大学等連携事業

富山県立大学秋季公開講座 「日本海のバイオモニタリング ―生物からみた海洋汚染―」


2004年度 富山県立大学秋季公開講座
2004年10月23日
富山県立大学

講師 富山県立大学短期大学部教授
        楠井 隆史 先生

1.はじめに

 私の専門は「水処理と環境毒性学」である。最近10年ほど、実際に海や川に行って、水をくんできたり、生物を集めたり、工場廃水を頂いたりして、水の安全性の評価や影響評価をしているが、特にここ4~5年は、日本海の環境汚染の評価に生物を使った評価、つまりバイオモニタリングができないかを考えている。

 日本海は、面積が101万km2、体積が136万km3、いちばん深い所で3796m、深さの平均は350mである。そして、出口が対馬海峡、津軽、宗谷海峡、間宮海峡と、非常に狭い所で区切られており、いちばん深い所で140m、浅い所では10mというように、半閉鎖的で、水の流れがたまりやすい傾向にある。中に溜まったものはなかなか外に出ていきにくい特徴があるので、汚染されないように、できるだけ早いうちに予期して、対策をとることが必要となってくる。

 日本海がどれだけ汚れているのか、あるいは今後どれだけ汚す可能性があるのかについては、まだ詳しいことは分かっていない。日本海には生活廃水、工場廃水、畜産廃水によって有機物が注ぎ込んでいる。また、大気に由来して降ってくるものもある。

 幸いに現在は、日本海全体にわたる汚染は観測されていない。しかし、1997年のナホトカ号事件に見るように、多くの油を積んだタンカーが日本海を航行している。また、対岸のウラジオストクでは原子力潜水艦の事故が20年ほど前にあり、旧ソ連時代にいろいろな放射性廃棄物を海に投棄していたことも明らかになっている。最近では富栄養化という、藻類、プランクトンなどの増殖現象が、日本海側で大きいものが年間3~4回見られ、また中国の黄海では28件と増加している。韓国では1996年に61件発生して21億ウォンの水産物損害を出している。沿岸部では、小規模ではあるがいくつかの汚染が進行しつつあると考えられる。また新しい問題として、船の底に貝などが付着しないようにする船底防汚剤の影響と思われる現象や環境ホルモンの検出などが見られる。

 さらに、有害な藻類が日本をはじめ韓国、中国でも観察されており、このような藻類を食べた貝などをヒトが食べると、あとでまひなどを起こす。また、プラスチック性の漂着物が日本の日本海沿岸を中心に非常にたくさん観察されており、これから問題になってくるだろう。環日本海諸国の沿岸人口は2003年推定で5.6億人だが、今後中国や韓国などの沿岸地域での人口増加が、より海洋汚染を進行する圧力になることが懸念される。

2.「海の健康診断」としてのバイオモニタリング

 したがって、今後は予測される海洋汚染を未然に防止していくことがきわめて重要であり、そのために海洋汚染の現状評価を正しく行い、それに基づいた対策を実施していくことが必要となるが、その手段としてモニタリングがある。このモニタリングにより、有機スズという船底防汚剤が使用制限され、その後禁止になったことは記憶に新しい。

 まず、海洋モニタリングの方法について簡単に紹介する。海洋の環境には、物理的環境、生物的環境、化学的環境がある。このうち物理的環境である水温、塩分、水流を測る技術は非常に進展しており、最近はリモートセンシングという、衛星を使って空の上から状況を見る技術が非常に進んでいる。また生物的環境では、どのような生物がいるか(生息数)、どのような種類がどれだけいるか(生物層)を調べる調査などが行われている。そして、化学的観測の中でも直接関係のあるものは水の中に溶け込んでいるいろいろな無機物、有機物、特に汚濁物質を調べていくものであり、今日は、水質とその中にいる生物をトータルに調べていく、「バイオモニタリング」についてお話しする。

 バイオモニタリングに関係のある「バイオアッセイ(bioassay)」とは、bio(生物)とassay(試験)を合わせた言葉で、従来は薬の開発、効果の確認のために行っていたが、ここでは「水中の化学物質の影響を調べる」影響評価試験をいい、非常に簡単にまとめると、生物を用いてその生物の反応からその化学物質の生物作用性を評価する方法をいう。

