大学等連携事業

富山県立大学秋季公開講座 「日本海学の可能性」


本講演録は、日本海学推進機構事務局の責任で取りまとめたものです。
講師のご好意により、ここに掲載させていただきます。

平成15年度 富山県立大学
秋季公開講座
2003年10月18日
富山県立大学

講師 橋本清信
富山県国際・日本海政策課日本海学班長

1.日本海学とは

 今回お話をするテーマは、「日本海学の誕生のいきさつとそこに込められた思いを語るとともに、新しい文明創造の可能性を考える」というテーマです。キーワードは「地中海、逆さ地図、日本海」です。
 「日本海学」という言葉は皆さんちょっと耳慣れないかと思いますが、角川書店から『日本海学の新世紀』という本を出しています。ここで定義をしていまして、日本海学は、環日本海地域全体を、日本海を共有する1つのまとまりのある圏域としてとらえ、日本海に視座を置いて、過去、現在、未来にわたる環日本海地域の人間と自然のかかわり、地域間の人間と人間とのかかわりを総合学として研究しようというものです。
 目的は、循環・共生体系だというふうにとらえて、将来起こり得るいろいろな問題を予測して、これにどう対処したらいいのか、そのような備えを用意して、地域全体の危機を回避して、ひいては健全な地域、地球を子孫に受け継いでいくことを目指しています。
 なぜこのような「日本海学」というものを提唱したかというと、私は5年前まで東京事務所にいました。単身赴任ということで気楽だったものですから、プレゼントおたくをやっていまして、はがきを出して演劇とかミュージカルとか映画とかいろいろなチケットを手に入れました。だから、3万円ぐらいの投資で120万円ぐらいチケットを取っていました。そのようにして随分楽しい思いをしてきました。
 東京にこのままいたいと思っていたのですが、5年前に富山へ戻るようにという辞令が出まして、配属された部屋が「日本海政策課」という部屋でした。日本海というのは正直言ってあまり考えたことがありませんでした。日本海というのは、若いときにあまりいいイメージを持っていないのです。受験勉強をしているときに、FEN(米語放送)でロバータ・フラックとかカーペンターズのいい曲が聞こえていたのに、夜中の2時ごろになると途端に朝鮮語の雑音が聞こえてくるのです。北朝鮮で暗号がどうのこうのと言っていますけれども、ああいうのが聞こえてきて、リズムが乱れるのです。それでどうも日本海というのはあまりいい印象を持っていないのです。また、共産圏でしたから、ヨーロッパではチャーチルが鉄のカーテンと言っていますが、ああいう感じでここは冷たい北の海だと、共産圏で鉄のカーテンが引かれていると思っていたわけです。
 日本海政策課ということで、日本海にプランがついているのです。日本海のことをあまり知らないのにプランをするというのはどういうことのなのかと随分悩みました。正直言って、部屋の中を見ましても、日本海経済圏構想とか中国の経済とか経済関係の本が多いのです。というのは、1991年、東西冷戦構造が崩壊したときに、環日本海経済圏を救っていこうという話があって、この地域は10年ぐらいは経済というものに焦点が当てられていました。正直言って、何も進んでいません。やはり全体像を知らなければいけないと思ったわけです。
 私の担当は日本海ミュージアム構想の推進ということでした。実は今も少し悩んでいるのですが、その中核施設が日本海博物館です。私みたいな素人が博物館をやるというのは考えられない、何て人事をするのかと思っていたのです。ところが、博物館の基本理念に「日本海学の創造を目指す」と書いてあるのです。「日本海学」という言葉が何か気になりました。すごくやさしい言葉です。心のひだに食い込んでくるようないい響きがあります。「そうか、日本海学か。いいな」と思いました。
 そのときにある定義づけがなされていて、「日本海にかかわる事物・事象を網羅的に収集して」と書いてありました。日本海学というのは造っていくものだと書いてあったのです。ある人に呼ばれまして、県の博物館の基本理念は日本海学と言っているが、それを説明してほしいと言われたのですが、全くできないのです。何のことかわけがわかりません。「1年待ってください、1年たったら何とかします、堪忍してください」とお願いしました。それから苦悩の日々が始まりました。何とかしなければならないのです。もう後ろへは戻れないわけです。何とか1年後に「日本海学」をつくらなければいけないのです。

