大学等連携事業

2005年度 富山大学 「報道の中の日本海・環日本海地域」


2005年度 富山大学総合科目特殊講義
平成17年12月20日
富山大学
第11回

講師 富山テレビ
営業部長 奥田 一宏氏

 富山テレビでは2002年から3年間、日本海学をテーマにした番組をつくってきた。「日本海ルネッサンス」というシリーズで、主にお正月に90分番組で放送した。この番組が何を意図して、どういうところからスタートしたか、そのねらいは達成されたのか、日本海というのは報道的にはどう扱われているのかということを話したい。

 2002年当時、我々は日本海にほとんど着目していなかった。例えば、中学校の社会の教科書で日本海という言葉は確か3回ぐらいしか出てこない。これまでのいわゆる中央紙と言われる新聞を検索しても、日本海については非常に報道されたケースが少ない。報道されたケースが少ないのであれば、最大多数の最大関心事と合わないということで、富山テレビとしてもそれを追求する必要はないのではないかということになる。しかしテレビは、最大多数の最大関心事を放送するメディアである一方、知られざるものを掘り起こして伝えるメディアでもある。

 次第にわかってきたのだが、30年ほど前まではほとんど日本海に対する報道がなかったのが、太平洋との比較で言うと徐々にその比率が増えてきた。

 その理由の1つは、日本人のメンタリティに関係すると思う。いわゆる経済成長の最中は、もっと広いところを、知らないところをどんどん開拓していくぞと世界中に日本人が広がっていった。それからオイルショック、バブル崩壊を経て、この十数年間は、外ばかりでなく、自分たちの身の回りのことをもっと知ろうという気運が高まり、近くの海、最も近い海である日本海を知ろうという気運が高まってきた。

 もう1つは、冷戦が終結して日本海に研究船をいれることができるようになった。例えば、同じような規模の海で比べると、日本海には鯨がたいへん多いと言われている。しかしその理由については生態調査がしっかりできておらず、判断材料は、日本海側に打ち揚げられる鯨の数や、その種類等であった。鯨というのは広い海を回遊して泳ぐ生きものだが、最近の研究で、日本海で生まれ、日本海で育ち、日本海で死んでいく、日本海から出たことがない日本海固有の鯨がいるのではないかということも言われている。

 少しずつ日本海に対する関心が深まっている中で、日本海側のこの富山に位置するテレビ局としても、今まで一般にあまり知られていなかったごく一部の科学者がもっているごく一部の知識を共有するための土俵づくりをすべきではないかと考えた。富山大学をはじめ、いろいろなところに様々な分野の研究者たちがそれぞれの知識を持っているが、それを融合する場がないということで、その場の提供になるのではないかと思ってつくったのが「日本海ルネッサンス」である。

 はじめは、あまり文献資料も記録もなく、魚がうまいとか、あるいは拉致事件の現場になった海とか、暗くて寒いイメージがつきまとった。

 そういう海に何か価値があるのだろうかと取材をすすめる中で、今後研究していくに値する、あるいはみなさんに知ってもらうに値するような事柄がいくつか浮かび上がってきたので、それを放送していこうということになった。

 日本海の価値を考えるときに、いろんな取材で出会った人達の話から考えると、1つのキーワードとして「循環」がある。

 世界の海の水は2000年かけて循環している。グリーンランド界隈を起源とする水が、2000年かけて世界中を旅して、またグリーンランドに戻ってくる。それと同じような循環が日本海では200年で1周する。対馬海峡から入ってきた暖かい水が、沿海州沖で冷やされて、海底に沈み、南に流れ、水面近くで暖められ、再び北上する。日本海の価値の1つと私が考えたのは、世界の循環の10分の1モデルということである。日本海は世界の海の縮図だと言える。日本海を研究すれば、世界を予測することができる。これは研究者にとっては魅力だろう。

 しかし、その価値が今崩れそうになっている。

 みなさんが飲んでいる深層水は水深300m位の水で、研究者が使うのとは違う一般的な名称としての深層水で、研究者たちは2000m以下のところにある水のことを深層水と言うが、深層水というのは非常に酸素を多く含んだ水である。沈んでいく過程において空気中の酸素を取り込んでいくのである。深海で生物が生きていられるのも、酸素がある生きた水だからである。  

