大学等連携事業

2007年度 富山県大学連携協議会公開講座 「越境汚染と黄砂」


2007年9月22日(土)
13:30~14:50
富山県民会館 401号室
第3回 1限目

講師 富山県立大学短期大学部 准教授
渡辺 幸一氏

1.大気の越境汚染の実態

 富山県は、中国、韓国などの環日本海諸国を起源とする越境汚染物質などの影響を大きく受けていると考えられる。今日は、大気環境における越境汚染の問題と黄砂についてご紹介させていただく。

 日本海、富山平野、そして立山に、大陸からいろいろな物質が飛来してくる様子を示した図をお手元に示している(図1)。ここに示したSO2が二酸化硫黄、NOxがノックスと言われている窒素酸化物である。産業活動などによって放出されるこのような大気汚染物質が西風に乗って運ばれてくる過程で、大気の酸化反応などでいろいろな物質に変わるのである。例えば、二酸化硫黄や窒素酸化物が酸化され、気体の状態というよりも小さな粒子になって空気中に浮かぶようになる。こういったものをエアロゾル粒子と呼んでいるが、このような状態で輸送されてくることが多い。これらのエアロゾル粒子は雲ができる核(雲粒核)として働く。粒子を中心とした所に水滴が付いて雲粒ができるのだ。また、硫酸は強い酸でもあるので、当然これは酸性雨の原因になる。

 

(図1)

 また、黄砂粒子なども主に春を中心にたくさん輸送されてくる。さらに、大気汚染物質が輸送される過程で、オゾンという物質に変わる場合もある。大気の高い所、成層圏と言われている所にあるオゾンは大変有益なものなのだが、われわれが直接吸っている空気中のオゾンは、いわゆる光化学スモッグの主原料となる。他にも有機状の炭素粒子やいろいろな金属も輸送されてきている。

2.二酸化硫黄(SO2)による汚染

 二酸化硫黄という物質は、主に化石燃料、特に石炭の消費で発生する。もちろん自然起源で火山の噴火や海から出ているものも一部あるが、越境汚染で問題になるのは主に人間活動によって放出されるもので、特にこのアジア大陸は人間活動による二酸化硫黄の世界有数の発生源となっている。中国ではまだたくさん使っている石炭もその一因だと考えられている。また、二酸化硫黄は大気中で光化学反応を助けとして酸化反応を起こし、硫酸(H2SO4)になったり、硫酸がアンモニアで中和されて硫酸アンモニウムという物質になったりする。これらが粒子化したものが硫酸エアロゾルである。エアロゾル粒子とは、空気中に浮かんでいる粒子で、固体または液体として存在するものと考えてほしい。エアロゾル粒子は半径1ミクロン(1/1000ミリ)内外だが、雨粒は大体半径2ミリ、雲粒や霧粒が半径10~100ミクロンくらいである。

 エアロゾルが重要なのは、まず地球の放射に影響を及ぼすからである。けっして放射能という意味ではなく、太陽放射、すなわち太陽光を吸収・散乱したり、雲の形成や寿命に影響を与えたりするということで、地球の温暖化・寒冷化にも非常に影響を及ぼすと考えられている。

 最近、問題となっている二酸化炭素(CO2)は、地球の表面から宇宙空間に出ていこうとする光を吸収して戻してしまい、地表面を温める効果がある。雲などにも太陽光をはね返したり、地球から逃げていくものを戻したりする働きがあるが、エアロゾルという小さい粒子にも同様に、太陽光を後方散乱する効果がある。従って、エアロゾルのような微粒子が太陽の光をはね返す効果を「エアロゾルの直接効果」という言い方もする。