2.日本海学の誕生

 今財務省に行っています、当時企画部理事をなさっていた中井徳太郎さんから、ブローデルという人が書いた『地中海』という本の日本語訳が出たと言われました。日本海学と地中海か、おもしろいなと思って読んでみました。書き出しがよくて、「私は地中海をこよなく愛している。私にとっては青春時代を過ぎてまでも地中海に研究を捧げることは喜びであった」と、青春の代償としてというのもすごいのですが、これが5冊あるのです。地中海のことが事細かに書いてあります。やはり好きでないと書けないと思います。
 ブローデルは歴史学者ですけれども、歴史を3つに分けています。1つは、ほとんど動かない歴史で、自然環境みたいなものです。もう1つは、緩慢なリズムを持つ歴史で、時代の潮流みたいなものです。それと伝統的な歴史で、私たちが世界史や日本史で学んでいる出来事の歴史です。潮流から生じたさざ波といった歴史です。
 これは本当に細かに書いてあるものですから、読みにくいのです。小説を読むようなわけにはいかなくて結構しんどい。「良薬口に苦し」と言いますが、やはりいいものは飲み込むまでにしんどくて時間がかかりました。ですが、これは薬だと思って読んでみました。しかし、思っている「日本海学」のイメージではないのです。歴史ではないのだと思っていたのです。
 あるとき、歴史家の網野善彦さんから、「この地図(逆さ地図)を講演で使うから100枚ください」と言われたのです。私はそのころあまり勉強していなかったものですから、網野先生の名前も知りませんで、何をしている人かなと思っていました。新聞で網野先生の記事などを読んで、すごい歴史学者だとそのときわかったのです。そうしているときに、講談社から出ている『日本とは何か』という本ですけれども、その第1回目を網野先生が書いておられました。そこにこの「逆さ地図」が載っていました。
 ここに富山市の紹介がしてありまして、「富山市は、環日本海文化に早くから着目し大きなシンポジウムをたびたび開催するなど、熱心に日本海を通じての諸国間の交流を追求している」と書いてあります。この地図のことも書いてありまして、日本国が海を国境として他の地域から隔てられた孤立した島国であるという、日本人に広く浸透した日本像が全くの思い込みでしかない虚像であることがだれの目にも明らかだと言っているわけです。
 次がポイントですけれども、ブローデルが地中海を見事に描いたような仕事が、これらの内海(ベーリング海、オホーツク海、日本海、東シナ海、南シナ海)についても推し進められなければならないと書いてある。これはバルト海でも一緒です。バルト海でも地中海でもカリブ海でも、海はみんなつながっていますから、そういう研究が進めば地球になります。それで、「あっ」と思いました。新しいことが生まれるというときはこんなものかなと思いますけれども、網野先生が言っているように、地中海について書かれたように日本海について何か描くことができないかなという衝動にかられました。そうしたら、朝倉書店というところから『文明と環境』という本が出ていることを知りました。これはたまたま見つかったのです。部下に「海についてのいい本がないか調べてほしい」と言ったら、『海と文明』という本がありますと言うので、買って読んでみました。海を通じた交流がいろいろな先生方によって書かれていました。全部で15巻あるのですが、その第8巻でした。これは梅沢猛先生、伊東俊太郎先生、安田喜憲先生の総監修になるもので、地球、森、海、宗教、都市、農耕など、文明との関係について日本を代表する学者の方々がわかりやすく説いておられました。
 この刊行の言葉に、「環境の問題は決して自然科学だけの問題ではなく、実は文明の問題でもあり、人文科学の問題でもある。そして環境破壊という21世紀の最大問題を解決するには、どうしても自然科学者と人文科学者の密接な連携が必要だ。それは新しい文明をつくる」と書いてあったわけです。これを見たとき、総合学としての日本海学というのはできるな、これはやらなければいけないと思ったわけです。そういう経緯をたどって発想していますので、朝倉書店から出している『文明と環境』という論文をベースにしまして、ブローデルの歴史のとらえ方、あるいは日本海との関係性といった観点に立ちまして、ほかのすぐれた論文も取り入れて新しい文明を模索するという形で構築をしております。