 ところが、今、2000m以下の深海で酸素濃度が減りつづけている。深層の酸素がなくなったということは、深層まで水が循環してないということである。循環しないと水も腐るから、そこには生物が住めない死の世界が訪れる。日本海は3000mまで深さがあるが、2000mか、もう少し浅いところで循環が止まっているのではないか。今、黒海のほとんどの地域で遊泳禁止になっている。酸素 の濃度がゼロになってきており、水の中に入るだけで汚染されるという。魚類はほとんどいない。

 日本海も黒海と同じようになるおそれがある。酸素が供給されない状態が続けば、早ければ200年で日本海が死に絶えると言われている。これは日本海側に面したところに住んでいる人間にとって非常におそろしいことである。

 中国の石油化学工場の爆発によって汚染物質が流れ着いたと、私共も最近取材したのだが、ハバロフスクではアムール川から飲用水を取ることは禁止されている。アムール川の水は樺太のずっと北のほうに出るのだが、10%は日本海に入ってきている。汚染物質が日本海に入ってくると、結局下に沈殿してしまう。そして魚が影響受ける。日本海の鯨の肺に水銀があるという研究報告が出ている。鯨というのは空気を吸いに海面に出てくるので、日本海の空気中に水銀がかなり浮遊しているということになる。だから我々もそれを吸っているかもしれない。また、メチルアルコールなどの物質が魚に蓄積されている例は限りなくある。

 富山のメディアとしては、中国の内陸部で起きた話でも日本海に影響を与える、日本海に影響を与えるということは、富山に影響を与えるということを強く訴えていかなければいけない。

 もう一つの価値として、明日のエネルギーということで注目されているメタンハイドレードがある。メタンハイドレードをエネルギーとして転化することができれば、地球の循環サイクルの維持にも役立つと考えている。ただし現実には、メタンハイドレードは地球温暖化効果ガスであり、温暖化効果に関しては二酸化炭素のはるかに上をいく。もしメタンハイドレードの穴に何かを突っ込んで爆発すると、二酸化炭素よりはるかに強力な温暖化ガスが発生する可能性がある。どのようにすれば安定的に採掘できるのかまだわかっておらず、その技術が開発されていない。しかし21世紀のエネルギーとしては非常に有効である。

 取材を通して考えてきたのは、日本海というのは我々の暮らしに何を与えてくれたのかということである。海の恵みは当たり前の話なのだが、日本の森というものをつくってきた源泉になっているのではないか。熊騒動で、森が警告を発していると言われ、沈黙の森という新聞社のシリーズもあったが、森が今後の報道の中で、1つのキーワードになることは間違いない。森に対して海は何をしてきたのか、あるいは森が海に対して何をしてきたのかを追いかけていこうとするのも1つの動きである。

 2003年に放送した第2話では海と森の関係をとりあげて、世界ではどうなのかと歴史をさかのぼって考えた。森を失った地域はたくさんある。サハラ砂漠も昔森だったという説もある。シリアの砂漠地帯にメソポタミア文明から古代ローマのあたりまでの遺跡が点在している。砂漠の中に宮殿跡が残っていたり、宮殿の柱の跡が復元されたりしているのだが、そこからかつてそこには森があったということがわかる。ギルガメッシュというメソポタミアの古文書に、王が、木を切るために森の中へ入り、フンババという神様が神様の怒りに触れるからやめておけというのに、教えを聞かずに森の木を切り倒して、挙句の果てに最後は自ら滅びてしまうという説話があるのだが、まさにその説話どおりいろいろな文明が砂漠化している。

 メキシコのほうにマヤ文明というのがある。マヤの遺跡として、森が鬱蒼とした中にピラミッドがある。これまで、マヤ文明は一体何で滅んだのか、スペイン人に殺されたとか、アステカ文明にやっつけられたとか、よくわかってなかった。1970年くらいからのスタンフォード大とマサチューセッツ工科大の共同調査で、彼らは勝手に滅びたのではないかと考えられるようになった。ピラミッドをつくるような民だから、非常に栄えていた。人口がどんどん増大する、人口が増大するので食料もどんどんつくらなければいけない、森を切り倒して畑をどんどんつくる。ある日、その畑から作物が急にとれなくなる。すると人口は1年ごとにストン、ストンと落ちてくる。人々は今まで暮らしていたところを放棄して、散り散りになってしまう。人間がいなくなったあと、復元力がある森は何百年経ってまた鬱蒼としたジャングルになる。これがマヤ文明が滅びた原因ではないか。我々はまさに海と森の国に住んでいるので、今後、海と森との関係も追及していきたい。

