大学等連携事業

2007年度 富山県大学連携協議会公開講座 「和漢薬と生活習慣病」


2007年度 富山県大学連携協議会公開講座
2007年9月15日(土)
13:30~14:50
富山県民会館 302号室
第2回 1限目

講師 富山大学和漢医薬学総合研究所 所長
濟木 育夫氏

1.漢方方剤および漢方治療

 富山大学には和漢医薬研究所と和漢診療部があり、漢方の基礎研究と臨床がうまくキャッチボールできるという大変ユニークな大学である。今日はこの和漢薬、漢方薬とは何かということと、最近よく言われている生活習慣病、そしてこれらをつなげる免疫系について少し考えてみたい。

 免疫とは、われわれの体をウイルスや細菌などの外敵から守るため体内に存在するミクロの戦士(細胞)が関与する防御機構である。われわれがいつまでも若く元気に、美しく生きるためには、まずこのミクロの戦士、免疫系の細胞を元気にしておくことが極めて大事である。漢方薬が何とか力を出して、そういう細胞に力を与えてわれわれを守ってくれればと思う。また、生活習慣病と言っても、糖尿病も、高血圧も、高脂血症も、がんもそうだが、今日はそのうち、日本人の死因のトップである「がん」を中心にお話しする。

 私が母に聞いた漢方薬に対するイメージは、昔から使われてきた伝統的なもの、作用が穏やかで、体に優しい、副作用が少ない、そして、体質によって処方される漢方薬がありなにやら難解な理論に基づいて使われているようだ、というものだった。

 漢方薬には三つの特徴がある。一つ目の特徴は、複数の生薬(しょうやく)を組み合わせて煎じて作るということである。実際、漢方薬は「漢方方剤」、つまり組み合わせたものという言い方をする。例えば芍薬(シャクヤク)や甘草(カンゾウ)などいろいろな生薬があり、多くのものは植物あるいは動物、鉱物が基になっているが、これらを組み合わせて処方して使う。例えば高麗人参や朝鮮人参と言われるものは漢方薬の構成生薬の一つではあるが、処方して使っていないので厳密には漢方薬とはいわない。二つ混ぜたものの一例としては芍薬甘草湯がある。これはこむら返りやしびれがあるときに使われる。がん患者に西洋薬のタキソールという制がん剤を使うと副作用でしびれが出てくるが、そのときに芍薬甘草湯を一緒に飲むといい。つまり、東洋医学と西洋医学がお互い手を組んで仲良く治療に参加するという状態が今、少しずつ訪れているのだ。

 二つ目の特徴は、実際に複数の生薬を煎じるときには、そのまま混ぜるのではなく、漢方の世界で2000年以上かけて培われてきた経験的な知恵に基づき、「修治」して用いるということだ。この修治とは加工する・処理するということである。つまり、各生薬を混ぜて単に煎じるのではない。例えば、甘草などはあぶって使う。要するに、のりを少しあぶって食べるとパリパリしておいしいというのと同じである。あるいは、野菜を食べるときに、少し湯通ししたり、油で炒めたりするとおいしくなるのと同様だ。附子(トリカブト)の根は冷え症の人を温めるための重要な生薬だが、副作用が非常に強くて、大量に人に与えると死んでしまう。従って、漢方では修治した「炮附子」を煎じて使っている。

 三つ目の特徴は経口投与ということである。漢方薬は決して血管の中に入れて注射するなどという使い方はしない。ただ、軟膏基剤(塗り薬)もある。例えば「紫雲膏」と呼ばれる漢方薬は紫根が入っている軟膏基剤で、ゴマの油で軟膏を作って、やけどや痔に使っていた。ところが、紫色のものすごく毒々しい色の軟膏剤ができるため、真っ白のシャツが紫色になってしまうので嫌がられている。

2.西洋医学(現代医学)と東洋医学(漢方医学)

 西洋医学と東洋医学の考え方の最大の違いは、西洋医学が健康か病気か白黒はっきりさせるという考え方に基づいているのに対し、東洋医学では、黒白の中間部分があることだ。この部分が「未病(いまだ病にあらず)」という考え方である。つまり、ひょっとしたら病気になってしまうかもしれないが、健康に戻れるかもしれないという、ちょうど中間的な状態があるという考え方であり、ここから漢方薬の処方が出てくる。健康食品や機能性食品が最近騒がれているのは,この中間部分の人がたくさんいるからだろう。