3.キーワードは環境、共生、日本海

 それでは、日本海学とは何なのか。日本海学の基本的視点は「循環」「共生」「日本海」の3つです。キーワードというのは大体3つです。循環といっても、これは2文字ですけれどもすごい意味があって、物質循環もあるし、魂の循環とか時間の循環とかいろいろなことがあります。共生も自然科学で使う言葉ですけれども、幅の広い言葉です。
 そして4つの分野、「自然環境」「交流」「文化」、それと未来を見つめて「危機と共生」にしました。なぜこういうふうにしたか。「学」とつけたからです。「学」とつけたからには、何か体系化しなければいけないわけです。この仕事を始めたときに学者の先生方から、「おまえみたいに大学院も出ていないやつが何生意気なことを言うんだ。おまえは何知っている。学問の世界におまえみたいな素人が土足で入り込むものではない」と、ありとあらゆる差別を受けました。学問というのは本来、人を幸せにするためにあるものでしょう。特権階級が自分の学位を取るためにあるわけではありません。ほかの人がやっていない分野を一生懸命やって認められたい、それは私に言わせたら学問ではありません。学問というのは人間を幸せにするためにあるものです。だから、私は「学」だとかそんなことはどうでもいいのです。そんなことは全く考えていません。だけれども、「日本海学」というからにはそういう体系を作らなければいけないわけで、それでこういうふうにしたのです。だから、学問を目指そうとか、アカデミックなものにしたいとか、そんな考えは一切ありません。あるのは、国際理解の基盤を作りたいということだけです。
 ブローデルの『地中海』を読んで思うのですが、私たちは地中海のことをよく知っています。ギリシャ、ローマ、フランス、ドイツはこうだったと、よく知っています。私は世界史が一番の得意科目でしたから、例えばフランス革命なんかも、テルミドール9日からブリュメール18日までジャコバン党がどうして、それからナポレオンが独裁政治をとるまで毎日何が起こったか全部岩波新書で読んでいました。だから、ヨーロッパのことはほとんど知っています。だから、旅行に行くのもやはりヨーロッパです。
 ある人が書いていましたが、「ギリシャの光は物の形態、色を微分する。微分されたものが積分されたときにモネの『睡蓮』ができ上がったのだ」と。感動しましたね。一回ギリシャへ行きたいなと思いました。だから、新婚旅行はギリシャへ行ってきました。でも、時期が悪くて晩秋でしたから、そんなに明るくありませんでした。でも、カクテル光線みたいな光でした。
 初めて海外旅行へ行ったのもローマからバルセロナまで、地中海沿岸をずっと鉄道で回りました。サンレモ、ニース、コートダジュールと、大体の歴史は知っています。地中海性気候はこうだということもみんな知っています。列車で行くと、国境でカーテンが変わるのです。イタリアではオレンジで明るい色で、フランスへ入ったらピンク系統、スペインに入るとパープルで、乗組員もみんな変わるのです。いいですよね。だから、地中海にはやはりあこがれがあるのです。
 なぜなら、世界史の試験に出るのはヨーロッパです。大学入試で論文型の試験のときは、ヨーロッパを知らないとだめです。言っては何ですが、ここ(日本海周辺)を知っていても点数にはなりません。だから、私は世界史が大好きだったのですが、ここの部分だけ知らないのです。ヨーロッパやアメリカのことはみんな知っています。ですが、日本海のこのあたりはどうだったのかと聞かれたら、全くわかりません。なぜか。明治に日本が近代化したときに東大で西洋史、東洋史、日本史の授業をしていました。西洋史というのはヨーロッパ史です。東洋史というのは中国史のことです。日本史は、ちんまり日本だけでまとめた日本史です。この3つしかありませんでした。
 だから日本との関係性においても、ここがどうなっているか知りません。例えば1000年のころ、日本はどうでしたか、朝鮮半島はどうでしたか、中国はどうでしたかと聞かれても全然わかりません。特に世界史の授業というのは縦割りでやっていますから、1000年の頃の世界はどうかと聞かれてもわかりません。今ならインターネットや、テレビでもやっていますからわかりますが、普通はわかりません。そんな教育を受けてきました。だから、この辺については全く知りません。これでは、民主主義は成立しません。日本海政策といっても、ここのことを知らないで、だれが民主主義でこのプランはいいと判断するのですか。専門家だけです。あの先生は偉いからあの先生の言うとおりにしましょう。北朝鮮のあの先生はいい、あの先生が言うことだったらそうしましょうとなっていくのです。だれも知らないのですから、民主主義ではないですよね。やはり民主主義が成立するくらいの基礎教養がなければいけません。
 そういう民主主義が成立するための基礎的な教養を身につけることは、今からでも遅くはないと思います。だから、昭和20年までは、いろいろ語りたくないことがたくさんありました。明治のときにもっとちゃんと教養をみんなに与えておけば、そんなことにならなかったはずです。しかし、不幸にもそうなってしまいました。不幸にもそうなったから、そのことを知りたくない。だから、いまだにこの辺はあまり知りたくない。知らないから旅行にも行かない。行ったことも見たこともないのに、何か暗いし貧しいのではないかと勝手に思い込んでいるのです。行ってきた人に聞くと、「アムール川なんてすごく広大で心が洗われる風景ですよ」「ウラジオストクはヨーロッパみたいだ」と言われるのですが、私は行ったことがないから全然わからないのです。だから、そういうことを積み重ねていって、日本というのはどういう国で、こことはどういう関係なのかということを知っていなければならないと思います。
 先ほど『文明と環境』という講座との出会いが「日本海学」を始めたきっかけだと言いました。その決定的な要因となったのが、「人間が地球環境の危機に直面した現在、求められている新たな歴史観とは、宇宙も地球も周期的に変動するように、広大な宇宙空間の中の1個の生命体の人間がつくり出した歴史や文明もまた周期的に変動するという歴史観なのではないだろうか。そして、人間という1個の生命体とそれがつくり出した文明は、地球を支配し、宇宙を支配できるような巨大な存在ではなく、しょせん宇宙的・地球的リズムに支配され続ける1つのちっぽけなものにすぎないのではないかという世界観が必要なのではないだろうか。おのれの小ささを認識することによって、初めて全体と相互の有機的連関がみえ、自然との共生の大切さが認識されうるのである」と言っています。この文章を読んだときに、こんなことを考えている人がいるのかと震えました。私たちは勉強してきましたよ。いい偏差値をとって、いい大学へ行って、いい就職口を見つけたい。何でも知っていたら女の子にもてるのではないかとか、こんなことはみんな自分のためです。何のために勉強しているのか、目的は全くなしです。ナンパの材料にすればそれでいいみたいな、そんな感じです。だけど、この文章が言っているのはそんなことではないのです。

