大学等連携事業

2007年度 富山県大学連携協議会公開講座 「中国物権法の制定」


2007年度 富山県大学連携協議会公開講座
2007年9月8日(土)
15:00~16:20
ウイング・ウイング高岡 503号室
第1回 2限目

講師 高岡法科大学法学部 准教授
銭 偉栄氏

1.物権法の起草および採択

 中国物権法の起草が始まったのは1993年ごろである。契約法の起草もほぼ同時に始まったが、物権法については、これからの所有制度をどう定めればいいのかなど、国の制度の根幹にかかわる問題が数多くあった。そのため、契約法は1999年に施行されたが、物権法はそれよりだいぶ遅れて、今日まで実に7回の審議を重ねてきた。ちなみに、中国では、1949年国民党が台湾の方に行ったことにより、同党政権下で作られた中華民国民法典という法律自体が中国大陸でその効力を失い、民法典がないという事態が今日までずっと続いている。

 物権法草案は、ようやく今年の3月16日に圧倒的多数で採択され、今年の10月1日に施行されることになっている。以下では、なぜ物権法の制定を急ぐ必要があるのか、急ぐ必要があるのになぜそこまで延びてきたのかをご説明しよう。

2.物権法制定の社会的背景

 まず、その背景には、中国における最近の私有財産の増加が、物権法という財貨帰属秩序を定める法律を必要とするという事情がある。中国では、1950年代に人民公社という、中国特有の財産の公有制を実現して以来、庶民の財産、特に不動産の所有はほとんど認められなかった。ところが1978年以降、改革開放路線の実行により国民経済が発展し、それと同時に国民の生活も豊かになって、一部の富裕層が莫大な財産を築いた。その人たちの、自分の財産を取り上げられる時代がまた来るのではないかという心配を解消するために、中国の憲法は、「私有財産はこれを保護する」と明記した。さらに最近、2004年にその保護のグレードをさらに高め、「これを侵すことはできない」として、個人財産の保護をよりいっそう強化したのである。

 しかし、どのような形で保護するのか、侵害されたときにどんな法的な救済手段があるのかは、やはり私法で定めなければならない。本来ならば民法で定めるのだが、民法がないので物権法がどうしても必要となってきたわけである。

 中国は土地について公有しか認めていない。そこで、土地公有制の前提の下で、土地をいかに利用できるのかという問題が出てくる。ちなみに、改革開放路線が始まるまでは国有の土地は、国が無償で貸していた。ところがその後は土地の価値に目覚めて、土地をうまく利用すれば財源が増えるということで、土地を有償で使わせる制度を作った。それが、現在の土地使用権制度である。

 実は物権法を作る前に、既に担保法というものが作られていた。銀行は、お金を貸すときには必ず抵当権を設定して、将来お金を返してもらえないときにはその不動産を強制的に競売にかけて、その代金から自分の債権を回収する。中国でも抵当権という制度を担保法の中に規定して、そこでは既に土地使用権の上に抵当権を設定することを認めている。そのほかに、土地使用権を認めたが、これを譲渡することができるかどうかという問題がまだ残っていた。従って、物権法の中でどうしてもそういう規範が必要とされたわけである。

 もう一つの問題として、住宅の二重譲渡が中国で深刻になっていることである。1990年代後半から中国では、土地は公有だが、建物の私有化が加速しはじめ、現在、私有化率が結構高い。もちろん一軒家はそれほど多くないが、集合住宅という形でマイホームという夢をかなえたわけである。中国では、新築集合住宅の売り主はほとんど不動産業者で、国から土地使用権を設定してもらい、その上に集合住宅を建てて分譲する。その分譲の際、Aさんに売った後に、同じ物件をさらにBさんへ売るという二重譲渡のケースが出てくる。そのトラブルを解消するためにどういうルールづくりが必要なのかも、問題とされているのである。