 例えば、自分では病気でもないし熱も出ていないと思うが、首筋が張って肩が何か調子が悪いな、ストレスがかかっているのかなという状況がある。あるいは、この前、健康診断に行ったら血圧少し高いとか検査値が異常だとか言われたが、病気ではないという状況は、皆さんもご経験があるのではないだろうか。こういう状況が漢方の得意の領域である。それをわれわれは通常、「未病」という難しい言葉ではなく、「健康不調」という言い方をしている。食生活面であまり規則的に食べていない、ストレス、過労気味、タバコを吸い過ぎている、寝不足、酒を飲み過ぎたといった状況が、この健康不調になる要因である。これを「生活習慣要因」と言い、それによって引き起こされる病気のことを「生活習慣病」と言うようになってきている。

 そのような状態にある人も、そこで不摂生せず、きちんと節度を持って行動すれば健康状態に戻ることができるのだが、「大したことはない」と無視して不摂生や不養生をすると病気の方に行ってしまう。こういう状態の人に西洋医学の先生は薬を処方することはできないが、漢方の場合だと、例えば葛根湯(かっこんとう)という薬を出す。葛根湯は僧帽筋から首にかけてこわばる状態があるときに効くが、これは風邪の初期症状であることがよくある。要するに、漢方医学の考え方は、ヤジロベエやシーソーと同じと考えられる。外からと内からの因子によって生じた体のゆがみ、アンバランスを元に戻そうということだ。一方の西洋医学では、痛ければ痛み止めを飲んで痛みを抑えるという薬を出す。

 資料の漫画に、いかにも弱々しそうな2人が描かれている。漢方医学では、このようにぐったりとして食欲もない人たちは、自ら治そうとする生命エネルギーが非常に不足した状態にあるから元気が出る漢方薬を与えようという考え方を取り、そういう漢方薬を「補剤」と言う。非常に有名なのが、補中益気湯、人参養栄湯、十全大補湯などである。

 逆に、何かプリプリしていて、今にも爆発しそうで、子供に当たり散らすような人がいる。こういう人はむしろ病的なくらい生命エネルギーが有り余ってしまっている。そういう人にはそのエネルギーを抜く漢方薬がある。抜くということを漢方では捨てると言うので、「瀉剤」と呼ぶ。例えば汗をかかせ、おしっこを促し、下剤で出す。そして水を補ってバランスの調節をするための薬である。

 従って、ある患者さんを診たときに、この人の中の病的なエネルギーを抜いてあげた方がいいのか、エネルギーが不足しているから補ってあげた方がいいのかを見極めて使うことになる。漢方薬の場合は西洋医学のような病名診断をせず、その人の病気の状態でその漢方薬を使っていくことになるわけだ。

 スイカで言えば、西洋医学は縦に切っていく。そして、更年期障害、アトピー性皮膚炎、関節リウマチ、糖尿病性の網膜症などの病名診断を下す。アトピー性皮膚炎という判断を下せば当然、抗アレルギー薬というお薬を出す。それに対して東洋医学の場合はスイカを横に切ってしまう。例えば気虚と言って、生命エネルギーや気力がない、つまり元気がないときには、関節リウマチの患者さんにもアトピーの患者さんにも同じ漢方薬を使うことがある。すなわち、漢方薬のいいところは、病気をまたいで使うことができるということだ。桂枝茯苓丸という有名な漢方薬は、「瘀血(おけつ)」と呼ばれる血の巡りが非常に衰えて乱れた状態のために、手足が冷たくなったり、脳梗塞や更年期障害など、いろいろな病気が出てくると考え、それを改善するためによく使われる。

 また、アトピー性皮膚炎の人が西洋医学の皮膚科などに行くと抗アレルギー薬が出るか、かなりひどいとなると、ステロイド軟膏が出る。ところが漢方医学ではアトピー性皮膚炎でも見ただけで各自、明らかに状態が違うと判断されると、たとえば、真っ赤になってほてっているような人には白虎加人参湯を出し、逆に冷えた人には温めるために四物湯、温清飲を使う。また、血の巡りが悪くなってアトピー性皮膚炎を起こしている人には桂枝茯苓丸を使うのだ。