4.宇宙の誕生・ビッグバン

 この文章を自分なりに解釈をしてみました。宇宙は今から150億年前、ビッグバンと言われる大爆発によって誕生しました。現在膨張しています。これは、神に最も近い男ケンブリッジ大学のホーキング博士が、『ホーキング、宇宙を語る』で書かれていますが、1点から生じたのです。これはアインシュタインの一般相対性理論、宇宙ビッグバン特異点の1点です。密度が無限大、時空歪曲率が無限大、これはあり得ないと思います。特異点では一般相対性理論も他のすべての物理法則も破綻してしまう。特異点の定理は、時間の始まりが無限大の密度と無限大の時空歪曲率によって生じた特異点だったのではないかというものです。ホーキング博士はあきらめていません。統一理論ということで宇宙の始まりを解明しようとしています。ぜひ解明してほしいですよね。何で存在しているか不思議です。宗教が生まれて、哲学が生まれて、文学が生まれて、不思議でしようがないです。とてつもない変なところから宇宙が誕生して膨張しているわけです。今は真空のエネルギーがあって膨張し続けるというのが一般的らしいのですが、そうなると星がどんどん離れてしまってひとりぼっちになってしまいます。さびしいですよね、収縮してもらったほうがいい、どうなるかわかりません。
 私たちは、そういう不思議の中に存在しています。私たちが存在している地球は、太陽の周りをぐるぐる回っています。これは宇宙の摂理です。永劫循環的な周期的な神秘的なリズムが生み出されています。
 地球の軌道要素とありますけれども、私はこれを見たとき、太陽の周りを完全に楕円で一定の法則で動いているのだと思いました。でも、この前小泉先生に聞いたら、丸になったり楕円になったりするそうです。地軸もちょっと傾いて、周期的に傾きが変わるそうです。軸も振り子のように変わるそうで、それも周期的に動いているそうです。これを総合したのがミランコビッチ周期というのですが、太陽の黒点数なども11年の周期で多くなったり少なくなったりしています。だから、太陽の光が周期的にたくさん来たり、少ししか来なかったりするわけです。
 バイオリズムというのがありますが、生物というのはそれに影響されています。地球はこういう楕円形なので、10万年周期で氷河期になったり暖かくなったりします。これはもちろん地球の軌道要素だけではありません。地球の表面の7割を占める海の影響が多いのです。
 ブローデルは、ほとんど動かない歴史ということで自然環境のことを挙げていますが、自然環境というのはダイナミックに変動するのです。そういう考えを持たなければいけません。
 これは人間の力ではどうにもなりません。「たそがれ清兵衛」という映画がありました。主題曲は井上陽水で「決められたリズム」ですが、これはまさに決められたリズムなのです。この決められたリズムに従って私たちは生きています。
 「日本海学」は、こういう自らの生存の意味をダイナミックに変化する日本海及び環日本海地域との関係性によってとらえる、そういうアプローチをとります。だから、言ってみれば日本海関係論といいますか、すべてが変動関数なのだという考え方をとります。

5.「逆さ地図」では富山が日本の中心

 そこで、「逆さ地図」を見てください。どうしてこういうものができたかということを言っておきたいと思います。『芸術新潮』の1986年の1月号に、作家の五木寛之さんと、当時の京都府立大学教授・門脇禎二さんの対談記事が載っています。そこで五木さんは、「前に『戒厳令の夜』という小説を書いたときに、地図の写真を逆さまに描いてみました。すると、海と陸地がひっくり返って出てくるのでおもしろかったですよ。そこで、海を1つの文化圏として日本海を中心にシベリア、沿海州、朝鮮半島をひっくるめての北海共和国というものを考えたのです。結局、海を自分たちの圏内と考えると、ウラジオストクへ行くのも、上海へ行くのも、釜山に行くのも、自分たちの国内の往来感覚なのです」と言っておられました。
 この記事を読まれたかどうかわかりませんが、中沖知事と当時の日本テレビ社長の小林與三次さんが対談したときに、「日本海沿岸はかつて大陸からの文化が入ってくる表玄関でした。発想の転換が必要です。地図を逆さまにしたら、富山が日本の中心です」という話になって意気投合したということでした。これがきっかけで、国土地理院長がたまたま魚津出身の杉山さんという方で、こういう偶然が重なってこの地図ができているわけです。
 この地図を見ますと、日本海というのは琵琶湖のように見えませんか。日本列島と大陸がつながっているように見えるのです。一つの連環をなしています。これを見ると、国という概念があいまいになってきます。実は「日本海学」を考えたときに、この本にも毛利衛さんのことが書いてありますが、私が文章を書かなければいけないタイムリミットぎりぎりのときに、テレビを見ていて、たまたまエンデバーからの映像が来て沿海州を映していたのです。北朝鮮とロシアの国境の方を映していたのですが、鳥が飛んだように見えたのです。見えるはずがないのですが、追い詰められているから、そんなふうに見えたのです。鳥は自由に行けるのに、何で人間は行けないのだろうか。おかしいではないかと、それがきっかけになって一気に「日本海学の提唱」という文章を書き上げました。頭がサーチモードになっていますから、苦しくて苦しくてしようがなくて書かざるを得ない。そういうきっかけがあると書くということです。
 実は、日本海の海水準は120メートルも変動しているのです。これはよく言われるように、大陸と陸続きだったり、そんな話は簡単ではないのですが、白い部分がつながっていますから、やっぱりきていたのでしょうね。津軽海峡は水路みたいになっていたらしいです。凍ったら来れるのです。これは1つのロマンがあります。
 次に、大陸から見ると、日本というのは南の島なのです。ハワイみたいなものです。私どもは北の冷たい海だと思っていますけれども、南の暖かい海です。黒潮がこう上がってきて、対馬暖流がこう入ってきて日本海側へ北上していく。そしてまたシベリア大陸に沿ってリマン海流がこう戻ってくる、こういうふうに循環しています。こういう海流の循環というのは、日本海だけの問題ではありません。これは世界の海洋大循環の図ですが、大西洋、インド洋、太平洋、世界中の海洋で同じことが起こっています。コンベアベルトという流れにつながっています。流れの出発点は、北大西洋北部グリーンランド、メキシコ湾流によって運ばれた高い塩分の海水が冬に冷却されて、密度が重くなって沈み込んでいって、沈み込んだのがまた周りの海水と混ざり込んで上がってきます。そして大西洋を南下して南極のウェッデル海で沈み込んだ低層水と交じってインド洋、太平洋を北上しながら上昇していく。そして北太平洋からインド洋表層を経由して、最終的に大西洋に戻ってくるという流れです。このスケールは大体どれぐらいかというと、2000年で1回です。この循環系が地球の気候そのものを支配しているという見方もされます。
 日本海は太平洋から切り離されています。でもこれは独自のコンベアベルトを持っています。その時間スケールはどれだけかというと、大体100年から200年に1回です。ということは、日本海というのは全海洋のミニチュア版ということです。だから、日本海を研究すれば全海洋がどうなるかが予測可能になってくると言われています。
 ちょっと情緒的な話をしますと、暖かい日本海、冬は北極圏から極気団が来て、私たちを厳しい寒波から守ってくれるわけです。雪が降りますが、これは水資源になっています。水がなければ生活できません。木の芽なんかは、雪の布団の中でやさしく育てられます。四季のある美しい日本の姿というのは、こういう自然の営みに支えられていると言っていいかと思います。そういうロマンを皆さんに持ってほしいのです。

