大学等連携事業

富山県立大学秋季公開講座 「日本海学推進のストラテジー」


本講演録は、日本海学推進機構事務局の責任で取りまとめたものです。
講師のご好意により、ここに掲載させていただきます。

平成15年度 富山県立大学
秋季公開講座
2003年10月18日
富山県立大学

講師 小泉格
北海道大学名誉教授

1.はじめに

 本日は、「日本海学」を推進するためのストラテジーに関するお話しをします。
 ストラテジーというのは戦略のことで、「日本海学」というプロジェクトをどのようにして発展させていくかということです。野球でも監督がどのようにしてチーム全体を動かしていくか作戦をたてます。それと同じです。「日本海学」を推進していくために、どういう政策を立てていくか。私は、最終的には行政としてさまざまな形で市民や県民の皆さんにお返ししていかなければいけないと思います。それを受け取る市民や県民の皆さんは向上しようとする意識を持たなければ、このすばらしいプロジェクトを生かすことはできません。
 地域社会において、非常に大事なことの1つは経済です。経済というのはお金です。毎日の暮らしぶりです。もう1つは社会(状況)です。社会と経済は入れ物ですが、問題はその中にいる人間です。それは社会を構成するメンバーだからです。政治がこの3つを合わせて統治するのですから、政治のための政治ではなくて、人間とその集団である社会のための政治でなければならないのです。
 県(の大きさ、規模)は国より小さいですから、社会状況の変化に対応した政策を実施できるはずですが、日本は欧米より遅れて近代社会となりましたから、本当の意味での民主主義がまだ育っていません。自分たちの問題は自分たちで相談し合意しながら解決していくという現場主義(ボトム・アップ)の考え方、態度と取り組みであって、政府の政策によって動く上意下達トッブ・ダウン)の社会ではないはずです。現在の日本はこのような社会状況になっているでしょうか。たとえば地域の環境問題や社会基本整備の進め方1つをとってみても、それらの問題解決に地域市民が参加した地域社会をつくっていこうとする意識は残念ながらまだ低いといわざるをえません。これらはみんな一人一人の問題です。
 日本海学とは何か、一部の限られた人が学問的に展開しているような雰囲気があって、立ち上げてから3年目になるのですが、私には非常に歯がゆいのです。もうそろそろ政策としてできることを実施し、皆さんに見える形にしていかなければいけないのに、ちっとも見えていないのではないかと。絵空事で、絵に描いた餅でしかない、言うだけで何もやっていないではないかと。そういう思いから、これから先、どうするのかという危惧の念から問題提起をしたいのです。

2.日本海リバイバル

 テキストの表紙がたいへん良くできておりますので、図1のように加筆してここに収録しました。図の真中にある「逆さ地図」は、わが国の経済発展に連動して政治・経済の中枢が内海の日本海から外海の太平洋へと拡張し、移動していったことを思い起こさせます。江戸時代以前には日本海沿岸の陸路を中心とした交通が栄え、江戸時代には港ごとに寄港しながら北海道や東北日本の海産物を関西に運んでいた北前船を代表とする日本海海運業が盛んでしたが、明治時代の交通近代化政策によって衰退していったのです。いつの時代もそうでしたが、国家戦略というものは大きいほうへ大きいほうへと拡大・膨張するようで、今のグローバリゼーションと同様の拡大指向ですね。
 市場経済や通信情報のグローバル化が進めば進ほど、かえって私たち一人ひとりの思いは地域の差異に向かい、独自性をもった地域社会への帰属を願う一種の回帰現象が芽生え、生まれ育った土地景観への愛着や独自の文化と伝統を守ろうとする歴史感覚がフランスを始めとして世界的に目覚めつつあるようです。
 私たち日本海側に住んでいる者、あるいは日本海を自分の原風景とする者も、昔の豊かで幸せであった日本海にもう一度戻したい、戻さなければならないのではないかという思いが、同時進行的に高まりつつあるようで、これを「日本海リバイバル」と呼ぶことができましょう。これはルネッサンスという人もいますが、ルネッサンスというのは美術とか文芸の復興を意味する場合が多いのに対し、リバイバルというのはサバイバルと語源的に同じで、復活という意味合いが強く「日本海リバイバル」のほうが生き残りという強い意志が感じられ適切であると思います。
 表紙のすばらしさは、「逆さ地図」を縁取る外形を球形の地球とした上で、その周囲を糸魚川でとれるヒスイの玉の首飾りで取り囲ませることにより、ヒスイの玉は地球となり、「逆さ地図」を抱く地球が太陽となって、昇華する感覚(センス)の良さです。首飾りは地球の公転軌道を表しておりますね。「日本海学]のキーワードは、循環・共生・日本海です。