 一般に有害だと思われる化学物質に生物が出会ったとき、その生物がどのような反応をするかを見ると、①微量でも作用する物質があると、場合によってはDNAとくっつくなどの作用が始まる。②体内の防御機構により、有害なものを解毒していこうという働きが起きたり、免疫機能という異物を排除しようとする変化が生ずる。③防御機構がうまく効かずに影響が大きくなると、行動が異常になったり健康状態が悪くなり病気になる。場合によってはガンになったり、産む子供の数が減ってきたり、最後には死亡の可能性もある。生物への影響のあらわれ方は、このようにミクロのレベルからだんだん大きなレベルになっていく。バイオアッセイとは、このような変化のどこかを見て影響評価をするもので、そのうち死亡するかどうかという高濃度での影響を見るものを「急性毒性試験」と呼び、一方、投与された親自体は死なないが、産む子供の数が減っていく繁殖能力を見るものは「慢性毒性試験」と呼ぶ。後者において、深刻な問題が起こる前に細かい変化を事前に見ていくための指標を「バイオマーカー」という。

 また、最近は少しずつ色々な化学分析方法が出てきており、そこにすんでいる生物から調べる方法として、港の岸壁に張りついて水をろ過してえさを取り、水中の化学物質を体の中に蓄積しやすい性質をもつムラサキイガイを使った「マッセルウオッチ」や、周辺にいる生物を何でも食べ食物連鎖の上位にいるイカの肝臓を調べる「スクウィッドウオッチ」が行われている。

 このような方法は、物質を直接観測することが出来、その推移を容易に推定できるので残留性があり分解しにくいものをモニタリングするには非常に良い方法であるが、有害な化学物質が泥の中にあっても水に溶け出していなかった場合は検出されないことがあるほか、雨の降った翌日であると採水したものが希釈されている場合もあるし、潮流などの影響を受けるといった欠点もある。また、実際の自然は化学物質の影響だけではなく、季節の影響、水温の影響などを受けているので、目前の生物相から何がいえるかを見極めることは非常に難しい。

 バイオモニタリングの良いところは、早めに影響が分かる可能性があることで、場合によっては、ガンなどのDNAに損傷を与える特異的反応を検出することができる。また化学分析では、たとえ有害なものがあっても検出されなければ有害物質は無いという結果になるが、生物影響のほうは、何が入っているか分からなくても、生物が接触したときに何らかの影響を受ければ「何か変なものがある」と判断でき、有害なものの複合影響を観察できる利点もある。実際にバイオアッセイを環境モニタリングに使用するには、概して二通りあり、一つは、採取してきた海水のサンプルに魚を入れ、健康診断して調べる方法、もう一つは、現場で生物を直接捕獲し、血液検査などを行う方法である。どちらも野外の影響方法に使えるが、前者の方法は、様々な化学物質や工場排水の影響調査に役立ち、実際の海洋地域ではどちらかというと後者の方法が有効である。

 そして、有害な化学物質は海に入ってくる以前にどこかで製造、使用され最後に棄てられたものであるので、海に入る前に有害なものをカットしたほうが良い。そこで、新しく開発された化学物質があった場合、使っていいか悪いか入り口で検査する方法がカナダなど幾つかの国で実施されており、2004年4月から日本でも入り口段階で生物を使った試験をやることが義務づけられた。日本では、亜鉛についての環境基準はできているものの、廃水に関する規制はまだない。

3.日本海のバイオモニタリング

 1997年に「バイオアッセイ国際シンポジウム in とやま」が富山県で開催され、カナダ、日本、韓国、ロシア、中国の150人の研究者が参加し、様々な発表がなされた。また、2003年には「第2回北西太平洋地域における海洋環境のバイオアッセイに関する国際ワークショップ」を環日本海環境協力センターの主催で行った。

(1)中国の取り組み

 中国ではまだ標準的なバイオアッセイはなく、法律上でも制度はない。しかし日本と同様に、新しく化学物質を使用するときは、藻類、ミジンコ、魚に対する影響を見ることが必要になっている。また研究レベルでは、排出される水について生物を使って影響を評価したり、化学工場や製薬工場の廃水の調査が行われている。

 とりわけ香港では、行政目的で魚やエビ、フジツボなどを使ったバイオアッセイがすでに行われていると報告された。また、香港の政府はいろいろな開発プロジェクトをした際に、油の分散剤を使ってその影響を評価している。そして、下水処理で使う残留塩素の水生生物への影響についても、すでに調査を始めている。香港では、フジツボの幼生やウニの受精卵の変化を見ていく試験や魚の試験等々先進的なものを開発して、実際に使っているとのことであった。

(2)韓国の取り組み

 韓国も国としては生物を使った判定基準などはなく、海洋モニタリングの調査は化学分析だけであるが、1990年代の中ごろから研究レベルではいろいろな取り組みが始まっている。そして、2001年7月には対馬海峡の韓国側の何地点かで、泥や水、腹足類という貝、魚を採取して水質と生物の影響を調べた結果、いろいろな農薬、多環芳香族、PCBといったものが、地点によっては泥の中に多く残留していることが判明した。同時に、採取した泥をカキの血液細胞に与えてみると、最大で約20%活性が下がってしまうことから、大きな影響があることがわかった。