 空気がきれいな太平洋の真ん中などではエアロゾル粒子の数は非常に少なくなるが、汚染帯域や越境汚染物質が多く来るような所では非常に多くなる。また、エアロゾルがなければ水の表面張力が邪魔して水滴(雲)になれない。従って、水蒸気の量が同じだとするならば、核の数が少ないきれいな所では、一つの核に付く水の量が当然大きくなって雲粒が大きくなる。一方、汚れた空気の中では、こういう核が非常にたくさんあるので一つの核に付く水の量は小さくなり、雲粒の数が多くなる。また、大きな雲粒であると雲粒同士がくっつき合って容易に雨となって落ちやすいが、雲粒の数が小さいときはなかなか雨として落ちにくく、もやっとした雲粒がいっぱいある状態になる。当然それには太陽光をはね返したりする効果もあるわけである。地球科学的には、大気中にエアロゾル粒子が増え、雲粒が小さく、雲の数が多くなり、雲による日射の反射が増加し、地表面に達する日射量が減って地球を冷却する。この効果を「エアロゾルの間接効果」と呼ぶ。しかし、「冷却効果があるならば、地球温暖化が問題となっている今、ありがたい」とは決して思わないでいただきたい。なぜなら、人間は地球の気候環境を器用にコントロールできる能力を持っていないからである。

3.窒素酸化物(NOx)・対流圏オゾン(O3)の影響

 窒素酸化物(NOx)とは一酸化窒素や二酸化窒素などのことで、二酸化硫黄と同じく化石燃料を燃やして出る大気汚染物質の代表的なものと見られている。日本では、二酸化硫黄の排出規制は世界に誇れるくらい非常に成功しており、大幅に削減できているが、このNOxの排出量は依然、横ばい状態である。ただ、最近はディーゼル車規制など、特に大都市を中心として車の排ガス規制が行われているため、NOxも少し減少傾向にはある。

 窒素酸化物もまた、大気中で酸化反応が起きて硝酸ガス(HNO3)やエアロゾル粒子となり、酸性雨の原因物質となる。ただ、硫酸と比べると硝酸の方は蒸気圧が高くて粒子化しにくく、ガスとして存在しやすい性質がある。従って、エアロゾルとしての重要性は硫酸の方が大きいと言えるが、東京などを中心とした都市圏で降る酸性雨は、むしろこの硝酸が原因となっていることが多い。

 また、窒素酸化物は炭化水素と複雑な光化学反応を起こしてオゾン(O3)を生成する。われわれが住んでいる地表から高度十数キロまでを「対流圏」と呼び、十数キロより上部で高度四十数キロまでを「成層圏」と呼んでいるが、われわれが直接吸っている空気中のオゾンは、いわゆる光化学オキシダント(光化学スモッグの主成分)である。このオゾンに関する日本の大気汚染の環境基準は、「1時間値で60ppbを超えないこと」となっているが、現状、基準を満たすのが最も困難な物質の一つである。なぜかというと、オゾン自体、直接われわれが出す物質ではなく、窒素酸化物などが排出されて、それらが徐々に風下側に運ばれてくるうちに光化学反応でできる物質であるからである。

 一方、成層圏のオゾンは、有害な紫外線をカットしてくれる善玉オゾンである。これがないとわれわれは生きていけないのだが、今、減少傾向にある。増えている対流圏のオゾンを上に持っていけばいいではないかと思われるかもしれないが、濃度は圧倒的に成層圏の方が高いので、そのようなことは不可能である。

 また、オゾンの越境汚染問題も解決が難しい問題である。風上側にNOxの発生源があると、風下域でどうしてもオゾンの汚染が多くなってしまう。例えば東京でたくさん窒素酸化物が出ているが、これが夏期、南風に乗って内陸の埼玉や群馬へ輸送されるため、それらに地域でオゾンの濃度が高まり、光化学スモッグも増えているのである。

 富山県に密接した問題では、最近、中国をはじめとしたアジア大陸での窒素酸化物の排出量が増えているため、国内の清浄域でオゾン、光化学スモッグの汚染が観測され出している。観測される時期は、首都圏では夏の真っ盛りに多いのだが、こちらは春から初夏に多い。今年、富山市の西中野町にある科学博物館でオゾンの測定を行った。これは2007年の5月1日~15日の結果であるが(図2)、5月9日に1時間の平均値で120ppbという値を観測し、富山県内でも光化学オキシダント注意報(光化学スモッグ注意報)が発令された。このときの「5日間後方流跡線解析」という気流のデータを見ると、中国沿岸域などの工業地帯を起源とする汚染物質が山陰地方をかすめて輸送されてきたという状況であった。

 

(図2)