3.「日本海学」の提唱

 富山県による「日本海学」は、「環日本海交流圈」構想や「日本海国土軸」構想などと時期が重なりあい一体感のあるすばらしいプロジェクトなのですが、これが提唱している「21世紀における環日本海地域の持続的な発展]という視点は、しばしば、日本・韓国の高い技術力と資本力、中国の世界最大の人口、ロシア・シベリアの豊かな天然資源である原油と木材などを使えば、環日本海地域は自動的に発展していく、あるいは豊かになっていけるというような結論を引き出しがちです。
 ところが、現況は刻々と変化しますので、現状を把握することが非常に大事です。日本と韓国の技術力と資本力と言いますが、日本のほうが両方とも圧倒的にあります。韓国が日本を追い上げてきているのでずから、・この項目では日本がリーダーシップを自覚しなければなりません。
 中国は世界最大の人口がありますので、日本企業は安い人件費を計算して設備投資をします。中国政府も日本企業を誘致して経済効果を生み出すと同時に、日本企業の技術力を習得しようとしております。中国へ進出する前に、日本企業は東南アジアで工場や会社を展開しでおりました。中国がいずれ自力をつけて人件費が高くなったらどうするのでしょうか。キャノンの御手洗社長は、「中国で生産したものは中国で売る、中国が市場だ」と言っております。現地生産、現地売却の販売戦略は結構なことですが、みんな出かけていって空白になった国内はどうなるのでしょうか?苦しくても日本の産業は付加価値をつける企業努力をする必要があると思いますが。
 ロシア・シベリアに豊かな天然資源があると言いますが、困難な問題があります,一つには、国家による資源統制が機能しておりません。 1991年のペレストロイカ後のハイパーインフレーションの結果、1992年以降は民間が資源輸出の主導権をにぎっております,二つには、国家体制が崩れたために生産体制が崩壊しました。ロシアの生産体制は軍事体制と一体でした。国家体制でミサイルや航空機、原子力潜水艦などの兵器をつくっていたのですが、それらが全部崩壊してしまいました。川下の産業が全部つぶれてしまったので、川上の資源を持ち出せなくなっています。道路や鉄道をつくったらいいではないかと言うが、今は環境問題があるので、勝手に日本企業が行って道路をつくったりすることはできません。三つには、市場経済が導入されて個人企業が増え、やくざ(ロシアンマフィア)絡みの個人企業が違法採取と違法持ち出し(密輸)を行うようになりましたので、政府は取り締まりを非常に強化しました。そのために、輸出大業が非常にやりづらくなったと言われております。
 経済的発展のために越えなければならないこれらの問題解決のためには、現地の現状調査と将来予測に基づいた長期的なビジョンを提示する必要があります。現地調査には言葉の障壁があり、ロシア語や中国語、英語ができないといけない。それから経済に明るい人、極東の政治に明るい人、そういう人びとを雇用しなければなりません。

