大学等連携事業

日本海学夏季セミナー 「環境サイクルと生物・人間活動」


本講演録は、日本海学推進機構事務局の責任で取りまとめたものです。

2003年度 新日本海学夏季セミナー
2003年8月23日
富山大学経済学部201番教室

小泉 格 氏
北海道大学 名誉教授

映像による解説
 海底堆積物の縞模様
 縞模様は日本海全域
 気温変動の周期性
 海底堆積物の縞模様と気象変動の関連性
 珪藻の形成する層
 温暖化のピーク

① はじめに

 この種の講演会では、話を聞いているうちはわかったような気になるのですが、家に帰ってみると、さて何を聞いたかな、ということがよくあります。そこで、帰るときに何か持っていっていただきたい。そのために、資料を用意してあります。私が今日皆さんに知ってほしいことについて、リーフレットの中に大きく3つぐらいまとめて書いてありますので、それを一緒に読んで頂いて、それから用意しました映像を使ってご説明したいと思います。

② 海底堆積物の縞模様は氷河性海水準変動の記録

「日本海の海底堆積物には、白黒を基調とした様々な階調からなる明暗色の縞が数センチから数十センチの間隔で繰り返し見られる。この明暗色の縞模様は氷河性海水準変動の記録そのものであり、日本列島とアジア大陸に囲まれた日本海が世界の海洋で起こった気候変動を増幅して記録する「世界の海の共鳴箱」であることを立証している。」
 海底堆積物というのは、海の底にたまった砂や泥、海の中に住んでいたプランクトンの死骸のことです。海水準変動というのは、寒くなると北極や南極の極域に氷ができる、その氷は世界中の海だけでなく湖沼からも水が蒸発して極地域で氷になって氷河を作ります。すると必然的に世界の海の海水量が減るわけです。それが海水面の高さ、海水準になって現れ、世界の海は連動しますから世界的に氷河の時代は平均して100メートルぐらい海水準が下がった。一方氷河が溶けると、溶けた水は全部海に戻ってきますから、今度は100メートルぐらい上がる。このように海水準は上がったり下がったりしていて、その中間のこともあります。例えば40メートルぐらいしか変わらない、それが亜氷期とか亜間氷期等というカテゴリーになるわけです。
 これからお話しするサイクル、周期というのは、長いものから短いものまでいくつもの段階があります。それはどのくらい詳しく見ていくかということと関係があります。海水準変動というのは氷河の多い少ないと、特に最近の地質時代においては連動している。日本海が共鳴箱になっているというのは対馬海峡、津軽海峡、そして間宮海峡や宗谷海峡がありますが、一番深い対馬海峡、津軽海峡は現在の水深が130メートルぐらいです。昔はもっと浅かったかもしれない。今のようになる時に海の底が削られて結果として130メートルになったのかもしれない。いずれにしても日本海の出入り口である浅い海峡によって様々な現象が増幅されるわけです。スピーカーのような仕組みに日本海がなっているのです。日本海は世界の海で起こったことを増幅して記録している。

海底堆積物の縞模様
縞模様は日本海全域

③ ダンスガード・オイシュガーサイクルは気候変動の予測に重要

  「この明暗縞は地球軌道要素の変動によるミランコビッチサイクルのみならず、ダンスガード・オイシュガーサイクルとも一致している。
 ダンスガード・オイシュガーサイクルは変動の大きさと急激さ、短い周期性、最終氷期での現象という点において現在の気候システムの安定性を理解し、近未来に起こり得る急激な気候変動を予測する上で極めて重要である。」
 ミランコビッチサイクルというのは有名で色んな書物に書かれておりますし、後の映像で説明します。ダンスガード・オイシュガーサイクルとは、グリーンランド氷河コアの酸素同位体比を分析して、最終氷期中に数百年間の寒冷化と数十年の温暖化が約3千年毎に5~7℃の急激な気温変動をもたらすことを発見したダンスガードさんとオイシュガーさんという二人の科学者の名前からとっているのですが、科学の世界では何かいい仕事をすると名前を残してもらえます。
 変動の大きさというのは振幅のことを言っています。最終氷期は現在の間氷期からみて最後の氷期ということで、約8万年前から1万2千前までの期間です。氷河の時代は死の世界で静寂であったと言われますが、実はそうではなくて、この期間を通じて2回の亜氷期と亜間氷期が古くから知られておりますし、50年未満の短い移行期で激しく変動する厳しい世界なのです。

気温変動の周期性

④ 地域的な事象を積み重ねて地球規模でとらえる

 「日本海や北西太平洋など、我々の身近なフィールドで起きた地域的な現象は全て地球というシステムの変化と密接に結びついているので、地域的な事象を積み重ねて地球規模でとらえることの重要性がますます高まっている。」
 ローカルとグローバルを結びつけて、グローカリゼーションという合成語があります。ローカルが積み重なってグローバルになるわけです。そういう自意識を持たないといけない。我々は富山という地域に住んでいるけれども、あるいは日本という地域に住んでいるけれども、ここで起こったことはイコール世界で起こっている自然現象と同じなわけです。地域でのデータベースをちゃんと掘り起こし積み重ねてブラッシュアップしていくことが世界とイコールになる。ただし積み重ねる過程において世界を意識していないといけない。