6.今起きている異変

 ここで、日本海で今起きている異変についてちょっとお話ししたいと思います。10万年周期で氷河期と間氷期が繰り返してきます。今は寒冷期の時期です。地球軌道上もそうです。だから、対馬暖流は弱くなっています。にもかかわらず、今温暖化しています。これは人間活動のせいです。周期が乱れているのです。当たり前の姿になっていません。今年も異常気象でした。世界的な異常気象というのは、このリズムを乱すところから起きています。だから、ツケを払わされているから、これからまたずっと起こっていくでしょう。もしもこれ以上どんどん気温が上がっていけば、120メートルも変動しますので、どんどん海になってしまって大変なことになります。植生にも十分影響が出るということを考えていかなければいけません。
 今度は立体的に見てみましょう。バケツのようになっていますが、入り口は浅くて出口も浅くて、ずっと深くなっています。先ほどリマン海流が南下すると言いましたが、冬シベリアで冷却されて、また塩分濃度が増加して密度を高めて沈み込んでいくと。前はバケツの底までぐるっと回っていたのですが、今は大体こんな感じ(表面だけ)です。ということは、底に酸素が行かないですから、無酸素化が心配をされているという問題があります。
 横に縦縞のグラフがありますが、どう変化したかというのを海底堆積物が記録しているのです。1989年、国際深海掘削計画ODPの掘削船ジョイデス・レゾリューション号が、海底の下900メートルに穴をあけて堆積物のコアを採りました。堆積物というのは古いものから順番に上がってきます。だから、深く掘れば掘るほど昔にさかのぼれるわけです。結果、こういう黒白模様ができます。どういうことかというと、対馬暖流がこう入ると塩分が濃いのです。こっちから生活雑排水を含んだ塩分濃度の低いものが入ってきます。酸素はこっちが少ないですが、こっちは酸素が豊富です。それが周期的に変動します。だから、酸化的な環境になったり還元的な環境になったりします。それをこの図は示しています。
 花粉分析もそうです。例えば1万年前、その当時どんな植物が生えていたかは、花粉をとればわかるのです。
 松井孝典という東大の教授が、科学というのはビッグバンの歴史をたどっているのだと言っていましたが、まさにそうなのでしょう。歴史がずっとあって、これを人が解明しようとしているのではないかと思うわけです。

