大学等連携事業

2007年度 富山県大学連携協議会公開講座 「中国から見た北朝鮮経済」


2007年度 富山県大学連携協議会公開講座
2007年9月15日(土)
15:00~16:20
富山県民会館 302号室
第2回 2限目

講師 富山大学極東地域研究センター 教授
今村 弘子氏

1.中朝貿易

 北朝鮮経済は非常に分かりにくい。というのは、北朝鮮自身が発表している統計資料が非常に少なく、なおかつ信憑性がないからだ。例えば毎年の国家財政の予算などについても、1000%とも2000%とも言われるインフレ率の中で、3%増の予算にどういう意味があるのかという疑問を感じざるを得ない。そういう状況の中で、私は北朝鮮と比較的経済交流の多い中国から北朝鮮経済を眺めてみることにした。

 北朝鮮は93年以降、長期計画というものを発表しておらず、それ以前も計画が予定通りいったことがほとんどないため、私は「計画なき計画経済国家」と名付けている。さらに、中ソからの援助によって経済建設を進めてきたということで「被援助大国」、極めて限られた国家としか貿易取引をしていないということで「ボーダフルエコノミー」という言い方もできよう。

 北朝鮮においては、80年代までは中朝貿易は輸出入がほぼ均衡していたのに、90年代になってから中国の輸出が増え、輸入が減っている。しかし、2000年になって中国の対北朝鮮投資が増えた結果、北朝鮮からの輸出も増えている。ただ、そうは言っても2006年の中国の対北朝鮮輸出が12.3億ドルなのに対して輸入が4.7億ドルと、中国の出超額は7.6億ドルに達している。(図1)

 

(図1)

 90年代に北朝鮮からの輸出が減少している背景としては、北朝鮮の経済が非常に悪化したことが挙げられる。90年代の初めにソ連と中国が韓国と国交を樹立し、ソ連、東欧圏が相次いで崩壊するという事態に陥った。ソ連からの援助に頼っていた北朝鮮経済にとってこれは大打撃であり、ソ連からのエネルギーや食糧、機械類の援助絡みの輸入の減少が北朝鮮の経済を悪化させる要因となった。また、94年には金日成が死去し、90年代半ばには大洪水や日照り、雹(ひょう)の害、害虫の発生と自然災害が立て続けに起こった。日本のマスメディアなどでも、浮浪児が市場をうろついて道に落ちている食べ物を拾って歩いている姿や、栄養失調でおなかをぽっこり膨らませた赤ちゃんの様子などが映されることがたびたびあった。しかし、北朝鮮の経済は実際には「地上の楽園」と言われていた60年代から徐々に悪化し出していたのだ。

2.韓国の懸念と投資の増加

 2000年代になって北朝鮮の輸出が増えてきているのは、もちろん北朝鮮の経済が多少なりとも良くなってきたということもあるが、中国の対北朝鮮投資の進展が大きな要素となっている。韓国ではこれが「中国は北朝鮮を『東北の第4の省』にしようとしているのではないか」「南北朝鮮が統一された後も中国は北朝鮮に居座るのか」という懸念に結び付いている。

 しかし、実際に中朝貿易が拡大しているのではない。80年代まで中朝貿易は「清算勘定方式」で行われていた。すなわち、中国からの輸出、北朝鮮からの輸出をお互いに帳簿につけておいて、年末に輸入超過になった方がお金を払うというやり方である。そのような方式では、恐らく中国側からの輸出産品の価格が実際よりも低く設定されていたのではないだろうか。それが、91年からはほかの国との貿易と同じように、ハードカレンシーによる決済になった。そのために、中国からの輸出品目の価格が国際価格と同等になっていったと考えられる。また、かつては中国から北朝鮮に輸出される原油や食糧は「友好価格」という名の下、国際価格の3分の1、4分の1という非常に安い価格で輸出されていたが、現在では中国の北朝鮮向けの原油や食糧の輸出価格も国際価格と同じ、場合によっては国際価格よりも高い価格になっているのである。すなわち、額は増えたが輸出量は増えていないというのが正確なところだろう。

