大学等連携事業

2006年度 富山県大学連携協議会公開講座 「酸性雨と大気汚染物質の長距離輸送」


2006年度 富山県大学連携協議会公開講座
平成18年10月14日
富山県民会館401号室
第3回 1限目

講師  富山県立大学短期大学部環境システム工学科 教授
川上 智規氏

地球大気の構造

 地球の大気は、気温の分布によって地表に近い所から順に対流圏、成層圏、中間圏、熱圏、外気圏に分かれている。我々が住む対流圏は地上から10kmぐらいまでで、この中に地球の空気の質量のほぼ90%が含まれる。一方、地球の直径は1万2700kmだが、これを直径12.7cmの円で表してみると、この縮尺では対流圏の厚みは0.1mmになる。地球の大気は非常に薄っぺらいことがよく分かると思う。したがって、大気汚染物質が出れば大気は汚れていくし、二酸化炭素を出せば温暖化などの問題を引き起こす。酸性雨も同様だ。

酸性雨とは

 人間が化石燃料等を燃やすと、排気ガスに混じった窒素酸化物、硫黄酸化物が太陽エネルギーを得て光化学反応を起こし、硝酸や硫酸に大気中で変化する。それが雨や霧に取り込まれて地上に降ってくるのが酸性雨である。酸性雨の定義は、pHが5.6未満の雨や雪とされている。pHが1異なるごとに酸性の強さが10倍ずつ変化する。そして、pH7(中性)より数字が小さいと酸性、大きいとアルカリ性とされるのだが、酸性雨の基準pH5.6未満は中性より少し酸性側に寄ったところである。

 雨の中には水素、ナトリウム、カリウム、アンモニウム、マグネシウム、カルシウムなど+(プラス)の電荷を持つイオンと、-(マイナス)の電荷を持つ塩化物、硝酸、硫酸イオンが含まれており、+の電荷の合計と-の電荷の合計は必ず等しくなっている。だから中和されて、雨に触っても感電しないのだ。この中でH+を除いた+イオン、-イオンの双方が大気中から適当な濃度で雨の中に溶けてくる。しかし、最終的に水素のH+が水から解離して+と-を合わせるように動く。このH+が酸の原因である。つまり、-の硝酸や硫酸が増えると、H+も高くならざるをえない。これが酸性雨生成のメカニズムである。

酸性雨の状況

 富山はよく雨が降るが、その雨のどれぐらいが酸性雨だと皆さんは思われるだろうか。私の大学がある旧小杉町で測定したところ、その割合は90%以上だった。時々、酸性雨でないものがあるが、これは春先に黄砂が降ってくるときである。黄砂は+の電荷を持ったカルシウムをたくさん含んでいるので、酸性雨を中和してくれるのである。しかも、富山の酸性度は平均4.7とかなり強い。また、日本全国と比較すると、北陸地方の立山のpHは4.8、輪島が4.7、越前岬が4.5なのに対し、名古屋は5.0、大阪は4.8と、酸性雨が降りやすそうな都会のほうが低い。全国では大体一律にpH4.7前後の雨が降っている。

 では、世界はどうだろうか。アメリカの北東部は酸性雨の被害が非常にひどい所だが、アメリカ東部の平均は4.5ぐらいだ。ヨーロッパではスカンジナビア半島やチェコやポーランドなどの被害が多いが、ヨーロッパの平均はpH4.6といわれている。日本とあまり変わらないと思われるかもしれないが、実はけっこう違う。pHは酸を比較する指数で、H+(水素イオン濃度)で示されるのが本当の酸の強さである。計算式を使ってpH4.7を酸の強さに直すと20μeq/lで、4.6だと25μeq/l、4.5だと32μeq/lである。したがって、本当の酸の強さは日本とアメリカの東部で1.6倍も違うのだ。酸性雨の基準であるpH5.6をH+にすると2.5である。そして、日本の酸性雨の平均のpH4.7は20μeq/lだが、例えばしょうゆはpH4.5で32μeq/l、トマトはpH4で100μeq/lである。こういうものに比べると酸性雨の酸の強さは随分弱いということであり、酸性雨が体にかかっても何も影響はない。

生態系への影響は沈着量で評価する

 では、一体酸性雨は何が心配なのか。実は生態系への影響を評価するときには、酸の強さだけではなく、それに降雨量を掛け合わせた全体量を考えなければいけない。空から降ってくる酸の量を専門用語では沈着量という。富山の沈着量は大体800~900(eq/ha/year)で、特に新潟、輪島、立山、小杉辺りが日本で最も高い。ただ、硝酸は東京がやはり圧倒的に高いが、これは東京は車から多くの窒素酸化物が排出されるからだと思われる。また、北陸地方の降雨量の多さが沈着量の多くなっている一つの原因だとは思う。アメリカで被害がひどいアディロンダック等と比べても、立山、輪島などはより多い沈着量が観測されている。

