大学等連携事業

2005年度 富山大学 「環日本海地域の自然環境とその変遷」


2005年度 富山大学総合科目特殊講義
平成17年12月6日
富山大学
第9回

講師 東京女子大学
元教授 小島 覚 氏

 私は、植物生態学を専門とし植物と環境とのかかわりを中心に、気候や植生の特徴に基づく地域区分の研究や、植生と環境の関連を明らかにする研究をしてきた。その専門に基づいて、本日は日本海地域の自然環境とその変化を、現在-過去-未来という時間軸に沿って話をしたい。

1. 環日本海地域の自然環境:世界的にも多様性に富む自然

世界的な視野で見たとき、日本海地域はきわめて自然の変化に富んだ多様性豊かな地域であると考えてよい。日本海地域が属する温帯地域は、気候的に見てたいへん変化に富んだ所で、日本で四季の区別がはっきりしているのも、実はそこからくるものである。地球規模で大気の循環を考えてみよう。赤道付近で温められた空気が激しい上昇気流を作り、5000~8000mの上空まで昇り、それが北極方向あるいは南極方向に流れていき、緯度およそ30度ふきんで今度は下降気流になり降りてくる。この大きな循環をハドレー循環と言うが、下降気流になって降りてくる辺りがちょうど温帯になるわけである。しかし、気流は必ずしも同じ場所に降りてくるとは限らず、そのときによって少し南北に変動する。下降気流が降りてくると断熱圧縮を起こし、そこに高圧帯が形成され非常に暖かくなると同時に乾燥する。フェーン現象の大規模なものだと考えればよい。その高圧帯が季節やそのときの条件によって南北に移動するため、寒くなったり暖かくなったりする。

 海もまた気候条件に大きく影響する。日本列島はユーラシア大陸の東縁に位置するので、気候は大陸性気候を基調とする。ところが日本列島の場合、直接太平洋に臨んでいるため、その影響で大陸性気候のパターンがいくらか崩れ降水量が増加する。

 それに加えてアジア・モンスーンの影響がある。アジア・モンスーン気候では、乾季と雨季がはっきりと分かれており、夏は雨季、冬は乾季に当たる。なぜ夏が雨季になるかというと、インド付近のベンガル湾で発生した大量の水蒸気が、湿舌という湿った気団の流れとなって春の終わりから夏にかけてユーラシア大陸の東海岸沿いに、北海道ふきんまで北に伸び出してくるからである。それが日本の梅雨を形成する。

 しかし、もう一つ無視できないのは、日本海の影響である。日本海を北上する対馬海流は典型的な暖流で、緯度の割に日本海の水温を高い状態に保っている。水温が高いということは大量の水分が蒸発するということで、それがシベリア高気圧由来の乾燥した冷たい空気に大量の水分を供給する。その流れが日本列島の背骨をなす高い山々(北アルプスと呼ばれる飛騨山脈はその好例だが)にぶつかり、山脈を越えるとき、断熱膨張を起こして、大量の水分を雨や雪の形で落としていく。シベリア高気圧の張り出しは冬に著しい。そのため冬期乾燥型のアジア・モンスーン気候の中にありながら、日本列島の日本海側だけは夏よりもむしろ冬のほうが降水量が多くなっている。

 さらに、環日本海地域は地勢的にも非常に複雑なところである。日本列島には2000mを越す山々が連なっており、大陸部ではロシア沿海地方にシホテ・アリン山脈、長白山脈、中国東北地方には大興安嶺、小興安嶺があり、いくつも山脈が集中している。高い山、例えば標高3000mクラスの山があるとすると、山麓部、中腹部、山頂部と、標高の違いに応じて気候は大きく変わる。また山の斜面の向きによっても気候条件は変化する。このことが環境の違いによる生物のすみ分けを促し、生物多様性の増加を作り出す。