 1978年末の改革開放政策以降、中国自身、直接投資をどんどん受け入れることによって経済発展してきた。それによって中国は、途上国がしばしば陥るような資本不足を免れてきたわけだが、WTOに加盟してから中国による対外投資が徐々に増えてきている。ただ、中国の対北朝鮮投資は、木材の伐採、鉄鉱石や銅鉱石の採掘といった資源開発型のものが多いために、製造業などの投資に比べると北朝鮮経済への波及効果が小さい。また、鉄鉱石や銅鉱石などの開発となると、採掘機械を持っていくだけなので、何かあったときには逃げ足の速い投資となる可能性が大きい。さらに、増加しているといっても対北朝鮮投資は中国の対外投資のわずか0.02%にすぎない。また、対世界と対北朝鮮の1件当たりの投資額を比べてみると、対世界が182万ドルに対して対北朝鮮は60万ドルと非常に小さい。もう一つの懸念材料として、鉱産物資源の開発輸入について、中国の世界からの輸入価格を比べると、対北朝鮮の輸入価格が100を超えているのは2000年のモリブデンしかない。開発輸入ということで、中国から北朝鮮に輸出した機械の代金を相殺しているために輸入価格が低くなっているのかもしれないが、鉛などは2001年までは大体7割程度の価格で推移しているのに、2005年には2割まで下がっている。これはこの間、世界からの鉛の輸入価格が3.3倍になっているのに対し、北朝鮮からの輸入価格が2%しか上がっていないために相対的な価格が下がっているのである。その意味では、韓国が懸念するほど中国は北朝鮮を優遇しているわけではない。ただ、中国が韓国との国交を樹立した江沢民時代に比べると現在は少し良くなっているかもしれない。(図2)

 

(図2)

3.経済制裁と食糧輸出

 皆さんの関心が高いのは、北朝鮮が昨年7月にミサイルを発射し、10月に核実験をした後、中国が本当に経済制裁をしたのかということだろう。現在の北朝鮮の貿易では、中国が大体4~5割、韓国が2~3割を占めている。韓国はいったん援助物資などの凍結を発表したが、その後再開しており、経済制裁をしていないのは確かで、中国が北朝鮮にどのように対処するかで、経済制裁の効果が問われることになる。

 北朝鮮がミサイルの発射と核実験をした後、中国は北朝鮮を強く非難しており、特に胡錦濤発言などにはかなり厳しかった。例えば7月のミサイル発射後、ちょうど訪中していた北朝鮮の楊亨燮最高人民副委員長に、「朝鮮半島の情勢悪化を招くようなあらゆる行動に反対する」というかなり強い発言をしている。あるいは、核実験後、中国外交部は「悍然(「専横にも」という意)」という言葉を使っている。中国は今までこの言葉を米ソあるいはベトナムに対して使ったことはあったが、北朝鮮に対しては初めて使った。これは強い非難であったと言えよう。ただし中国の学者の間でもこの言葉の本気度に対し意見が分かれている。

 国連がミサイル発射後に非難決議、核実験後に経済制裁決議をした際、中国は前者に対しては自ら修正案を出し賛成票を投じているし、後者にも賛成票を投じている。常任理事国として拒否権を使えば中国自身の国際的な立場が悪くなるから拒否権を使うことはないだろうが、棄権という選択肢もあったわけだが、賛成票を投じたことは、強い意思表示をしたことになる。国連で経済制裁案が通った後、日本のマスメディアでも、中朝国境付近で中国から北朝鮮に行くトラックの貨物検査が行われたり、銀行送金を停止したという報道があった。また、2003年の10月末には、ちょうど北朝鮮が偽ドルなどのマネーロンダリングをしていることが話題になっていたタイミングで、「反マネーロンダリング法」ができている。

 しかし一方で、逃げ道も作っている。例えば核実験をする前の9月の段階で、中朝友好相互援助条約の見直しは行わないと表明している。ただ、もし北朝鮮が本当に勝手気ままなことをすれば、もしかすると中国はアメリカよりも強い態度に出るかもしれないとみている中国の関係者もいる。

