通性、日本海沿岸の国は、これまでさまざまなかかわりをもってくる中で、文化の共通性をやはり形成してきたのだろうと思います。他方、同質の文化かというと、けっしてそうではありません。随分と違った文化が基盤にあって、国々によって随分と違います。その違いを理解することが、共通の議論をしていく土台として、非常に重要なことだろうと思います。地域をみるということは、むしろそのようなことではないかと思います。
 対話をしていくというときに、私は環境の人間ですから環境が大切とか申し上げますが、そのときにやはり一番のベースになるのは、それぞれがもっている文化、固有の文化というものをどのように考えるかです。長い歴史の中で共通性をもってきたが、やはり違っています。その異文化についての理解、重要性というものが非常に重要だと思います。このことは、私どもが持続可能な開発のための教育の一〇年の中でも非常に強調していることです。ぜひ、日本海学の中にあっても、そのような視点を強くもって、さらにいっそう発展していっていただければと思います。

今村

 ありがとうございました。それでは予定した時間を過ぎていますが、せっかく講師の先生方がはるばる来ていただいています。なかなかこのような機会がありませんので、ご質問ある方、二、三お受けしたいと思います。

質問者

 木内先生のお話に一番関係があると思いますが、ポリューション(汚染)というか、そのようなものを後世の人たちに多大なものを与えるから、価格が四・五倍とかそのようになるとおっしゃいました。日本の経済をとってみますと、国の借金が七〇〇兆を超えています。地方の借金が二〇〇兆を超えています。隠れ借金を合わせると一〇〇〇兆を超えているともいわれています。

 ある意味で日本自身がデフォルト状況になっているわけです。その中で経済の再生ということがよくいわれます。今おっしゃいました環境学、足るを知るという、そのような尺度を変えるということは私も非常に理解をし、賛成もしたいと思います。今後の日本の経済の再生とか、借金をどのようにして後世の人たちにやりくりさせるのかということを考え合わせると、どのように考えればいいかについて、ご意見をお願いしたいと思います。

木内

 ありがとうございます。今、私の大学二年生のクラスには生徒が二八三名います。教室の黒板に分母に八〇と書いて、分子に四三と書きます。しかもそのあとに兆円とまで書きます。これは国家予算が八〇兆円で実際の税収が四三兆円しかないことだよ、この差額は全部君たちへのツケになっているのだよ。国としての借金なのだよといっても、まだピンときません。これをみんなが知ることが出発点です。

 私が節約といったのは、英国病のときにサッチャーさんが何をいったかというと、やはり倹約をしようといいました。私たちはこんなにふやけていて、いいのですか。今、東京は大変なバブルです。あと数年たつとこのバブルがはじけます。今は国民が貯めたお金に頼っているバブルですが、何かみんなあまり関係ないという顔をしています。これはそんなに長続きはしません。ですから先を読む力がなくてはいけないといったのは、じゃこれがいつまで続くのか見当がつかなくちゃいけません。一六年後の二〇二〇年に日本の経済、日本の金融はどのような状態になっているか、深刻に考えることです。そのような議論を若者にしてほしいし、私たちもしないといけません。それがまるで他人事です。これを直さなくてはいけません。そこからやりたいと思っています。

質問者

 このような白熱したディスカッションというのは、かつて今まで聞いたことがありません。その点で、各先生方に敬意を表します。それで各先生方からお叱りをお受けしましたが、富山県の特色をちょっといいます。ここはノーベル賞をもらった田中耕一さんの出身地です。それと今はどうか知れませんが、県庁所在地で流しのタクシーが走っていないのは、富山だけだそうです。それから緑の革命で人類の食糧問題を救ったのも富山県の人です。

 ところで、石油はもう枯渇資源です。四〇年間で枯渇するといっていたのが、今は七〇年間になったといわれています。四〇年間が七〇年間にのびたというのは、マスコミはただその報道だけをして反論も何もありません。このシャバで私たち庶民が世の中を動かしていくのは事実です。しかし、やはり先生方のお力沿いが、やはり世の中を動かすのではないでしょうか。私は強く要望します。

木内

 県庁所在地で流しのタクシーがないのが富山だけだったとしたら、ものすごく大事なことです。世界中のいろんな街にいって、街がきれいだなと思うところは、流しのタクシーのないところです。ニューヨークとかあのような汚いところは、流しのタクシーがガンガン走っています。

 汚い東京をきれいにしたいと思います。五万台のタクシーが東京を走っていますが、半分以上のタクシーは空なんです。もしもその空のタクシーがどこかに止まっていて、呼ばれたらそこへ行くとか、そこへお客が行くということにしたら、都心はうんときれいになります。それに賛成しているタクシーの会社も随分あります。東京都庁へ提案してます。

 一つ申し上げたかったのは、日本で今まで経済企画庁が住む、費やす、働く、育てる、癒す、遊ぶ、学ぶ、交わるの八つの尺度で国民生活指標を出していました。今は内閣府がそれをはかってますが、富山は四七都道府県でナンバーワンです。

 ところがなぜそれを発表しなくなったかというと、テールエンドのほうにいる県が文句をいうわけです。それで発表しなくなったんです。しかし、県庁にいらっしゃると、その全国の星取り表ができてまして、富山はどうだということがわかります。富山は一位です。ぜひ、それをみなさんに知っていただきたいし、その風潮を日本中に広げる努力をしていただきたい。私もそのお手伝いをいたします。

注1 IPCC (Intergovernmental Panel on Climate Change)  気候変動に関する政府間パネル
注2 ローハス  LOHAS (Lifestyles of Health and Sustainability)