4.「日本海学」は学際的国際地域学である

 「日本海学」では、日本海学推進機構が「21世紀に環日本海地域か持続的に発展するための総合的な研究をして政策を提言」しますので、それを受け取る県が政策の一部として実務に生かすことが期待されます。
 地域学というのは、東北学、京都学、富山学、土佐学など都道府県単位にたくさんありますが、国際的でしかも海から山まで入っているのは「日本海学」だけです。すばらしい学際的な国際地域 学であります。県側は、部局を横断する総合的な視点で企画調整、統括していく、日本海学行政をやっていかなければなりません。土木課、港湾課、観光課などの各部局から専門家を派出してもらい、従来の縦割り行政組織ではなし得なかった部局横断型の(真の)「日本海学政策課」をつくるわけです。どこの県もそうですけれども、とくに新しい企画は知事のトップダウンで降りてくる話が圧倒的に多いのではないでしょうか。知事あるいは三役と言われる人たぢが政策を決めて実施に移していくという体制です。それを一目も早く改めて、市民や県民の意見が集約されて行政に反映されるボトムアップの体制に基づく民主的な方法を確立する必要があります。そのためには、まず一人ひとりが自分で考えた意見を待つことから始まり、次は相互に意見交換をしあって修正しながら合意に達する努力をすることが人事です。

5.対岸地域との協力が不可欠

 「日本海学」の核心である3つの視点「循環」「共生]「日本海」は、対岸地域との国際的な協力を必要とします。これに応えるためには行政だけでは無理で、民間の協力が不可欠です。行政と民間との仲立ちになっているのが県立大学だと思います。ところが、残念ながら富山県立大学には工学部しかありません。大学では専門家の確保と育成をしなければなりませんが、人文系の分野がないために私たち「人間」に関わる人間学とも言うべき分野の専門家がいないのです。
 21世紀においては、一般市民や県民も何がしかの専門家であることが期待されております。そのための高等教育です。高等教育を受ける機会がなかった人は、生涯学習教育や通信教育で必要な知識を習得することができます。勉強は学校でしかできないわけではありません。今は週末の土日が休みとなり、さらに月に1回の祭日休暇があります。そのときに、公共施設や県立大学、富山大学の図書館や開放講座、市民講座へ行って好きなことを勉強することができます。理論を勉強したい人、実務的な実用学を勉強したい人、いろいろな人がいますから、そういう一般の人々を教える教官や専門家がまず必要です。この積み重ねで専門家を県レベルで育成していくことができればすばらしいことですね。
 環日本海地域に暮らしていることを喜び誇らしく思うような地域を作ることができれば、この喜びを共有できる共同体意識へと拡大することができましょう。
 「日本海学」のキ-ワードである「循環」とは、めぐりめぐってまたもとに返りそれを繰り返すことで、例えば血液循環は、摂取した栄養物や酸素などを体の各部に運び、戻ってくるときに老廃物を体内各部から集めて排泄します。この時、心臓はポンプとして、血管やリンパ管などは運搬器官として働き、循環系器官として機能しております(広辞苑)。「循環」によく似た言葉に「輪廻」という言葉がありますが、「輪廻」というのは梵語で、車輪が回転してきわまりないように、衆生が三界(生死輪廻する三種の世界:欲界・色欲・無色界)六道(善悪の業によっておもむき住む六つの迷界:地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天)に迷いの生死を重ねてとどまることのないこと、すなわち同じことを繰り返すことです(広辞苑)。
 私は年々年を取り、老齢に達して、生きると言うことはどういうことかと私なりに答えを探し続けております。私たちの身体は、蛋白質や水分などの物質からできております。これは犬や猫もみんな一緒で、物質が身体をつくっております。そして身体を動かすためにエネルギーが必要です。この2つが生命体そのものです。身体を使えば負荷がかかって違うものに変化します。身体を構成する物質は変化して廃物になりますし、エネルギーは行動すると廃熱になります。この2つは、言ってみるとごみです。ごみになるということは、エントロピーが増えるという現象です。汚れの係数であるエントロピーは、外側に向かっての流れと内側での循環の流れによって処理されております。食物を食べると養分を吸収したあとの残さは排泄物として外へ排出されますし、空気を吸って二酸化炭素を吐き出しています。水を飲むとおしっこをするという具合に、外への流れとなって処理されます。一方、身体の内部では循環する流れとなっており、循環系器官はすべて非対称の袋状構造になっております。エントロピーが増えてそれを捨てますから、捨てた分を補充する必要があります。私たちの身体はこのような循環系から成り立っております。
 身体の循環と重なりあうのが、よく話される「木一本ブリ千本」という言葉です。山に木を植えることによって海の魚も豊かになるということを知っていて、古来、魚付山とか魚寄山とか呼んで植林を大事にしてきました。河川を通じて陸と海とをつなぐ生態系の「循環」です。最近言われているのは、山に木を植えて森を豊かにするのも結構だけれども、海の中にも森をつくっていこうとする動きです。昆布をたくさん育て、それを人間が全部食べないで多少残しておいて、魚やウニにも提供しようとするのです。
 循環・共生・日本海という3つのキーワードを絡めると、従来の「とる漁業」から「育てる漁業」へ変えていく将来の漁業がみえてきます。そうなると、対象になる魚の生態や生活史を知っておかなければなりません。産卵→稚魚→成魚の完全養殖を目指していかなければならないでしょう。