 実際に中朝貿易の月別推移を見てみると、ミサイル発射後や核実験後の8月から12月にかけて貿易額が極端に減るという状況はなかった。昨年9月、中国から北朝鮮への原油輸出がゼロになったということで、中国は北朝鮮に対して本当に制裁を行っているという見方があったが、10月には原油輸出は回復した。実は中国の月間の対朝原油輸出がゼロになるということはしばしば起こっている。99年以来毎年2月に原油輸出はゼロである。2月は原油の需要が増大する時期にも係わらず、原油輸出がゼロになるということは、北朝鮮では原油が民生用ではないのかとも思われたが、2005年からほかの国に対しても2月の中国の原油の輸出が行われていないところを見ると、中国国内での原油需要増のために輸出ができないという単純な理由なのかもしれない。中国の原油の輸出そのものが中国の全輸出額の0.2%にすぎないので、今後も中国から北朝鮮への原油輸出が増加する可能性は少ないだろう。あるいは、06年11月からは中国は環境負荷の大きな産品の輸出に対して5%の輸出課税をかけており、原油もその対象品目の一つになっていることから原油輸出は一層減少しよう。さらに、北朝鮮への原油輸出価格は対世界と比較して4割も高い状況になっている。(図3~5)

 

(図3)

 

(図4)

 

(図5)

 また、中国側の貿易業者は、北朝鮮の銀行など全然信用できないということで現金決済をしているので、銀行送金を停止したからといって民間貿易にはほとんど影響がなかったという話も聞いている。結論的に言うと、恐らく今の市場経済化が進んだ中国では、民間の貿易まで中国政府が強権を持って止めることはできなかったということだ。現在の中国が経済制裁としてできるのは、原油を止めることぐらいしかないのではないだろうか。

 次に、食糧を見てみよう。実は中国からの北朝鮮向けの食糧輸出も非常に不安定な状況である。中国は2006年には3年連続豊作になっているのに、食糧輸出は減少している。要因としては、トウモロコシの輸出割り当てが決まらなかったということと、世界的な原油価格の高騰で、中国においてもトウモロコシをエタノールガソリンとして利用することが始まった結果、トウモロコシの国内価格が高騰したために輸出にまわされなくなったことがあげられる。トウモロコシの輸出割り当ては昨年の10月から再開したが、トウモロコシの輸出ほとんど回復しておらず、07年の上半期の対北朝鮮輸出はついに1万トンを割るという状況である。(図6)

(図6)

 北朝鮮の食糧生産は90年代半ばが一番底で、そこから多少回復はしているが、それでも不足している。北朝鮮では金日成の指示で一般的に密植しており、肥料が十分に行き渡らず実をつけないという状況がある。あるいは、全国土の棚田化と言って山の上まで畑や田んぼを作るために木を切り倒したことから、山に保水力が無くなり、少しの雨でもすぐ土砂が流れ出して鉄砲水が起こる。そうすると山から土砂が流れ込んで川底が高くなり、すぐ水害が起こるという悪循環が起こっているのだ。また、緯度が高く、もともとトウモロコシなどの栽培には不向きだということもある。07年の7月にも水害が起こり、南北首脳会談も8月末の予定が10月初めに延期された。

 加えて、核実験やミサイル発射の影響で、昨年の世界からの食糧の援助が減少し、06/07食糧年度も100万トン不足している状況である。しかし中国の対北朝鮮食糧輸出が回復するのは見込み薄だろう。

4.北朝鮮の経済の現状

 北朝鮮の経済は90年代の自然災害で極端に悪化した。また、金日成の死去による混乱のため、国家予算すら発表できない時期もあった。94年以前も決して良かったわけではないが、97年には、その94年と比べてさえ予算規模が半減するような状況であった。やっと99年あたりから少しずつプラス成長になってきている。このプラスの状況の中で、2002年7月に経済管理改善措置が行われた。これは食糧の買い上げ価格や売り渡し価格を上げるというものだが、中国の改革開放初期と違って北朝鮮の場合、インセンティブ・システムが働くことははかった。食糧の買い上げ価格を上げても、同時に肥料価格も農薬の価格も上がるのである。さらにそれにもまして致命的なことは、肥料や農薬の十分な供給がない、優良な種子もない、農業機械を動かそうとしてもディーゼル油がないということである。つまり、価格が上がったことが生産の増加に結び付くような状況にはなかったのだ。

