大学等連携事業

富山県立大学秋季公開講座 「大陸から飛来する物質-その自然環境への影響-」


2004年度 富山県立大学秋季公開講座
2004年10月23日
富山県立大学

講師 富山県立大学短期大学部助教授
        渡辺 幸一 先生

1.はじめに

 富山県は比較的大陸から近く、いろいろな物質が大気を経て大陸から運ばれている。現在、中国では経済発展が進んでおり、工業活動が活発に行われていることから、大気汚染物質であるSO2(二酸化硫黄)やNOx(窒素酸化物)が活発に放出されている。このような大気汚染物質は、主に北西風に乗って、風下の日本海側や九州地方辺に運ばれてくるものと考えられている。二酸化硫黄は硫酸や硫酸塩に変わり、窒素酸化物は硝酸塩や硝酸となる。これらは大気中に浮かぶ小さな粒子であるエアロゾル粒子を形成し、雲水や降水によって酸性雨を引き起こしたりする。北陸地方は国内でも有数の酸性降下物の多い地域といわれている。さらに、エアロゾル粒子は雲の形成過程や降水過程に影響を及ぼす。

 また、窒素酸化物は光化学反応を経てオゾンを生成する。成層圏のオゾンは有害な紫外線を吸収してくれるが、ここでいうオゾンは我々が直接吸い込むような対流圏にあるオゾンで、光化学スモッグのもととなる。

 毎年春に活発に運ばれてくる黄砂には、炭酸カルシウムなどアルカリ成分が多く含まれている。さらに炭素状の粒子、有機物、重金属など、いろいろなものが運ばれてくる。

2.大気汚染物質

(a)二酸化硫黄(SO2)

 SO2については、人為起源では化石燃料、つまり石油・石炭の燃焼が発生の原因である。特に石炭には硫黄成分が豊富に含まれており、現在でもエネルギー源の多くを石炭に依存している中国では、二酸化硫黄の放出が多くなっている。また、自然発生起源は火山活動によるものがあげられる。さらに海洋性の植物プランクトンから出る硫黄化合物も二酸化硫黄のソースとなっている。太平洋の真ん中などでは、植物プランクトン起源の硫酸化合物が硫酸エアロゾルの非常に重要な発生源となっている。アジア大陸は、アメリカ東部やヨーロッパと並ぶ世界有数のSO2発生起源となっている。硫酸エアロゾルは、主に二酸化硫黄が大気中で酸化されて硫酸の形になったものやアンモニアと反応して硫酸アンモニウムとなったものであるが、これらの物質は蒸気圧が比較的低く、大気中では粒子化する。雲水や降水を酸性化させ、酸性雨の原因物質となるだけでなく、雲を形成する雲粒核として有効に働き、雲物理過程や気候システムにも影響を及ぼしている。

 エアロゾル粒子とは、気体中に液体または固体の形で浮かんでいる微粒子のことである。大きさは霧水、雲粒の10分の1~100分の1くらいで、1μm程度のものが量的に多い。このエアロゾルは酸性雨の原因となるばかりか、放射、即ち太陽光の吸収・散乱、雲の形成や寿命にも影響を及ぼし、よりグローバルな意味では、地球の温暖化、寒冷化にも寄与する。エアロゾル粒子がたくさんあると「後方散乱」、「前方散乱」などいろいろな散乱を引き起こし、地球全体のエネルギーの収支に関わってくる。雲は、空気が冷却し、相対湿度100%で水蒸気が凝結することにより発生するが、大気中にエアロゾルがなければ、実際には相対湿度が300~400%にならないと水滴にはならない。すなわちエアロゾル粒子が雲粒核として働き、雲を形成する。雲粒核は地球上に一定の濃度で存在しているわけではない。水分の量が同じでも、雲粒核数の多少によって雲粒の大きさが変わってくる。洋上では個々の雲粒が大きく、他の雲粒と併合しやすく短時間で雨粒にまで成長し、降水が起りやすくなる。

(b)窒素酸化物(NOx)