6.他地域との交流で活性化する

 「日本海学」のテーマとしで、歴史や文化、それらの基底にある自然環境などが考えられておりますので、「日本海学」を展開していく具体的な方策として環日本海地域における環境保全や文化交流、経済交流などが手段となっております。
 日本の文化は、中国本土から朝鮮半島を経由して輸入されましたが、歴史認識の違いから北朝鮮はもちろんのこと、ロシア、中国、韓国とも国交はうまくいっておりません。環日本海地域における地域間の信頼と友好を築き上げているためには、地域間のさまざまな階層における交流を盛んにする必要があります。市民や県民、NPOやNGOなどの重層的な交流を日ごろから実行していかなければなりません。
 これらの交流をくり返すことによって相互に分かりあえ理解し合うことを期待できます。相互認識ができることによって、自分をもう一度振り返って客観的に見直すこともできましょう。自己認識を深めることによって、他者をよりよく理解することもできるようになり、自己と他者をふくむ環日本海地域の共同体としての認識が培われるようになりましょう。そうしたくり返しの手順を踏んで、環日本海地域における共通文化を構築し、共通の理念を確立することができるように努力することが大事であります。
 大人の交流に加えて、小学生や中学生、高校生や大学生などが環日本海地域の歴史と文化、隣人たちを理解するための修学旅行も考えられるでしょう。

7.日本海博物館構想

 「日本海学」の出発点になったのは日本海博物館をつくろうという話ですが、バブル最盛期のころに各都道府県で博物館がたくさん設立されました。日本の博物館設立は、入れ物をつくり、そこへ例えばアメリカで購入した恐竜のレプリカを目玉展示にするというようなやり方が普通でした。日本中どこへ行っても恐竜はあるが、当地で発見されたわけではなく、何の関係もないのです。博物館をつくるのであれば、当地にあるものを中心にして展示しなければ、博物館存在の意味がないと思います。恐竜を見たかったら、ニューヨーク市立の自然史博物館やスミソニアン博物館へ行くほうがいいのです。レプリカはレプリカにすぎませんから。
 日本海博物館(仮称)の設立構想は、地域文化の担い手である皆さんの問題なのです。そこは、地域活性化の場所であることが望ましく、またアメニティースペースでもあるべきです。そこへ行くと、落ち着いて安らかな雰囲気で包まれるような空間を作りたいものです。例えば、欧米の教会へ行くとそういう雰囲気があります。安らいだ気持ちで、自分自身と向き合うように促されるという体験を何度もしました。
 博物館事業によって、地域住民のアイデンティティを高めていく、つまり博物館へ行って当地に住んでいてよかったと、誇らしく思ってもらえるような博物館が必要です。録音された音を聞く、書いてある説明書を読むだけでなく、実物をみてもらうことが非常に大事です。歴史的なもの、暮らしに使ったもの、そういうものはそれ自体が語りかけてくれるからです。
 上から降りてくる与えられる教育ではなくて、その場所で実感した感動と楽しさを共有できる空間が発想を生み出す原点なのです。そこへ何度も足を運びたくなるような空間をつくっていくことが必要です。
 富山県は「ひとづくり」を一つの政策とし財団も設立しておりますことから、「日本海学」の4本柱である自然環境・交流・危機と共生・文化に相当する学科群からなる「日本海学部」を設立する、あるいは「日本海学」博物館(研究センター)を設けて発想を大事にする教育を行えるような人材を育てることが必要です。
 国際社会で活躍できる高度な専門職業人を育成するコース、県内小中学校・高等学校教員や社会人の再教育コース、学芸員の育成コースが必要です。また、県内には既存の公的博物館や美術館がたくさんありますから、それらを吸収合併して附置ないしは付属の博物館とし、博物館の運営体制を一元化すると共に、県内の博物館ネットワークを組織する必要があります。小規模で多様なテーマをかかげる博物館群がネットワークによって全体として統合化されている状態が望ましいと考えます。