 さらに、集合住宅では1個の部屋は単独所有だが、廊下やエレベーター、特に車庫などについては、誰が所有権を持っているのか、それとも共有すべきなのか。それをめぐっても不動産業者と住民との間でトラブルが多発している。

 そして、マンションの管理も問題となる。中国の今の状況はこうである。不動産業者が集合住宅を建設して、その集合住宅が何棟かで一つの団地をつくる。その周りを塀で囲んで入り口に警備員を配置し、団地およびマンションの安全を管理するわけだが、管理業者と住民との間でトラブルがいろいろ発生している。本来ならば管理業者は、所有者である住民のためにサービスしなければいけないのに、なぜか偉い顔をして威張っており、北京などでは警備員が住民を殴るなどのトラブルが発生している。だから、管理業者と住民との間の関係をめぐる法制度が必要となるのである。この点に関して、従来は不動産業者が選んだ人が管理者になっていたが、物権法が制定された以後は、条例も改正され、これからはマンションを管理する管理業者は、住民が選任することとなった。

3.物権に関する従来の法規範の問題点

 法制度の面でもいろいろ不備がある。まず、物権および物権法という概念が欠如していた。長い間、物権ないし物権法というものは、資本主義法体系に属する法概念であって、社会主義の国である中国が受け入れるべきではないものとされた。従って、いまもなお効力を持つ民法通則という、非常に原則的な規定しか設けていない法律の中で、財産所有権は認められているが、物権は認められていない。物権法の制定によってようやく法律が、物権そして物権法を正面から受け入れたわけである。

 また、物権法の規範の体系化が欠如していた。物権に関して、従来の法律は、個別的に土地利用権を定めていたが、それらの法律は、国が土地の利用を可能にするという視点から作られていたものである。それから、「物権」の保護に関する民法通則の規定が具体性を欠いている。憲法では所有権を保護するといっても、具体的に争っているときには憲法の条文を持ち出すことはできない。私法の観点から、土地利用権者がどういう権利を持っているのか、自分の権利が侵害されたときにはどのような救済手段があるのかを定めた部分が欠如しているのだ。

 ところで、物権法草案の起草段階で、北京大学の巩(ゴン)教授による物権法(草案)の違憲論争が起こり、これが昨年末に採択される予定だった物権法の成立をしばらく停滞させた。物権法草案の内容の一部が憲法違反だという巩教授の批判は当たらないと思う。しかし私は、中国の改革路線と憲法の精神との矛盾を巩教授がずばり指摘したと思う。特に、最近日本でもいろいろ言われている貧富の格差の拡大は、社会の中でさまざまなトラブルを発生させている。しかも、一部の人が国の財産を私物化することに対する反発が、庶民の中にはあった。例えば、国有企業の経営をある個人が請け負って、莫大な利益を得た場合、その利益は国の財産を使って得たものだから、国にすべて還元すべきではないか、という反発がそれである。

4.物権法の主な内容~日本と比較して~

 中国で言う「物権」は日本と同じで、所有権や用益物権などがある。土地の利用に関して、まず「土地請負経営権」という用益物権がある。つまり、土地が集団所有とされている農村で、農民が土地を自分で耕作などに使いたいときのための物権である。日本法上の永小作権に当たるものである。

 同じく土地の利用に関して、「建設用地使用権」というのがある。これは日本で言う地上権に相当する物権で、主に国有地の上に建物を建てるときに使われる物権である。つまり、外資系企業が工場を造る場合、国有地の上に建設用地使用権を設定してその土地を使用するのが普通なのだ。また「宅地使用権」は、農村部で農民が集団所有の土地を使ってわが家を建てるときに使うものである。

 さらに「地役権」というのもある。これは相隣する二つの土地があって、自分の土地から道路に出るにはどうしても他人の土地の上を通らなければいけないときに、そこを通らせてくれと求めることができる物権である。この地役権も物権法で認められているが、日本の地役権が基本的には所有地の上に設定されるのに対し、中国では個人所有は認められていないので、建設用地使用権の上に設定される。

