大学等連携事業

2006年度 富山県大学連携協議会公開講座 「韓流ブームと韓国ベンチャー」


2006年度 富山県大学連携協議会公開講座
平成18年10月7日
富山県民会館701号室
第2回 1限目

講師  富山国際大学地域学部 助教授
高橋 哲郎氏

「古い韓国」から「新しい韓国」へ

 私は1987年に韓国に1年間留学していた。その年、朴正煕(パク・チョンヒ)から続く軍人出身政権である全斗煥(チョン・ドファン)大統領の辞任を受け、盧泰愚(ノ・テウ)が民主化宣言を行い、直後の大統領選挙に勝利した。翌年にはソウルオリンピックが行われた。しかしまだ「政治の季節」だった。

 今年の夏休み、学生たちを連れて韓国を訪れたが、その当時とは違う新しい韓国の姿に驚くことが多い。現在もなお、韓国と日本の間には靖国問題や教科書問題、竹島問題など歴史認識や領土問題で鋭く対立する局面も少なからず存在する。いまだに「近くて遠い隣国」というイメージもあるかと思う。「古い韓国」のイメージを形づくる要素である。

 一方、韓流ブームは「新しい韓国」のイメージ作りに大きく貢献した。2002年に韓国で放映された「冬のソナタ」が日本でも放映されたことから火がついた。いわゆるヨン様ブームである。今はブームも少し下火になり、その影響もあってか週5便運航されていた富山*ソウル便も10月からまた週3便に減るという話も聞いている。しかし、韓流ブームにより、特に日本の女性が韓国に深い関心を持つようになったのは間違いない。また、キムチやプルコギ、チヂミなどの韓国食文化が日本に浸透してきている。

 日本がバブル崩壊以降一人当たりの所得水準が伸びない中、韓国の近年の経済成長率は(アジア金融危機の影響でマイナス成長の年もあったが)3~7%で、相対的に両国の経済力の差が縮まり、GDPの差がかつての10分の1から7~8分の1にまで縮まった。韓国の富裕層が立山観光に訪れる姿も見られるようになってきている。最初に東京、京都等を訪れたあと、登山など山好きな韓国人がリピーターとして、立山など北アルプスに足を運んでいるのだ。また、韓国の所得水準の上昇は、かつての韓国からの留学生のイメージを変えているし、ヒュンダイ(現代)自動車やサムソン(三星)電子の製品が広く世界市場(特にアメリカ市場)に受け入れられるようになった。

韓国という国

 

(写真) 聖公会大学にて
(写真) 教室内
(写真) 民俗村

 今年9月、1週間と短期間ではあったが、ソウル市内にある本学の協定校、聖公会大学にて研修をさせていただいた。研修内容は本学学生が日本語学科の学生に様々なテーマで日本の現状を日本語で伝えるというものだった。たとえば、日本の自動車産業、音楽産業、漫画などパワーポイントを利用し、画像や音声をふんだんに折り込みながら説明した。また、よい機会なので富山県と本学の紹介もさせていただいた。残念ながら、富山県の認知度は低かった。立山や称名滝など富山のすばらしい自然景観や五箇山、八尾のおわらなどの文化遺産、伝統行事などを紹介した。本県の認知度を多少なりともあげることに貢献できたかとおもう。

 

 韓国の学生の日本語能力は高く、よく理解してもらえ質疑応答も活発で、たいへん良い交流ができた。一般的に韓国の人は日本に対して大変興味を持っている。例えば韓国の新聞記事でも日本関係のものが多い。また、今はメールやチャットにより学生レベルでは何のわだかまりもなく話ができている。それに対して、日本人で韓国に興味を持っているのはまだ限られた人たちにすぎない。

 韓国の国土面積は約10万平方キロメートルで日本の約4分の1程度、人口は4725万で日本の3分の1程度であり、人口密度は韓国のほうが高い。首都ソウルには東京以上に人口が集中していて、1000万人を超える。周辺地域を合わせると人口の約4割が住んでいるという状態だ。宗教はキリスト教の社会的な発言力が強く、前大統領の金大中(キム・デジュン)氏もクリスチャンだ。キリスト教信者は全人口の2~3割を占めるといわれている。