8.「日本海学」は専門性と融合性に特化

 「日本海学」は、専門性に裏づけられた国際総合地域学です。ここで大事なことは「専門性」ということです。専門知識のしっかりした基盤をもち、専門知識で説得できる専門家(スペシャリスト)がメンバーとして必要です。それだけではなく、ほかの分野の最近の状況に通じていて、他人の発言内容を自分の専門性を通して理解し、興味を示すこどが一層大事です。したがって、「日本海学」は異質なもの同士を結びつける接着剤の役割も担うことができるでしょう。
 研究や教育の場においても、個別的な学問分野の研究成果を理解していることは最小限度必要で、これをないがしろにしたら専門性がなくなります。それ故に、縦割りの個別研究はもちろん大事ですが、これだけではなく、それぞれの専門外においても成果が生かされ、全く新しい別のものに転化されることを志向する向上心が大事です。
 私の座右の銘の一つは、「タコつぼからるつぼへ」です。タコつぼとは、専門性の中にどっぷりつかり、周りのことが何にも見えない閉塞状態のことです。るつぼとは、金属の溶解に使う器のことで、渾沌とした状態のことで、新しい世界が誕生する可能性を示唆しております。変化を恐れず、絶えず新しい状況へ積極的に挑戦しようという意気込みなのです。
 例えば、バイオテクノロジーというのは生物学をベースとして、化学や物理学の法則や手法を駆使した科学技術のことですが、無視されがちなのは、材料への博物学的な知識です。材料はどういうところにあったのか、いつの時代のものか、どういう環境にあったのか、などの知識が不可欠です。その上に、最先端の技術を導入して分析や合成を行うわけですから、自然科学と科学技術の統合と言ってもよいでしょう。
 もっと大事なことは、シーズ志向からニーズ志向へ変えていかなければいけないということです。研究のための研究ということに傾きがちなシーズ志向に対し、お客さんを優先するのがニーズ志向です。ニーズを知るためには、(市場)調査をしなければならないのですが、これは社会科学や心理学、人文科学の分野に属しますので、そういう分野の専門知識を持った人がそばにいて、絶えず情報交換ができるような状態が必要です。
 このような志向転換を図るためには、創造型の教育を常日頃から行っていなければいけません。そうした教育を学生は期待しておりますし、教官は自主的で創迫力にすぐれた学生を期待しているのですが、現実は残念ながらどちらもこの期待に応えているとは言えません。