 窒素酸化物発生源の代表的なものとして、SO2と同様化石燃料の消費が挙げられる。特に、自動車の排ガスが大きな値を占めているといわれている。また、自然起源としては雷放電、バイオマス燃焼、森林火災、土壌から出るものなどがある。

 NOxは大気中で酸化され硝酸エアロゾルを作り、酸性雨の原因物質となる。特に、比較的発生源に近い汚染物質の影響を受けた酸性雨や酸性の雲水中には、硝酸イオン(NO3-)が高濃度に含まれたりする。また、NOxは炭化水素など複雑な光化学反応を経てオゾン(O3)を形成する。対流圏で生成されるオゾンは、光化学オキシダントと呼ばれる光化学スモッグの主要成分である。風上側に窒素酸化物の排出源があると、風下側に輸送されながら光化学反応によってオゾンがつくられ、風下側の地域に高濃度のオゾンが輸送されるという、オゾンの越境大気汚染問題がある。例えば、夏季の関東地方などにみられる現象で、窒素酸化物の発生源の風下でオゾンの汚染が深刻となっている。

 今後アジア大陸でNOx発生源が増えれば日本国内の清浄域にもオゾン汚染が深刻となる可能性がある。2004年6月、富山県内に光化学スモッグ注意報が発令されたときの天気図をみると、大陸からの影響を相当受けていたのではないかと考えられた。

 最近、アメリカでの対流圏オゾンの増加はアジアの汚染が原因であるとアメリカの研究者が学術雑誌に発表しその後日本の研究者が東アジアのオゾンの増加はヨーロッパが原因であるなど、風上側の原因を指摘したものが学術雑誌に掲載されたりしている。今後、対流圏オゾン問題は一国では解決できず、国際的な政治問題になるのではないだろうかといわれている。

(c)黄砂粒子

 黄砂現象とは、大陸の乾燥域で発生した大きな砂あらしの一部が、上空の自由対流圏に運ばれ、西風に乗って日本まで運ばれてくるものである。黄砂粒子は放射特性、視程、氷晶核、降水過程にも影響を及ぼす。粒子自体に炭酸カルシウムなどのアルカリ成分を豊富に含んでいるため、日本に降る酸性雨を抑制してくれる効果がある一方で、黄砂自体がいろいろな汚染物質を付着して運んでくるという話もある。また、黄砂のような鉱物ダストの粒子は、1μmよりも大きいところに粒径ピークを持っている。

 全国123地点の各都市における黄砂の年間延べ観測日数を見ると、2000年~2002年の3年間は日本国内の黄砂が非常に多かったが、2003年は急激に減少した。黄砂現象の発生には、大きな周期性があるのではないかと考えている研究者もいるようである。

 さらに、黄砂のような土壌粒子が太平洋東部や大西洋にまで運ばれているという研究例もあり、特に外洋の植物プランクトンに必要な鉄などの栄養分を供給しているものと考えられている。洋上には植物プランクトンに必要な窒素やリンといった栄養塩は充分存在しているが、鉄分が不足している。黄砂などの鉱物ダストや土壌粒子が不足している鉄分を供給することでプランクトンが発生し、光合成が活性化するものと考えられている。そのため、二酸化炭素を大気から海に移動することができるものと考えられる。

3.富山県での黄砂観測

 富山県を含む北陸地域は、九州地方などと並んで黄砂現象の多い所である。地上や航空機、衛星での観測も行われている。地上から上空に向かってレーザー光を出し、上空にある黄砂層を観測することができるレーザーレーダーという機器を、小杉町の環境科学センターに設置して、常時観測する体制がとられている。

 演者らは、エアロゾル粒子の粒径別の個数濃度を測定し、黄砂粒子の飛来を推定し、エアロゾル粒子がどのような成分を含んでいたか分析した。パーティカルカウンターという測定器に空気を吸入させ、レーザー光の散乱によって5段階粒径別に、単位体積当たり何個あるか測定した。4月に濃度が非常に高くなっていることが分かり、この時期に黄砂が来たことがわかる。黄砂現象時には、小さい粒子はあまり増加せず、1~3μmの粒径のものが急に増えてくる。