 現在の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は商業高校を卒業したあと独学で司法試験に合格した。弁護士時代は民主化運動で捕らえられた政治犯の力になる人権派弁護士として名を馳せ、その後、政治家に転進し2003年に大統領に就任した。その選挙の際にはインターネットで盧武鉉を応援しようという若い世代のムーブメントが起こり、若い年齢層からの支持が当選に結びついたといわれている。その後、彼の政治運営の手法について批判も多いが、売春禁止法の強化など民主化・社会健全化運動には非常に力を入れている。国会は一院制で、今年4月20日から韓国の憲政史上初めての韓明淑(ハン・ミョンスク)という女性の首相が誕生した。

韓国経済の現状

 その一面、韓国は日本以上の格差社会であり、9月に韓国へ訪れた際も地下鉄構内や電車内、あるいは繁華街で貧富の格差について考えさせられる場面に遭遇した。これも韓国の一面である。

 韓国経済発展の原動力は貿易であり、2005年の輸出額は2846億ドル、輸入額は2611億ドルで、それぞれ日本の約2分の1程度である。これは両国の人口、経済規模に比べて韓国の方が貿易の占める重要性が高いことを示している。日本も貿易立国だとはいえ、巨大な国内市場が経済的安定基盤となっている。その点、韓国は海外市場の動向に左右されやすい経済体質で、貿易動向が国民経済全体に強く影響を与える。

 また、従来の財閥主導による貿易の発展にはもう限界が来ていて、そこからの脱却のためベンチャー育成が経済政策の大きな柱となっている。別のことばでいうなら「知識基盤経済」への変化が求められている。主要な輸出品が自動車と鉄鋼、半導体といっても、ヒュンダイの自動車を日本の道路上で見かけることはほとんどないし、サムソンの半導体にしても、日本企業以上に作れるものは限られている。つまり、メモリーに多額の投資をして収益を上げても、それ以外の半導体は国際競争力がまだ弱い製品しか作れないということだ。したがって、日本と韓国の間では継続的に日本の貿易黒字が続いており、これが韓国経済の構造的問題といわれている。

 すこし時代を遡ってふりかえってみると、中国が改革開放路線に入る前の70年代は確かにメイドイン・コリアの繊維品が多かった。私が留学していた1987年でもなお大邱(テグ)は繊維の産地として有名だったが、2年前に大邱を訪れたときには、ほとんどの繊維工場は開店休業かほそぼそと生産を続けている状態だった。繊維産業の経営者たちの多くは中国へ工場を移して生き残っているという話を聞いた。したがって、今は韓国発のアパレル・ブランドや、繊維でも非常に技術力の高い、付加価値の高いものを開発しようとしている。また貿易相手国も、近年、中国の存在が日本と同じように大きくなってきている。

韓国映画産業について

 「知識基盤経済」の一環として、韓国文化を世界に広め、文化産業を育成する役割を担ったのが、文化観光部映像振興課と映像振興委員会である。この映像振興委員会を通し資金的な援助が行われ、付設の韓国映画アカデミーから多数の優秀な人材を送り出している。高岡を舞台に日本でもリメイクされた「八月のクリスマス」を作った許秦豪(ホ・ジノ)監督、今年公開された「グエムル」を作った奉俊昊(ボン・ジュノ)監督など、キアヌ・リーブスとサンドラ・ブロック主演でハリウッドでリメイクされた、「イルマーレ」を監督したのも韓国映画アカデミー出身の李鉉升(イ・スンヒョン)監督である。また、近年カンヌ、ベネチア、ベルリンなど著倍な国際映画祭で受賞する韓国映画作品も目白押しである。非常に質の高い映画が数多く作られている。

 また、日本で韓国映画が幅広く受け入れられるきっかけとなった「シュリ」をはじめ、「JSA」「シルミド」「ブラザーフッド」など、南北の緊張を背景としたアクション映画も多く作られている。