 建物を売却する場合、所有権は買い主に移転する。所有権の移転を含めて物権変動と言うが、物権変動をするときには必ず登記が必要で、登記の移転が伴う。ところが、その登記の役割が日本と違うのだ。通常、物権変動の中で登記の担う役割が二つある。一つは効力要件で、登記して初めて物権変動が生じ、所有権が移転する。これは中国の物権法が認めている。これに対して日本法では、登記は対抗要件である。例えばAとBとの間で建物の売買をした場合、その所有権の移転は当事者間の合意だけで移転し、登記は要らない。ところが、所有権の移転はAとBとの二人の間では分かるが、ほかの人は分からない。そこで、所有権の移転を第三者に示す方法が、登記である。売り主から建物を購入したとしても、もし登記を移さなければ、売り主がほかの人にさらに二重譲渡して、しかも建物登記をその人に移してしまうことがあり得る。この場合、第一の買い主は、第二の買い主に対して所有権の主張ができない。もちろん売り主に対して損害賠償請求はできるが、建物を手に入れることはできなくなるのだ。

 もちろん中国の物権法の中で例外的に登記が対抗要件とされる場合がある。ただ、その場合に日本法と違うのは、第三者、つまり第二の買い主が善意でなければならない。この「善意」とは、善し悪しの善意ではなく、知らなかったということであり、その場合に初めて第三者が保護される。

5.土地の利用をめぐる法律関係

 中国では、土地は国有と農民の集団所有とされていることは既にお話ししたが、これらの土地を利用したいときにはどうすればいいのか。

 まず、農民集団所有地の利用について、農業生産に利用したいときには、土地請負経営権という物権を設定して耕作など農業生産を営むことができる。そして、農民がそれを宅地としても利用することができる。

 国有地の場合には、基本的には建設用地使用権を使う。これは、従来は国有土地使用権または土地使用権と呼ばれる場合が多かった。土地使用権を有償で設定することによって国有地の有効活用を図ろうとするのが、1987年4月に打ち出した政策であり、最初は天津や上海のような大都市で試験的に行い、その後それを一気に全国に広げたのである。土地使用権の設定・譲渡について、土地使用権設定等暫定条例が公布され、それには詳細な規定が設けられている。ちなみに、中国の条例は日本法で言う条例とは違い、日本の内閣府が公布した政令に近い性格を持っている。

 例えば工業、あるいは商業施設や娯楽用施設などを造るときに、国有地を使うことができる。もちろん集合住宅を建設するときには、すべて国有地を利用しなければならない。農民集団所有地に工業施設などを建設する場合には、まず土地収用手続きを経て当該農民集団所有地を国有地に変更しなければならない。

 建設用地使用権の内容は日本の地上権と似ている。つまり、それは、当該土地を利用して建物、構築物およびその付属施設を建設することができる権利である。建設用地使用権は、物権法で初めて用益物権と明確に位置づけられた。従来、これは物権か債権かといろいろ議論があったが、これで物権であることが明らかになった。債権と比べると物権の効力は大きい。建設用地使用権は、原則として建設用地使用権設定契約を締結することにより有償で取得することができる。従って、外資系企業や中国の民間人が中国で土地を利用したいときには有償である。これに対して、政府機関や軍事の施設や公益施設、国の関連施設の場合には無償である。

 国有地を利用する場合には、書面による契約を締結しなければならないとされている。中国では、書面による契約の成立を要する場合が多く存在する。不動産の売買や不動産物権の設定以外でも、中国では慣習上、書面がとても大事にされていて、口頭の約束は軽視される傾向がある。書面がなければ合意は成立しないという考え方が古くからあるのだ。