4.黄砂現象・黄砂粒子の働き

 黄砂現象については、もう皆さんご存じと思うが、まずどのような現象か説明する。アジア大陸の乾燥地域(砂漠地域)で発生した砂嵐が高度1000メートルより上くらいに上がると比較的遠くまで運ばれやすくなる。これを「自由大気」と言う。すなわち、大気中に比較的高く上がった砂塵が日本海を越えて運ばれてくる。それが黄砂現象であり、その一粒一粒を黄砂粒子と呼んでいる。これらの気候に与える働きとしては、まず太陽の光に与える放射特性があり、さらに雲粒核となる働きもあるが、「氷晶核」としても有効に働く。つまり、雲の氷粒子を作り、雪を降らせるなどの働きを持っている。

 黄砂粒子も、呼吸器への影響など悪いことばかりではなく、黄砂粒子が炭酸カルシウムというアルカリ成分を豊富に含んでいることから、酸性雨を中和してくれるというありがたい面も持っている。ただ最近では、黄砂粒子に何か汚染物質やウイルスなどの微生物も付着しているのではないかという悪い面での報告もある。さらに、海への鉄分などの供給源にもなると言われる。北京でのエアロゾル粒子の粒径を示した図から、黄砂粒子は1ミクロンよりも少し大きい粒子であることが分かる。

 さらに、プラスならば地球温暖化に効き、マイナスなら寒冷化させる放射強制力という概念を考えてみると、二酸化炭素や対流圏オゾンなどが温室効果気体であるのに対し、硫酸のエアロゾルは直接的には寒冷化させる側に効くことが分かっている。しかし、黄砂などのミネラルダストは不確定要素が大きく、温暖化に効くのか、寒冷化に効くのか、科学的によく分かっていない。というのも、硫酸のようなエアロゾル粒子は基本的に球形なのだが、黄砂粒子やダスト粒子と呼んでいるものは、がさがさしたものである。そのために、光をどうはね返すのかよく分からないためである。さらに色も黄色から黒っぽい色をしているが、黒い色だと光を吸収する働きがある。また黄砂は、比較的きれいな外洋で不足している栄養分である鉄の供給源にもなり、鉄を供給すれば植物プランクトンが活性化して光合成が活発化し、空気の二酸化炭素を吸収してくれるのではないかという考えもある。

 その黄砂がどうも20世紀の終わりから21世紀にかけて非常に増えているのではないかということを、各気象台の観測結果が示している。特に2000年、2001年、2002年には日本国内でも日本海沿岸を中心にたくさん黄砂が観測された。

 富山県環境科学センターに設置されているライダー(レーザーレーダー)と言われるものは、レーザー光を上に照射することにより、上空にあるエアロゾルや黄砂のようなものを観測する。また、われわれはパーティクルカウンターと呼ばれている測器で観測を行ったこともある。これは空気を吸引し機械の中でレーザー光を当てて、どのくらいの大きさの粒子がどれだけあるかという測定を行う観測装置である。2003年の春から夏にかけての観測結果から、黄砂が多く来ている4月には、夏などに比べると粒径の大きいものが増えている様子が分かる。

 先ほど申し上げたように、黄砂粒子は炭酸カルシウムと言われるアルカリ成分を豊富に含んでいるので、酸性雨を緩和する働きがある。雨のpH、つまり水素イオン濃度の指標が小さいほど酸性が強い。すなわち、通常pH5.6~5以下を酸性雨と呼んでいるのだが、黄砂粒子などが来たときの雨はpHの値が非常に大きくなり、酸性雨が緩和されていることが分かる。そのときの雨水を分析すると、カルシウムイオンが高くなっている。

 富山市天文台での2001~2003年の降水の観測結果から、pH5.6以下の酸性雨は富山でもたくさん降っている。特に大陸から汚染物質が輸送されやすい冬場に非常に酸性雨が多い。しかし、春先には雨の中のカルシウムが非常に高く、それに合わせて雨のpHが高い値、すなわち酸性雨ではない値が観測されている。

5.広域大気汚染の森林への影響と森林衰退の原因(立山における検証)