 このような韓国映画産業の活気の裏にあるのが、1年間の映画の観客動員数1億600万人という数字だ。これは日本で映画館に足を運ぶ人の数にほぼ匹敵する。韓国でももちろんテレビやVTR、DVDが普及しているが、映画好きの人が多く、日本以上に映画が娯楽として認知されているといえよう。また、韓国映画の輸出先はほとんど日本で、2004年で7割、2005年に至っては8割となっている。ちなみに日本でヒットした映画は、日本で人気のある全智賢(チョン・ジヒョン)主演の「猟奇的な彼女」、「僕の彼女を紹介します」、「私の頭の中の消しゴム」という、女性がアルツハイマーにかかって記憶をなくしていくストーリー、また、ペ・ヨンジュン主演の「四月の雪」などラブストーリーが日本で公開された興行成績の上位を占めている。韓国で歴代観客動員数トップとなった「グエムル」は日本ではヒットしなかった。日韓文化の違いを考えさせられる面白い結果だ。日本以上に強く激しい韓国的な家族愛や、日本ではもう崩壊しつつある家族の強い絆、男性中心の家父長制に、違和感を覚えるか、親近感を持つかによっても変わってくる。また、1973年に東京で起きた金大中拉致事件を映画化した「KT」のような、政治を前面に出した映画も日本ではあまりヒットしていない。

韓国のベンチャー企業

 話をベンチャーに戻すと、韓国におけるベンチャーには法律的な定義があり、ベンチャー企業だと認定されると、金利面で優遇される、企業団地への入居がしやすくなる等、いろいろな優遇措置がある。この制度は1997年にできたもので、そのときできたベンチャー企業に関する特別措置法という10年間の時限立法が来年期限切れとなる。それ以降はベンチャーを審査する機関が国立や政府系機関から民間へ委託されるが、要するに、政府がベンチャー育成を正面切って推し進めるのが韓国の特徴であり、その基準として、ベンチャー・キャピタル投資型企業、研究開発型企業、新技術型企業という分類がされている。ちなみに、これにより実際に認定されたベンチャーの数は2004年は7609社だが、2001年には1万社を超えていた。しかしそれ以後、優遇措置を求めてベンチャーだといって認定を受ける企業の精査が始まり、最近は少し減ってきている。

 このようなベンチャー企業はほとんどソウルを中心とした首都圏に立地しており、製造業関連が68.0%を占める。韓国の場合、製造業というのはほとんどIT関連である。例えば最近はネットワークから音楽をダウンロードして、MP3というフォーマットで保存して音楽を聴く人が増えているが、それを携帯型製品として最初に売り出したのが韓国企業である。また日本でもユーザーを多く獲得しているウィルスワクチンのプログラムを作っているベンチャー、中国ではトップブランドのひとつとして人気があるサムソン製の携帯電話の部品類を作っているベンチャーもある。

 また、韓国の場合、映像、ゲームなどのエンターテインメント産業の短期プロジェクトへの投資を好むベンチャー・キャピタルが多く、制作費の半分以上を賄っているといわれる。例えば姜帝圭(カン・ジェギュ)監督の場合、30~40代のころに自分の会社を作って資金調達し、「シュリ」や「ブラザーフッド」という映画を作っているし、韓国最大手の元政府系のベンチャー・キャピタルであるKTBと提携して、シネマ・コンプレックス「ZOOOOZ」をオープンしたり、ファンドを設立したりしている。また、「シルミド」を作った康祐碩(カン・ウソク)監督も、ベンチャー・キャピタルと提携していろいろな仕事をやっている。今日の韓国映画の成功は、政府による強力な映画産業育成策と政府系の資金が入ったベンチャー・キャピタルによってもたらされたといえよう。また、それに加えて映画監督自らがプロダクションを起こして、制作にかかわる率が高いことも一因といえよう。

まとめにかえて

 韓流ブームによって、確実に韓国に対する関心が高まった。特に女性層が韓国に関心を向けるようになったことは大きな変化である。フランス映画やイタリア映画を楽しむように、多様なジャンルのひとつとして韓国映画が受け入れられはじめている。

 この変化は韓国経済の「先進国化」を背景としている。1997年のアジア金融危機以降、これまでの財閥主導の経済から、「知識基盤経済」への転換が確実に進められている。現在、世界市場で各国が熾烈な競争を繰り広げる中、日本と韓国双方がwin-winとなれる関係をいかに構築するか、その連携モデルが求められている。いまは中断しているが日韓FTA交渉もその一環といえよう。

 日韓連携モデル構築は日本海沿岸に住む我々が、自身の将来像を描く際に真剣に検討すべきテーマだと考える。

 個人的には、まずは双方がわだかまりなくコミュニケーションをとれるような環境づくりのため、様々な場面での「出会い」を増やす努力を続けていきたい。