 次に粒子を化学分析用にサンプリングして、カルシウムイオンと硫酸イオンの濃度を調べてみた。エアロゾル粒子を粒径別に9段階に分類して採取する装置を使用して調べてみると、カルシウムイオンは、どの月でも粒径の大きいほうにピークが出ているが、4月には圧倒的に他の月よりも高くなっていた。一方硫酸イオンは、比較的粒径の小さいほうに濃度のピークを持ち、季節による濃度変化は少なかった。

 また、黄砂粒子は炭酸カルシウムなどのアルカリ成分を豊富に含んでいるため、酸性雨を緩和する効果がある。2001年~2003年まで富山市天文台で採取した降水中のカルシウムイオン含有量とpHの変化のデータを見ると、秋季から冬季にかけて酸性雨が降っているが、春季には黄砂が酸性雨の緩和に効果的に働いている。北京などで降る雨は、二酸化硫黄の発生源に近く、硫酸イオンを豊富に含んでいるが、黄砂の効果のため酸性雨が中和されていると考えられている。

4.立山での強い酸性霧の発生の原因

 演者らは立山でも観測を行っている。立山は大陸起源物質、或いは酸性雨などの影響評価などの点で、最適のフィールドであると考えられる。また、森林衰退の被害を考察するうえでも有効な観測地点と思われる。既に深刻な森林衰退が起きている関東近郊の山岳域では、針葉樹が白骨化しているが、このような所ではpHが4以下の強い酸性霧が度々発生している。関東や関西近郊では、日本のNOxの対策が不十分なため、霧水中の硝酸イオンの濃度が非常に高くなっている。大都市からのNOxが硝酸となって、霧水を酸性化させているのではないかと考えられる。さらにNOxから光化学オキシダントが生成し、さらに植生に害をあたえているものと考えられている。

 我々は標高約1000mの美女平で、霧水や降水のサンプリング、オゾン、NOx、SO2などの観測を始めており、標高2000mの弥陀ヶ原では降水を採取し、山頂に近い室堂平で霧水降水のサンプリングを行っている。

 霧水は細線式パッシブサンプラーという装置で採取している。この装置は細い糸をたくさん張って、その細い糸にぶつかった霧粒が集まって大きな粒となって落下したものを、ボトルにためていくというものである。2003年の秋季に測定した霧水や降水のpHを見ると、降水は平均4.5~4.7と高度による差はあるものの、ほぼ一定であった。一方、霧水は室堂平で3.3という非常に低いpHを観測した。美女平より標高が高い室堂平で強い酸性霧を観測している。平均のpHも室堂平のほうが低く、条件が重なると非常に強い酸性霧が発生することがわかってきた。このような酸性霧が、標高が低いところで発生するのであれば、富山平野などのローカルな影響が考えられるが、長距離輸送されてくる汚染が原因ではないかと考えられる。

 2003年の霧水の平均的な化学組成を見ると、室堂平では硫酸イオンの占める割合が高く、美女平のほうは逆に硝酸イオンが高くなっている。国内の汚染の影響は美女平のほうが高いと思われる。霧水に含まれていたナトリウムイオン濃度と塩化物イオン濃度との比は海水比に一致していたことから、火山ガスなどによる影響はほとんどなかったものと考えられる。

 2003年9月19日に室堂平で観測した霧水のpHは3.3と非常に強い酸性霧であった。硫酸イオン濃度が非常に高く、硝酸イオンが高い関東や関西地方の山岳域とは全く対照的であった。また、室堂平を起点とした後方流跡線解析から、このときの室堂平の空気がどこから流れてきたのかを推定してみると、上海付近の汚染地帯を起源としていることがわかった。すなわち、大陸起源の汚染物質が長距離輸送されて、室堂平で強い酸性霧を形成したものと考えられた。室堂平で度々発生している酸性霧の原因を断言するまでには至っておらず、今後ともデータ等を蓄積していくことが必要と思われる。

 また、森林被害の原因は非常に複雑で、酸性雨、酸性霧も一つの原因とされているが、ほかにも地球温暖化の影響、生態自身の問題など、さまざまな問題があり、現時点では原因を断言することはできない。

→2004年度富山県立大学秋季公開講座