 次に私自身が今、主に研究している立山での観測例について少し紹介させていただきたい。私自身は植生森林等の専門家ではないが、そういったグループとも共同で研究をしている。国内においても環境問題の一つとなってきている森林衰退の原因の一つとして、大気汚染、特に酸性雨や酸性の霧・雲の影響がかなり大きいと考えられている。実際、奥日光の森林被害の様子を見ると、南側の斜面で非常に白骨化している状況が見られるが、このような所では主に首都圏から輸送される大気汚染物質が原因ではないかと考えられている。

 雲と霧は区別できるものではなく、地上から見ると雲であるが、山に行ってみると一面霧の中である。このような霧水は、雨よりも非常に化学成分や汚染物質を濃縮して含んでいる。雨粒は、化学成分が水で薄まっていると考えてもいい。そのため、酸性雨よりも非常に酸性度の強い酸性の霧も観測される。それらは長い間、空気中に漂っているため、植生も長い間、酸性の霧にさらされてしまうことになる。国内での霧水の観測は、これまで関東や関西に限られていたが、私は、研究例が少ない日本海側の山岳である立山で観測をしてみたいと思ったのである。

 森林被害の原因は非常に複雑で、大気汚染だけとは限らない。例えば植生自体の寿命や気象条件によるもの、さらに草食動物による食害、寄生植物やいろいろな菌類などによる害などが非常に複雑に絡み合って起きていると思われる。しかし、大気汚染などでまず弱ったものが、いろいろな菌類などによる被害なども受けやすい報告もかなり出ている。実際、立山でも、標高2000メートルの弥陀ケ原付近では、オオシラビソという針葉樹林の被害、白骨化がかなり目立ってきている。

 私自身が立山で予備観測を始めたのは2003年の秋のことである。立山の霧水で特徴的なのは、標高の低い美女平よりも室堂平でしばしばpH4以下という強い酸性霧が発生していることである。これは比較的近くの富山平野の汚染よりも、もっと遠くから来る汚染に原因があるのではないかと思われる。さらに、霧水を集めて化学分析した結果、硫酸によって酸性化されていることが分かった。首都圏で発生している酸性の霧が硝酸イオンが高いのと対照的である。また、その強い酸性霧を観測したときの後方流跡線から、中国の汚染地域を起源とした空気が立山にぶつかって非常に強い酸性霧を発生させていることがわかった。

 次に2004年、2005年、2006年秋期の平均の霧水pHを見てみよう。この3年間では、2005年が一番強い酸性の霧水が発生していた。2005年は、特に硫酸イオン(SO42-)による酸性化が非常に強かった年であり、霧水のpHも平均で4となり、pH3台の霧水もたびたび観測された。しかし、昨年は逆にほとんど酸性霧が観測されなかった。これは霧水中にカルシウムイオン(Ca2+)の濃度が高かったことから、黄砂によって中和されていたのではないかと考えている。2004年はこの中間の年でだった。

 また、この3年間の9月、10月の立山を起点とする後方流跡線解析を見ると、2004年は主に西日本を通過してきた影響を受けており、酸性霧の当たり年でだった2005年は、黄海沿岸域の汚染地域を空気が通過して来ていたパターンが多かったことが分かってきた。

 次に、美女平でいろいろなガス成分の測定を行った結果について紹介させていただく。2004年と2005年9~11月の二酸化硫黄濃度の変化をみると、11月にはしばしば高い値を示している。2005年11月13日の夜中から14日未明と11月10~11日にかけて高い値を示し、オゾンも一緒に高くなる測定結果が得られた。それで、値が高くなっているときと低かった12~13日、14~15日くらいの空気がどこから来たかを調べた結果、高濃度の二酸化硫黄やオゾンを観測したときは、黄海沿岸域の汚染の激しい所から空気が伝わったときだった。逆に比較的きれいだったときは、同じ大陸でも北側の比較的きれいな地域から空気が来ていることが分かってきた。

 以上の状況から、越境汚染により、今後、恐らく光化学オキシダントは増え、酸性の霧も続いていくと思われるので、立山の自然が将来どうなるのか非常に懸念される。ここで、立山への大気汚染の輸送概念図を示す(図3)。森林衰退の原因は本当に複雑なのだが、立山はいつまでも美しくあってほしいという願いでいっぱいである。

 

(図3)