7.世界史の中の日本海

 ちょっと理科系の話が続きましたので、今度は文科系の話をします。
 最近、海のシルクロードということをよく聞きます。これは、海をつなぐ東西交流の大動脈に与えられたものです。陸のシルクロードは皆さんご存じだと思いますが、海にも、エジプト、メソポタミア、インダスというところと交流していたわけですから、それを中継したペルシャ湾岸とかアラビア半島などの中間地点の文化圏が存在しています。だから、はるか古代から西アジアの海上交易が存在していたわけです。日本海は大陸のふちの小さいものです。だから、航海術とか大層なものはそんなに要らないので来られるわけです。でも、全然知られていません。そんな目で見てこなかったからです。地中海は、イスラム、キリストの相剋の場です。インド・ヨーロピアン部族とセム・ハム系の部族が行ったり来たりして大変動をしていました。ギリシャ、ローマ、ヨーロッパだ、そんな単純な話ではなくて、いろいろな文化圏、文明圏が交流して躍動的なところです。ここもそうでないといけないのですが、だれもそんなことを言わないから、そんな目で見ないからだれにもわかりませんでした。科学というのはそうでしょう。だれかが仮説を立てて調べないと結果は出ません。そういう目で見ないから、何にもわからなかったのです。
 一例を挙げましょう。天神さんはご存じですよね。この前、私は休暇をとって九州へ遊びに行ってきましたけれども、福岡へ行ったら繁華街が天神です。天神は菅原道真です。学問の神様、受験の神様です。私は遊びほうけてきましたが、実は息子が大学受験を控えていて、はっと思って太宰府へ行って絵馬を書いてきました。帰ってきたら、「御苦労さまでした」と言われて、女房からの点数は高かったです。やっぱりそういうことなのです。菅原道真というのはやはり効果があるのだなと思いました。
 でも、彼のことを皆さんはどれくらい知っていますか。教科書を見たら、遣唐使の廃止を提言したとか、宇多天皇に重用されて右大臣まで上がったけれども、藤原摂関家の恨みをかって太宰府に流されたという話です。その後、天変地異とか疫病とかいろんなものがありましたが、これは寒冷期で天気が悪いものですから、それがこういう話になっているのですが、怨霊の仕業だということで、藤原摂関家がそれを怖れて神様に仕立てて現在の天満宮になったということです。
 菅原道真が渤海へ行ったときに接待役であったという事実を知っている方はどれだけいらっしゃるでしょうか。
 渤海というのは大きくて、中国東北部、沿海州、朝鮮半島北部、すごく広いところを支配しています。唐の文化を吸収して文化国家として繁栄しています。ちょうどこの頃は温暖期です。ヨーロッパではバイキングが活躍していました。日本も浮かれていまして、白鳳・天平時代で、文化が花咲いています。暖かいときというのはそうなのです。
 実は200年以上にわたって渤海から使節が来て、日本の古代文化に随分影響を与えています。渤海使が日本に来るときは、秋から冬の北西の季節風を利用してやってきます。帰るときは、太平洋からの南よりの風に乗って日本海を帆走航海します。当時の船とか帆という装備でどうやって渡ってきたのか、ちょっと疑問があるのですが、ほとんどの渤海使は遭難もせず日本に到着しています。定期航路があるようなものです。
 こんな事実があるのに、山川出版の高校世界史Bという教科書を見ますと、「中国東北部では高句麗が滅んだ後渤海が興り、唐の文化を盛んに取り入れ、日本とも通交した」と、こんな程度です。ここは試験にも出ませんからほとんど無視しています。歴史教育の中でこの大きい国が無視されているのです。おかしいと思いませんか。無視されるのはなぜか、言いたくありません。だけども、無視をされていました。ヨーロッパならバンバン言うのでしょうが、この辺はあまり言いたくありません。
 菅原道真が渤海国の裴テイ(ハイテイ)という大使を迎えたときに、100年の友達のように酒を酌み交わして、月をめでて歌をつくっています。酔いが回れば襟を開いて帯を解いて、果てには衣服を脱いでお互いに交歓します。それを種に詩を応酬して3日3晩飲み続けるということをやっています。そういう人間の生身の姿というのは一切闇の中に葬り去られています。
 北朝鮮に「喜び組」というのがありますが、うそか本当かわかりませんが、こういうふうに書いてあります。宮中接待の場というのは、「喜び組」のようなダンシングチームが舞い踊りまして、初めはちゃんとした渤海楽とか雅楽とかいろいろやっているわけです。酒が入ると男はみんなそうですけれども、ディスコさながらだったと書いてあるわけです。歌姫が贈り物になって渤海に贈られて、渤海からまた唐に贈られていったと書いてあるわけです。本当かうそかわかりません。渤海が勝手にやったのかもしれません。だけど、研究者がいないからわからないのです。やはり研究してみないとわかりません。比較研究しないといけません。そういうおもしろおかしく伝えられていることはたくさんあります。だから、本当は研究者がここに目をつけていろいろなことを学ぶ必要があるのではないかと思います。