 また、腹足類で環境ホルモンに曝露されると、本来はペニスが無いはずのメスにも、ペニスのようなものが出てくるインポセックスという症状が世界中で報告されているが、韓国では、韓国側の対馬海峡で腹足類の中の有機質濃度とインポセックスとの関係を調べた結果、傾向として濃度に比例してインポセックス症状が見られたということであった。

(3)ロシアの取り組み

 ロシアでは、バイオアッセイは少なく、「バイオインジケータ」という、化学分析に近いものを多く使っている。一定の場所にずっと長い間いたもので、有害物質にある程度の耐性のあるもの、微細藻類やいろいろな貝を用い重金属汚染を見ていくものであるが、そのような指標はロシアの中ではまだ研究レベルで使われている程度だと報告されていた。ウラジオストクにおいて、幾つかの場所の褐藻から採った重金属の分布を見ると、ルドナヤ湾では亜鉛が非常に高濃度になっており、この地点は周りの鉱山、工場廃水の影響で重金属汚染が進行しているようであるとみられる。ロシアの研究者は、取水した水に重金属に耐性のある菌がどれだけいるかを指標にして、重金属汚染の調査を行っているが、カムチャッカ半島では、亜鉛、鉄、セシウムなどの重金属に耐性がある菌がみつかっていることから、鉱山廃水の影響が疑われる。また、ウラジオストクのピョートル大帝湾でも、汚染されていると思われる所では、鉛、銅、亜鉛に対しての耐性菌が非常に増えているとのことであった。

(4)日本の取り組み

 日本は現在のところバイオアッセイによる規制はないが、水産庁は海の生物による影響評価法として、2000年に「海産生物毒性指針」を作成した。この指針では、マダイ、シロギス、マミチョグ、植物プランクトン、クルマエビ、クロアワビ、アコヤガイ、ゴカイなどを使って海への影響をみていく活動が開始された。

 研究レベルでは非常に活発で、宮崎大学の先生が考案した下水処理で使用する塩素とアンモニアが反応して生成されるクロラミンの影響を見る海苔の葉状帯を使った試験、30年前に開発されたウニの受精卵を使った試験、魚にできる皮膚の腫瘍を指標にして調べるという研究や魚や貝の血液を使った試験などがある。

4.ムラサキイガイを使った富山湾の汚染調査

 ここ数年間、我々は魚津と滑川、四方、新湊の各漁港の岸壁からムラサキイガイを採取して、三つのバイオマーカーに取り組んだ。その一つは、重金属の曝露の影響から逃れるために体内に作られるメタロチオネインというたんぱく質、二つめはDNAなどに影響を与える物質を調べるコメット試験、三つめは体に入った異物を食べる免疫の役割を果たす貪食能の検査である。

 その結果、2004年2月の重金属及び採取した貝のメタロチオネインの量を調べた結果、重金属の高い所ではメタロチオネインが高いという傾向が読み取れ、重金属曝露の指標としてメタロチオネインが使えることが明らかになった。

 コメット試験は、採ってきた血液を寒天に埋め込み、電気泳動という操作により電気をかけると、それに沿って中のDNAの断片が流れていき、流星のように見えるというものである。影響がなければ丸いままだがDNAにいろいろな汚染物質がくっつくと、DNAの鎖が切れたりして尾が長くなり、遺伝毒性を与える物質があったと判断される。

 免疫機能は、体外から来るバクテリアを殺したりするのに重要なものであるが、調査結果から免疫機能が低下している地点では、日常的に汚染物質の影響を受けている可能性のあることが推定された。

 このように、ムラサキイガイはけっこう使えると思っている。また暖かい所ではミドリイガイがある。国連環境計画が、地域海計画を作っており、現在、北西太平洋(日本海を含む)など幾つかで取り組んでいる。一番最初にできたのは地中海であり、現在、イガイのような貝や魚で試験をしていこうとしている。

 日本海は、現在のところ幸いにそれほど汚染は進んでいない。しかも、若干の緊張は残っているものの、協調して平和の海へと移行しつつある。そのようなときだからこそ、日本海の環境保全のために、共通の指標を持つバイオモニタリングを考えていく必要があると思う。汚染する前に一刻も早く汚染を知る早期警報としての役割、日本海全体を見渡していくためにどういう生物が使えるのか、データ蓄積、といったことがらを考えていく必要がある。そのために、何よりも環日本海諸国の国際協力が求められている。

→2004年度富山県立大学秋季公開講座