 外資系企業にとっての落とし穴は、誰を相手にして建設用地使用権の設定契約を結べばいいのかという点だ。それが分からないとリスクは高くなる。これについては、日本の最高裁に相当する中国最高人民法院が、開発区管理委員会に建設用地使用権設定契約を結ぶ権限がない旨の解釈を出している。中国では、最高人民法院の解釈が法的拘束力を持つのだ。したがって、開発区の管理委員会を設定者として設定契約を締結しても、その契約は効力を生じないことになっているので、注意してほしい。

 また、建設用地使用権の存続期間と更新についても、法律の制定過程の中で一つ変わった点がある。建設用地使用権を設定してもらった場合、何年ぐらいこれを使うことができるのか、期間満了後はどうなるのか、心配だと思う。一応この期間は、住宅地の場合は70年、工業用地などは50年、商業用地は40年という最長期間がある。ただ、住宅用の建設用地使用権の存続期間が満了したときは、物権法では自動更新される。すなわち、特に建物の所有者が「もう要らない」と言わなければ自動的に更新されるのだ。草案段階では、まだ更新請求が必要とされていた。つまり、期間が満了したら、この建物の所有者は更新請求をしなければ建設用地使用権設定契約が終了してしまうということになっていたのだ。

 なぜそれを変えたかというと、住民側は、当然のことながらその土地に住み続けたいわけで、いちいち更新を求めることは住民側の利益に対する配慮が足りないということが一つである。もう一つは、中国は一軒家が少なく、ほとんど集合住宅である。集合住宅となると、一気に全部更新の時期が到来する。そのときに多分、行政側が対応できないのではないか、ということで、住民側の利益などを考慮して、住宅用の場合には自動更新されることになったのである。

 それ以外の建設用地使用権の場合については、物権法はそれをほかの法律の規定に委ねている。ほかの法律を読むと、期間満了の1年前までに契約の更新を請求しなければならないということになっている。そして、特別な事情がない場合には、更新の請求を認めなければならないとなっている。次に建設用地使用権の譲渡だが、土地所有権の譲渡はできないが、用益物権である建設用地使用権の譲渡や抵当権の設定などはできる。

6.物権法の時代的意義と今後の展望

 最後に、この物権法が中国にとって持つ意義をまとめてみる。

 1点目は、社会主義公有制を放棄することは、恐らく共産党政権が続く限りはあり得ない。しかし、この社会体制の下で、私有財産を国有財産および集団所有財産と平等に保護することを宣言したことが、大変重要なことだと思う。つまり、取引関係に入ると、国といえども優位に立つのではなく、一般の市民と同じ立場に立たなければならないことになったのである。

 2点目は、憲法によって宣言された私有財産の保護に、私法上の制度的保障を提供したことである。

 最後の1点は、財貨帰属秩序に関する法規範を体系化したことだ。私有財産がほとんどない時代には物権法がなくてもいいのかもしれない。しかし私有財産が増えると、その帰属をめぐる争いが自然と生じてくる。

 今後の展望としては、第1に、登記制度の整備、不動産登記機関の統一が急務となるだろう。登記が効力発生要件または対抗要件とされる以上、登記制度を完備しないと大変な混乱を生じる。現在の中国では、登記機関がばらばらである。例えば土地使用権は県や市にある国土資源局の土地管理部門で登記する。ところが、家屋、建物の場合には建物管理部門、森林、立木の場合は林業主管部門で登記する。これはやはり統一しなければならない。

 もう一つ、今後は物権に関する法規範の統一も必要になる。現在、物権に関してはいろいろな法律があり、その法律間で矛盾も多く存在しているのだ。たとえば、集合住宅管理について政府がすでに条例を作っているが、その条例には物権法に反する規定があった。そこで、8月26日にその条例が物権法に合わせて改正された。恐らく将来ほかの法律も続々改正されるだろう。

 物権法の制定が中国民法典の制定のネックになっていた。物権法の成立により、民法典制定の障害が一応取り除かれた形になった。近い将来、中国の念願であった民法典が完成するのではないだろうか。