8.環日本海地域の自然環境と思想・宗教

 皆さんの中で、『森林の思考、砂漠の思考』という本を読まれた方がいらっしゃいますか。昭和53年、NHKブックスから出ている本で、鈴木秀夫先生が書かれた本です。ちょっと手に取って読んだのですが、当時はそんなものかなと思っていましたけれども、日本海学を始めてもう一回読んでみましたら、感動しました。簡単に言えば、「星しか見えない茫漠たる砂漠に立つと一神教の思想が生まれる。生命が周りにいてぐるぐるうごめいている森の中にいると多神教の思想が生まれる」というのです。確かにそうかもしれません。一神教というのは、砂漠の中で星しか見えないところで、あれが神様だと言っていますよね。なるほどなと思います。ユダヤもそうですし、イスラムもそうです。
 環日本海地域を見たときに、どうでしょうか。まだ森林は残っています、豊かな自然環境が富山にも残っています。今の市場経済を支えている西洋近代化、産業化は、ある意味、環境と自然を破壊してきた、人間のために森を切り倒すなどの破壊をしてきました。ヒューマニズム(人道主義)と言われていますが、違うと思います、人間中心主義です。これを突き詰めれば、人の命は何よりも尊い、あとの生物はどうでもいいということです。これは聖書にもそう書いてあります。醜い生物がいて、いい生物があるというふうに書いてあります。だから、宗教の考え方には根底にそれがあるのです。人間というすばらしいものがいて、あとはそのためにあるという発想です。だから西洋の場合、ユダヤ教、キリスト教という宗教と結びついています。人間が自然を征服する、コントロールするのだという発想で近代文明というのは発展をしてきました。
 イギリスのイングリッシュガーデンというのは、格好いいですよね。イギリスというのは昔、森がたくさんありました。それが産業革命で製鉄業が興りました。鉄というのはたくさんの燃料が要りますから、森の木をどんどん切り倒していってみんななくなってしまいました。つまりそれの罪滅ぼしをしているのです。だから、自分の庭を美しくして人間らしい生活をやろうというイングッシュスタイルができています。
 ギリシャはどうでしょう。私行ってきましたけれども、オリーブとブドウが点々とあるのですが、はげ山です。クレタ島にクレタ宮殿というのがありますが、壁画を見ますと、イルカや魚がピチピチと飛んでいるのです。でも今はどうですか。森がありません。森がないと海に栄養分がいかないから魚はいません。だから今、新湊漁協さんなどもよく山へ行って植林していますよね。全くあれは正しい発想で、森と海というのは連関しているわけです。いい森がないと、富山のようにいい魚はないわけです。富山というのは、自然環境が豊かだからおいしいものが享受できるという構造になっているわけです。
 それで、「成長の限界」という状況になってきました。だから、ヒューマニズム、人間中心主義は変えていかなければいけないのです。見直さなければいけません。森が太古の昔から残っている環日本海地域というのは、数少ない「森の文明」というものを主張し得る地域ではないかと思います。自然との関係において、一神教的な神と1対1で対峙した人間が自然を克服していく、地球を開拓していく、そういうものではないでしょう。自然を畏怖する、自然そのものは神なのだといった自然観を太古の昔から備えてきていると言っていいのではないでしょうか。
 だから、多神教的にいろいろなものを受け入れる柔構造の精神構造を私たちは持っている。この地域の人たちが持っている。日本にはアイヌもいますし、いろいろな先住民族もたくさんいます。これだけ先住民族、いろいろな部族がいるというのは世界でも珍しいでしょうね。先住民族の宝庫と言ってもいいのではないかと思います。これらの自然を神として畏怖する。だから、アイヌなんかもそうですが、これだけは人間のもの、これはクマのもの、これはほかの動物のものと分けていますので、絶対に全部食べません。必ず残しておきます。次のためにちゃんと種も残しておいて循環させています。これが必要なのでしょうね。そのように、自然を神として畏怖する自然観を持った先住民族が森において棲み分けをしてきた、これが環日本海地域だと言えるのではないでしょうか。
だから、21世紀の地球で文明の衝突を回避して民族間の平和を実現するためには、地球環境と共生するライフスタイルを実現するため、このパラダイムのヒントが環日本海の民族の文化には存在していると確信しています。

9.日本人の自然観

 それで、日本人の自然観についてと書きましたが、最澄の「天台本覚論」というのがあります。「山川草木国土悉皆成仏」、こちらも真宗王国ですが、悪人でも、山でも川でも草木でも、みんな成仏するのだという考えを持っています。
 西行の短歌に「何事のおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」というのがあります。これは調べていませんけれども、多分伊勢神宮だと思います。神社などへ行って、あるいは村で大切にしているところで、「何事のおはしますかは知らねども…」、何かがいるのです、それを怖れているのです。昔は悪いことをすると「御天道様が見ている」と言いましたが、最近はこういうことを言う人がいなくなったから世の中がむちゃくちゃになっていますけれども、これは日本人だったらわかると思います。こういうふうに自然をとらえてきたのです。
 去年、東京で日本海学のシンポジウムをやりました。木崎さと子さんも、「この地域は共通した神話を持っている。ヨーロッパとも違う、アメリカとも違う。ここには1つの共通する神話がある。神話を共有している地域だ」と言っておられました。わかりますね、そんな感じがします。
 こういう話をすると力が入り過ぎるので、話を変えます。そういう人間と自然が一体になった、生態系を共有しているという考え方を提起していたのがレイチェル・カーソンで、1962年『沈黙の春』という書物でした。それまでは海に汚い物を流してもすぐ希釈してくれる、海は大きいのだからすぐよくなると思っていました。ところが、殺虫剤、DDTなどの有害な化学物質が自然界で食物連鎖を通じて濃縮されて、生態系をめぐって食品とか水を汚染して人間にまで影響を及ぼしてくるという事実が説得性を持って描き出されていました。衝撃を与えましたよね。そんなことは思ってもみませんでしたが、そういうこともあります。
 次に、世界の科学者、経済学者などで組織するローマクラブというのがあります。ここが、1972年に「成長の限界」というレポートを出しています。そこで描き出された地球の将来予測は、現在の人口、汚染、工業化、食料生産、資源消費の傾向がこのまま続けば、100年以内に地球は成長の限界に達して、人口や工業生産の制御不能な崩壊が起きるというものでした。これを回避するには、人口、生態系、経済を安定させて、地球的な均衡をつくり上げ、持続可能な社会をつくるしかないという成長の抑制を結論づけています。この「成長の限界」が1972年の時点で予測した西暦2000年までのシナリオで、ほぼ的を射ています。人口なんかもぴったりきていますので、証明されています。現在、人類活動に伴う地球へのさまざまな負荷の幾何級数的な増大が予測どおり現実問題となってきています。この報告書は単なる警告ではありません。警告にとどまっていなくて、悲痛な叫びなのです。取り返しのつかない破滅的事態が現実的に到来するということを深刻に感じさせるものになっています。こうなってきますと、哲学をもう一回やってみないといけないのではないか。人類とは何なのか、文明とは一体何か、生命とは一体何か、地球とは一体何なのか、そういう根源的な問題を考えなければいけない問いかけを私たちにもたらしています。
 はっきり言って、地球は太陽が燃え尽きてしまえば地球も飲み込んで爆発して宇宙のちりになって、また回転をし始めて新しいものができてくると、そういった仕組みでいいのです。だけど、もう少し何とかならないかという話ですね。