 植生の点から環日本海地域を見てみよう。この地域には大きく五つの植生帯が認められる。①常緑広葉樹林帯、②落葉広葉樹林帯、③山岳性針葉樹林帯、④北方性の針葉樹林帯、⑤ステップ草原帯である。このほか小面積ではあるが、高海抜地にはハイマツ帯も現れる。常緑広葉樹林帯は日本列島の西南部の低地に広く認められる。この森林帯はブナ科、クスノキ科の常緑樹によって代表され、鹿児島県屋久島にはその典型例が見られる。落葉広葉樹林帯は、日本列島西南部および朝鮮半島の南端部を除く環日本海地域の低海抜地に広範囲に発達している。この森林帯はブナ属、ナラ属、カエデ属などによって代表されるが、日本では本州中部以北に広く認められる。山岳性針葉樹林帯は主として日本列島の山岳地の中海抜地に認められ、ツガ属、モミ属、トウヒ属、ヒノキ属、マツ属の針葉樹が森林を構成する。山岳性針葉樹林帯のさらに上にはハイマツ帯が成立する。これは極東アジアに固有の植生帯であるが、倒伏型の生育形をもったハイマツに代表され、多雪気候によく適応した植生帯である。北方性針葉樹林はユーラシア大陸および北米大陸の高緯度地方に広く見られる針葉樹林帯であるが日本には見られない。中国東北部に広く見られるカラマツの一種であるグイマツの森林がこれに当たる。中国東北部の内陸地域からモンゴルにかけての乾燥した気候のもとにはステップ草原は発達する。主としてイネ科、マメ科、キク科の草本から成る草原で、ここには樹木はほとんど生えない。富山県の森林は大部分が基本的に落葉広葉樹林になるが、これはほぼ海抜300~1500mの高度範囲に成立する。海抜300m以下の低地では潜在的に常緑広葉樹林になる。いっぽう、1500m以上、たとえば立山山地の中腹部、弥陀ヶ原あたりでは山岳性針葉樹林も見られ、さらに海抜2400m以上になるとハイマツ帯が現れる。

2. 氷期の北陸地方:平野部に針葉樹林、山には氷河

以上のように、環日本海地域は比較的限定された地域であるにもかかわらず、変化に富み自然の多様性が高い。次に時間軸に沿った自然の変遷を眺めてみよう。その例として富山の植生を取り上げる。呉羽丘陵の古沢、峠茶屋、北陸トンネルの辺りから、今から約30万年前のミンデル氷期の化石が出土する。呉羽丘陵は決して高い山ではなく、実際に化石が採取されたのも標高40~50mの低い所である。そこから、チョウセンゴヨウ、コメツガ、トウヒ、キタゴヨウ、カラマツなどの化石が発見された。これらの植物は、今では立山の標高1500~2500m辺りに生育しているが、これら植物の化石が呉羽丘陵から出てくるのは一体どうしたことなのか。地形や地層の構造などから考えると、これらの植物遺体が高い山から運ばれてきたとは考え難く、30万年ぐらい前には呉羽丘陵一帯にこれらの植物が生えていたと考えざるをえない。

 そこで、日本の中部地方に生えている針葉樹の温度環境を調べてみると、例えばイチイは暖かさの指数(Wi)が10~80ぐらいの範囲に生えている。呉羽丘陵から出てきた化石の植物5種類が共存できる最低の暖かさの指数は15、最高は70で、中間の平均を取ると37になる。暖かさの指数から計算式によって年平均気温を算定してみると、約30万年前、ミンデル氷期における富山市あたりの気温は現在より9~10度ほど低かったという計算になる。このことから推定すると、当時このあたりの植生帯は、現在に比べておよそ1800~2000mほど低かったと考えられる。それに基づいて、ミンデル氷期の富山県地方にタイムスリップしてみよう。現在の富山県地域では、標高300m以下は常緑広葉樹林帯である。そして、1400~1500mの間は、ブナなどが生えている落葉広葉樹林帯になり、1500~2500mの間が山岳性の針葉樹林である。これを全体に2000m低下させると、まさに呉羽丘陵一帯には針葉樹林が成立していたことになる。おそらく富山大学のあるこの場所にも、当時はオオシラビソやコメツガがうっそうと茂っていたのかもしれない。そして、現在のブナ林や、それより低いところに成立する常緑広葉樹の林は、当時は存在しなかっただろう。現在は2500m以上の山岳地にしか見られないハイマツが、おそらく1000m前後の山一面に生えていたのだろう。たぶん現在の美女平から弘法のあたりまではハイマツ帯だったと思われる。そして海抜1400~1500mより上は、一面のツンドラと氷河に覆われていた状況だったのではないだろうか。

 この時期、世界的に海水面が現在より約150m低かったと考えられている。海面の低下により日本列島は現在の対馬海峡のあたりで朝鮮半島と陸続きとなっていた。したがって、太平洋からの暖かい海流は入りようがなく、現在の日本海は当時非常に冷たい内海になっていたものと思われる。そのことがまた日本列島を非常に寒冷化させた原因だったかもしれない。

