大学等連携事業

富山県立大学秋季公開講座 「降水の化学物質汚染-大気から水環境へ-」


2004年度 富山県立大学秋季公開講座
2004年11月13日
富山県立大学

講師 富山県立大学短期大学部助教授
        奥川 光治先生

1.多環芳香族炭化水素とは

 多環芳香族炭化水素とは、英語で「Polycyclic Aromatic Hydrocarbons」といい、普通はその頭文字を取って「PAH」という。また、いろいろな種類があることから、略語で書くときも「s」をつけたりするので、ここでは「PAHs」という呼び方をさせていただく。

 芳香族化合物は有機物質の一つであるが、その基本となるのが、炭素原子6個が環状に結合し、そのそれぞれに水素原子が1個ずつ結合しているベンゼンという物質である。多環芳香族の炭化水素とは、このベンゼン環がたくさん結合しているものである。そのため「多環」という。つまり、多環の芳香族であり、炭素と水素だけからできているものが今日の話の主題である。そのうち、私どもの研究室で分析しているのは18種類だが、幾らでも結合できるので、実際には多くの種類が環境中に存在している。

 私どもで分析しているものの一つに、二つの環が結合したナフタレンがある。防虫剤でも使っているので、名前は聞かれたこともあるだろう。そのナフタレンから3個、4個と環を増やした中、いちばん大きいものがコロネンという七つ環のあるもので、そこまで調べている。また、ベンゾ[a]ピレンは五つの環が結合しているもので、昔からよくガンを起こすと注目され、研究が進んでいる。ちなみに、これは煤(すす)の中に入っており、昔から煙突掃除の人が陰嚢ガンにかかるということで分かってきた物質である。

 PAHsの発生源をまとめると、一つは石油だ。つまり原油、重油、軽油、灯油の中に入っているので、どこかから漏れてくると、それに伴ってPAHsも環境中に出てくる。最近、日本海で沈没したナホトカ号の重油が石川県まで流れてきた際にも検出された。

 二つには、石炭の中にも入っていることから、石炭、原油、天然ガスなどの加工や精製をしている工場、それに関連したところで発生してくる。例えば石炭をコークスにするとき、石炭のガス化の段階、あるいはコールタールの中にも入っている。また、コールタールを原料にしたクレオソートという、日曜大工の店などで売られているこげ茶色の防腐剤の中にもたくさんのPAHsが入っている。

 三つめに、アルミニウム、鉄などを鋳造するときに出てくる。最後に、不完全燃焼したときというか、石油や石炭だけではなく、木やごみを燃やすときにも出てくるので、暖房器具、燃焼施設、廃棄物の焼却施設などからも出てくる。あるいは自動車の排気ガス中に含まれている。特にディーゼル自動車が軽油を燃やしたときや、船舶や航空機が燃料を燃やしたときに発生する。自然発生ということでは、森林火災や火山などからも出てくる。ダイオキシンと同じで、物が燃えると出てくるため、私どもの研究室では、この不完全燃焼に伴って大気中に出てくるPAHsが環境中でどう移動しているのかを調べている。

 では、PAHsにはどのような毒性があるのだろうか。まず、多くのものが「発ガン性」を持つ。また、それ自身は発ガン性を持っていなくとも、補助的な発ガン性といって、他に発ガン性物質があれば、その発ガン性を補助し促進する機能を持つ。ピレンがその例である。

 二つめの毒性は「変異原性」といって、遺伝子のDNAに損傷を与えて突然変異を引き起こすものだ。三つめは「内分泌攪乱性」という、いわゆる環境ホルモン作用である。生物の内分泌系に異常をきたすということで、特に今調べられているのがベンゾ[a]ピレンである。そのものというよりも、ベンゾ[a]ピレンがいろいろな代謝の中で変化したものが、内分泌の攪乱をすることが分かってきた。

 次に、PAHsが環境中でどう移動しているのかを考えてみる。まず、物が燃えて不完全燃焼で大気中に出てくると、大気中に出てきたものが降水(雨、雪)などで地表面に落ちてくる。あるいは降下塵の状態で地表面に落ちてくるが、これを「乾性降下物」とも呼んでいる。主に雨のとき、河川や湖沼という水域に流出したり、地下に浸透していったり、あるいは市街地からの流出だと、下水道に入ってまた水域に流出していく。あるいは地下水、河川、湖沼という水源から、水道を通して水利用を行い、また下水道に入ってくる。そして、空気を呼吸することや水を飲むことで人体に入ってくる。また、土壌や底質(水域の底の泥)の中に含まれたものが、生物を通して食べ物という形で人間に入ってくるのである。