10.新たなパラダイムの創出

 今、人口爆発、地球温暖化、森林破壊、環境汚染などグローバルな問題が出てきています。これにどう対応していけばいいのでしょうか。7ページにいろいろな文明が書いてありますけれども、文明というのは、ずっと続いたものがないのです。ローマ文明もパクス・ロマーナとか言っていても、ギリシャのトルコ帝国もすごかったのですが、やはり滅びています。文明の盛衰というのは繰り返してきましたが、必ず原因があるのです。森を切り倒したとか、言い伝えを守らなかったとか、いろいろなことが要因になって、おごり高ぶりが文明の崩壊をもたらしました。
 ローマクラブでは、2020年、2030年ごろ、かつてない事態が現実問題になってくるはずだと言っています。心の準備をしておかないといけないということです。私たちはそれにどう対処していくのか、人間の英知というものを結集しなければなりません。人間の英知、決められたリズムというのは、人間の力ではどうにもなりません。だから、そういう驚異に対してできるだけみんなで結集して対処すべきです。だから、地球全体の循環システムの中での生命と人間の役割を正確に理解していかなけれはいけません。私たちは循環という中でしか生きられないという宿命を忘れてはならないと思うわけです。
 人間の歴史は、技術と英知によってバラ色の未来に向かって限りなく直線的に発展すると、機械論的自然観で人間の王国をつくるのだ(フランシス・ベーコン)と、こういう発想が産業革命を支えてきました。今、どういう状況になっていますか。人間中心主義で自然支配に駆り立てて、自然破壊が加速化しています。その結果、直線的な発展をするという発展史観の先に待っていたのが、バラ色の未来どころか環境破壊、破滅です。今こそ新たなパラダイムを創設しないといけません。現在の地球が抱える問題の根源というものが、陸の論理が優先した産業革命以降の工業化を中心にした人間の営みそのものにあります。だから、地球の存在可能性、生物の存在可能性に危機を生じさせているということである以上、どのように人間の営みのパラダイムというものを、循環と共生、そして海という視点に立って変えることができるのかということがこれから問題になってきます。
 行政などでも縦割りではなくて、学問分野も、学会が1,000以上あるなどどんどん細分化していますが、営みの総体というものを、自然科学、人文科学、社会科学の観点から総合的にとらえ直して、地球と共生できる新しい営みをつくれるのかどうか、これが今求められていると思うのであります。
すなわち、日本海学が森と歴史的遺産が現存する環日本海地域から創出することを目指す21世紀の新たなパラダイム、直線的に発展するという文明観から循環的な文明観、国家中心から地域中心のものの考え方に変えなければいけない。だから人口の一極集中から地域分散、すみ分けへ転換していかなければいけない、そして森の文明の創造と共生の価値観の創出を図ることが必要だということになるわけです。
 あと1つだけ言いたいことがあります。皆さんも孔子は御存じだと思いますけれども、孔子は「六十にして耳順う」、「易」を会得したと言っていますが、「易」という概念はどういうことかというと、「天、地、人」それと「過去、現在、未来」が1つの美しい絨毯のように織りなしてある、その状態が「易」だと言っています。実は「日本海学」を考えたときに会得したいと思ったのは、ブローデルが「地中海をこよなく愛している」と言っていましたように、皆さんにも日本海をこよなく愛してもらいたいのです。そして、自分の存在というものは日本海との関係性においてあるのだということです。私どもはたかだか100年で死んでいきます。この絨毯の中に美しい糸を1本重ねて死んでいく、これが人間の使命ではないかと思うのです。だから、タマネギです。タマネギはいくら皮をむいてもタマネギです。小さなタマネギが歴史を重ねるにつれて大きなタマネギになっていきます。だから私たちの使命というのは、いかに自分で納得できるタマネギの皮を1枚重ねて死んでいくかだと思うのです。
 私はこんなこと言っていますけれども、何にも知らないのです。だから、毎日勉強ですよ。知らないことを勉強するというのはすごく楽しくて、毎日が感動です。いろいろな新しい人とどんどん知り合いになれます。だから、皆さんもぜひ今日の講義を機会に、いろいろなことに興味を持って、日本海について皆さん知っているわけはないのだから。私も「日本海学」をやる前は、日本海の呼称問題があるのも知りませんでした。韓国が東海だと言っているのも全然知りませんでした。私は3冊の本を出していますけれども、知らないことはたくさんあります。だから、知らなければいけません。
 初めに申しましたけれども、民主主義を、環日本海地域をデザインできる人材をつくり出してください。多分こういう共生社会というものは、近未来の歴史のプログラムに設定してあるのだろうと確信してこんなことをやっております。最後に皆さんには日本海をこよなく愛していただきたい。