 また、工業生産でも労働者の賃金を上げても、エネルギーも原材料もないところで工業生産が増加するわけがない。結局、物不足のまま統制価格を上げたので、当局が意図した以上に価格が高騰し、それに対処するために紙幣を印刷し、歯止めがかからないままインフレが激しい勢いで進んでいくという状況になっていった。

 さらに経済管理改善措置の一環として、物不足の中で生まれていた闇市場を廃止した。恐らく闇市場を廃止して流通を国営ルートに戻したかったのだろうが、モノの生産が回復しないままに闇市場を閉鎖しても、モノはかえって闇の奥深く潜っていく状況にならざるを得ない。結局2003年の春には、総合市場として闇市場を半ば公認するということになっていく。韓国側などは、「総合市場にモノが豊富であり、経済管理改善措置は成功した」という言い方をするが、総合市場で売られている品物の8割以上が中国製品であり、北朝鮮自身の生産力は回復していない。

 さらに、中国に親せきがいる人たちは、中国からモノを持ってきて高い価格で総合市場で売ることができる。あるいは何らかの役職に就いている人は、工場でわずかに作られたモノを闇市場に横流しをする。このように、何らかの形でモノにアクセスできる人は所得は急上昇することになる。しかし、そういった才覚や機会がない人の所得はあがらない。つまり経済管理改善措置の結果、インフレが激しくなり、所得格差が拡大した。

5.6カ国協議と今後の北東アジア

 最後に、今後北朝鮮と中国との関係がどうなっていくのか、あるいは6カ国協議がどうなっていくのか、また中国あるいは北東アジアの安定をどのように見たらいいかということについてお話ししよう。

 2003年8月、それまで他国の安全保障にほとんど関わってこなかった中国外交部が次官を関係諸国に派遣し、6カ国協議を主催することになった。それだけ中国にとって朝鮮半島情勢への危機感が強かったのではないかと思う。そして、何回かの6カ国協議を経て、05年9月にようやく共同声明がまとめ上げられ、朝鮮半島の非核化の話がまとまったわけだが、その直後にアメリカがバンコ・デルタ・アジアの北朝鮮口座を凍結しているという問題が浮上して、実行の段階がなかなか進まなかった。そのようななか、06年北朝鮮がミサイルを発射し、核実験に至った。ようやく07年2月に、北朝鮮の核の無能力化ということで合意がされたが、これもバンコ・デルタ・アジアの問題が解決せず、やっと7月以降に急速に行動が伴うようになってきた。

 これを中国はどう見ているか。2006年末に発表された中国の国防白書では、北朝鮮のやり方が北東アジアの混乱を招くと、かなり憂慮した見方を示している。中国にとってみると、来年は北京オリンピックがあり、2010年には上海万博があり、北東アジアおよび国内の安定が何としても必要である。また、中国自身、国内の所得格差や腐敗の問題があり、何とか人々の不満をなだめて安定した調和の取れた社会をつくりたいところである。その中で、北朝鮮があまりにも経済的に追い詰められ、不安定性が増すということは、中国自身にもはね返ってくる。だからこそ、中国は是非とも北朝鮮の不安定性を取り除きたいと思っていると考えられる。

 今後6カ国協議の枠組みのなかで米朝関係の和解があるかもしれない。それはある意味で中国側の負担の軽減にもなり、北東アジアの安定にもつながると思われる。中国は、北朝鮮があまりにも北東アジアの安定を乱すようなことをすれば、もしかするとアメリカよりも強い立場に出るかもしれないという可能性は残っている。しかし、北朝鮮を追い詰めすぎて、北東アジアの不安定さを増すことはしたくない中国としては、援助というなるべく少ないコストで、北東アジアの混乱というより大きなコストが生じることを避けようとしているのだろう。