2.降水のPAHs濃度、降下量の季節変動

 これからが私どもの研究の話であるが、まず、降水で地表面まで降下してくるPAHsの季節変化についてお話しする。私どもは県立大学の敷地内で、2001年8月~2003年1月まで、1年半ほどの間に36回の降水のサンプルを採取し、その中のPAHsを分析した。その結果、11月から3月までの冬場にPAHs濃度が非常に高くなり、4月から10月までの夏場は低くなることが分かったので、どのような因子がそれに影響しているかをまとめてみることにした。

 まず、①PAHsの国内発生量、②長距離輸送(大陸諸国での発生量)が関連する。③環境中での化学変化として、特に冬季の暖房器具の使用により、冬が高くなる。また、PAHsは光化学反応で形が変わったり分解されるので、夏の光の強いときに光分解を受けて、夏は低くなることが考えられる。④大気安定度、⑤気象条件、具体的には気温、降水量、降水強度、気圧配置、低気圧の移動などが関連しているのではないかと思う。

 では、このうち気象条件はどう影響しているのか。36回サンプリングした雨においては、同じ月でも、11月から1月ぐらいでは濃度が非常に変動している。また、夏場は冬よりも降水強度が高く、強い雨のときに濃度が低くなるということも見て取れた。

 私どもでは、サンプルを採ったときの降水量を雨が降っていた時間で割って「平均降水強度」を出しており、降水中の濃度にこの平均降水強度を掛けると、その雨が降っていた間、平均的にどれだけPAHsが地表面に降下してきたのかという量が出る。それで季節変化を見ると、やはり冬高夏低の季節変動の傾向が表れている。ただ、やはり冬場の個々のサンプルの変動は大きくなっている。

 また、低気圧の移動や気圧配置のパターンとも関連していることが分かってきた。九州大学の鵜野先生が、アジア大陸の汚染との関係で、大気中の硫酸塩濃度変動の解析をなさっているが、アジア大陸、特に中国や韓国から大規模な「越境汚染」が生じる気象条件として、二つのパターンがあるという。一つは大陸にあった高濃度の汚染の気塊が、低気圧が東に進んでくることによって日本列島まで伸びてくるという気象条件のときで、これをソフトクリームのコーンのように伸びてくることから「コーン型」と名づけている。もう一つは「パフ型」といい、強い西高東低の気圧配置が数日継続したあと、南高北低の気圧配置となって、強い西風が吹くと高濃度の大気塊が一直線に西日本まで動く。そのとき硫酸塩の濃度が高くなることを指す。

 それでPAHsの場合も同様ではないかと低気圧の動きを調べて、先ほどの濃度のデータと比較してみた。解析には「重回帰分析」という手法を使ったが、これにより平均気温と気圧配置のパターンにおける濃度変化の説明がよく表された。さらには「平均降水強度」で、大陸からの越境汚染の濃度を強い雨が希釈するということが分かってきた。また、18種類のPAHsの中では、夏場は低分子量のPAHsであるナフタレンの割合が多く、冬場はこの低分子量の割合が下がり、高分子量のPAHsが多くなる傾向があることも分かっている。

3.大気降下物によるPAHsの年間降下量

 さらに、私どもでは乾性降下物(降下塵・乾性沈着)と降水(湿性降下物・湿性沈着)を併せ、年間でどれだけのPAHsが実際に地表面に落ちてくるのかという見積もりをしている。実際、乾性降下物については、ステンレス製の直径30cm、高さ30cmの円筒形の容器を県立大学の敷地内に置いて、晴れた日に中に入ってくる塵を採るというやり方で、2001年の10月~2002年の10月まで1年間調べてみた。その結果、PAHsは11月から1月の冬場、初冬に高くなり、浮遊粒子状物質(SPM)は3月から4月が高くなることが分かった。実はこれは2002年という黄砂が非常に激しかったときに測定したものだが、PAHsが黄砂と一緒にたくさん落ちてきたわけではないということも分かっている。

 ナフタレンからコロネンまで18の成分の降下量を1年間全部足し合わせた結果、降水による年間の降下量は1km2で1年間当たり672gのPAHsが地表面に落ちてきていることが計算された。一方、乾性降下物は1年間で172gということで、雨の大体4分の1が降下塵という形で地表面に落ちてきている。また、月々の割合では12月と1月だけで1年間の55%の量が落ちてきており、非常に冬場の影響が大きいということが分かった。

4.大気降下物によるPAHs降下量の地域変動

 昨年から、県立大学の敷地だけではなく地域へ調査を広げた。調査地点は、能登半島西側の富来、金沢、富山県内の小矢部と小杉、富山、黒部、岐阜県の美並村の7か所である。

 その結果、11月は富山県内だけしか測らなかったが、4地点ではほとんど変わらなかった。また、11月の下旬から12月上旬はそれほど変わらないものの、富山が少し高い。12月の上旬から中旬では、小杉や富山は少し多くなっているものの、北陸全体ではあまり変わらなかった。しかし、東海地方の美並村は富来町の半分以下という結果が出ている。また、12月下旬から1月には、さらに美並村が少なくなっている。1月下旬から2月中旬は富来町も少し少ないが、これは降水量が少なかったためだ。それから2月から3月、3月から4月は、美並村も北陸もほとんど変わらないが、少し富山が高かった。