 もう1つのキーワードとして「再生」がある。今、新湊の漁港で昆布の養殖が進められている。我々が松田先生という人を新湊漁協に紹介した。昆布というのは元々北海道でしか取れないと言われている。中国では昆布は取れなくて、昆布を運んでいた海のルートがあった。あるいは樺太から陸路、中国の長安に渡って行ったとも考えられる。中華料理には欠かせない食材ということで明治、大正くらいに中国に渡った日本人が中国で昆布養殖をして、今では環境浄化と藻場の再生のために中国のいたるところで昆布の養殖をするようになった。藻場をつくることによってそこに小魚が寄ってくる、その小魚をターゲットに大きな魚が寄ってくる。

 今、日本から教えたその昆布養殖を逆輸入して、鹿児島や熊本でやっている。しかし、昆布養殖が正しいことかどうかわからない。元々そこにあったものではないものを持ってきて、自然の中の循環サイクルの中に置くのが正しいかどうかわからないのである。富山には元々昆布があったわけではないから、いろいろな循環のメカニズムの中に、外来種が入ってくるわけである。この影響というのはまだわからない。環境にあまり負荷をかけないような形でする必要がある。

 また、越前クラゲの大発生という課題もある。富山テレビでは、対馬暖流というものをもう少し勉強して映像化できないかなと考えている。

 テレビでこういうようなことをもっと報道してほしいという研究者が、実は多い。というのは、日本海に国の研究費がなかなか回ってこない。やはりテレビや新聞が取り上げていると、回ってきやすい環境になることは事実だ。ある研究テーマが社会的に関心度が高いものかどうかというものさしとして、メディアが見られている。

 私が今言ったような話は、大学生は研究者たちから直接聞けるが、一般の視聴者は、基本的には研究者たちから直接聞くのではなく、我々から聞くことになる。我々が研究者たちの話を聞いて、映像やVTR、CGなどで一般の視聴者にわかりやすいような形に整えて伝える。メディアという言葉というのは、媒体、媒体というのはつなぎという意味である。研究者の世界のことを、いろいろと聞いてそのエキスを抽出し、人にわかりやすいような形で伝えていくことがメディアの、テレビ局の仕事なのかなと考えている。

 最後にテレビについて話したい。テレビ局というのは、情報産業、映像産業など、色々なことを言う人いるが、実際のところ装置産業である。電波発生装置である。電波を発生している限りテレビ局は収入を得ることができる。富山テレビは大体60億弱ぐらいの売り上げがある。私は富山テレビの営業部長として夢を売ってるんですよと言えると最高なのだが、基本的には番組を売っている。時間を売っているのだ。番組で会社のCMを15秒流すとすると、これには費用かかる。一番高いところで、たった15秒のCMを1回放送するのに20万かかる。これがテレビ局である。なぜそういうことになるかと言うと、実はゴールデンタイムと言われる時間には、富山テレビがつくっている番組はほとんどなくニュースぐらいしかない。キー局がつくる番組に我々はお金を支払っている。番組をつくるのにかかる費用を、コマーシャル料という形でもらっているから、コマーシャルの値段が途方もなく高くなる。例えばみなさんが自分の宣伝をしたいと思ったら、安いところで1分10万円ぐらいになる。テレビ局とは結局時間を売る会社なのだ。

 また、限界産業でもある。限界というのは時間を売っているだけに、24時間しかつくれないということである。何十時間もつくれないので、どんどんその時間の単価を高くしていくことになる。

 最近、富山のことで全国ニュースになっているのは、越前クラゲと雪である。よく映像で、雪が10cmか20cm位しか積もってなくても、下から映すと、ひざ上ぐらいまで雪があるように見える。すると、雪国は大変だということになる。私が学生時代に東京にいた時に、富山のニュースで一番覚えているのは、雪で富山大学の屋根が落ちたことである。これは全国ニュースにもなった。

 ひと昔前、電脳山田村が注目された。あるいは光岡自動車が日本で10番目の国産自動車メーカーになったというようなものも含めて、いろいろなもの、人の活動を掘り起こして伝えていくというのが、今後の地域マスメディアとして欠かせない要素になるのではないかと考えている。我々も色々な富山で起きる、起きようとしていること、あるいは富山にあったのだが我々が知らなかったもの、そして価値あるものを、常に目を光らせて、どんどん取材して、放送していきたいと考えている。