 では、なぜそんなに硫酸が富山に降ってくるか。旧小杉町の硫酸沈着量を月別に分けてみると、11月、12月、1月、2月あたりに沈着量が多いことが分かる。日本の気象庁に当たるアメリカのNOAA(http://www.noaa.gov/)がインターネット上で公開している、HYSPLITモデル(http://www.arl.noaa.gov/ready/hysplit4.html)を使うと、あるときある場所に到達した空気の固まりがどこを通過してきたのかを調べることができる。例えば今年の2月3日にSO42-137μeq/l、pH4.2という高濃度の硫酸が観測されたが、このときは北京とソウルの近辺を通って富山にたどり着いているという流跡線が得られている。大体このルートを通ってくるときには硫酸濃度が高くなる傾向がある。

陸水生態系への影響

 酸性雨の影響では、森林が枯れる、川や湖沼の酸性化に伴い魚類が死ぬ、歴史的建造物や彫刻が溶けてしまうという被害がよく知られている。まず、ヨーロッパに多い彫刻の材料である大理石は炭酸カルシウムでできているので、酸性雨と反応して溶けてしまう。国内では、歩道標の下やビルの軒下の「コンクリートのつらら」がよく問題になる。ただ、これによってコンクリートの強度が極端に落ちることはないので安心していただきたい。

 

(写真) 枯れた森林

 森林が枯れる被害は、ヨーロッパではチェコ、ポーランド辺りがひどい。おのおの国土全体の59%、53%の森林が酸性雨により弱ったり枯れたりしている。去年、酸性雨の国際学会でチェコへ行ってきたが、見渡す限り白骨林が広がっていた。非常に土が薄く、酸性雨を中和する能力が少ないということだ。また、葉っぱが雨の衝撃を1回受け止めてから地面に落ちると、下の土がえぐられて流れることはあまりないが、ここでは葉がないので雨が地面に直接当たる。そして木が枯れているので土の保水能力が全くなく、ちょっとの雨で小川が増水して真っ茶色に濁り、表面の土がどんどん流れていってしまう。したがって、1回木が枯れてしまうと、それを再生するのはなかなか難しい話だろう。

 

 また、スウェーデンには酸性化した湖沼が2万あり、それらを中和するために、今、石灰をまいている。pHが6ぐらいになると魚が住めなくなり、いちばん酸に強いウナギもpHが5ぐらいで死んでしまう。魚たちが皆死んだあとは、水ごけが水中で繁茂し、水がすごくきれいになる。水面を通して水中の椊物を観察していると、水面がどこにあるか分からないほどである。

 魚が生きていけるのはH+の酸の強さが1未満だが、普通の陸水(河川水や湖沼水)には水素イオンを1未満に保つことができるメカニズムがある。それがアルカリ度(炭化水素イオン)というものである。川や湖に溶けている成分は大体雨と一緒で、+と-のイオンを合計すると等しくなるというのも雨と一緒だが、陸水では、雨が土を抜けるときにもたらされる炭酸水素イオンがH+をコントロールしているため、酸性にはなりにくいのだ。したがって、通常の川では大概魚が住んでいる。しかし、もともとこの炭酸水素イオンが少ない場合や硫酸がものすごく増えた場合は、H+が出て酸性化する。スウェーデンの湖は氷河が大地を削り取ってできたものなので、周りの岩などにほとんど土壌が無く、炭酸水素イオンがもともと少なかったのだ。

 日本の湖のほとんどはpH6以上で、6未満のものは火山性のものか酸性腐植栄養湖である。アルカリ度が200μeq/lを超えるような所では、pH7付近でほとんど変化しない。しかし、だからといって安心だというわけでもなく、もともとアルカリ度が400μeq/lある湖が、酸性雨の影響でだんだんアルカリ度を減らしてきているのかもしれない。すなわち、アルカリ度が200未満になって危険領域に入ってこないと酸性雨の影響が出ているか否かが分からないということで、分かったときにはもう手後れなのである。

富山県への影響

 では、河川はどうか。庄川、神通川はもちろん健全な川でpHも7を超えている。しかし、呉羽山を流れている渓流にはpHが4.89というものがある。原因は硝酸イオンが渓流水に流れ出してきていることだと考えられる。先ほど申し上げたように、窒素酸化物の沈着量が日本、特に北陸は非常に多く、呉羽などはアメリカで被害が出ている地域の3~4倍ぐらいの沈着量がある。

 以上、富山は日本国内でいちばん硫酸の沈着が多く、酸性雨の問題は富山県民には割と身近な問題である。まだあまり被害が見えてこないのは、土や水がちゃんと中和能力を保っているからだが、被害が顕在化したときには手後れになっている場合が多いので、早めの対策が必要だと思う。また、この解決には国際協力が絶対に必要だ。日本の環境省主導で作ったEANET(東アジア酸性雨モニタリングネットワーク)は東南アジア各国38か所にモニタリングをする場所を設け、各国の酸性雨の状況を公開する活動を1999年から開始している。しかしまだ観測点が少なく、富山の風上に当たる北京や瀋陽などには全然観測点がない。私はこの陸水関係で仕事をしていたが、やはり各国から出てくる分析データには問題が多い。もう少し技術レベルを上げるような国際協力が必要ではないだろうか。