 そのような形で、漢方薬は異なった病気に対しても同じ漢方薬で治療するし、同じ病気でも違った漢方処方で治療を行う。だから、一つの漢方薬がいろいろな病気にも効くし、いろいろな病気に対していろいろな漢方薬が使われることになるのだ。

3.生活習慣病と死亡率の変化

 生活習慣病の話に移ろう。先ほど申し上げたように、食生活の乱れ、タバコの吸い過ぎ、飲み過ぎ、眠れないなど、いろいろな要因で病気になっていくわけだが、そのようないわゆる生活習慣要因が皆さんにも少なからずおありだろう。実はわれわれの体の中には大きく三つのバランスがある。免疫系、神経系、内分泌系(ホルモン)である。

 例えば免疫系のバランスが崩れると全部のバランスが崩れてきて、肥満、糖尿病、高血圧、高脂血症、がん(特に大腸がん)、あるいはストレス性の疾患が出てくる。われわれの世代には胃がんが一番多かったが、今、胃がんはがんの中ではほとんど治る病気になってきて、逆に大腸がんが増えている。それは食生活において、お漬物やお茶漬けを食べた世代からマクドナルドのハンバーガーやポテトチップを食べる世代に変わりつつあることが一つの原因である。

 生活習慣病には、がんが含まれる。私の亡くなった父が「一番怖い病気は結核だ」とよく言っていたものだが、結局はがんで亡くなった。実際、日本人10万人に対する死亡率を見ると、結核は1940年あたりがピークで、今は病院でもほとんど見られなくなった。それは3種の新しい薬の併用療法で抑えることができるようになったからだ。ところが、減少してきた脳血管、脳卒中に対して、25年くらい前からがんがトップに躍り出て今もどんどん増えている。

4.がんの発生と転移

 われわれの体は約60兆個の細胞からできている。そして、1個1個の細胞の中には核と呼ばれる大事な場所があって、その中に二重らせんを持った遺伝子が入っている。今、60兆個の細胞のうち1個の細胞の核の中のDNA、遺伝子がおかしくなるとがんになるということが分かってきている。つまり、われわれの細胞の中に保存されている大事な設計図に何かミスが生じると、がんができるのだ。その変化を起こすのは、アスベスト、化学物質、ダイオキシン、UVや宇宙線のような放射性エネルギー、ウイルスなどで、これらが設計図に傷をつけ、細胞がどんどん変異していくのが「発がん」である。

 しかし、遺伝子が傷つくとすぐがんになるかというと、1回の傷ではなかなかならない。傷ついた幾つかの遺伝子が重なってがんになることが分かってきた。当然われわれの体はそういう傷ついた細胞を除こうという努力を常にしており、その行動のことを、「アポトーシス」と言う。これは、イチョウの葉が青々としていたのが秋になると黄色くなってひらひらと落ちてくる現象と同じである。つまり、「顔つきが変わっておかしくなったぞ」「こいつ何かおかしいぞ」という状態は設計図が狂ってきたために生ずるわけで、われわれの体はそういう細胞を自ら取り除こうという努力をしているということだ。さらに、免疫系の細胞がそのおかしくなった細胞を取り除こうという努力をしていることも分かってきている。

 がんそのものよりもっと怖いのは、がんが転移するということだ。大腸がんだと一番最初に転移するのは肝臓である。この転移もでたらめには起こらないということも最近の研究から分かってきた。例えばメラノーマのような皮膚がんは肺に転移し、乳がんは骨に転移する。また、男性の前立腺がんは腰椎に転移する。さらに大腸がんだけでなく、胃がん、膵がんなど、消化器系のがんは肝臓に転移する。従って、転移を防がないとがんは治らない。この場合、転移とは1個の細胞が逃れていくわけだから、それを追い掛けてやっつけてくれる兵隊が必要になってくる。それが免疫系の細胞なのである。また、われわれの体の中にはウイルスや細菌のようなものが外から入ってくるし、がんのようなものが体の中から出てくる。がんが厄介なのは、仲間うちから起こってくるので、なかなか見分けがつかない点だ。そういう意味では免疫系は、自分でないものを最初に見極める力がある。

 体内にはそれを見極めるための幾つかの兵隊がいる。白血球は骨からでき、いろいろな機能を持ったものに分かれる。そのうち、とりわけ大事なのがT細胞である。のど仏の辺りに、実は胸腺と呼ばれる臓器がある。骨からできた白血球が胸腺という学校で勉強して卒業してくると、T細胞という名前のエリート集団になるのだ。このT細胞を元気にさせておかないと外敵から守れないことが分かってきた。一方、B細胞とは、そういう学校を出ていない細胞のことを言う。