 これに降水量がどういう影響をしているかを調べてみた。11月から3~4月までの降水量の変化を見ると、美並村は東海地方なので冬は降水量が少なくなっている。北陸は全部さほど変わらないが、富来町はちょっと他の所に比べて少ない。富来町は、立山や白山から離れているので、雪や雨の量が少ないようだ。また、1日当たりでどれだけ降下しているのかを見ると、北陸は11月~1月で増えて、3月~4月にかけて下がってくるが、美並村は低いままという結果が顕著に出ている。さらに、降下量を降水量で割って1mm当たりどれだけ降下量があったのかを見ると、富来町は北陸の他の地域と変わらなくなる。ところが美並村はやはり低いままだ。つまり、雨も少ないが、その中のPAHsの濃度も低いのである。

 そういうことを全部考慮すると、東アジア諸国から長距離輸送されてきたPAHsが白山や立山のような脊梁(せきりょう)山脈の日本海側で降水により降下して、東海地方へはあまり到達していないということが分かる。ただ、国内起源と大陸起源の発生量の割合は分からないので、今後の課題だと考えている。

 さらに、調査結果をPAHsの組成で見ると、11月ではどの地点も大体似ているが、地点によっては微妙な相違がある。したがって、割と広域の汚染に局所的な汚染が重なっているのではないかと考えている。それから11月は、3~4環という低分子量のPAHsが割合が多いという特徴がある。また、12月から1月のPAHsの組成を見ると、5~6環のPAHsが増えてきている。さらに3月から4月では、また11月と似たような3~4環、低分子のものが増えているという結果である。

5.環境中各種媒体におけるPAHsの分布

 では、雨や乾性降下物で地表まで落ちてきたものが、環境中でどう移動して分布しているのか。雨、ため池、土壌、底質、プランクトン、貝などに含まれるPAHsの濃度を見ると、いちばんたくさん含まれているのは乾性降下物や降水の懸濁態(降水中の粒子状のもの)で、これは発生したものがそのまま取り込まれており、非常に濃度が高くなっている。その次に高いのは貯水池、ため池の上層水の懸濁態(粒子状のもの)、植物プランクトンに含まれるものである。その次が土壌、底質、貝類の中だ。

 一方、低くなっているのは溶存態(水に溶けている分)で、雨に溶けている分やため池、貯水池の水に溶けている分は非常に低い。これは、PAHsには水に溶けにくいという性質があることから、水に溶けている分は少なく、土壌や底質、貝、あるいはプランクトンに蓄積する可能性もあると見ている。

 また、PAHsの組成は、降水や乾性降下物では低分子量から中間の分子量までのものが割合としては多くなっており、土壌では高分子量のPAHsの割合が増加している。底質や貝類の場合は、さらに高分子量のPAHsが優性になっている。また、上層水の粒子状のものや植物プランクトンには、低分子量のものから高分子量のものまで幅広くPAHsが含まれている。しかし、環境中のいろいろな媒体の中の濃度データはまだあまり取っていないので、今後は、生物や人へPAHsがどう移行し、分布していくのかということに注目して、調査を進めたいと思っている。

6.おわりに

 最後に少しまとめの話をさせていただく。一つはダイオキシン類と比較してPAHsも重要だということである。毒性はダイオキシンよりも低いかもしれないが、それよりかなり高い濃度で存在していることから、人間や生態系への影響が大きいと思う。その対策の基準として、WHOが飲料水の水質、WHO欧州地域局が大気質についてそれぞれガイドラインを出している。ただし、大気質ガイドラインは、PAHs全部ではなく、ベンゾ[a]ピレンについての値である。もう一つEUでPAHsを優先取組物質として検討しているが、日本には基準値もなく、対策もPAHsそのものに対しては採っていない。しかし、PAHsが物を燃やしたときに出てくるため、過去の煤煙の規制や酸性雨の対策と同時にPAHsも削減されてきていることがデータ上も出てきている。したがって、現在進められているディーゼル排ガス規制やそれと関連した浮遊粒子状物質対策により、PAHsも減少するだろうと注目している。

 また、「ストックホルム条約」というものが近年締結された。これはダイオキシン、PCB、農薬、有機塩素系の農薬、12種類の残留性の強い有機汚染物質を国際的に規制するという条約だが、次にPAHsをこの指定物質にすべきだという声もある。ただ、対策をするには、まだ環境中でのデータの蓄積が十分ではない。そのため、PAHsの環境中の動態解明調査を、私どもの研究室でも引き続き進めていきたい。

→2004年度富山県立大学秋季公開講座