9.「エコツーリズム」の勧め

 日本海や環日本海地域の自然と文化を体験する「エコツーリズム」を持続的な政策として実施することを提案します。エコツーリズムの目的は、「日本海学」が提示する地域における自然資源と文化資源を地域内外のお客さんを呼び込むことを企画し、旅行会社に頼らないで自分たち自身で旅行日程や見学場所、解説書を作成することによって、地域アイデンティティを創出すること、自然や歴史と文化の伝統を保全し、さらに新しい共通文化を創造することです。
 例えば、北前船の航路と寄港地をたどりながら、北前船の歴史と寄港地の文化・自然を体験してもらうという企画はどうでしょうか。日本海沿岸の主要地方新聞10社と11府県で組織する「北東アジアプロジェクト」との共同事業として、日程や寄港地での見学内容をガイドブックとして作成する事業なども考えられます。地域の自然資源や文化資源がもっている意義を地域住民が把握し理解した上で、さらに地域住民だけでは気がつかない地域の歴史的存在の意義や科学的な原理を解説することによって、日本海沿岸地域に住んでいる地域共同体としての認識を確立することができ、さらに地域の外の世界と一体になれることを知ることができれば、最高の喜びと誇りになるでしょう。
 さらに、環境省は04年度から3ヵ年のモデル事業として、①原生的な自然との触れ合い、②既存の観光地のエコツーリズム化、③里地・里山での植林、などの実践活動の3類型についての公募をはじめていますので、一部の航路や寄港地において実験的に実施してみてはいかがでしょうか。
 この企画が順調に進めば、次は対岸の韓国や朝鮮民主主義人民共和国、中華人民共和国、ロシア沿海州などの各国まで発展させた「国際エコツーリズム」も政策として可能になりそうです。環日本海地域の国家は、多民族、多言語、多文化国家からなり、多様です。文化だけでなく、経済の発展段階も産業構造も違うので、一つの圏域としてまとまりにくい現実があります。その打開策として、対岸国との共同事業として国際協力体制を確立し、各々の地域が共有できる知識を蓄積し、地域の独自性を形成していくゆるやかな連合意識を地域社会レベルで構築する必要があります。先に述べた「日本海学部」に所属する学生ないしは院生は授業の一環として、エコツーリズムの企画やガイドを実施するのです。

10.「船による町おこし」の再建

 「船による町おこし」は、船の老朽化と、入場者数の落ち込みが関連施設からのテナント撤退という結果になって財政危機に陥っているようです。例えば、北海道桧山支庁江差町では、オランダ式軍艦の「開陽丸」を1990年に復元し、財団法人開陽丸青少年センターが管理運営していますが、船の老朽化と累積赤字が問題になっています。また、函館港に係留してある旧青函連絡船のメモリアルシップ摩周丸も入場者が激減しているようです。当地新湊市の海王丸は、年間事業費の大半を県と市からの補助金に依存していると聞いております。
 これらの財政危機を乗り越えるためには、新事業を企画・実施して再出発するしか道はないのではないでしょうか。町おこしが「日本海学」に連携し、例えばエコツーリズムの用船手配に積極的に協力し、関連施設をネットワークで結ぶ連携体制を組織するということが始まれば、関係省庁や各種財団のバックアップと財政援助をあおがねばならないでしょうが、日本海の科学と文化の普及に貢献することができるでありましょう。

11.渚の砂浜と松林の復元と保全

 環日本海地域と日本海との接点は渚の砂浜と松林であり、「日本海学」の象徴でもあります。しかし、松枯病と砂浜の漂流ゴミは年ごとに増加しております。海浜の砂が失われ、海岸がやせ絹細っていくのを保全するために、国や自治体は開発型事業として消波ブロックや離岸堤をつくってきましたが、これらの構築物が生態系や波の動きを変化させたり、景観を壊し、無機的で安らぎを与えるものとはなっておりません。
 沿岸流や波浪、卓越風など海浜の自然環境を細かく測定・分析して、波が砕ける地点にコンクリート堤を設置し、堤を越えた海水は沖に戻り、堤の内側に砂がたまる「堆砂工法」や屋根瓦のようなブロックを海底に並べ、ブロックの谷部分に発生した渦が砂を岸方向へ移動させる「歪み砂蓮マット工法」の導入や松枯病の松林を回復させるノウハウを相互に伝授しあうなど、「自然再生型公共事業」によって失われた渚の砂浜と海浜の松林を復活させることが必要です。