⑤ 地球の運動と地球の気候システムとの関連を理解する

 「精度の高い地域事象のデータベースを地球規模で構築すると、ミランコビッチサイクルのように宇宙における地球の運動と地球の気候システムとの関連が理解できるようになるし、ダンスガード・オイシュガーサイクルのように気候変動の観点からグリーンランドと日本海を結び付けてくれる。」
 日本海学というのは富山発の情報源を確立しようということを目指しています。日本の学問というのは今までは輸入型が多かったわけです。日本海で起きた様々な自然現象もミランコビッチサイクルやダンスガード・オイシュガーサイクルが理論的な裏付けになっています。つまり大西洋とかインド洋で起こった現象を日本海に応用しているだけなのです。そういう意味では日本海発になっていないわけです。この国は残念ながらあらゆる意味で遅れていたのです。これからはそういう遅れを取り戻すべく頑張っていって次世代からは凌駕していこうということです。

⑥ 海流系の脈動サイクル

 「海底堆積物の解析から日本列島を取り巻く黒潮―対馬暖流と親潮などの海流系は約1800年の脈動サイクル、これはパルスと言いますが、を示しており、900年毎に強くなったり、弱くなったりしていることが判明している。海水準が高く、この場合の海水準は100メートルぐらい高くなるのではなくてその中間ぐらいですが、黒潮や対馬暖流の流れが強かった時期は太陽エネルギーの出力が強く、太陽黒点が多い温暖期に対応している。この温暖期は弥生時代、室町時代、明治時代~現在など海洋志向の時代(川勝、1996)であり、古墳時代、奈良・平安時代、鎌倉時代、江戸時代は寒冷期に相当し、内陸志向の時代である。」

海底堆積物の縞模様と気象変動の関連性

⑦ 海を舞台にした人間同士の関係

 「我々の日本文化のほとんどは日本海や西太平洋を通した海の交流の歴史に彩られている。しかし、これまでの歴史観や文明観は陸地に視点を置いた政治、経済、社会での出来事、事件などの記述が主体であって、歴史の背景(根底)に存在する自然環境の変遷が生活環境へ直接与える一義的な影響や、海を舞台にしたネットワークのもとで相互に関わり合っていた人間同士の関係が考慮されていないことが指摘され始めている。」
 これは私たちの責任も多々あります。私たちが一生懸命努力して日本史や世界史を研究する歴史学者に然るべきデータを突きつければ、いいものであればそれを取り入れてくれて新しい歴史観というものを構築してくれるはずです。

⑧ 汽水湖は環境変動の共鳴箱

 「若狭湾とつながっている福井県三方五湖の1つである水月湖の湖底堆積物は白黒ラミナからなる細粒縞状模様を呈し、春から夏を経て秋~冬に到る四季の環境変動を反映した1セットが1年を示す年縞のサイクルから構成されている。この年縞サイクルはアジアモンスーンを介して中国大陸内部の乾湿・寒暖変動、日本海の海水準変動、若狭湾周辺の乾湿変動に関する情報を数年単位で提供してくれるので、汽水湖(部分循環水域)は陸上と海洋をつなぐ時空間における環境変動の共鳴箱として重要なフィールドである(福沢、1997)。(ラミナとは日本語で葉層と言い、堆積物の一番小さい単位を作っているもの)」
 我々は陸上にいますから陸上の情報が大事なのです。だから陸上と海をつなぐのです。私はいろんな学問というのは最終的に現在に投影されてこないといけない、生きている現実の世界にいろんなものが還元されてこないといけないと考えています。明日の生活のために希望を与えることも必要です。私は歴史、サイクルを勉強していますが、その周期によって未来予測ができるのです。予測するために私は歴史をやっているといっても過言ではない。

珪藻の形成する層

⑨ 気候のサイクル的変動の影響を受け盛衰を繰り返してきた文明

 「人間を含む生物は地球の表層環境に内在する多様なサイクル変動の影響を受けながら進化してきたので、生命体は多くの生理機能に固有の生物リズムをもっている。日々、月毎、一年といった時の刻み、春夏秋冬が織りなす宇宙―自然界のリズムの中で我々は日々暮らしている。生命体の時空的集合体の代表である人類の歴史が人類史であり、人類が環境―気候変動に対して新しい技術革新の方法を持って抵抗することが文明であるとすれば、地球環境―気候のサイクル的変動の影響を受けて、文明が700~800年のサイクルで盛衰を繰り返しているという歴史観の科学的な裏付けがなされていると言えよう。」

温暖化のピーク