 ミンデル氷期以後も地球は幾度か寒冷な時期と温暖な時期を繰り返し、最終氷期が終わったのが今からおよそ1万3000年前のことである。その後の期間の中で、環日本海地域を含む現在の世界の自然環境が成立した。

3. 将来の気候温暖化:高山に棲む生物にとっては致命的な影響

 では、将来はどうなるだろうか。将来の環境を予測するさい、今いちばん問題になっているのは気候温暖化である。温暖化の主たる原因は人間活動に伴って発生する二酸化炭素やメタン、フロンといった温室効果ガスの増加である。ハワイのマウナロア山にある気象観測所で1950年代以後、大気中の二酸化炭素濃度を測定しているが、その結果その濃度はこれまで一貫して増え続けていることが明らかとなった。ところがその様子をグラフで表わすと、濃度はただ単純に増加するだけでなく、夏に下がって冬に上がるという、ちょうどノコギリの刃のようなギザギザ模様を示しながら上昇するという規則正しい周期性が認められた。この年周期パターンは植物の光合成による二酸化炭素吸収の結果と考えられる。  では、一貫した濃度の上昇は何によるものだろうか。今日現在、二酸化炭素濃度はおよそ370ppmに達している。ところが南極の氷の中に閉じ込められている空気を分析したところ、二酸化炭素濃度は約1万年前から19世紀ごろまでは280ppm程度で安定していた。それが19世紀中ごろから上昇を始め、20世紀に入って急激に増加している。その理由として、化石燃料の消費量が二酸化炭素濃度の増加傾向と非常に似たパターンを示すことから、二酸化炭素濃度の上昇は全くの自然現象ではなく人間活動に伴うものであると結論づけられた。もしこのままの勢いで将来も増え続けると、二酸化炭素の濃度は今世紀の終わりまでに恐らく700ppmぐらいまで増加するだろうと予測される。

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の最新レポートでは、温室効果ガスの発生が今後もこのままの割合で増加すると、21世紀の末までに世界の平均気温は1.8~4.5度ぐらいの幅で上昇するだろうと予測されている。このとき気候の温暖化は、世界中で一様に進むのではなく、北半球の高緯度地方の冬において最も著しいとされる。降水量は世界全体で増加するだろうが、北半球の中緯度地方や南極の冬においてとくに著しいだろう。また温暖化の結果、海水位は21世紀末までに現在に比べて9~88cmの幅で上昇するだろうとされる。

  環日本海地域は中緯度地方にあるので、温暖化の度合いも中程度で年平均気温にして約3度の温暖化が起きると予測される。降水量はあまり変わらないか、夏の降水量が多少増えるかもしれない。年平均気温3度の上昇は、気候的には植生帯が全体として500~600m上昇することを意味する。もしそのような状況になったとき、日本列島では潜在的に常緑広葉樹林地域が大幅に増え、いっぽう山岳地の針葉樹林帯は上に押し上げられることになる。そして、針葉樹林帯の上昇によりハイマツの生育できる場所は実際なくなってしまい、そこに住むライチョウやオコジョなどは生息の場を奪われる結果になるだろう。このように、気候の温暖化により致命的な影響を受けるのは高海抜地の生態系なのである。

 温暖化は野生生物だけの問題ではなく、人間生活にとっても直接、間接に非常に深刻な影響を及ぼすだろう。日本について言えば、年平均気温が3度上がるとともに暖冬傾向が顕著になり、雨量もやや増加するだろうとされる。年平均気温3度の上昇は、気候からみると緯度にして6度ほど南に下がるに等しく、例えば札幌は山形、東京は鹿児島、福岡は沖縄あたりと似た気候になると考えられるが、このことは農林水産業を含む各種産業に少なからぬ影響を及ぼすのではないだろうか。農業に関して言えば、現在の優良品種が温暖化のもとでも優良であるとは限らない。気候の変化とともに作物の開花期や実のなる時期も変わってくるだろう。花を訪れる昆虫の現れる時期も変わるかもしれない。

 だが現実に、1860年から2000年の間に世界全体の気温が約0.6度上昇しているのは、紛れもない事実である。日本は温暖化の度合いが世界平均より激しく、この100年間に平均気温で約1度上昇している。日本の降水量は統計から見ると少し減っているが、雨の多い年と少ない年の振幅が激しくなっている。そんな中で、我々は一体何をすべきか、何を目指すべきなのだろうか。その答えは私たち自身にかかっているはずである。