 T細胞の中にも、がんに立ち向かってそれを殺すキラーT細胞と呼ばれるものもいるし、いろいろな仲間の細胞を助けて介護する役割を担うヘルパーT細胞もいる。このヘルパーT細胞のうち、1型と2型の二つのバランスが大事であることもわかってきた。この二つはシーソーと同じで、健康な人は1型と2型のバランスが保たれている。ところが、がんやウイルスが入ってくると、いつでもそれと戦える状態にまで免疫系の細胞を活性化しなければならないため、われわれの体は1型を増強する。逆に2型が増強されると、タンパク質から成る抗体がたくさん作られる。これはちょうど手裏剣のようなもので、投げられた抗体はがん、ウイルスなどにくっつき、それを無害化していく。しかし、もしシーソーの傾きが行き過ぎると、がんやウイルスや細菌を殺すだけではなくて、自分まで殺し始める。糖尿病なども自分で自分の細胞を殺すことにより起るのである。また、肝障害、自己免疫疾患なども1型が増え過ぎてしまうと起こる病気である。また、逆に2型の抗体を作り過ぎるとアレルギーやアトピー性皮膚炎、花粉症などになる。

5.漢方薬のがん転移抑制・免疫系細胞の活性化

 次に、補剤によるがん転移の抑制についてである。元気になる漢方薬のうち、十全大補湯、人参養栄湯、補中益気湯を三大補剤と言う。漢方薬は先ほど言ったように横割りで考えるから、病気は診るわけではない。その人の病気の状態、弱っているのか、元気がないのかということを診るわけである。例えば寝汗をかいて、何か食欲不振で、貧血気味で、元気がなさそうだ、皮膚が乾燥していて、倦怠感があって、疲労困憊しているという場合は、元気にしようということになるわけだ。私なども、非常に仕事をして夜遅くなったりすると、この十全大補湯をよく飲む。ドリンク剤を飲むようなものかもしれない。疲れやすい、食欲がないようなときにもってこいの漢方薬である。十全大補湯というのは、10個の生薬が入っていることから命名されているが、この漢方薬はミクロの戦士の中のマクロファージという細胞とT細胞を元気にさせることが分かってきた。がんとの戦争で言えば、戦力アップさせるのである。私の研究は、がんやその転移にそれが立ち向かうようにしようというものだ。

 その実験のデータを少しお見せしたい。今回お見せするのはネズミ(マウス)を使った実験だが、人間も同じである。大腸がんが肝臓に転移するモデルである。グロテスクな写真だが、これはマウスの肝臓である。このマウスに大腸がんを移植すると、何も治療していないので、肝臓にこのようにがんが出る。この白いものはみんな転移だ。

 そこで、十全大補湯を4mg、20mg、40mgと量を違えてそれぞれのマウスに1週間ずっと飲ませてみた。また、シスプラチン(白金製剤)という強い制がん剤を与えたマウスと比較した。実はシスプラチンと十全大補湯とは同じくらい効くのだが、大きな違いがある。シスプラチンを与えたマウスは動けなくなるまで体重減少を起こし、半分のマウスが治療が終わる前に死んでしまった。体重が減って毛が抜けるという人間と同じ副作用が起こったのだ。ただ、半分のマウスはどうにか生き延びた。一方、十全大補湯40mgを与えたグループは、6匹中6匹全部が元気で、転移が少ない状態で生き延びた。

 ほかにいろいろ調べていくと、十全大補湯は免疫系の細胞、T細胞、マクロファージといった免疫系の細胞に栄養と元気を与えることが分かり、その結果、マウスの肝臓転移の実験では、十全大補湯がマクロファージやT細胞を元気にさせて肝臓の転移を抑えることが分かった。加えて補中益気湯は、マクロファージやT細胞ではなくて、NK細胞を元気にして転移を抑えることも分かった。

 このように、いつまでも若く元気に、美しく生きるために、われわれの体の中の免疫系の細胞を元気にさせ、体のバランスを保っていくと、健康を保ち、生活習慣病を防ぐことができる。今回紹介した漢方薬にはその薬効があり、がんの転移を食い止める効果もあるということである。