大学等連携事業

富山県立大学秋季公開講座 「酸性雨の影響」


本講演録は、日本海学推進機構事務局の責任で取りまとめたものです。
講師のご好意により、ここに掲載させていただきます。

平成15年度 富山県立大学
秋季公開講座
2003年11月15日
富山県立大学

講師 川上智規
富山県立大学助教授


1.酸性雨の位置づけ

 地球大気は、地上から、対流圏、成層圏、中間圏、熱圏、外気圏と続く。
 関心の主体は、対流圏で約11kmの厚みがある。
 これは、地球の直径を1億分の1とした、12.7cmの円で表すと、01.mmの幅となり、細い線である。
 地球環境問題としては、普通、9つのものが取り上げられる。
 ①オゾン層の破壊、②地球の温暖化、③酸性雨、④熱帯林の減少、⑤砂漠化、⑥開発途上国の公害問題、⑦野生生物の減少、⑧海洋汚染、⑨有害廃棄物の越境移動
 これらの相互関係を考えると、その原因には、一つには、先進国の高度な経済活動があり、もう一つには開発途上国の人口急増がある。
 酸性雨問題は先進国における化石燃料の大量使用と、開発途上国における環境配慮が不足した無理な工業化に原因があり、解決には双方からの検討が必要である。

 

2.酸性雨の現状

 燃料を燃やすと、二酸化硫黄や二酸化窒素が発生し、これが大気中で硫酸や硝酸に変換された後雨に溶けて、硫酸、硝酸となって降ってくる。
 酸性雨はpHが5.6より低い雨や雪と定義している。蒸留水であっても、空気中の炭酸ガスが溶け込むとpHが5.6となるため、それよりpHが低い場合を酸性雨としたのである。

 pH(ピーエイチ)は、水素イオン指数と呼ばれ、水素イオン濃度の逆数の常用対数(pH=-log〔H〕)で表現する。つまり、Hが10倍になるとpHが1下がる。またH濃度が0.1μmol/lの時、pH=7となる。 硫酸や硝酸が雨に溶けると水が解離してHが増加し、pHが低下し、酸性雨となる。

 小杉などでも、通常の雨は、90%以上が酸性雨である。
 例外としては、黄砂のときに中和されて、酸性雨でなくなる。

 日本の平均値は、pH4.7である。これはHで20μmol/lに相当している。
 ヨーロッパでは、pH4.6でH25μmol/l。
 アメリカの東部で酸性化が進んでおり、pH4.5でH32μmol/l。
 さらにアメリカ北東部では、pH4.3でH50μmol/l。
 pHでは数値としてあまり差がないように見えるが、酸の強さ、すなわちH濃度は差が大きい。
 日本の酸性雨は、アメリカ東部に較べると酸性度は弱い。

 日常、身の回りにあるモノの酸性度は、しょうゆpH4.5、トマトpH4(H100μmol/l)、レモンpH2(H10000μmol/l)などで、酸性雨の酸度度は低い。

 生態系への影響は、沈着量で評価され、これは濃度と降雨量の積である。
   沈着量 = 濃度 X 降雨量
 酸性雨は、酸性度としては低いが、降雨量が大きいため生態系への影響が大きい。
 各地の沈着量を比較すると、降雨量が多い、輪島、立山、小杉などが日本で一番大きく、700eq/ha/年以上である。これは、アメリカ東海岸の600eq/ha/年より、大きい。
 北陸では、雪に含まれる酸が多く、これは、日本海対岸地域に起源するという研究者が多い。

3.酸性雨の影響

①歴史的建造物、彫刻等が溶解する。

 特に、ヨーロッパでは、大理石の彫像などに被害を受けているものが多い。コンクリートでは、融解物がつらら状になり、県立大学の建物でも見ることができる。
 ケルンの大聖堂が黒く見えるのやタージマハルの色がくすんでいるのも酸性雨の影響であるといわれている。スフィンクスも影響を受けているという説があるが、雨が少ない地域であり、真偽のほどは確かめていない。

②森林が枯れる。

 枯れた森林の写真を見る際には、世代交代によるものかどうかは、林床に若木が生えているかどうかで判断できる。
 森林被害は東ヨーロッパにおいて顕著であり、チェコで59%、ポーランドで53%の森林が枯れている。デンマークでは37%まで枯れている。
 日本でも、奥日光等で森林の衰退が報告されている。
 乗鞍岳では、白骨化した木が目立つ。ここでは若木が見られるが、それも枯れ始めている。このため、マイカー規制を今年から始めた。しかし、ちょっと遅かったようである。
 森林の枯損は、葉への直接的ダメージ、土の酸性化による栄養分の溶出、根にとって猛毒となるアルミの溶出等で起こる。

③川や湖沼の酸性化により魚などがいなくなる。

 ヨーロッパでは、スウェーデンで85,000湖のうち9,000、ノルウェー2,000など、魚などがいなくなった湖が非常に多い。カナダでも4,000。
 一般に、pH6程度で魚が住めなくなる。ウナギでも5が限界。6以下になるとミズゴケが繁殖してくる。
 酸性化した湖沼では、生物が少なくなり、水が透明になってくる。
 
 陸水は、通常では、SO4やNO3が増えても、アルカリ度(HCO3-)によってpHが調整されるため、pH7程度で安定し、酸性にはならない。
 これが、HCO3-が200μeq/lを下回り始めると、安定状態から離れ始め、さらに50を割ると急激にpHが低下することとなる。
 このため、陸水の酸性化については、単にpHの変化を追っていても、事態の進行は確認できず、HCO3-が100μeq/l程度で変化に気付いた時点では、手遅れということになる。
 このアルカリ度は、土壌から付加されている。これは、土壌の成分、微生物の影響による。
 スウェーデン等の湖沼は、氷河の痕跡中の窪みであり、岩盤がむき出しになっており、土壌がほとんどない。このため酸性化しやすい。
 スウェーデンでは、湖沼に、ヘリコプターで石灰を散布し、中和させている。これにより、実際に、魚を取り戻しているが、数年に一度の散布が必要で、9,000箇所にも対応するのは容易ではない。

 乗鞍岳の頂上付近には、鶴ケ池などいくつかの池が散らばってある。ここでも土壌がなくアルカリ度がコントロールされない。この池のpHを測ると、年によって変化するが、各池の値が、同じように変化している。これは、酸性雨の多寡など同じ要因によるものと推測される。

 庄川・神通川のアルカリ度は、それぞれ400、716μeq/lと高く、pHは安定している。
 一方、呉羽丘陵にある渓流の百牧谷では、硝酸イオン濃度が非常に高く、pHが4.89と低い。これは、森林土壌が窒素飽和状態(森林の生態系が必要とする以上の窒素が降雨によって供給される状態)になっていることが原因として考えられる。


 こうした影響が、顕在化するには時間がかかるが、顕在化した時点では、手遅れになっているため、早めの対策が必要である。

 極東地域では、日本の環境省が中心となって、EANET(Acid Deposition Monitoring Network in East Asia)により、酸性雨の観測を始めているが、まだ観測点が少ない。特に、日本の対岸地域には観測地点がない。先進国と開発途上国双方の協力によってより密度の高いネットワーク構築と、酸性雨対策が望まれる。